コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

【未来社会価値研究所報(Annual report 2024-25)】
4-5.コンプライアンス経営2.0
〜「コンプライしない」主張も含む真のインテグリティの実践〜

2025年11月27日 山口尚之


第5回 「コンプライしない」可能性を包含した「コンプライアンス経営2.0」
本連載は、ルールベースからプリンシプルベースへと変化しつつあるコンプライアンス経営の文脈において、企業に「明文化されたルール以外も順守せよ」と要請することの弊害を説くとともに、企業価値を維持・向上するために企業がとるべき戦略を明らかにすることを目的に、全5回に分けて多面的に論じるものである。

企業がルールを否定することは可能か?
 第3回では、企業が自ら価値観を主張する「攻めの企業倫理」の重要さを指摘した。これにより、企業の「やらされの倫理」という負担感はわずかながら改善され得るだろう。しかし、コンプライアンス経営におけるプリンシプルベース・アプローチが、ルールに「加えて」不文律等も順守し、忖度せよという要請ならば、結局のところコンプライすべき対象が一層拡大することになるという意味で、企業の負担感はほとんど軽減されない。
 この課題に向き合うには、「プリンシプルベース・アプローチの結果、プリンシプルに合わないルールには従わない」ということがあり得るのかどうかを、考察する必要がある。すなわち、企業が、形骸化したルールや時代にそぐわないルールをあえて否定することも、プリンシプルベースの実践と言えるはずであり、それは現実的に可能か、という問いである。

社内ルールの否定は、十分にあり得る
 社内の制度やルールが実際には本来の目的や機能を果たしておらず、形骸化している場合には、それらのルールを改定することは十分にあり得る。例えば、社内決裁を紙の稟議書で進めるという社内規定や、性別による役割分担を求める非合理的な人員配置基準等は、この十数年のあいだに多くの企業が改定を図った事例だろう。
 これら既存のルールの否定を「違反」と見なすのではなく、「脱・形式主義」への転換と捉えることが重要だ。時代に合ったルールへの進化は、コンプライアンスの軽視ではなくルールの本質を問い直すという、プリンシプルベースの実践だと言えるだろう。
 もちろん、社内ルールであっても、無節操に改定されてよいものではない。①現行ルールの目的明確化、②時代に即した代替ルールの策定、③従業員への説明と意識改革、④透明性のある手続きでの変更、といった丁寧な手順を踏まえて実施されるべきだろう。
 現代の企業は、ルールを単に順守する「守るべきことを守る」という姿勢から、「何を守るべきかを問い直す」という姿勢へ変わることで、社会的妥当性や実効性を継続的に問うていくことが求められる。

時代遅れの外部ルールを乗り越える勇気こそ、真のコンプライアンス経営
 決裁ルールや人員配置基準等、社内の規定は変更しやすい。一方で法令や国際基準、業界ガイドライン等の外部ルールは、企業主導で(特に個社単独で)改定することは一般的には難しい。ましてや外部ルールの否定は、「反社会的企業」の烙印を押されるリスクすらある。
 しかし、自主的なインテグリティは本来、形式的なコンプライアンスよりも高次の価値に位置付けられるものである。形式的なルールに従っていても、倫理や誠実さといった観点で批判の的となるのは、この原則を皆が認識している証しだ。そうであるならば、形式的なルールに従わなくとも社会的に誠実さが認められ称賛される、という事態もあり得なくはないはずである。
 もちろん、単に法令を無視するのではなく、「時代に即して見直す必要がある」と建設的な主張を展開する必要がある。透明性と説明責任によってこそ、社会的信用を獲得できるのだ。そして第3章で述べたとおり、行動規範や企業憲章を通じて、自社の価値基準と既存ルールとの乖離を明示していくことが求められる。

外部ルール否定アプローチ1:法廷闘争型
 では、具体的に企業が外部ルールを乗り越えるアプローチとして、どのような手段があるのだろうか。まずラディカルだがシンプルなアプローチとして、法廷闘争が挙げられる。これは、訴訟を提起して、既存のルールや規制、命令等の変更・撤廃・取り下げを求めていくというものだ。主に、企業の法務部門や弁護士が中心となり、制度的な正当性を主張していく。この場合、法廷闘争の相手となるのは、その法令や命令、条令を管轄する省庁や自治体となる。
 とりわけわが国の企業には、「訴訟は最後の手段」と捉える傾向が強いようだ。訴訟を起こすこと自体が「トラブルを起こす行為」と見なされ、企業イメージに悪影響を及ぼすという懸念は、もちろん理解できる。しかし第3章で繰り返し述べたとおり、企業の価値観の表明はリスクと同時に差別化戦略であることを踏まえると、行政を相手取った訴訟もプリンシプルベース・アプローチの真の姿だと自信を持つ、という勇気ある経営判断も時として有効だろう。
 ただし、行政訴訟に関しては、理念ばかりでなく現実を見る必要もある。わが国の行政訴訟制度は、訴訟の対象や原告適格が限定されており、企業が法令の改正を直接求める訴訟を提起することは難しいとされている。そのため、企業が自社の権利侵害を主張する場合でも、具体的な損害や利益の侵害が明確でなければ、原告適格が認められない可能性がある。加えてわが国の裁判所は、行政の裁量を尊重する傾向があり、行政訴訟における原告の勝訴率は低いと言われている(※1)。行政訴訟の年間提起件数が諸外国の中でも極めて低い(※2)背景には、訴訟に対する人々のイメージ以外にも要因があるようだ。企業を拘束する既存のルールを変えていくために、まずは訴訟のプロセスに関するルール改定が必要なのかもしれない。

