RIM 環太平洋ビジネス情報 2004年10月Vol.4 No.15
日本の知財戦略と東アジア
2004年10月01日 環太平洋研究センター 竹内順子
要約
- 日本の企業および政府の間で、特許やノウハウなどの、いわゆる知的財産(以下、知財)をいかに創出し、保護するかという課題に対する関心が高まっている。1990年代を通じて、日本企業は国内において優位性を失った工程を海外に移転すると同時に、技術革新を成長の原動力とするために、研究開発活動を強化してきた。これに伴い、海外生産比率が上昇し、輸出の伸びは鈍化したものの、海外法人の売上高は拡大し、海外からの知財に係る収入、すなわち技術輸出が急増している。
- 東アジア(注)は日本にとって技術貿易黒字の源泉であり、今後、知財市場としてさらに重要性を増すことが予想される。その一方で、東アジアはロイヤリティ規制や知財権侵害品の生産・流通面などにおいて問題が多い市場でもある。近年では、侵害は内容的にも高度化しており、アジア企業を相手とした特許侵害訴訟が増加している。技術にただ乗りする企業が増加した場合、開発投資資金の回収が難しくなるだけでなく、製品の価値が損なわれる恐れがある。世界的にプロパテント(特許重視)の傾向が強まるなかで、東アジア諸国における知財権侵害には厳しい目が注がれている。
(注)本稿の東アジアとは、特に断りがない限り、韓国、台湾、ASEAN10カ国、中国の13カ国・地域を指す。 - しかし、守るべき自前の知財の少なさを勘案すれば、プロパテントの潮流が東アジアに過度の負担を課しているという側面もある。世界貿易機関(WTO)における「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)の成立を契機に、途上国も含めて、全ての加盟国が知財権保護に関する最低限のルールを共有することになった。東アジア諸国でも経過期間の終了年に当る2000年前後にはTRIPSのルールを遵守するために法制度改革が相次いだ。今後の課題は、エンフォースメント(権利行使)の改善に向けて、a.権利の審査・登録、b.民事・行政上の手続と救済措置、c.国境および国内における侵害品の取り締まりのための体制を見直し、関連機関を強化していくことである。
- 日本政府は、東アジアに対して審査協力などの短期に可能な対応に加えて、制度整備支援という長期の取り組みを積極化する必要がある。一口に東アジアといっても、各国における制度整備の進捗には格差があり、制度の在り方に応じて重点を置くべき協力分野は異なる。技術志向を強め、自前の制度整備が進められている韓国や中国に対しては、人的交流や政策対話を通じて課題の解消に協力していくことが想定される。シンガポールやマレーシアのように外部審査の活用を前提に制度が設計されている国に対しては、登録手続きの効率化や専門人材の育成支援などに重点を置くべきであろう。これに対して、法制度整備が十分とはいえず、特許出願自体も少ないASEAN新規加盟国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)に対しては、法制度整備に対する支援に注力すべきであろう。