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RIM 環太平洋ビジネス情報 1998年10月No.43

通貨危機後、悪化を続けるアジア経済と求められる経済制度改革

1998年10月01日 さくら総合研究所 小谷範人、高安健一


はじめに

1997年7月にアジア通貨危機が発生してから、1年3カ月が経過した。この間、アジア全域に波及した通貨危機は、金融危機、経済危機を招いたのみならず、インドネシアやマレーシアでは政治・社会危機の引き金となった。さらには、ロシアや中南米も通貨危機に見舞われるなど、アジア通貨危機は当初の予想をはるかに超えた広がりと深さをみせている。

本稿では、I でアジア経済の現状と今後の展望を、II で長期的なアジアの成長力を左右するとみられる経済制度改革の問題について述べてみたい。

I.通貨危機後、悪化を続けるアジア経済

ほんの1~2年前まで「世界の成長センター」と称賛されたアジアは、一転して「世界経済を揺るがす震源地」へと激変した。この I では、アジア通貨・株価の最近の動向を概観した上で、アジア経済の最近の動きと今後の展望について述べ、今後、アジア経済がどのように回復していくのか、みてみたい。

1.安定状態を保つアジア通貨

まず、今後の経済動向を占う上で大きな鍵となる通貨・株価動向について、みてみたい。

97年夏以降、アジア各国通貨・株価は、タイ、インドネシア、韓国が国際通貨基金(IMF)主導による金融支援を仰ぐなか、総じて通貨・株価安、高金利による実体経済の悪化懸念を背景に、連鎖して下落した。98年1月には、インドネシアの政治の先行き不透明感を背景にルピアが大暴落し、アジア通貨・株価も実力以上に下落(オーバーシュート)した。

その後、各国通貨は反発し、5月に大暴動を契機としたスハルト政権の退陣があったにもかかわらず極端な低迷が続くインドネシア・ルピアを除けば、比較的安定した動きを示している(図1)。一方、各国株価は、98年に入ってからの実体経済の一段の悪化を反映し、下げ足を速めている。この背景として、各国は金利を高めに誘導して自国通貨を安定させているが、一方で金利の高止まりが企業業績を悪化させ、株価が下がるという構図が指摘できる(図2、3)。

今後の通貨動向を展望すると、安定要因として、第一、にアジア通貨危機発生の引き金の一つとなった大幅な経常収支赤字の改善が挙げられる。通貨危機以降、アジア各国とも総じて景気低迷による国内需要の鈍化を背景とした輸入の減少により貿易収支が改善し、経常収支も急速に改善傾向を示している。

第二に、IMF支援国の、IMFとの合意に基づく経済・構造改革への前向きな取り組み姿勢が挙げられる。支援条件である緊縮政策実施などによる経済悪化という副作用にもかかわらず、経済構造改革に向け、各国とも懸命の努力を続けている。

経常収支改善の主因輸入の減少によるものであり、長続きしないという見方もあるものの、IMF支援国を含め、総じてアジアに対する市場の信認は、徐々にではあるが改善しつつあるといえる。また、巨額の投機的資金の国際移動に関し、規制の機運が高まりつつあることや、10月に入り、ヘッジファンドの経営危機を景気として円高(ドル安)が進行していることは、アジア通貨の安定にとってはプラス材料といえよう。

今後の通貨動向の不安定要因としては、中国人民元切り下げの可能性が挙げられる。98年内の人民元切り下げはないとみられるものの、99年以降、中国経済が大幅に減速した場合などを契機に、切り下げられる可能性がある。仮にそうなった場合、アジア諸国の通貨は動揺するとみられるが、韓国、インドネシア、タイ、フィリピンの通貨は、通貨危機以降、すでに大幅に下落しており(98年9月末の97年6月末比対米ドル相場下落率は、各36%、77%、33%、40%)、輸出競争力がある程度ついてきていること、また、これ以上の下落は国内経済に与えるマイナス面も大きいことから、総じて大幅な追随下げはないものと思われる。