外部ルール否定アプローチ2:意見表明・世論喚起型
 訴訟を提起するための原告適格が不足する場合や、よりソフトなアプローチをとりたい場合には、法令等への反抗を意見表明するという手段がある。例えばヤマト運輸は、長年にわたり郵便法における信書便規制の問題点を指摘している(※3)。また楽天グループは、2024年の総務省による、ふるさと納税へのポイント付与を禁止する告示に公然と反対を表明し、ネット上での署名運動を展開した(※4)。漢方薬を製造するツムラは、医療財政見直しの一環で漢方薬の保険適用除外案が検討された際、漢方医療の重要性を訴え、制度変更に反対する立場を表明した(※5)
 このアプローチの場合、企業は意見表明と並行して所管行政庁への申し入れ等のロビイングを行うのが一般的である。かつてはこのロビイングが、水面下で隠密に行われることが多かったが、現在ではこれらの事例のように、あえて表明・発信していく場合も見受けられる。これも、第3章で述べた「企業の意見表明は差別化戦略の一環」と見ることができるだろう。実際に、先の楽天グループの事例では、現時点で楽天の主張によって制度が変更されてはいないものの、約295万件もの署名を集めることに成功し、政府に提出している(※6)。これは、一定の世論喚起には成功した、と見なせるのではないだろうか。さらに、この署名数が後押しになったかは不明だが、楽天グループは2025年7月10日に、ふるさと納税へのポイント付与を禁止する総務省告示の無効確認を求めて、東京地裁に行政訴訟を提起することに踏み切った。

自社の利益と社会的意義の両輪で語れ
 法廷闘争型にせよ、意見表明・世論喚起型にせよ、動機やリスク、成功要因はおおむね共通している。
 企業が外部ルールの改定へと乗り出す動機として、まず経済合理性の追求が挙げられる。すなわち、規制が時代遅れで競争力を不必要に阻害していると企業が判断した場合だ。加えて、ブランド信念との衝突も挙げられる。表現の自由やイノベーション等、その企業が大事にしている価値観と矛盾するルールが存在する場合だ。さらに、ルールの多義性や恣意性も挙げられる。国際規範や業界ガイドラインが不明確である、あるいは政治的に利用されていると感じる場合には、企業がルール改定へ動き出す契機となるだろう。
 他方で、企業がこういった行動をとることのリスクとしては、制裁、風評、業界からの孤立等が挙げられる。しかし、それらのリスクを乗り越えて成功する要因は、①自社の企業価値向上との関連性、②社会的共感を得られる物語性、③リーダーの信念と説明責任、④代替的正当性の提示(独自の倫理基準の制定等)、等が考えられる。特に、①と②が重要であり、ルールの改定が必ずや自社の企業価値向上に資するという投資価値と、単なる利己的主張ではなく社会的意義もあるというストーリーの、両輪を備えて主張を展開する必要がある。
 モンスーンカフェや権八といった飲食店を展開するグローバルダイニングは2021年に、新型コロナウイルス対応の改正特別措置法に基づく営業時間短縮命令は違憲だったとして提訴し、翌年には東京都の時短命令を違法とする一審判決が確定した。この局面でグローバルダイニング社は、①雇用を守るという企業価値との関連性とともに、②「補償も不十分なまま命令に従えというのは筋が通らない」という切実なストーリーで共感を呼び、③長谷川社長自らが会見やSNSで繰り返し正当性を訴えつつも、④「あくまで感染防止策を徹底して営業している」という代替案を提示することで、困難な行政訴訟を乗り越えた。
 このように、ハードローへの異議申し立ては、法秩序の破壊ではなく、よりよいルール形成への参加であり、コンプライアンス経営の成熟形だと捉えることが肝要だ。

