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「革新的な再生医療等製品の持続可能なエコシステムの確立」を実現するための 2026年度 薬価制度改革に向けた提言

2025年10月14日 株式会社⽇本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部⾨、野田恵一郎川内丸亮介、中塔 充宏、野崎 雪乃、一般社団法人新時代戦略研究所 梅田 一郎、原 邦之


現状と課題

 株式会社日本総合研究所は、「革新的な再生医療等製品の持続可能なエコシステムの確立(※1)」に向けたホワイトペーパーを2025年7月29日に発表した。再生医療等製品のエコシステム形成に向けた取り組みは、研究・開発・製造および供給の各段階において、政府の施策が一定の推進力を持っていると評価できる。一方、医療保険制度や治療提供体制の構築に関しては、依然として十分な整備がなされておらず、エコシステムとして円滑な循環を図るには不十分であると考える。
 再生医療等製品を含む新規モダリティの開発は世界において年々増加傾向にあり、低分子医薬品や抗体医薬品といった既存のモダリティでは治療困難であった疾患に対しても、非常に高い臨床効果をもって治療を可能とする製品および製品候補が登場している。
 一方で、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの発生は、日本の患者への治療選択肢を狭めるだけではなく、経済、国力の低下にも影響を及ぼしかねない。とりわけ再生医療等製品においては、欧米で承認済みの製品の約69%は日本での開発が進んでおらず、また臨床試験(P3)・申請中の製品候補のうち約84%が日本で臨床試験が実施されていないという深刻な状況(※2)である。
 再生医療等製品をはじめとした新規モダリティの日本における開発・導入を阻害する要因として、診療報酬制度、特に価格制度(※3)の課題が挙げられる。日本では製品価格の水準が諸外国と比較し、そもそも低く設定されている傾向があり、臨床効果や適応疾患が異なっていても同一モダリティ内で同じ価格設定がされている実態もある1。また、現在の制度は従来の制度の延長線上で設計されており、既存の医療技術とは異なる臨床効果をもたらす新規モダリティの価値を評価できているとは言い難い。このような状況下で、世界的に新規モダリティの開発が進む中で日本への開発・投資が劣後する実態が存在する。
 日本政府はドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの解消およびわが国の医薬品産業の国際競争力の強化に向け、2023年10月に「創薬力向上構想会議(※4)」を設置し、中間とりまとめ、政策目標・工程表を発表した。この中では次期2026年度薬価制度改革の中で革新的新薬の薬価の在り方について議論を行う旨が明記された。また2025年6月より「創薬力向上官民協議会(※5)」(以下、「官民協議会」)および「同会 ワーキンググループ(※6)」が設置され、投資とイノベーションの循環が持続する社会システムの構築を重要なテーマとして設定し、検討が始まっている。特に官民協議会においては、多くの参加者が新規モダリティの価値評価に関する課題を指摘している(※7)。さらに、2024年度の薬価制度改革においては、“再生医療等製品を含む新規モダリティの評価について、次期改定に向け検討”と、とりまとめられている(※8)ことから、2026年度薬価制度改革において再生医療等製品の価格制度がどう改革されるかは非常に重要な論点である。
 以上のような状況を踏まえて、再生医療等製品の持続可能なエコシステムを確立していくために早急に実現すべき重要事項を提言する。

■提言

再生医療等製品に関する2026年度の価格算定・診療報酬制度における重要事項

1.再生医療等製品の特徴を評価するための有用性加算の新設
 近年、再生医療等製品の長期的な有効性・安全性に関するデータが蓄積されており、重篤な疾患に対して一度の投与で長期間の無治療状態を達成する可能性を持つ製品が報告されている(※9)。より少ない投与回数で高い治療効果を望めることから、定期的な通院や投与等の長期治療に伴うコストを減らすことが可能である。また、患者の健康状態の改善により、患者自身の早期の社会・経済活動への復帰や生産性の向上を実現するのみでなく、家族や介助者の負担軽減にも寄与する。このことは、再生医療等製品が社会的生産性や経済的価値の向上にも寄与する可能性を示している。
 再生医療等製品が有する独自の価値を評価するためには、再生医療等製品の長期間にわたる臨床的・社会的貢献を十分に評価する必要があり、また、その長期にわたる時間軸を考慮した価値を、医療保険制度において適切な補正加算として価格に反映できるよう検討を進めるべきである。
 また、再生医療等製品は、同種のモダリティであった場合、異なる適応疾患や、細胞の特性や分子構造の違いにより臨床的効果は大きく異なるにもかかわらず、その差が有用性加算等により適切に評価はなされていない。再生医療等製品の細胞・分子的特性と臨床的効果に関するエビデンスを基に、その特性が患者アウトカムの向上にどのように寄与しているかを精査し、臨床効果に合わせた柔軟な有用性加算を適切に設定することが求められる。

