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従業員のウェルビーイングと子どもとの対話

2025年06月16日 村上芽


 個人のウェルビーイングの実現には、「身体」と「精神」の健康に加え、その人に①社会との繋がりがあり、②自分の居場所・役割があって、③周囲に受け入れられていると感じるという「社会」的な要素も重要である(※1)。これらをそれぞれ切り離さず高めていけるような職場づくりが求められるようになり、従業員向けのアンケート調査などでその実像を把握しようとする企業が珍しくなくなった。

 ここに「子ども」というステークホルダーのレンズを挟んでみると、何が見えてくるだろうか。子どもの生活環境は、保護者の仕事によって左右されるため、子どもは企業による影響を受けやすいステークホルダーである。子どもが従業員の仕事をどう見ているかということと、従業員の仕事に対する満足感や向上心のあいだには、何か関係があるのではないだろうか。

 従業員向けのウェルビーイングや働きがいに関するアンケートにこの視点を取り入れて、子ども世代との対話に関する質問を追加したのが、兵庫県明石市に本社を置く土木用プラントメーカーの日工株式会社である。

 同社は「世界を、強くやさしい街に。」というビジョンのもと、アスファルトや生コンクリートの製造プラントの製造やメンテナンス管理を中心に、インフラ整備や災害対策を支える事業を展開している。従業員が自律的にキャリアを選択できることを重視するほか、カーボンニュートラルの実現を未来世代への責務と位置付けている(※2)

 定期的に実施する従業員向けアンケートにあわせ、子ども世代との関わりの状況(自分の子以外を含む)を確認し、特に10~18歳の子のいる従業員が、子どもからどう見られていると考えるかを質問した。該当したのは全体の約16%だったが、同社平均よりも男性が多く、年齢も高い層となった(※3)
 この年代の子であれば、学校で仕事について学んだり調べたりする機会があると想定でき、実際、約7割が子どもから仕事のことを聞かれたことがあると回答した。アンケートは、子ども自身ではなく親である従業員に対して実施しており、次の3点について、親の主観としてどう感じるかを聞いた。
・子どもがあなたの仕事の内容をどの程度知っていると思うか
・子どもがあなたの仕事をどう見ていると思うか
・子どもがあなたの働く時間についてどう見ていると思うか

 結果、子どもから「いい仕事」だと思われていると感じる人は、全体よりも、仕事の楽しさや生活の豊かさを強く感じる傾向があった。逆に、「普通レベル」の仕事だと思われていると感じる人は、全体のエンゲージメントのスコアが低めになる傾向があった。
 子どもから「いい仕事」だと思われていると感じる人のなかでも、働く時間が「働きすぎ」と思われているかどうかで分けると、豊かさの感じ方や将来への期待でばらつきが出た。絶対数が少なく様々な固有の事情が働いているとも考えられ、関係性を論じることは難しいが、「そういうケースもある」ことを企業側が理解する手がかりになる。
 一方、子どもから仕事の内容をどうみられているかにかかわらず、働く時間が「働きすぎ」と思われていると考える従業員の年齢は、該当者のなかでは低めに出た。親の年齢が若めということは、子どもの年齢も10~18歳のなかでもより小さいことが想像できるが、高校生よりも小学生の方が、家族で過ごしたい時間が長いという可能性があるのかもしれない。さらに、「働きすぎ」というとネガティブな印象だが、このグループでは全体のエンゲージメントスコアが高めに出ており、「子どもからみて忙しいけれど頑張っているお父さん」というイメージなのかもしれない。

 このように、「子どもからどう見られているか」というレンズを入れることによって、これまでとは一味違う、従業員のウェルビーイングへの理解を深めることができるだろう。同社がもともと持っている「未来世代への責務」といった考え方とも響きあう。
 企業がステークホルダーの意見を聴くという意味では、子ども自身の考えを直接聴く機会を作ることが理想ではあるものの、まず現状把握を始めた同社の取り組みは、子どもの立場から見ても貴重なきっかけになる可能性がある。
 先に述べたように、子どもの生活環境は、保護者の賃金水準や勤務時間、休暇の柔軟性、働く場所などに大きく左右される。加えて、子どもが、自分に関わりのあることに関する意見を聴いてもらえる、ということは「子どもの権利」の1つとして国際的に認められたことだが、保護者に時間的、精神的余裕がないとじっくり子どもの話を聴くことは簡単ではない。従業員に、子どもと話せる時間や機会を作れているか、ということは、子どもの権利に貢献する行動だといえ、その実情を把握することは、従業員のためにも、子ども世代のためにもなる第一歩だと考える。
 

(※1) 村上芽[2024] 企業が従業員の社会的ウェルビーイングに取り組む意義
(※2) 日工グループ統合レポート2024
(※3) 60代も該当者に含まれている。国内でウェルビーイングに関する大型の調査である労働研究・研修機構の「仕事と生活、健康に関する調査」は対象を35~54歳としているが、子ども世代と父親という組み合わせを考える場合には、54歳で区切るのは若すぎる可能性もある。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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