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事例A: 渋谷モンスター教育(仮称)のeビジネス


日本総合研究所 研究事業本部 新保豊 主席研究員(2002年3月)

(1)渋谷モンスター教育のプロフィールと本ケースの内容

1)プロフィール

 渋谷モンスター教育は、わが国大手の総合情報企業と米国のジョブ・マッチングサービス会社との合弁企業である。
 同社は専門学校運営に加え、通信教育やeラーニングなどの草分けであり、情報システム(IS:Information System)には最新の並列コンピューターなどを駆使し、データマイニングを通じた、1,000万超の顧客データを基にCRM(Customer Relationship Management)にも余念がない。

 一方、テレビCMや新聞朝刊への広告などの従来マーケティング手法には相当のノウハウ蓄積がある。まさにB to C(Business to Consumer)ビジネスモデルの典型を地でいく優良企業である。

2)事業の位置付けと新規サービスの内容

 渋谷モンスター教育の新規サービスの、冒頭での位置付けは次の通り。



軸足: 「新規技術-新規市場」から「既存技術-既存市場」領域へ。

サイクル: 新サービスのテイクオフ前の「スタートアップ期」となる。


 新サービスは、次の3つで構成された。



職業引き合わせサービス


わが国の雇用の流動化や雇用の機会創出に資するため、当時最安値の月額2万円の掲載料で求人企業のニーズを、求職者にインターネット上で職業を無料閲覧(紹介)させるもの。

趣味・関心事別コミュニティサービス


現行1,000万会員に加え、新規に趣味・関心事別のコミュニティサイトを運営することで、登録無料で新たな会員を獲得、現行会員へのサービスの満足度を高めるもの。

eラーニング事業: 


同社運営の専門学校まで足を運べない会員向けに、従来経費とほぼ同等のテキスト・諸経費(5万円)を支払うことを前提に、ネット上で様々な学習ができるようにするもの。


 これらサービスの準備に、本業の専門学校ビジネスと通信教育事業による潤沢な自己資金を投入し、約半年のIS構築後、小規模なテストサービスを重ねながら,ちょうど1年後、勝負に出た。

(2)新規サービスのプロモーションとビジネスモデル特許対策

 特に新サービス①の認知を高める必要を痛感し、ネット広告やメールマガジンのほか、同社得意の次のような従来マーケティング・プロモーションを行った。サービス②と③については、新たには殆ど何もしなかった。



テレビ: 広告代理店の博通(仮称)のアドバスに従い、売れっ子女優の藤原京香(仮称)を起用したテレビCMを3週間、終日流した。

新聞: 約4,000万部の全国紙朝刊への全面広告を掲載し、サービスの認知を図った。


 一方、少数者が市場を支配する性格が強い上に、さらに当該「eビジネスモデル(や手法)」にまで、独占権である特許を付与する動きは、「産業の発達に寄与する」(特許法第一条)という趣旨に照らすと、当時から過熱気味であった。
 防衛上、ビジネスモデルの特許申請を行うことは止むを得なかったが、同時に競合他社の特許の有効性についても十分検討を行った。

(3)新規サービス提供後の結果と意義

 以上の結果、最初の1ヶ月間の順調と思える出だしはあったが、その後、サービス①については撤退を余儀なくされるに至った。

 同社の予想を超えた出来事は、次のようなものであった。



求職者側:


1日に数百件を超える問合せや申し込みの殺到があり、木目細かな対応ができず終いとなった。また、掲載求人企業はピンキリで、同業他社と比べそれほど大きな魅力を感じなかった。

求人企業側:


競合他社の週刊情報誌を使えば、安いものでも1回の掲載で10万円前後かかる相場を考慮すれば、期待は大きかったが、仲々よい求人が採用できない不満が残った。


 しかし、渋谷モンスター教育のeビジネス(ネットビジネスと同義)への参入には、次のような意義を見出すことができる。



同社のeビジネスへの参入契機を作り、上記サービス②と③について現在も順調に伸びており、同社のコアビジネスになりつつある。

本業であるeラーニングや通信教育分野での会員をターゲットとし、新規会員予備軍としての一般消費者のニーズを探る仕組みができた。これは収益面での寄与はまだ軽微(全売上高1,000億円の1%未満)だが、サービススタートにより会員は5万人規模に至っている。


 これは収益面での寄与はまだ軽微(全売上高1,000億円の1%未満)だが、サービススタートにより会員は5万人規模に至っている。

(4)eビジネスにおいても不可欠な教訓

 また、当事者でなくては経験できない、次のような教訓を得た。



本業とeビジネスを統合する組織・人材マネジメントの不在の問題

CIO(Chief Information Officer:情報統括最高責任者)不在の問題

 トップダウン方式によるビジョンの社内共有と、新規eビジネス部門と現行事業部門との連携の仕方、スタートアップ時期での忍耐と見通しに甘さがあった。IT投資の評価をどのように測るかも、不明瞭であった。

