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人的資本で拓く、新時代の公務の魅力

2025年10月02日  


 昨今、公務の担い手(行政官)の減少が著しい。民間との給与の格差、働き方の過酷さ、キャリア形成への不安など、若い人に敬遠されるネガティブイメージが先行している。
 しかし、はたして公務は本当にマイナス条件ばかりが揃う仕事なのか。むしろ、スキルフルで意義があり、民間とは異なる魅力のある仕事ではないのか。日本総研が立ち上げた「行政官のスキル明確化とアップデートに関する研究会」に参加した中央官庁経験者が集まった議論では、行政官不足の現状に一石を投じる意見が数多く出された。

【参加者】

唐澤 俊輔
Almoha 共同創業者 COO / Startup Culture Lab. 所長

橋本 賢二
リクルートワークス研究所 研究員

吉井 弘和
VOLVE株式会社 代表取締役 CEO/慶應義塾大学総合政策学部 准教授

石川智久
株式会社日本総合研究所 調査部長 チーフエコノミスト

【司会】山田 英司
株式会社日本総合研究所 理事




若手行政官はなぜ減少しているのか

山田:現在、公務員の担い手不足が言われているなか、とくに、現在から将来の中核となるべき中堅・若手の行政官が不足している背景には、どのような要因があるのでしょうか。

橋本:大きく言うと、2つの要因があると思います。1つは、公務の仕事のやり方そのものへの疑問です。必ずしも目的が明確ではない仕事を多く処理しなければならないことがあるので、はたしてこれが本当に意味のある仕事なのかという疑問が湧き上がる行政官は多いと思います。しかも、民間に比べて公務は手続きが煩雑な場合があるので、それが疑問を増幅させていることもありそうです。
 もう1つは、キャリア形成への不安です。行政官を続けることによって、自分にどのようなスキルが身につき、社会に対してどのようなインパクトを出せるのか。それが見えにくいことが考えられます。自分の将来が不透明な状態のまま、言われるとおりに仕事をやり続けるだけでいいのか。そんな悩みが、若手行政官の退職意向につながっているのではないでしょうか。

吉井:仕事のやり方への疑問とキャリア形成への不安は、まさにおっしゃるとおりです。それに加えてお話しするとしたら、行政官だけでなく民間も含めた人材市場全体として、自分のキャリアは自分で形成したいと考える人が増えている時代背景もあると思います。それが良いか悪いかは別として、若いうちから転職を重ねる人が増えるのは、自然なことなのかもしれません。
 もう1つの要因も今の時代ならではですが、民間がパーパス経営を強く打ち出して、企業活動を通じて社会課題を解決できるというメッセージを強調していることも関係しているでしょうね。かつて、社会課題の解決は官が独占するものでした。でも、官と同じように民間でも社会課題の解決ができるというイメージが定着し、若い人の選択肢が民と官に分散したことで、社会課題の解決を志す人が新卒就活で民に向かうことが増えています。
 ただ、実際の課題の現場では、政策でしか解決できないものも多い。政策を立案、実施する際の中心にいるのは行政官なので、官だからこそできる部分も多いと思います。それでも、民間でもできるというイメージが定着し、行政官の人材獲得、人材保留に苦しんでいる面があると思います。

唐澤:橋本さんと吉井さんのお話で、行政官の担い手不足の要因は網羅されていると思います。そのうえで、私は行政官の仕事はとても魅力的だと感じています。
 これまで、民間企業では売上と利益を上げることをいちばんに考えてきました。しかし、とくに若い人の間でスタートアップで働く人が増えているのは、ただ単に稼ぐという意識ではなく、社会の課題や世の中の負を解消する意識が高まっているからです。その意味で言うと、行政官は国民1億2000万人全員が顧客になります。民間企業が対象とする顧客とは規模が違う。
 私は民間企業でマーケティングを担当したことがありますが、民間企業はマーケティングによって顧客ターゲットを絞ります。でも、行政は1億2000万人全員を幸福にすることを考えます。ターゲットとなる人たちだけが幸せで、その他の人たちが幸せではないという状況は避けなくてはなりません。こうした状況でどのような政策をつくるのか。その壮大さは公務でしか味わえない感覚です。
 私が所属したデジタル庁では、デジタルを活用する国民のことだけを考えているわけではありません。行政のデジタル化によって行政官1人あたりの生産性が向上すれば、それによって生まれた行政官の時間をアナログ対応が必要な国民への手厚い対応に使うことができるといった両面の議論をしながら制度を設計しています。ユーザーの広さと時間軸の長さは、明らかに民間とは違いますね。