以上を勘案すると、実体経済の一段の悪化はあるものの、経常収支の改善などによるアジア経済に対する信認の緩やかな回復や、円高傾向の定着の可能性もあり、今後は、現状よりやや強含みの水準で、比較的安定した動きを示すものと予想される。アジアの金利は、通貨の安定や世界的な金利低下傾向を反映して、低下傾向をたどるとみられるが、金利低下による通貨売り懸念が残るため、大幅な低下は期待できない。このため株価は、実体経済の悪化による企業業績の回復の遅れなどもあって、大きな戻りは期待できず、現状水準で推移するものと思われる。ただ、米国経済の先行き鈍化懸念で、世界的な投資対象の見直しが行われ、割安感の出ているアジア株が買われる可能性もあろう。

2.悪化が続くアジア経済

アジア経済は、98年に入り急速に悪化しており、しかも深刻化の度合いは一段と深まっている。その要因として、個人消費や設備投資など国内需要が落ち込んでいることや、通貨下落により期待された輸出が伸び悩んでいることなどが挙げられる。

内需低迷の要因として、第一に、緊縮的財政・金融政策による需要の抑制が挙げられる。IMFの金融支援を受けたタイ、インドネシア、韓国では、支援条件の一つとして、財政の健全化や経常赤字削減のための歳出削減(インフラプロジェクトの凍結を含む)や増税などの緊縮財政、そして通貨防衛やインフレ抑制のための高金利政策などの金融引き締め政策の実施を余儀なくされ、内需が大きく減退している。

これら3カ国に加え、従来よりIMFの管理下にあるフィリピンや、IMFの非公式な指導を受けつつ自力で危機克服を目指しているマレーシアでも同様の状況にある。

第二に、金融システム不安に起因する金融機関の信用収縮が経済活動へ及ぼす悪影響が挙げられる。アジア各国の金融機関では総じて、実体経済悪化の長期化による企業倒産の増大や不動産関連融資の焦げつき拡大により、不良債権が増加しており、また、国により厳しい自己資本比率の順守義務があるため、信用収縮が強まっている。なお、インドネシアでは、IMFの支援プログラムにおいて、預金者保護が不完全なまま、不良金融機関16行の閉鎖が行われたが、これが金融システム不安を拡大させた一因ともみられている。

第三に、通貨下落などに起因する物価急騰による、個人消費の減退が挙げられる。ルピア相場が大暴落しているインドネシアでは、98年の消費者物価上昇率は100%に達する可能性がある。為替下落率が4割前後を記録しているタイ、フィリピンでは、2桁近くに達しよう。

第四に、企業倒産や企業業績の悪化、IMF支援国での構造改革に伴う人員整理などにより、失業者が増大しており、個人消費への悪影響が指摘できる。アジア諸国(インド、ベトナムを除く)の失業者数は、96年平均の約1,400万人から、98年末には約3,900万人程度に急増するとみられる(失業者数は推定。中国は都市部の失業者数で計算)。

景気回復の鍵を握る輸出は、通貨の下落により増加が期待されたが、これまでのところは、むしろ伸び悩んでいるのが実状である。この要因として、輸出品生産のための資金調達難、輸出用機械設備や部品の輸入価格上昇による生産コスト上昇や、部品輸入のための輸入信用状の輸出国での買い取り拒否、円安の進展などが挙げられる。また、アジアの輸出の約4割を占めるアジア域内向け輸出や約13%を占める日本向け輸出の減少も影響しているといえる(図4)。

このように、アジア各国は、緊縮政策による内需(消費、投資)の落ち込み→金融システム不安の拡大による信用収縮と輸出の伸び悩み→内需の一段の落ち込み、という悪循環に陥っているといえる。