「コンプライしない」と言える勇気こそ真のインテグリティ
 プリンシプルベース・アプローチを実践したとしても、既存ルールの準拠を前提にしていては、順守すべき範囲は拡大する方向であり、企業の負担感は軽減されない。この課題を解決するには、「プリンシプルに合わないルールは順守しない」という可能性を検討する必要がある(※7)
 決裁ルールや人員配置基準等、社内ルールは改定することが十分に可能だ。一方で外部ルールについては、企業主導で変更しにくい。
 それでも、法廷闘争や、そこまでいかずとも反対の意見表明等の手段で、外部ルールに対抗していくことは可能である。いずれの手段でも、共感性、一貫性、信念と説明責任、代替案の正当性等、インテグリティに即した行動が成功の秘訣となる。

終わりに:シニシズムを超えて
 法哲学者の井上達夫氏は、近著において、現在、世界はふたつの戦乱により、ふたつのシニシズム(冷笑主義)が蔓延していると分析している(※8)
 ひとつは、ロシアによるウクライナ侵攻である。ウクライナの勝利と領土奪還の見通しが立たない中で、「正義は強者に屈してしまう」、「国際法等ルールを守っていても無意味である」という、覇道的シニシズムが蔓延しているというものだ。
 もうひとつは、イスラエルによるパレスチナへの攻撃である。かつて、壮絶なホロコースト(大虐殺)を経験した被害者という同情的なストーリーは、実態として自身の加害性を隠蔽・合理化する道具に過ぎなかったという、欺瞞的シニシズムが蔓延しているというものである。
 転じて筆者はこれを、コンプライアンス経営を中心としたビジネスの文脈に当てはめてみたい。
 SNSの普及等により、「印象に基づく情緒的評価」や「場当たり的な倫理的批判」が広がることで、ルール順守による実質的な正当性よりも、「印象」や「空気」が重視される。結果として、「どうせルールを守っていても炎上する」「結局は印象で評価される」と、明文化されたルールを守っていても意味がないというシニシズムが蔓延してきている。
 また、米国におけるトランプ政権の再来等、保守的イデオロギーのバックラッシュを真に受けて、反ESGや反DEIに転向する企業を見ると、かつてのサステナビリティを表したストーリーは欺瞞であり、企業等しょせんは流行でしか価値判断しないのだというシニシズムも、広がりつつあるように感じられる。
 しかし、コンプライアンス経営でうたわれているプリンシプルベースの帰結は、決して「ルールの信頼性低下」ではないはずだ。そうならないためにも、企業は理念や価値観を、抽象論で終わらせずに言語化する必要がある。そして言語化しつつも余白を残し、経営者も従業員も思索し続けることが求められる。両者のバランスを保つ知恵を鍛えることこそが、重要だ。
 同様に、真のインテグリティの実践は、世間の評判によってコロコロと価値観を変えることではない。企業がレスポンスすべき社会からの要請は、決して一過性の「印象」や「空気」ではない。自社にとって揺るぎのない価値観を明確化し、社内外に表明し、宣言していくことに意味があるのだ。そして、場合によっては批判の対象となることをいとわない、強い覚悟も必要になる。
 シニシズムを超えた真のインテグリティの発揮により、「コンプライアンス経営2.0」を実現していくことが有効である。それこそが、コストと認識されがちなコンプライアンスと、企業価値創出との接合となる。

(※1)民事市報を利用しやすくする懇談会「民事市報懇談会・行政部会最終報告添付資料(最終案)」(参照 2025年6月6日)
(※2)弁護士ドットコムニュース「日本人は訴訟を好まないという話は歴史的にみると大変おかしい」2014(参照 2025年6月6日)
(※3)ヤマト運輸「信書における問題点」ヤマト運輸ウェブサイト(参照 2025年6月6日)
(※4)楽天グループ「ふるさと納税へのポイント付与を禁止する総務省告示に対する反対署名のお願い」楽天グループウェブサイト,2024(参照 2025年6月6日)
(※5)薬事日報「【ツムラ・芳井社長】漢方薬の“保険外し”に反発」(2009年11月13日)(参照 2025年6月6日)
(※6)楽天グループ「楽天、ふるさと納税へのポイント付与を禁止する総務省告示に対する反対署名を内閣総理大臣に提出」楽天グループウェブサイト,2025(参照 2025年6月6日)
(※7)プリンシプルベース・アプローチの延長線上には「プリンシプルに合わない事業領域には参入しない」「プリンシプルに合わない製品は製造しない」「プリンシプルに合わない顧客とは取引しない」等の行動があり、それが企業価値向上に結び付くケースもありうるだろう。
(※8)井上達夫『悪が勝つのか?―ウクライナ、パレスチナ、そして世界の未来のために』、信山社、2025
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