2.再生医療等製品にかかる補正加算の傾斜配分ルールの見直し
 現在、再生医療等製品においてのみ、「補正加算前の価格が1,000万円以上およびピーク時市場規模予測が50億円以上」の場合、傾斜配分による補正加算の減算が実施される制度が設けられている(※10)。この制度は2020年度の薬価制度改革時に、高額な再生医療等製品の拡大による医療費増加の予見に伴い、補正加算率を低くすることで価格抑制を図ることを目的として導入された(※11)
 一方、医薬品における新薬の補正加算の傾斜配分は、中央社会保険医療協議会 薬価専門部会において、新薬の算定時の市場規模はあくまで予測値しかないことから、新薬算定時の傾斜配分は廃止してもいいのではないか(※12)として、2008年度の薬価制度改革時に廃止されている。再生医療等製品のみ、市場規模予測に基づく傾斜配分が存在することは、医薬品における新薬の補正加算の傾斜配分を廃止した経緯と整合性が取れず、公平性にも欠くと考えられる。
 また、本来補正加算の付与は、製品が患者へ提供する価値に従って行われるべきであり、単価の水準や市場規模予測といった要素に着目して加算率を減ずる本制度は、イノベーションの適切な評価を阻害していると考えられる(※13),(※14) 。イノベーションの過小評価は、産業振興および患者アクセスを阻害するものであり、本ルールの見直しは喫緊の課題であると考える。

3.再生医療等製品にかかる市場拡大再算定の適用見直し
 医薬品・再生医療等製品において、効能追加などを経て上市時の想定予想より急激に大きく市場が拡大し、一定の市場規模に達した際に価格が引き下げられる市場拡大再算定制度が設けられている。従来の医薬品等では数量の増加に伴い固定費が下がるため、スケールメリットにより1製品あたりの製造コスト削減が可能であり、市場拡大再算定で価格が大きく下がった後も企業は安定供給責任を全うすることができている。一方、この規模の経済性が働くことを前提とした本制度は、規模の経済性が働かない再生医療等製品にも適用される可能性がある。
 自家細胞を用いるようなオーダーメイド型の再生医療等製品は、従来の医薬品とは異なり、複雑で個別化された製造工程・品質管理を必要とするため患者ごとの少量生産の繰り返しとなる。また患者数が増加した場合における流通体制や治療提供体制についても、個別にプロセスを整備する必要がある。このように規模の経済性が働かない再生医療等製品においては、大量生産によるコスト削減は現状では困難であり、規模の経済性を前提とした市場拡大再算定の適用を受けた場合、企業が安定供給を継続することが難しく、患者アクセスを継続して確保することが困難になる。
 再生医療等製品に対して規模の経済性を前提とした市場拡大再算定を一律に適用することは適切ではなく、再生医療等製品の特性を踏まえた見直しの必要がある。

4.医療現場におけるコストを適切に反映する診療報酬制度への改善
 再生医療等製品を持続的に提供していくためには、医療機関が抱えるコストを把握し、適正な収益を確保できる仕組みを整えることも重要である。しかし、現状の診療報酬制度では医療機関のコストを十分にカバーしておらず、再生医療等製品の普及の障壁となっている(※15)。特に、医療機関の設備投資や手技料・管理料の適正な診療報酬上の評価がなされておらず、医療機関側の持ち出しとなるケースが存在している。
 再生医療等製品を持続的に提供するためには、医療機関における設備投資や人材育成への支援が欠かせない。このため、診療報酬の設定には、再生医療等製品の提供に必要な人員・設備等の医療提供体制にかかるコストを診療報酬で十分に評価することに加え、医療機関による設備や人材への投資を正当に回収できる仕組みを組み込む必要がある。