石川:最近の変化としては、官は効率性や生産性に傾き、民間は社会課題解決を志向する。官と民がどんどん近接しているところがありますね。とはいえ、たとえ国のあり方を決めるのは政治でも、それを社会に実装するのは行政官の仕事です。国家全体を良くするという極めて大きいミッションに基づく仕事は、民間では難しく、行政官でしか体験できません。そのような仕事に携わった者にしか味わえない魅力や達成感があると思いますよ。
 私はメガバンクの経営企画部勤務を経験していますが、それなりに規模が大きいので手に入る情報も多く、日本国内についてはかなり多くのことを知っていると思っていました。ところが行政に参画してすぐ、それが思い込みであることを痛感させられます。そもそも1億2000万人という顧客数は膨大な数ですし、その人たちが東京や大阪などの大都市圏から地方の中山間地域まで多様な場所に点在する。国土も北海道から沖縄まで長大な地域にまたがっています。それぞれの地域にそれぞれの課題があり、行政官になってはじめて、日本に存在する社会課題をそのように全体として把握できたのです。
 民間では売上と利益を追求するのが基本ですが、唐澤さんが言われたように1億2000万人の幸福を追求するという、実に「青臭い」ことを真剣にやる。その面白さも、得がたい経験でした。それに加えて、日本を良くしたいという思いがあれば、学者や政治家、民間企業のトップ、NPOやNGOなど、民間企業で仕事をしていると会えないような人にも会えて、それぞれの意見を聞きながら法案をつくることができる。そういう仕事に携わる醍醐味は民間ではなかなか味わえないと思います。

行政官の魅力をどのように伝えるか

山田:みなさんのお話しのとおり、行政官が担う公務とは非常に魅力的なものに思えます。ところが、現実にはその魅力がほとんど伝わっていません。報道などで見聞きする公務のイメージは「家に帰れない“ブラック霞が関”」「政治家からの叱責で右往左往」「ブルシットジョブの塊」などネガティブなものが多いです。このようなイメージを払拭し、行政官と公務の魅力を広く認識してもらうには、どのような打ち手が考えられるでしょうか。

吉井:行政官にしかできない仕事は、厳然として存在します。それが魅力の1つになるのではないでしょうか。しかも、若いうちから「一流の人」と仕事ができるのは、行政官ならではの特権です。私は30代後半で厚生労働省に入りましたが、世の中の第一線を走る学者と課長補佐の私が膝を交えて真剣に議論することができる。生え抜きで入省すれば、それを20代でやることができるのです。そんな体験は民間ではなかなかできません。

石川:かなり古い話ですが、かつて経済企画庁の方が民間の有識者に経済審議会の委員になってほしいとお願いすると、薄給にもかかわらずみんな引き受けてくれたという話を聞いたことがあります。つまり、今の若者が社会課題の解決を志向しているように、人にはどこか世のため人のために何かをやりたいという気持ちがあるものです。
 ところが、世のため人のための仕事など、なかなかあるものではありません。普通は、利益を生まなければ仕事が成り立たないから当然です。でも、どんなにつまらなそうに見える仕事であっても、行政官の仕事は絶対に世のため人のためになる。そういう魅力をもっと発信するべきだと思います。公務員になりたいけれど、ネガティブイメージばかりで魅力的な話が伝わってこないから避けるという若い人は、意外にいるものです。

行政官は本当にスキルが身につかないのか

山田:キャリアアップという観点では行政官が民間企業に比べてスキルが身につかないというイメージは、当事者において根深いものがあります。実は、無形のスキルが蓄積されていることはあまり知られていません。

吉井:一般に「隣の芝生は青く見える」ものなので、行政官から見れば民間企業は多様なスキルが身につき、さまざまなキャリアを重ねられるように見えると思います。とはいえ、民間で営業を経験した人のほとんどは、転職しても営業の仕事に従事するケースが多い。会社は変わっても、職種は同じ場合がほとんどだと思います。だとしたら、行政のプロである行政官が、公務を続けることを卑下する必要はないのではないでしょうか。
 しかも、公務ではテーマによって20人から30人という膨大な数のステークホルダーが存在し、その合意形成が必要になるケースが出てきます。マルチステークホルダーの合意を取りつけるスキルは、民間企業で仕事していても身につける機会は少ないかもしれません。そもそも、20人も30人も利害関係者がいたら、日程調整だけでも大変です。