このような状況から、98年のアジア主要国は、中国、台湾を除き、軒並みマイナス成長を記録するとみられる(シンガポール、フィリピンはゼロ前後の成長にとどまる)(表1)。特に、IMF支援を受けた韓国、タイ、インドネシアは、大幅なマイナス成長を余儀なくされよう。


3.99年も金融システム改善の遅れなどにより、アジア経済の低迷は続く

99年のアジア経済は、内需回復や金融システムの改善がなかなか進まないこと、輸出が伸び悩むことなどから、引き続き低迷しよう。

98年夏以降、IMFは、歳出増による景気浮揚のため、タイ、インドネシア、韓国の財政収支赤字幅の対GDP比拡大を容認する方向にあり、マレーシアなどでも緊縮政策から、金利引き下げ、財政支出拡大など景気刺激策への軌道修正が行われつつある。しかし、財政支出拡大のための財源が十分確保できるかなどの問題を抱えている。

金融面では、上記4カ国などは金融システム改善に向け、公的資金投入による不良債権処理に取り組むが、不況の長期化による企業倒産の増加や、公的資金の財源難から、効果はあまり期待できず、信用収縮解消は期待通りには進まないとみられる(表2)。

物価上昇圧力は、アジア通貨の安定、不況による買い控えなどから、98年に比べ、低減しよう。金利は、通貨の安定や金融緩和政策への転換を背景に、低下傾向をたどろうが、通貨危機発生時の水準に低下するまでには至らない国も多く、引き続き設備投資などの圧迫要因となろう。

輸出は、通貨下落によるJカーブ効果の発揮が期待されるが、ほとんどのアジア通貨が下落していることから、価格面での優位性による大幅な伸びは期待できない。また、輸出市場の動向をみても、アジア域内市場が引き続き低迷するほか、主要輸出先である日本の経済回復力は弱く、米国経済も中南米諸国やカナダの経済悪化を背景に、やや鈍化傾向をたどるものとみられ、引き続き伸び悩み傾向を示すものとみられる。ただ、円高傾向が定着した場合は、輸出の相対的価格競争力が増すため、輸出競争力が高まるとみられる。

国別の成長見通しに簡単に触れると、韓国は経済構造改革が進むが、内需の低迷が続き、ゼロ%程度の成長にとどまるとみられる。タイは、金融システム改革が容易に進まないこともあり、99年は横ばいにとどまろう。インドネシアは、政治・社会情勢の安定、華人・外国資本の呼び戻し、対外債務処理問題などの進展状況とルピア相場の回復いかんにもよるが、小幅のマイナス成長になる可能性が高い。

IMFに駆け込まず、自力で経済再建を図っているマレーシアは、98年9月にリンギへの投機防止や金利低下を目的として、固定相場制移行を含む為替取引規制を導入した。これと併せ、公共投資の拡大など景気刺激策を採り始めており、今後、不動産バブル崩壊の懸念は依然あるものの、低迷する景気に好影響が及ぶことが期待される。フィリピンは、金利低下傾向が続き、輸出が景気を下支えすることから、景気は99年後半には上向いてこよう。シンガポールは、日・欧・米およびアジア域内向け輸出が伸び悩むため、低迷が続こう。中国は、輸出は伸び悩むが、公共投資拡大の効果も期待され、成長率は98年を上回るものとみられる。香港は、香港ドルの米ドルぺッグ制維持のため、金利は高止まり、景気は引き続き低迷しよう。通貨危機の影響が比較的軽微な台湾は、輸出が鈍化するものの、公共投資の拡大が景気を下支えしよう。

4.2000年には経済は上向きに

2000年になると、金融システムの改善が発展し、金融機関の信用収縮も従来より緩和され、通貨の安定を背景に金利の低下が進み、内需の回復が期待できるようになろう。また輸出は、アジアや日本経済の上向きの兆しを受けて回復傾向を示し、直接投資は、アジア各国の外資規制緩和の進展もあり、回復に向かおう。さらに、2001~2002年以降には、多くの国で内需の拡大や直接投資、輸出の回復が期待できるため、5%程度の安定成長に回帰すると予測される。

