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【農業】
生物多様性保全が求められる農業と農村DXの活用

2019年06月11日 古賀啓一


 わが国農業は技術、制度の両面から革新の機会にあり、異業種も含めた多くのステークホルダーから引き続き高い関心を集めています。農業生産者が減少していく中で、いかに効率的で質・量を高めた農業生産を実現するかが関心の中心です。ところが、海外に目を転じると、農業生産活動そのものが手放しで望まれているわけではない状況もうかがえます。

 「地表の75%、海洋環境の40%、内陸水路の50% の土地利用形態が変更されており、生物多様性減少の大きな要因となっている。特に農業については1980年以来、農業生産拡大の半分以上は原生林の破壊によって実現した」2019年5月、こうした刺激的な指摘が、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES:Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)から発表されました。IPBESは、気候変動枠組条約でいうところのIPCCと同様の位置付けの組織で、政策決定に必要な科学的根拠を提供する役割を果たします。そして、そのIPBESが、生物多様性の減少を進めている要因の一つとして農業に厳しい目を向けているのです。

 将来的には、農業分野のみならず関連する産業においても、レピュテーションや訴訟、規制といったリスクへの対応が求められることになります。サプライヤーに対する調達基準や監視の目を一層厳しくする必要があるでしょう。

 翻って、わが国の農業についてはどう考えるべきなのでしょうか。わが国も、農業の発展は土地の開拓に始まり、水路や農道といったインフラ、周辺環境の整備を伴いながら今日に至っています。とはいえ、現在進行形で農地面積を拡大しているわけでもなく、また、「里地里山」といった農業と共存する生態系のあり方も認知されており、海外の議論と同一視することはできないという認識も一般にあるでしょう。

 生物多様性の保全のための方針転換を迫られる農業とわが国の農業の違いを明確化する必要があります。わが国において、農業が生物多様性の減少の原因となっていないこと、つまり、「里地里山」の生態系が農業生産活動を通じて現在も保全され続けていることを立証していくということです。そのためには、農薬や肥料の規制を守って使用している、ということではなく、農薬や肥料を使った結果である農地周辺の環境の生物多様性をモニタリングしていく、という視点に切り替える必要があります。

 具体的には、地域ごとの生態系を特徴付ける指標種の動態を把握していくことになると想定されます。すでに一部の生産法人では農地環境周辺の生き物調査を消費者向けイベントとして提供する取り組みがあり、農産物のブランド化や就農人口増大に活用されています。しかし、把握された生物種をデータ化してその動態まで分析できるように蓄積させている事例はなかなか確認できません。こうした野生生物のモニタリングを農業生産の関係者のみに求めることは非現実的で、農地を含む農村レベルでモニタリングをし、地域の農業を守っていくという視点が重要なのではないでしょうか。

 モニタリングを誰がどのようにするのかという視点に示唆を与えてくれる事例も生まれつつあります。マルハナバチ国勢調査という取り組みでは、市民参加型でマルハナバチの写真を携帯電話等で撮影し、研究者が写真を確認・モニタリングすることで研究に利用されました。こうしたモニタリングデータは見せ方を変えることで、研究以外にも観光資源や農産物の付加価値向上、教育素材などの場面で活用できそうです。また、Linne株式会社のスマートフォンアプリ「LINNÉ LENS」は、オフラインでもかざすだけで動物や魚の名前を瞬時に認識することが可能となっており、モニタリングにかかる種の同定や記録といったハードルを大きく下げる可能性を感じさせます。

 日本総研では農村DXを提唱しています。農業で得られるデータのみならず、交通や医療福祉のデータを連携させながら、農村に住む人々の生活を豊かにすることを目的とするものです。そこに住む人の営みを支えるデータとして、野生生物のデータを連携していくことができれば、農村と生物多様性の持続的な関係を示すことにつなげていくことができると考えます。


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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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