唐澤:行政官に話を聞くと、多くの方々が「私たちはゼネラリストで、民間のような専門性は身につかない」と口にします。確かに、行政官は2年で部署をローテーションするので、さまざまな仕事を短期間で変えていきます。1つの仕事に従事する時間が短いから専門性が身につきにくいという意味で、ゼネラリストと自認しているのだと思います。
 行政組織の場合、ローテーションを前提としており、どのような仕事に変わってもマネジメントができる幹部を育てなければならないので、私はこれが間違ったキャリア設計だとは思いません。問題は、その認識です。専門性が身につかないと彼らは言いますが、私から見れば行政という職の専門家であり、その専門性は極めて高いと思います。民間企業からデジタル庁に移って、それに気づかされました。私たち民間出身者が知らない多くのことを知っている。それは専門性があることに他ならないと感じます。
 行政官は、戦略コンサルティングファームと一緒に仕事をする機会がよくあります。若い人たちが憧れ、優秀な人材の象徴のようなコンサルタントが作成した資料に対して、行政官の多くは高度なロジックでフィードバックができます。それを見るにつけ、行政官の地頭の良さに驚かされます。一方、自分が作成する資料は抜け漏れがなく完璧なものに仕上げる。その力は極めて高いと思います。若いうちからそれを徹底し、かつ2年で部署をローテーションしながらさまざまな仕事を経験し、その都度多様な上司から多くのことを学ぶ。行政官として身につけるべきスキルを学べる環境は整っていると思いますし、個々の行政官は非常に優秀です。

吉井:行政官は、嫌でもロジカルシンキングが身につく環境に置かれます。法令は、世の中のさまざまな事象を漏れなくダブりなく分解し、そのうえで「こういうときはこうしなければならない」というルールです。コンサルの世界でよく言われるMECEという考え方とまったく同じスキルを若いうちから徹底的に鍛えられるので、行政官はロジカルシンキングのスペシャリストとなっていくのです。

橋本:行政官の専門性は一般的にイメージされる「その道のスペシャリスト」ではなく、さまざまなことに広く通じているからこそ、その間にあるつながりを見つけられる能力だと思います。
 課題解決のためにまったく異なる分野をコラボレーションさせる必要があるとき、それぞれが使う言語や主要な関心が異なる場合があります。そうした状況では、当事者だけで方向性を見いだそうとすることはなかなか難しいです。
 そこで力を発揮するのが行政官です。異なる分野にある程度通じている行政官が介在することで、解決するべき課題や論点の交通整理が行われて、合意形成に向かいやすくなります。行政官が合意形成のスペシャリストだからこそ、さまざまな専門性を結合させて新しいものを生み出すことができます。

石川:行政官は2年間で部署をローテーションするため、その2年間で成果を出さなければなりません。2年間で法を改正する、2年間で2回の骨太の方針をつくるなど、出すべき成果が決められているなかで仕事をする。その意味で、プロジェクトマネジメントのスキルも高いと思いますね。
 民間企業には横串を刺すのが得意な人がいて、組織は彼らによって回っていると言っても過言ではありません。行政官にも同じような能力を持った人がかなりいると思いますが、民間にある「横串」や「プロジェクトマネジメント」という言葉が、行政官の世界にはありません。現状では、行政官が保有するスキルをうまく言語化できていないところがありますね。

行政官のプロ意識と学びを厭わない姿勢

山田:その意味では、民間企業よりも異動の頻度が高いため、短期間で順応できるような資質と努力が必要になるということでしょうか。

唐澤:官の世界は、民間のように頑張って成果を出せば給与が増える仕組みではなく、制度的には頑張らなくても成り立ってしまう構造です。なんとなく仕事をこなしながら2年間で別の部署に異動する。そんな仕事のやり方をしようと思えばできますが、僕はそうした行政官はあまり目にしませんでした。
 事実、異動してから1カ月間で新たな業務を完全に把握し、2カ月目から自走するレベルまで持っていき、3カ月目でその分野の説明を自分の言葉でできるようになります。例えば自身の着任から3カ月目で大臣が変わったとしても、新大臣に対して行う「所管事項(管轄・管理する事務や業務の全体像)説明」は完璧にやり切ります。「まだ異動して3カ月しか経っていないので、完全ではありませんが……」という言い訳を行政官がしたところは見たことがありません。そのプロ意識はすさまじいものがあります。

