オピニオン
農産物の「環境配慮」の価値の見える化・伝達の挑戦
2024年09月25日 前田佳栄
筆者の実家は農家のため、幼いころから身近に農業がある環境で育った。家族は毎日天気予報を確認し、晴天が続けば雨はいつ降るのか、雨天が続けば病気は発生しないか、などと心配は尽きず、いつも作物の生育を気にして過ごしていた。また、頻繁に畑の見回りに行き、作物の背丈や葉の色などを見て、いつどのような肥料を与えるべきかにも頭を悩ませていた。週末や長期休暇には作業の手伝いをしてきたので、いかに作物を育てることが一筋縄でいかないかはわかっているつもりだ。同時に、試行錯誤を重ねて育ててきた農産物を「美味しい」と言ってもらえることが、いかに農家にとって嬉しく、張り合いになることなのかもわかる。
ほとんどの農業者は、同じように毎日農産物のことを気にかけながら、少しでも美味しく安全な農産物を安定的に供給しようと工夫を重ねているのだと思う。そんな工夫の一つに、化学肥料の使用量削減の取り組みがある。農業分野の温室効果ガス(GHG)排出量を減らすためにも重要な取組みだが、肥料の過不足を防ぐため、栽培前には土壌の性質や栄養素の状態を分析して、肥料の種類や配合を計画し、栽培期間中には農作物の生育具合を見ながら、必要な量を必要なタイミングで与えるよう調整するなど、手間のかかる作業である。最近では、生育が不十分な場所を判定し、その場所にピンポイントで肥料を散布する等のスマート農業技術も導入されつつあるが、広く技術が普及するにはまだ時間を要する。化学肥料に代えて、有機肥料や堆肥を施用する方針を採っている農業者もおり、環境にも配慮した取組みとして評価できるものの、持続可能な農業経営として成立させるには、相当の工夫と経験が求められる。
問題は、このような工夫や取組の価値がサプライチェーンの川下、すなわち流通や小売には伝わらず、農産物の単価向上や販売量増加になかなか繋がらないことだ。直売所や産直EC(インターネット通販)などでは、消費者に農業者の想いや栽培の工夫を伝えることで、価格向上やリピーターの獲得につなげている成功例があるものの、それはごく一部だ。国産青果物の約8割は卸売市場を経由して食品加工・小売・外食などに流れており、ここでの選択基準は価格の安さが重視され、環境的な価値が考慮されることは少ない。
この構造を何とか変えられないかと、当社では上記の化学肥料の削減のような農業者の工夫について、環境配慮の観点での価値を見える化・伝達することに取り組んでいる。背景には、大手の食品関連企業を中心にした、原材料農産物の調達に係るGHG排出量削減への関心の高まりがある。そうした企業に対して、その農産物がGHG排出量削減にどのような工夫をしていて、それがどのような価値や効果を生んでいるのかを情報として提供すれば、農産物の単価向上を実現できるのではないか。この仮説に基づき、当社では、2023年より三井住友銀行とともに、農産物の生産に係るGHG 排出量の算定・可視化やGHG削減策の検討に向けた支援を行うアプリ「Sustana-Agri(仮称)」を開発し、農業者や食品関連企業との実証を行ってきた(※1)。
この活動を通じ、多くの食品関連企業と意見交換してきたが、そこで明らかになったのは、「環境に配慮した農産物を商品に使いたい」「投資家に向けてカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みを打ち出したい」等の意向はあるものの、現時点では、価格転嫁が難しいことなどから二の足を踏んでしまうケースが少なくないという企業側の事情である。今後、原材料の調達におけるGHG算定の義務化が制度化されるなどの外部環境の変化があれば、一気に状況は変わることが想定されるので、現時点での価格転嫁は難しいとしても、農産物の環境価値の見える化・伝達に向けた挑戦を続けていく。
(※1) 日本総研ニュースリリース 『農産物の温室効果ガス排出量の算定・可視化クラウドサービス「Sustana-Agri(仮称)」に関する実証事業開始の件』
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。