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日本総研ニュースレター 2010年8月号

気候変動問題への対応には「適応」の視点も

2010年08月02日 佐々木努


気候変動問題では「適応」への関心が高まっている
 昨今では地球温暖化問題が人々の大きな関心事となり、再生可能エネルギーや電気自動車の開発など、温室効果ガス削減のためのさまざまな取り組みが熱心に進められるようになった。しかし、こうした努力が行われても、今後数十年にわたって気候変動は続き、企業活動や我々の生活への影響は避けられないとの予測があるのも事実である。
 つまり、気候変動を食い止めるための活動とは別に、気候変動が起きることを前提に、社会や人々の行動を変えていくことが現実には必要となってくる。こうしたアプローチは「適応」(Adaptation to climate change)と呼ばれ、世界的に注目が高まりつつある分野である。

政府主導で「適応」への取り組みが動き始めている
 EUは「適応白書」を2009年に発表し、EU全体の適応策の方針と加盟国が2012年までに実施すべき適応策に関する準備事項を示した。各加盟国は、適応に関する情報基盤の開発や、気候変動に考慮した公共事業や環境アセスメントに関するガイドラインの構築などが求められている。既に英国やフィンランド、オランダでは適応に関する戦略や行動枠組が策定されており、中央政府と自治体の役割分担や適応策の進捗評価指標の導入などを終えている。また、昨年のCOP15の「コペンハーゲン合意」でも、「適応は全ての国が直面する課題」であり、「行動と国際協力が必要」であると明記されるなど、世界では適応に向けた動きが本格化してきている。
 一方、これまで国内では、気候変動の影響・評価を中心に検討が行われてきたものの、適応のための行動枠組に相当するものは存在しなかった。しかし、今年5月に環境省が「気候変動適応の方向性に関する検討会」を立ち上げ、国や地方公共団体の適応策のあり方に関する検討を始めるなど、ようやく脚光を浴びるようになってきた。
 政府が対応を急ぐのは、気候変動が日本にも大きな被害をもたらす可能性が明らかになってきたからである。例えば、次のような将来が予測されている。
 ・ 平均海面が59cm上昇すると、三大湾(東京、伊勢、大阪)のゼロメートル地帯の面積が5割増大し、高潮被害が増大する。
 ・ 平均気温が1.7℃上昇すると洪水被害コストは4.9兆円/年に達する。

 これら被害の軽減には、堤防や下水道の整備、河川改修など、国や地方公共団体によるインフラ整備が主要な対策になる。しかし、外部環境が大きく変わる中で企業が存続するためには、対策を行政に任せるだけではなく、企業自身も自らの適応のための対策を備えることが欠かせない。

「適応の主流化」が企業における適応策の推進の鍵
 企業の適応策の検討には、予め綿密な分析を行うことが前提となる。例えば、WRI(世界資源研究所)とHSBCは、気候変動がアジア地域の食品関連産業に与える影響を分析している。具体的には、原材料の価格上昇や気温上昇に伴う原材料・製品の質の劣化、などのリスク項目を洗い出し、それらが企業財務に与える影響を検討している。
 この数年の間に、温室効果ガスの削減は企業にとっての重要な経営課題となるに至った。次は、気候変動が進む世界でどのように生き残っていくかを考える時期といえる。しかし、これは決して特別なことではない。自然災害の多い日本の国土で活動してきた日本企業にとって、原材料の確保や工場立地、物流関連の検討の際に自然災害のリスクを織り込むことは、従来から既に「当たり前」のことだろう。
 適応というのは、この当たり前のリスクの一つとして「気候変動」という視点を組み込むことに他ならない。適応策の検討を通常業務に組み込む「適応の主流化」と言われる概念を通じ、企業のリスク対応を見つめ直していけば、日本企業が培ってきた自然災害と付き合う知恵や工夫を活かしながら、適応策を考えていくことができるのではないか。例えば、カゴメは気候変動による原料トマトの調達失敗への懸念から調達先の分散を進めており、2010年7月には同社初となる南半球の調達先を確保した。これ以外にも、鉄道やインフラ関連企業の運行・運転管理のノウハウなども、適応策の視点で捉え直してみると面白い。
 気候変動の分野で日本が貢献できるのは、CO2を削減する技術だけではない。こうした適応のための知恵や工夫を提供することも世界から大いに期待されているはずである。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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