石川:着任後すぐに全体の所管事項を包括概念として理解し、自分の仕事に落とし込み、それまでの人脈のなかでつなげられるものをつなぎ、新しい政策をつくる。高度なスキルがないととてもできる仕事ではありません。

吉井:所管事項説明も含めて、人に対して説明しなければならないのが行政官です。新たに獲得した知識を自分のなかで咀嚼することが習慣的に行われています。理解力が高くてそのスピードも早いのが行政官のスキルと言えばスキルですね。

橋本:カウンターパートもその都度変わりますからね。対大臣と対国民で同じ言葉を使っていては伝えられません。

唐澤:行政官自身、裏方の細かい実務の仕事をしていると感じている人も多いと思います。でも、どの仕事も大きな構想に基づいて行われているので、全体の構想を描けないと行政官は務まりません。包括的な概念をマクロで描く力は、民間ではあまり得られることではないと思います。

石川:あまり言われませんが、国家公務員総合職試験はよくできた仕組みだと思います。法律を知らなければ受かりませんし、経済も知らなくてはなりません。ほかにもどこの世界でも通用する「基礎学力」については、行政官は絶対的に高い。そこはもう少し認めるべきだと思いますね。

橋本:学力に加えて、学習に向かうマインドも高いですね。

吉井:そうですね。しかもそれは、年齢を重ねても失われません。一般に、歳を取れば勉強する意欲も身につく速度も衰えますが、行政官はそれに当てはまらないケースが多いと思います。

行政官のスキルを暗黙知から形式知へ

山田:基礎的な能力については国家公務員試験で選抜されてはいますが、入庁後に獲得するスキルがあまり形式知化されていません。暗黙知を前提としたOJTが続くので、昨今はできるだけ形式知化する方向に進んでいる。これは民間にも当てはまるテーマかもしれません。

唐澤:民間の大企業は研修が充実していて、OJTとOFF-JTのバランスがいい。行政官はもう少しOFF-JTがあってもいいかもしれませんね。

橋本:行政官は担当する分野に関係する研修は少なく、個人の自己研鑽に任されています。しかし、日ごろの実務でアウトプットし続けなければならない状況に追われ、インプットの時間が相対的に少なくなっているのが現状です。

唐澤:行政官は途中で辞める、途中から入ることが想定されず、省庁に入ったらそこでずっと働き続けることが前提になっています。だからこそ、先輩の背中を見ていれば人材は育つというのが前提になってしまう。公務特有の仕事の進め方が暗黙知になってしまうのは当然です。
 もちろん、その部署に入って同じ部署で働き続けるのであれば、特有の仕事の仕方のままでも構いません。でも、5年で転職するのが当たり前のアメリカでは、人が入れ替わる前提で仕事のやり方を設定しないと仕事が滞ってしまいます。行政官だけで仕事を進めるのではなく、外部の人が出たり入ったりしながら公務が行われるようにもなってきたので、人が変わらない前提は崩れました。だとしたら、もう少し普遍的な仕事のやり方にしてもいいですよね。

吉井:暗黙知のままで弊害がなかったのは、行政官の労働時間が異様に長く、夜中に先輩が後輩に教えていたからです。

石川:確かに、国会待機が勉強の場であり、暗黙知を伝える場でしたよね。

吉井:ところが、霞が関でも働き方改革が進み、業務時間が短くなると、暗黙知を受け継ぐ機会も一緒に減ってしまいました。普遍的な仕事のやり方を形式知化してトレーニングすることも必要ですが、暗黙知をどのようにして伝えるかについても考え直す必要があるでしょうね。

唐澤:無限に働くことがいいこととは思いません。ただ、夜中の2時に上司に声をかけられ、「今から日本の未来について考えるぞ」と言われ、眠い目をこすりながら議論するのが、重要な機会になっていたこともまた事実だと思います。
 もちろん、夜中の2時にやる必要はまったくないので、勤務時間内にやればいいとは思います。そうした時間が奪われていることが問題で、そのためにも業務の生産性を上げるべきなのです。それによって新たに生まれた余白の時間を使って、ビジョンを考えたり、クリエイティブなことをやったりしようという思想に変えるべきですね。

