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【次世代農業】
次世代農業の“芽” 第11回 気候変動に先行した攻めの農業の姿

2018年08月28日 前田佳栄


 農業は自然環境に支えられた営みである以上、気候変動への適応が不可欠である。環境省・文部科学省・農林水産省・国土交通省・気象庁により発行された「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018 ~日本の気候変動とその影響~」によれば、日本の21世紀末の年平均気温は全国的に上昇すると予測されており、その幅はRCP2.6シナリオで0.5~1.7℃、RCP8.5シナリオで3.4~5.4℃と言われている。気候変動による農業への影響は正負両面ある。気温や二酸化炭素濃度の上昇は、短期的には植物の光合成を促進し、生長を加速させる要因となる。一方、近年は断続的な高温による生育障害が顕在化しており、日照量や降雨量の変化による影響も後を絶たない。例えば、日本国内では、米では7~8月期の高温により白未熟粒(玄米の白濁)が多発し、りんごやぶどう等の果樹でも着色不良・着色遅延、日焼け果等の影響が報告されている。

 国内での気候変動対策としては、作物を起点とする検討が重点的に行われている。高温耐性品種の開発や、潅水・防除技術の見直し、資材・薬剤の開発等、顕在化した被害を抑えるための新たな栽培技術の確立に向けた動きが加速している。さらに、気候変動によって今後は土壌成分や微生物構成、病害虫の種類や発生頻度にも影響が出ると言われており、今の日本には存在しない未知のリスクにも向き合っていかなければならない。

 作物起点での検討が進む一方、忘れがちなのが「人」の問題である。実際の農業現場を考えると、今年は各地で
40℃を超えるような記録的な猛暑が観測されており、熱中症をはじめとする農業者の健康面でのリスクも高まっている。将来的には、そのような過酷な労働環境が広く一般化することも予想される。栽培技術に関する検討に限らず、酷暑下での作業環境の改善や農業機械・ロボットによる作業の自動化等も視野に入れ、生産環境全体を適応させていくアプローチが求められる。

 日本総研では、これまで中国やベトナムにおいて「日本式農業(Made with Japan)」を提唱・支援してきた。「日本式農業」とは日本の高度な農業技術を用いて、高付加価値な農産物を現地生産・現地販売し、現地の農業生産の課題解決を図るとともに、バリューチェーンを通して付加価値の高い農業システムを構築するものである。近年では、日本のスマート農業技術に対する期待も高まっており、日本総研でも日本式農業をベースに、ASEANでのスマート農業の普及やデータ駆動型の新たな農業システムの確立に向けた検討を始めている。将来的にはスマート農機やロボットによる作業の自動化も見据えており、日本国内での技術確立と並行して、海外の環境にも適用可能な仕様を検討していく見通しだ。

 日本式農業の展開は、一見すると日本からの技術輸出の側面が大きい。しかし、その恩恵は技術提供によって得られる利益に加えて、もうひとつある。日本の品種や技術を土台としながら、海外の気候条件下で生産環境やバリューチェーン全体に跨る包括的な農業システムを構築する過程で、今の日本と異なる環境下でも「儲かる農業」を成立させるために必要となる生きたノウハウを蓄積できる点だ。今後、温暖地域で獲得したノウハウを日本に逆輸入すれば、今の日本にはない気候変動リスクにもいち早く適応することができる。

 気候変動による農業分野への影響を長期的かつ正確に予測することは容易ではない。未知のリスクに直面する可能性も高い。現段階では顕在化したリスクへの対症療法に留まる事例がほとんどだが、将来的な課題を予測し、事態の発生に先回りして手を打つことで新たな価値創出につながる。守りの対策のみならず、未来を見据えた攻めの対策を打つことで、新たなビジネスチャンスが拡がっていく。

この連載のバックナンバーはこちらよりご覧いただけます。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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