高齢化や生産年齢人口の減少が進む中で、ビジネスケアラー(仕事をしながら家族等の介護に従事する者)が増加しており、国や企業に対する影響の大きさから注目が集まっている。2023年3月には経済産業省が、日本全体でのビジネスケアラー人数や経済損失についての将来推計を公表し、話題を呼んだ(図表1参照)。推計では、2030年には家族介護者833万人に対してその約4割(約318万人)がビジネスケアラーとなり、ビジネスケアラーの離職や労働生産性の低下に伴う経済損失額は約9兆円に上るとされている(※1)。ここでまず注目すべきは、介護離職者と比べての”ビジネスケアラー”の人数の多さ、損失額の大きさである。
これまでわが国では2016年に政府が「介護離職者数ゼロ」(※2)を掲げるなど、「介護離職の防止」に焦点を当てた取り組みが進められてきた。一方で、同推計におけるビジネスケアラーは介護離職者に対して数十倍もの人数が存在するなど、介護離職者に比して”ビジネスケアラー”の人数の多さが際立っている。さらに、同推計におけるビジネスケアラーは、就業構造基本調査における有業者のうち”仕事が主な者”かつ介護を行っている人のみを対象としているが、多様な働き方の推進が進む昨今においては、仕事が従な者(=家事を主としてパートなど働く方など、有業者ではあるが仕事を主としない者)も増えてくるであろう。そこで、仕事が従な者までを含めた”有業者”かつ介護を行っている人を含めた結果も紹介したい。この”有業者”かつ介護を行っている人を含めた場合、働きながら介護する人が同推計では2030年時点で約438万人に上り、図表1に示すような”ビジネスケアラー”の人数がさらに増加することも示されている。今後、女性の社会進出や高齢者の雇用促進等が進む中においては、数値がさらに上振れする可能性もあると考えられる。
加えて、年齢別では45歳以降になると親の介護を担う人が急激に増加する。上記経済産業省の公表結果に基づき、年齢階層別のケアラー人数およびその年齢別の将来のケアラー人数を算出した以下グラフをご覧いただきたい(図表2参照)。
本試算によると、2020年時点で40~44歳の層におけるケアラーの人数は33万人であるのに対し、45~49歳の層における人数は65万人となるなど、家族の介護を行うケアラーの人数が45歳以降に倍増していることがわかる。さらに、45~49歳の層におけるケアラーの人数は、10年後の2030年時点に171万人となり、当該年齢階層の17.9%(=およそ6人に1人)が介護をしている状態となる。この45歳以降の年齢層は、企業において事業活動の中核を担う人材、つまり管理監督者やミドルマネジメント、熟練した技能を有する人材である場合が多いことから、企業の事業活動への影響についても着目すべきである。これらの人材が仕事と介護の両立困難に直面し仕事の質や量が低下した場合、本人のみならず同僚や部下、関係部門など組織における生産性の低下、ひいては事業活動全体に悪影響を与える可能性も大きいことも懸念される。
また、経済損失も約9兆円と多大である。同推計では、介護離職による労働損失額が約1兆円、介護離職による育成費用損失や代替人員採用にかかるコストがともに約1,000億円であるであるのに対し、仕事と介護の両立困難による労働生産性損失額は約8兆円であることが示されている。これはビジネスケアラーの人数の多さが影響している。経済産業省の推計を受託した日本総研の調査では、仕事と介護を両立する人の生産性は、そうでない人に比べて約27.5%低下することが示されているⅰ。つまり、労働力そのものがなくなる介護離職に比べると一人当たりの影響は小さいものの、人数は上述の通り数十倍であることから、トータルでは介護離職と比べても大きな経済損失が発生しているといえる。
国や企業においては、2016年に政府が「介護離職者数ゼロ」を掲げたことなどをきっかけに、介護休業制度の見直しなどが行われた。これらにより2010年以降上昇傾向にあった介護離職者数は大きく増加することなく推移しており、「介護離職者ゼロ」に向けては大きな前進がみられている。一方、上述のようにビジネスケアラーの生産性損失は一人当たり約27.5%であり、労働力そのものがなくなる介護離職に比べると比較的小さいため、企業の課題としても捉えられにくい傾向にある。そのため、企業においても介護離職を防ぐことに重きが置かれ、働きながら介護を行う社員のパフォーマンスの低下やキャリアに対する不安への対応ついては十分な検討がなされてこなかったことも指摘されている。結果として、多くの企業において「仕事と介護の両立は”従業員自身の自助努力により行うもの”」とされ、従業員自身がその悩みを上司や同僚に相談しづらくなっているのが実態であると考えられる。企業の経営者や人事担当者、管理監督者にとっては労働力そのものがなくなる「従業員の離職」の影響に注目が向きやすいが、介護離職による損失よりもはるかにトータルの損失額の大きい「仕事と介護の両立困難による損失」にこそ着目し、取り組みを進めることが求められている。つまり高齢化や生産年齢人口の減少が進む中において、サステナブルな高齢化社会を実現するためには、従業員の自助努力に頼りすぎることなく、国や企業による「仕事と介護の両立を支援する」対応・施策に取り組むべきであるといえる。
加えて、昨今では「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」として人的資本経営にも注目が集まっており、経済産業省や金融庁などが国としての取り組みを進めている。2023年3月期の有価証券報告書からは、人的資本に関する社内環境整備方針などの記載が義務づけられるなど、人的資本の価値の最大化に向けて従業員が安心して仕事に取り組む環境の整備が必要とされている。つまり、人的資本経営に取り組む観点からも、今後企業内で増加するビジネスケアラーがその人的資本の価値を最大化できるよう、安心して仕事に取り組む環境や制度の整備、パフォーマンスの低下やキャリアへの不安に対する対策などが企業に求められているといえる。
本稿では、経済産業省の公表結果を基にわが国における仕事と介護の両立困難による経済損失に着目し、その支援の必要性について述べた。では企業は具体的に何に取り組めばよいか。そこで次回は、ビジネスケアラーの本音や企業に求められる取り組み、その実践に向けたポイントを解説する。
(※1) 経済産業省 第13回経済産業政策新機軸部会資料「新しい健康社会の実現」(2023年)
(※2) 安倍内閣の経済財政政策 - 内閣府 (cao.go.jp)
関連リンク
連載:ビジネスケアラーの実態と企業に求められる取り組み
・第1回:わが国における仕事と介護の両立困難による経済損失
・第2回:企業に求められる取り組みや実践のポイント