形式知共有のカギは現場×研修

山田:民間では、自分に自信があればあるほど研修に対しての期待値が低くなっていくものです。行政官も、国家公務員試験などでスクリーニングされ、日々の勉強と上司からのトレーニングもあるので、やはり研修に対する期待値は低い。行政官のスキルを上げ、形式知化するための研修について、現状の課題はどこにあると思いますか。

橋本:確かに、研修に対する期待値は総じて低いですね。だからこそ、勉強すればわかる内容ではなく、現場に行かなければわからないこと、あるいはみんなで議論していくなかで何かを得ていくことなど、体験的な要素を強めていく必要があると思います。
 行政官の学習意欲は高く、インプットしたいのはむしろ現場にしかないものだと思うのです。世間で課題だと言われていること、教材としてまとめられていることは、すでに課題として顕在化しています。一方で、世間でも知られたり教材になったりする以前の課題は現場に行かないとわからないので、それを先んじて取りに行く機会を創出する必要があります。働き方改革を進め、外に出て現場の人と話をする時間をいかにつくるか。それをいかにして形式知として共有するか。そこにかかっていると思います。

吉井:研修は基本的に、参加者が理解できるようにある程度抽象化されたテーマで行われます。ケースメソッドも、現場で起こっている「生もの」をケースに仕立てる段階で、多くのものが捨象されて抽象化されます。だからこそ大事なのは、日々の業務のなかで具体に触れ、研修で学んだ抽象との間で往復運動をすることだと思います。

公務におけるマネジメントの変容と、今後必要とされるスキルとは

山田:現場と研修の往復のサポートを行うことこそが上司が行うべき重要なマネジメント項目の1つですよね。

吉井:そうですね。でも、そこがまだあまり意識されていません。研修をマネジメントとして活用する意識はなく、日々の激務からの解放という「ご褒美」扱いされていることは問題だと思います。

唐澤:部門ごとの専門性は実務で学んだり、必要な専門性が外部にあれば学びに出て行ったりするなど、それぞれの局や部門で考えてもらえればいいと思います。ただし、どの部署でも共通して必要なマネジメント手法については横断的にやらなければならない。つまり、個人技で構わない部分と個人技ではいけない部分を切り分ける必要があるのです。
 なぜなら、管理する立場の人間が各々異なるマネジメント手法をとってしまうと、部下は自分がつく上司が変わるたびに仕事のやり方を全面的に変えなければならないからです。上司によっては、仕事の早さを褒める人と、内容の練度を褒める人がいます。そうなると、部下は早く出したほうがいいのか遅くてもよく練ったほうがいいのかわかりません。実際は、官は完璧を求めるので、早くても練られていないと怒られます。練られていても遅いと怒られる。常に怒られるので、どちらにも振れません。だからこそ、管理職が共通したマネジメント手法を持つことが必要なのです。

山田:これまでは、マネジメントは管理であり、上意下達であてがわれたものを粛々とこなすものと理解されてきました。でも、現代のマネジメントは変わりました。共通の言葉を探す、共通の価値観をつくる、それをもとに工夫をする。それを成し遂げるには、組織が成長するための何かを与えるマネジメントをしなければなりません。官もそういう時期に入ったと思いますが、誰が何を変えるべきでしょうか。

橋本:組織に合ったマネジメントスタイルは、トップも含めた管理職が「自分たちの組織はどうありたいのか」を徹底的に議論して、合意することから生まれます。議論の過程では職員の意見を聞くことも必要です。そういう議論を踏まえて明快に言語化し、それを行動として実践できるように、現場を率いる課長だけではなく、次世代のマネージャーである課長補佐や係長まで含めて浸透させていくことが必要です。
 自分たちがどう働きたいのか、どのように価値を創出していきたいのか。そこに組織全体で向き合うことから始めないと、実装というレベルに進むことはできないのではないでしょうか。

山田:民間企業では、マネジメント職でも財務と人事は専門職の色が強く、転勤しても人事は人事、財務は財務の仕事に就くケースが多い。公務の世界でも、マネジメントの専門性は必要になってくるのでしょうか。

橋本:絶対に必要ですね。人事行政諮問会議の提言にも入っています。

唐澤:中央官庁全体を1つの会社と見立てるのか、各省をそれぞれ1つの会社と見立てるのかによって違うかもしれません。人事院を中央官庁全体の人事部とすれば、各省の秘書課はHRBP(事業部門担当の人事)という位置づけになります。
 そのとき、制度設計は人事院がやることになりますが、現場への権限委譲はどこまで行うのか、全体で一枚岩になる部分はどこまでか。それについてしっかり設計しないと、うまく回りません。ただ、行政官はそれぞれの省に採用されているので、なかなか中央官庁を1つの会社と見立てる意識は持てないかもしれませんね。