アジアは、今回の通貨危機によっても、これまでの高成長を支えてきた国内基盤が崩壊したわけではなく、一定レベルまでの人材も比較的豊富であり、貯蓄率も高いことから、潜在成長力は依然高いといえる。今後、痛みは伴うものの、II で述べる経済制度改革を早急に進めていけば、再び成長軌道へ回帰するとみられる。

アジア経済回復のために、アジアのGDPの6割以上を占める日本は、経済を早く再生させ、アジア製品の輸入吸収力を高めるとともに、経済改革を進めるアジア諸国への金融・技術支援などを強化していくことが望まれる。98年10月に日本政府が発表した、総額300億米ドルのアジア向け金融支援構想は、アジア各国(対象はアセアン5カ国と韓国)の金融システム改善や、公共事業、雇用対策などに充てられることとなっており、同構想がアジア経済回復の起爆剤となることが期待される。

II.アジアにおける経済制度改革

この II では、アジア経済が潜在的な成長力を発揮し、成長軌道に復帰できるか否かの鍵を握っている経済制度改革について、政府の役割、金融制度改革という2つの視点から述べる。

1.潜在的な成長力の発揮に不可欠な経済制度整備

アジア諸国は、80年代中盤以降の高成長期に、金融、産業、行政、貿易・投資政策、外資政策、社会保障制度をはじめとして、多くの分野で経済制度の整備・変更を実施してきた。そして、その整備・変更は、経済主体(企業、家計、政府)の行動(投資、貯蓄、消費)に影響を与え、持続的高成長をもたらした。

東アジア諸国の政府の役割は(注1)、経済発展との関係において肯定的に評価されてきた。世界銀行が93年に発表した『東アジアの奇跡-経済成長と政府の役割』はその代表である。(注2)ところが、通貨危機の発生と経済低迷の長期化という現実を前にして、アジア諸国の経済制度の脆弱性が問題視されるようになった。すなわち、金融システムの脆弱性や、政府と民間企業の関係をはじめとする多くの事柄が「構造的問題」として認識されるようになったのである。

そして現在、アジア経済が潜在的な成長力を発揮し、成長軌道に復帰するためには、金融・財政面からの景気刺激策と産業構造高度化に加えて、経済制度改革を早急に実施することが重要であることに疑問を挟む余地はない。

未曾有の経済危機に直面している現在、政府は、短期間で経済制度改革を実施できる唯一の主体として、極めて重い責務を負っている。IMFから金融支援を受けている国々においても、行政組織、法的な強制力、徴税権などを持つ政府が経済制度改革を担っている。(注3)

「市場重視アプローチ」は、経済を、基本的に市場により構成されるものとしてとらえ、市場が経済の意思決定のための最も重要な調整の枠組みとしての役割を演じるとする。政府の主たる役割は、誘因体系の政策によって引き起こされる歪みを、いかにして取り除くかである。

「市場強化アプローチ」では、市場メカニズムを補完するだけでなく、そのメカニズムを強化することに、政府の極めて重要な役割を認める。調整の問題および他の市場の不完全さを克服する民間部門の能力を助けることを目的とした政府の市場強化政策につながる。

「経済システム・アプローチ」は、生産力が企業内部および企業間の関係として、そして諸生産要素市場との関係において存在しているとする。そして、経済システムの形成と進化は、組織としての企業の能力の強化と企業間関係の拡大と深化より成る、相互に関係・作用し合う補強過程として規定される。経済発展過程での経済主体の組織の強化を重視し、個々の経済主体の組織が進化するに従い、これら主体間の相互作用を通じて形成され、展開する相互関係として市場をみる。政府は、まず、投資機会の継続的創出と実現過程に存在する要因と、そのメカニズムの活性化に取り組まなければならない。このような過程は、投資配分の転換につながり、産業構造の変化を生む。