5)ネットバブル後のニューエコノミー論の評価

 米国経済が1990年代にインフレにならず高度成長を継続できた根拠を、生産性の改善に求めたものが、ニューエコノミー論の原点とされる。



ニューエコノミー論


ITの急激な進歩により、企業等組織においてトップマネジメントらの意思決定がスピーディーになったこと、あるいは在庫管理などの生産プロセスの改善が行われるようになったことを、ニューエコノミストは生産性向上の主因とみる。


この生産性の上昇は統計でも確認され、同論の勢いがあった。

この頃の米国の経済成長には目覚しいものがあった。



前例のない米国の経済成長ニューエコノミー論


例えば、四半期のGDP(国内総生産)がマイナスであったのは2001年の7月~9月の1回だけであり、過去11年以上にわたり米国経済は繁栄を継続。


これは歴史上、前例がない。


また、1997年には米FRB(連邦準備理事会)のグリーンスパン議長も100年に1度の現象かもしれないと述べた。

 一方、同論の定義は必ずしも明瞭ではなく、ITをコアにした技術革新そのものを指したり、インターネット分野を主としたベンチャー企業とオールドエコノミー(旧来型産業)との対比で位置づけるなどの見方がある。

 最近の日本経済新聞社の現地特派員による、米国のトップエコノミストのM・ラミレス氏、前商務次官のR・シャピロ氏、NASD(全米証券業協会)前会長のフランク・ザーブ氏、未来学者のジョージ・ギルダー氏らのインタビュー記事では「バブル部分を除いたところでも、米国経済の基本構造が生産性の上昇によって変わったとの指摘が多く、(略)これが景気回復にどう影響してくるかが焦点になる」と結んでいる。



米国のネットバブルとIT景気


実質GDP: 2000年第2四半期の6%弱を記録後、2001年第3四半期に1度だけマイナスになったものの、それ以降プラスに転じた。


労働生産性: 2000年第1四半期以降、一貫して向上している。


新規株式公開件数: 2000年第3四半期にピークを記録後、減少傾向。


ネット企業人員削減数: 2001年第2四半期にピークの4万人記録後、減少数は減っているものの、eビジネスへの選別期に入った。

6)クリティカル・マスを超えるまでの忍耐とマネジメント

 渋谷モンスター教育のケースでは、経済学の「収穫逓減の法則」とは異なり、次のような「収穫逓増の法則」が機能するのが特徴にある。



従来の経済学の枠を超える「収穫逓増の法則」


当初しばらく収穫(収益)を得られないが、情報伝達や取引コストの最小化などにより、クリティカル・マスと呼ばれる臨界量を超えると、雪だるま式に収穫が増大する現象がある。


この法則は、新しい産業や技術が生まれようとする時に見られる。

 同法則はB to C向けeビジネス展開時に働き、事業者は一定期間忍耐を強いられる。しかし、一定期間後、誰もが収穫を手にできるかというとそうもならない。成功企業はますます成功することになり、勝ち組と負け組が明確になる。

 一つの国や産業のなかで、ほんの一部の勝者というべき企業が、実質的にはその業界のほぼすべてに匹敵するような価値を創造するウィナーズ・テイク・オール(winners take all)シンドロームが起こっている。

 こうなると、少数者の商品・サービスがデファクト(事実上の)標準となり、周辺・関連商品等を作る上でのプラットフォーム(共通の基盤)となる。

 ネットは事務作業や手続きの簡素化・効率化に威力を発揮し、大幅なコスト削減につながる。しかし、当該分野での「少数者」となるためには、オンリーワンとしての効果を発揮できるかにある。大概多くの場合、一部の例外を除き、これを狙って強固な収益基盤を構築することは簡単ではない。



ヤフーやeBayのビジネスモデルと「完全競争市場」


短期で利益を出せるネットビジネスとしては、自社の持ち出し(店舗などの出資)が少なく、「場」の利用による対価(手数料、広告料)を徴収する、ポータルのヤフーやネットオークションのeBayなどの一部のベンチャーを除き、目だった収益を出すに至っている企業は殆どない状況が続いている。


eビジネス市場は、リアルのビジネスに比べると本質的に、モノやサービスの売り手と買い手が非常に多く存在するゆえ一人一人では全体に影響を与えない「完全競争市場」になりやすく、eビジネスだけでの差別化は難しい。