おわりに
 バイオテクノロジー関連技術の高度化が著しい現代において、革新的新薬に関する研究開発が日本で適切に実施され、遅延なく市場に導入され、日本の国民や患者がその恩恵を受けていくためには、日本政府が、イノベーションへの投資が報われ、次のイノベーションに投資できるような持続可能な診療報酬制度および価格制度であることを産業界に対し示していくことが必要である。たとえば、継続的な投与を必要とせず、単回投与のみで優れた有効性・安全性を示すことが明らかにされている再生医療等製品は、臨床的価値に加え、早期の社会復帰に伴う経済的活動や、患者家族・介助者・医療従事者の負担軽減を通じた社会的価値も期待される。したがって、こうした革新的な新規モダリティが適切に評価されるシステムに変革されることは、前述の魅力的な投資対象であることの訴求の一助となりうる。従来の医薬品や医療機器に関する診療報酬制度の延長線上で設計されてきた価格制度を今一度見直し、革新的な新規モダリティとしての特徴を踏まえた評価へと刷新するべきと考える。
 また、医療給付費の財政的な負担が懸念される中で、イノベーションの推進と国民皆保険の持続性を両立させるためには、限られた医療資源を適材適所に運用しつつも、削減余地からの再配分だけではなく、適切にイノベーションの推進が図られるよう引き続き、環境整備を進めていく必要がある。医薬品産業を重要な成長産業・基幹産業と示している国の方針(※16)に基づき、2026年度の薬価制度改革において、適切な変革が行われることを期待する。

[賛同者]
天野 慎介一般社団法人全国がん患者団体連合会理事長
五十嵐 中東京大学大学院薬学系研究科医療政策・公衆衛生学 特任准教授
石田 禎夫日本赤十字社医療センター 骨髄腫アミロイドーシスセンター長
翁 百合株式会社日本総合研究所 シニアフェロー
小黒 一正法政大学 経済学部 経済学科 教授
桜井 なおみ一般社団法人CSRプロジェクト 代表理事
鈴木 憲史日本赤十字社医療センター 骨髄腫アミロイドーシスセンター顧問
豊嶋 崇徳北海道大学大学院 医学研究院 内科学分野血液内科 教授
土居 丈朗慶應義塾大学 経済学部 教授
八代 嘉美藤田医科大学 橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター 教授


※本提⾔の策定は、株式会社ビッグピクチャーの協賛を受けて、株式会社日本総合研究所と一般社団法人新時代戦略研究所が共に実施したものである。

(※1) 日本総合研究所 「革新的な再生医療等製品の持続可能なエコシステムの確立に向けて」(2025年7月)
(※2) 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第236回) 意⾒陳述資料 再⽣医療イノベーションフォーラム 「再⽣医療等製品の価格算定に対する意⾒」(2025年7月)
(※3) 本提言では、薬価や特定保険医療材料といった既存の制度とは別に、再生医療等製品の特性に合致した診療報酬上の評価制度を構築すべきという考えに立ち「価格制度」という考え方を示すものである。
(※4) 内閣官房 創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議
(※5) 内閣府 創薬力向上のための官民協議会
(※6) 厚生労働省 創薬力向上のための官民協議会ワーキンググループ
(※7) 内閣府 創薬力向上のための官民協議会 令和7年6月26日開催 各参加者提出資料(2025年6月)
(※8) 生労働省「令和6年度薬価制度改革について」 令和6年度薬価制度改革における主な改革事項(2024年3月)
(※9) Patel, Kisha K. et al. From concept to cure: The evolution of CAR-T cell therapy. Molecular Therapy, Volume 33, Issue 5, 2123-2140
(※10) 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 「薬価算定の基準について」 別表2 補正加算の計算方法 2(2) (2024年2月)
(※11) 厚生労働省 保険局医療課 「令和2年度薬価制度改革の概要」(2020年3月)
(※12) 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 薬価専門部会 (第43回) 議事録(2007年11月)
(※13) 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第236回) 意⾒陳述資料 再⽣医療イノベーションフォーラム 「再⽣医療等製品の価格算定に対する意⾒」(2025年7月)
(※14) 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第236回) 意⾒陳述資料(薬―5別添) 米国研究製薬工業協会(PhRMA)「2026年度薬価制度改革に関する提言」(2025年7月)
(※15) 厚生労働省 革新的医薬品・医療機器・再生医療等製品創出のための官民対話資料 再⽣医療イノベーションフォーラム 「イノベーションの推進に向けた今後の方策について」(2023年11月)
(※16) 内閣官房内閣広報室 総理の一日 「創薬力向上のための官民協議会」(2025年6月)

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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