「歴史主義アプローチ」は、経済の発展段階という概念を持ち、農業、工業化、脱工業化という発展段階を通過するとしている。産業発展については、積極的・育成的な政策態度が取られる。柳原透「経済システム・アプローチの適用可能性」(柳原透、三本松進編著『東アジアの開発経験-経済システム・アプローチの適用可能性』アジア経済研究所、1997年 所収)

2.金融制度改革と政府の役割

アジアでは、金融制度改革が経済制度改革の最大の焦点となっている。金融制度改革が頓挫した場合、金融緩和政策や積極財政を実施しても、十分な効果が期待できないばかりか、産業構造の高度化にも支障が生じる。

金融制度改革における政府の役割は、第一に、金融システムの崩壊、すなわちシステミック・リスクを回避するとともに、円滑な資金循環を回復することである。通貨危機発生後、タイや韓国の経常収支は、赤字から大幅な黒字に転じた、すなわち、貯蓄超過となったにもかかわらず、深刻なクレジット・クランチが発生している。

第二は、不良債権処理のための枠組みづくりである。アジア諸国では、今回のような大規模な不良債権を想定した処理の枠組みが事前に用意されていたわけではない。したがって、不良債権処理のためのスキーム、処理に必要な資金の調達方法、不良債権受皿機関の設立をはじめとして、早急に枠組みを整備する必要がある。

第三は、金融機関の健全性維持のための基準設定である。具体的には、不良債権の定義(延滞期間、不良債権の分類)、貸し倒れ引当金の水準、自己資本比率などが「国際標準」を基準として、設定されつつある。例えば、タイの商業銀行の場合、不良債権の延滞期間は3か月、(注4)貸し倒れ引当金の積み増しについては2000年末までに段階的に規定の100%、自己資本比率は8.5%に設定されている。ところが、金融機関の健全性維持のために厳しい基準を適用することと、経済再建に必要な資金を供給することの間には、少なくとも短期的には矛盾が生じる。すなわち、必要以上に厳しい基準を金融機関に課すと、貸し倒れ引当金の積み増しによる収益の圧迫、自己資本比率規制充足のための資産圧縮を誘発する。現実には、外国資本の国内金融機関への出資、あるいは、外国人投資家による株式投資の促進という視点から「国際標準」を導入せざるを得ない状況にあるように思われる。

第四は、企業活動のモニタリング(監視)である。多くの場合、アジア企業はファミリー・ビジネスの色彩が強く、取締役会、株主、従業員、市場参加者、消費者などによるコーポレート・ガバナンス(企業統治)がさほど期待できない。目下、金融機関は、融資先のコーポレート・ガバナンスの監視よりは、むしろ、金融当局の監視下に置かれるとともに、「国際標準」を満たすために、厳しい貸出姿勢を取らざるを得ない状態にある。

政府は当面、金融機関を中心とした企業改革が着実に実施されているか否かを監視することになろう。しかし、長期的にアジア経済を成長軌道に回復させるためには、経営者に正しい経営判断を促す環境を提供するという、積極的な意味でのコーポレート・ガバナンスの確立のための制度整備に取り組む必要がある。

第五に、競争力のある金融機関の育成も重要な役割である。競争力のある金融機関を多数育成することが、競争的で効率的な市場育成の第一歩となる。不良債権問題の早期処理と併せて、国内金融機関の再編の加速、外国の金融機関に対する国内市場の開放、政策金融の役割の見直しなど、検討すべき課題は多い。

第六は、国際金融制度改革との調整である。通貨危機がアジアのみならず、ロシア、中南米へと拡大していったことから、国際金融制度そのものの見直し、すなわち1944年に成立したブレトン・ウッズ体制の大幅な修正が必要との意見が強まってきた。国際資金移動の監視、情報公開の促進、資金の借り手の情報公開、マクロ経済指標の迅速な発表、国際的な銀行監督などが議論されている。これらは、アジア諸国国内の金融制度改革とリンクする問題である。