山田:内閣や内閣官房が持ち株会社のような位置づけで、各省がその傘下に入るカンパニーのように見えます。グループ経営として、各カンパニーがうまく役割分担ができればいいと思いますが。

橋本:人事面に関しては、HRBPたる各省庁の秘書課や人事課は省庁内に対しても力が弱いことがあります。そのような省庁の人事に対しては、人事院や内閣人事局が人事を支援する仕組みをつくったほうがいいです。そうしなければ、本当の意味ですべての行政官にマネジメントが行き渡るような形はつくれません。

唐澤:各カンパニーに任せたくても、国家公務員法に基づいているので、勝手には動けません。権限を与えても、結局は人事制度を変えられないので、人事院がしっかりとした制度設計をしなければならないと思います。しかし、人事院が制度設計をするには現場を理解する必要があります。これまでのように人事院にこもっているだけでは、実態はつかめません。現場を経験し、現場を理解している人を育てたうえで制度設計を行い、マネジメントの改革を進めていってほしいと思います。

官にこそ必要な「人的資本」の考え

山田: 今後、官民が連携して政策の立案と実行を担うことが想定されます。官民の人材の行き来も増えていくでしょう。スムーズな人材の行き来と生産性向上を実現させるためには、スキル・マネジメント力の向上が必須です。そのためには人材への適切な投資が欠かせず、民間と同様、もしくはそれ以上に「人的資本」が重要な視点となります。このような考えを進めるといわゆるリボルビングドアの確立につながりますが、具体的にはどのような仕掛けが必要でしょうか。

唐澤:出向というスキームは任期が2年と決まっていて、自治体や民間企業から来てもらっています。ただ、それはあくまでも欠員補充の意味合いがメインとなっています。中途採用にしても民間交流にしても民間任用にしても、足りないところの穴埋めをしているケースが多いのです。そうなると、どうしても行政の専門家である行政官の下で勉強しながら実務を手伝うという構造になってしまいます。結果として、出向してきた人の専門性やケイパビリティを生かしきれていないケースが多い。
 デジタル庁の場合は、独自に採用をかけ、希望した人が面接を受けに来て、合格者には非常勤国家公務員として働いてもらっています。したがって、出向のスキームとは異なります。デジタル庁が立ち上がって4年が経ちますが、行政官は2年で元の省に戻るものの、独自に採用した創設メンバーは今でも残っている人も多くいます。なぜなら、デジタル庁のように行政におけるシステム開発やサービス展開には時間がかかるからです。そういう業務には、2年で戻すという画一的なスキームを適用すべきではないでしょうね。プロジェクトの期間や内容を加味して設計し、ノウハウの残し方、人材の育成方法、業務の引き継ぎ方を設計したほうがいいと働いていて感じました。

山田:逆に、戻りたい行政官もいます。その処遇として、どこが変革のポイントになりそうですか。

吉井:戻りたい人から実際に受ける相談として「戻る道はあるのか」「戻ったときにどのような待遇になるのか」というものがあります。彼らが気にしていることに見通しを立てられるようにするのが、まずは大事なことだと思います。
 また、辞めることが想定されていない組織は、どうしても固有の仕事のやり方を追求してしまいます。それは仕方がないとしても、その仕事のやり方が非効率な場合は、外から来た人が素朴な疑問も発しながら、仕事のやり方を見直す必要があります。
 大事なのは、クリティカルマスを超えることです。どの組織にも、官民交流で来ている人や団体から来ている人など、出向も含めると中央省庁にはすでに多くの外部人材がいますが、その多くは仕事のやり方を変えられるほどの立場に立っていません。各階層にクリティカルマスを超える3割程度の人が外部から入れば、仕事のやり方も見直され、行政経験が短い人にも働きやすい環境ができるのではないかと期待しています。

唐澤:確かに、数は力だと思います。1割、2割の人が動かなくても、全体は大きく困りません。しかし、例えば外部から入って来た人が半数になれば、彼らに動いてもらうしかなくなります。おのずと、どう動かすかを考える。そうなると、仕事のやり方を考え直すことを検討せざるをえなくなります。