(7)マネジメントからICTマネジメントへ

1) ブロードバンド時代の情報化とICTマネジメント



ICTマネジメントの定義と範囲


ICTについては、欧州・豪州等では一般的な用語であることに加え、社団法人情報サービス産業でも、インフォメーション&コミュニケーション・テクノロジーという表現で、コミュニケーション、ハードウェア、およびソリューションの3つの領域の重要性を強調している。

「IT」から「ICT」へ


OECDの報告書では、ITというより「ICT」が使われる。


また世界銀行では、「ICTとメディアの両領域でのコンバージェンス(収斂)は、ITと通信、放送、その他メディアと市場や政策との来る統合を意味」としている。

ここではICTマネジメントの定義と範囲を次のように設定する。


定義:


ブロードバンド・コミュニケーションを前提とし、従来からの情報処理技術(コンピューター等)を示す「IT」に加え、メディア(放送)やコミュニケーションを示す「C」を加えた革新的テクノロジーまたはその仕組みのこと。

範囲:


情報処理装置やそれを構成する半導体等のハードウェア(機械)やそれを機能させるソフトウェア分野などの理知的(無機的)でドライな面に加え、人や組織間のコミュニケーションやコラボレーションなどの情感的(有機的)でウェットな面までも対象とする。

 このICTが示す具体的な内容は、ブロードバンド時代の情報化に示すことを言い換えたものとなる。

 なお、「仕組み」については、堺屋太一氏の言う構造改革の段階で示されている概念を筆者が補足した、「人事→仕方(方法)→仕掛け(装置またはツール)→仕組み(モデルまたはアーキテクチャー)→理想(達成すべき状態)」の脈絡で解釈されるものである。

2) ブロードバンド時代(IT革命第2幕)の情報化とは

 第2幕はバーチャルなものから、実体経済と実ビジネスにより一層重点が移行する。アイデアベースに終始したベンチャーに加え、コア・コンピテンス(企業の中核能力)をもつオールドエコノミーの力量が問われる。

 企業活動の基礎になるビジネスインフラは、超高速・大容量かつ低額な光ファイバー等のブロードバンド環境を駆使するものとなる。

 単に高価な専用線に接続された情報システムでは駄目だ。ネットワークに行き交う情報(ナレッジ)には、リアルタイム映像も加わる。

 旧来の無機的なテキスト・静止画情報から、臨場感、現場の見える化、リアル性が発揮される有機的な情報表現とその活用がポイントとなる。まさに、「IT革命第2幕へのシフト」が起こっている。

3) ICTと経営戦略の結合



自社の強みとのシナジー発揮


再び渋谷モンスター教育のケースを取り上げる。「完全競争市場」的なビジネス環境下ではどうするか。そのためには自社の強み(コア・コンピテンス)を活かすしかない。


本ケースでは、現行あるいは獲得中の会員顧客にターゲットを絞った、現行事業(専門学校運営、通信教育、eラーニング)を行うことである。


ネット活用を前提に、各事業のシナジー(相乗効果)を発揮できるようなトライアングルの統合化事業を推進すべきであろう。


但し、eラーニングサービスでは、創造性などが必要とされる高度なコンテンツやコミュニケーションを前提としたものは、余り効果を期待できない。


次の通り、この領域はeビジネスの限界と言えよう。


eビジネスの限界


UCB(カリフォルニア大学バークレー校)のH.L.ドレイファス教授は、「ブロードバンド回線を経由した遠隔教育が有効なのは、せいぜい初級か中級教育くらいまでである。


上級教育では、学習者がリアルな状況のもとで成功や失敗の体験を積み、専門的な技術を磨くことが不可欠だ」とインターネットやブロードバンドのことを手放しで賞賛していない。


ネット・エッジ環境の整備とアーキテクチャー思想


ブロードバンド環境下といえども単純な遠隔教育では、必ずしも高度な効果は狙えないものの、ネットサービスには月額2,000円の支払いを渋る消費者も、教室での対面学習の場提供と使用テキスト教材には同2万円を支払うケースは幾つもある。


収益面でのeビジネスの進め方の示唆を次に示す。



ネット環境のみならず、操作端末、受講会場、スクーリング会場等の「エッジ環境」との併用を行う。



ICT(テクノロジーまたは仕組み)を経営戦略と結合させる。

 ツールや機器を含むICT環境に当事者が接する際のTPO(時間、場所、機会)やインタフェースに関することを「エッジ」問題と呼びたい。エッジ環境には他社アライアンスを含むレガシーな強みを活かすことが賢明であろう。

 ITはただの「ツール」である。ツールの先には「モデル」や「システムのアーキテクチャー」がある。日本企業にはこの思想がなかった。いかにICTを企業の経営戦略(思想)と結びつけることができるかがポイントとなる。