3.前途は決して平坦ではない

アジア諸国の政府は、金融制度改革に取り組んでいるものの、その前途は、決して平坦ではない。第一に、未曾有の不況下にあって、痛みの伴う経済制度改革を行わなければならない。クレジット・クランチがリアル・セクター(実体経済)の落ち込みを誘発し、リアルセクターの落ち込みが金融機関の収益をさらに圧迫する悪循環の中で、失業率が上昇している。

第二に、制度変更の実現には、かなりの時間を要する。例えば、不良債権処理のために公的資金を投入するにせよ、政治的、国民的コンセンサスを得るまでには、相応の時間を要する。また、金融機関監督のための検査官を養成するにしても、質と量を揃えるのは10年単位の仕事であろう。

第三は、経済制度の問題が、政治変動、社会変動を誘発する恐れである。マレーシアでは、98年9月に為替取引規制を導入すると同時に、マハティール首相の後継者と目されていたアンワール副首相兼蔵相が解任・拘束されるという事件が起きた。中国にしても、金融改革を含む三大改革が、どのような社会変動、政治変動を誘発するのか、予想し難いところである。

第四は、効率的な金融市場の育成である。今回の通貨危機に関しては、基本的な問題として、市場メカニズムが十分に機能していなかったがゆえに、金融危機が発生した側面がある。市場メカニズムが機能するための条件が整わない中で、アジア諸国の金融市場が主要国の金融市場と強くリンクされてしまったのである。効率的な市場が形成されれば、自動的に最適な資源配分が達成されるという新古典派の考え方が実現するレベルまで、アジアの金融市場は整備されていないのである。

おわりに

98年10月初めにワシントンで開催された、東南アジア諸国連合5カ国蔵相・中央銀行総裁会議において、日本政府は、日本が今後2年間でアジア6カ国に対し、総額300億米ドルの金融支援を実施するという「新宮沢構想」を正式に発表した。これが外貨調達に支障をきたすとともに国内における円滑な資金循環が阻害されている国々に対して、大きな支援となることは間違いない。

このような資金面からの支援と併せて、日本としても経済制度整備にかかわる支援を、産学官一体となって進めることが重要である。日本は、アジアに自らの経験(できれば反面教師ではなく成功体験)を伝授するという発想を持ちながら、国内で金融制度をはじめとする経済制度改革に取り組むことが、アジアに対する知的支援の基礎固めとなるように思える。



  1. 政府の役割は、開発経済学の永遠のテーマである。柳原透は、経済発展のアプローチを、(1)市場重視アプローチ(新古典派)、(2)市場強化アプローチ(比較制度分析)、(3)経済システム・アプローチ(産業組織論)、(4)歴史主義アプローチ(産業構成論、発展段階論)の4つに分類するとともに、政府の役割について論じている。
  2. The World Bank『 The East Asian Miracle: Economic Growth and Public Policy
    』(Oxford University Press 1993年。
  3. 経済危機克服に向けての政府の役割は、広範な分野に及ぶ。現在、注1で述べた、どれか特定のアプローチではなく、4つすべてのアプローチを同時に実施することを求められている。金融市場の育成については、市場メカニズムが十分に機能することが求められる。市場メカニズムが十分に機能していない場合は、政府が経済制度の不備を補完しなければならない。産業構造高度化のためには、企業間ネットワークを充実させる必要がある。長期的な経済発展の視点から、主要産業間のバランスや相互関係をどのように変化させていくのかという視点も欠かせない。
  4. 98年9月に為替取引規制を導入したマレーシアは、同月、景気浮揚の目的で、不良債権の延滞期間を3カ月から6カ月に変更した。
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