期待される行政官としてのあり方

山田:外部環境の変化が激しく、組織と業務のあり方によって求められるスキルは変わってきます。公務の世界にもAIが入り込み、定型・反復的な事務仕事は減っていくでしょう。一方で、今日の議論にも出たように、AIができない仕事として挙げられる「人と人をつなげる」ことが行政官の魅力だと思いますが、これからの行政官のあり方として期待されることはありますか。

唐澤:国は働ける職員の数が決まっているので、人員を増やすのは難しいと思います。民間は人員を増やしたらその分だけ売上と利益を上げれば問題は起こりませんが、公務には売上という概念がないので、その理屈も通らない。人員を増やせないなかで、外部にアウトソースすることで業務を回しているのが現状です。
 今後は、コンサルティングやリサーチなどアウトソースしている業務の多くがAIに代替されていくでしょう。それを本格的に進めれば、時間とコストに余裕ができるはずです。それを人に投資し、人を育ててより良い政策をつくり、よりダイナミックでイノベーティブな動きに時間を割くことができるようになる。それこそが、未来につながるはずです。
 ただ、そのサイクルがない現状では、目の前の不足分を毎年のように発注し、何とか穴埋めせざるをえない。人的資本経営の手法は、未来をつくる時間を生み出すためにも必要です。中長期的に人に投資しながらマネジメントしていくために、抜本的に仕事のやり方を変える行動を起こさなければなりません。

橋本:何よりも、公務を限られた人しか担えない専門領域にしないことが重要です。これから先、労働力が減っていくのは明らかです。「初職から行政官を続けてきた人以外は公務を担えない」などということを言っていられなくなる状況が必ずやってきます。公務を経験していない人たちと一緒に公務を担うことを前提に考えれば、公務経験に関わらずどんな人でも担える状態にしなければなりません。そのためには、AIなどのテクノロジーの活用は不可欠ですし、仕事はより効率的な方法に変えていくべきです。

吉井:行政官は高いスキルを持っている人たちです。魅力ある仕事だとも思います。それぞれの行政官が自信とプライドを持って仕事ができるような環境をつくってほしい。そこで大事なのは、幹部の意識です。優れた政策を継続して世に届けるためには、自分たちが人を大事にしないといけないということを意識してほしいと思います。その具体的な形として、組織の中のことを議論することに対して、幹部の方々にもっと時間を使っていただきたいと考えています。

石川:むしろ、今はチャンスでもあると思います。多くの人の意見を聞き、行政官の仕事を魅力的にしようという動きがあります。私たちのような霞が関から去った人も、これだけ多くのことを議論しています。それだけ行政官の仕事を愛しているからです。健全な愛と健全な危機感をうまく使い、より良い状況をつくってほしいですね。
 当然、AIは使わざるをえないでしょうが、行政官は2年ごとのローテーションで新しいことを覚えることが習慣になっています。新しいことに対する抵抗がない。積極的にAIを使って効率化し、国のために新しいことを生み出すイノベーティブな仕事をしているとアピールしていけばいいのではないでしょうか。
以上


【出席者プロフィール】

唐澤 俊輔(からさわ・しゅんすけ)
 日本マクドナルド、メルカリ、SHOWROOMを経て、デジタル庁でCCOとして官民協働する行政組織への改革を牽引。現在は、経営・組織コンサルティングおよび人事システムの開発を行う。『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』著者。

橋本 賢二(はしもと・けんじ)
 2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて働き方改革に関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。

吉井 弘和(よしい・ひろかず)
 東京大学理学部数学科卒、英国LSE・米国コロンビア大学公共経営学修士。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社にて多くの企業の変革に携わり、厚生労働省・外郭団体を経て2022年にVOLVE株式会社を創業し、官民をまたぐ越境転職を支援。慶應義塾大学総合政策学部准教授。

山田 英司(やまだ・えいじ)
 民間企業勤務を経て、2001年日本総研に入社。2017年より理事。2025年より経営研究センター長。官民双方の組織・経営管理・人事分野のコンサルティングに従事する傍ら、政府や自治体の外部委員、民間企業の社外取締役も務める。

石川 智久(いしかわ・ともひさ)
 1997年住友銀行入行後、三井住友銀行経営企画部金融調査室などを経て、2017年日本総合研究所関西経済研究センター長。2022年内閣府政策企画調査官(経済社会システム)。2023年より現職。

*この座談会をまとめた内容は、広報誌『Think & Do』AUTUMN 2025 No.3に収録しています。
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