RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年10月Vol.3 No.11
東アジアにおけるデ・ファクト経済統合の進展
2003年10月01日 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫
自由貿易地域であれ関税同盟であれ、およそ地域経済統合のための制度的枠組みが有効に展開するための最大の条件は、デ・ファクト(事実上)の統合がどの程度進んでいるかである。デ・ファクトの統合をもたらす要因は多様であろうが、各国経済相互の構造的補完性がポイントである。
グローバリゼーションの現代世界においては、多国籍企業が自社企業のもつ経営資源をグローバルベースで自在に再編し、各国が有する潜在的補完性を顕在化させる有力な媒体である。もう一度いえば、地域統合のための制度が有効性を保つための条件は、一にデ・ファクトの統合の程度であり、二に潜在的補完性を顕在化させる多国籍企業の域内投資密度である。NIEs、ASEAN諸国、中国、日本を含む東アジアにおいて上にあげた条件はどの程度整っているか。
私のパソコンに入力されている2001年の世界貿易マトリクスによれば、東アジアの域内貿易比率は50.7%である。日本のプレゼンスが下がる一方、中国のプレゼンスが急拡大して、このレベルの域内貿易比率が保たれている。世界で最も統合密度の濃い制度的枠組みは、いうまでもなくEUである。その域内貿易比率は61.9%である。東アジアはこれには及ばないが、NAFTA(北米自由貿易地域)の46.3%よりは高い。しかも、東アジアの統合に向かう速度は、EUやNAFTAに比べて格段に速い。1990年と2001年の域内貿易依存度を比較すれば、東アジア36.1%→50.7%、 EU64.9%→61.9%、NAFTA36.8%→46.3%である。
EUやNAFTAには法的拘束力をもった地域統合制度が存在し、東アジアにはASEANという緩やかな制度以外に、何の枠組みも存在しない。それにもかかわらず、そしてまた1997年のあの激甚な経済危機にもかかわらず、デ・ファクトの統合がここまで進んでいることに改めて注目すべきである。課題はこのデ・ファクトの統合にいかに制度的な統合枠をかぶせて、統合を加速させるかである。
世界経済における大きな動向の1つがFTA(自由貿易協定)の拡大である。JETROによれば、現在、世界のFTA協定数は143に及ぶという。
世界貿易の自由化は、長らくWTOとその前身であるGATTを通じて実現されてきた。しかしWTO加盟国が144にも膨れ上がった今日においては、多角的交渉により貿易障壁を撤廃することは容易ではない。1986年に開始されたGATTウルグアイラウンドは交渉が最終的に合意を得るまでに8年の長きを要した。多数国間の利害調整はしばしば困難を極め、1999年のWTOシアトル会議では新ラウンドの立ち上げ自体が断念されてしまった。今年、メキシコ・カンクンで開かれた新多角的貿易交渉の閣僚会議も中間合意に失敗し、12月までに高級事務レベルにより交渉の仕切り直しに追い込まれた。
対照的にFTAは、利害を共有する国や地域同士が協定を選択的に取り結ぶことが可能であり、要するに「小回り」がきく。巨大化して錯綜するWTO交渉を回避し、しかもWTOの機能を補完する有効な試みがFTAであるといってもよかろう。WTOの多角的交渉が遅滞を始めるや一挙にFTAが世界に拡散したゆえんである。
世界に数あるFTAのいずれにも加盟していない国はもはや例外的存在である。その代表が日本であったが、2002年1月にJSEPA(日本シンガポール新時代連携協定)を締結して、通商政策に転機を画した。残るは中国、台湾、香港である。しかし中国は一昨年末のWTO加盟から時を経ずにASEANとの FTA構想を高唱し、2010年までにこれを完成させるための合意を取り付けた。まことに迅速な対応であった。日本もASEANとのFTA構想を提起しており、これに中韓をも含めたASEAN+3構想の議論が熱を帯び始めている。
東アジア統合の軸になるのは日本と中国であろう。東アジア域内貿易における日本のプレゼンスは2001年において20.3%、中国が20.0%、両者で 40%を凌駕する。ASEAN+3といっても、現実には日中FTAがコアにならなければワークしない。日中のFTA対応の寛容性いかんが制度枠形成の成否の鍵を握る。日本における中国経済脅威論の「神話」を終息させねばなるまい。
中国脅威論がなお猛々しい。しかし現実をよく見据えてみようではないか。中国経済を「大国化」させている原動力は、実は台湾や香港を中心とした東アジアの外資系企業なのである。東アジアの企業はなぜ対中投資を拡大させているのか。中国を国際分業の中に組み込むことが自社企業全体の収益極大化に資すると考え、そうして自社企業の経営資源を中国に傾斜的に配分しているからに他ならない。
中国はWTO加盟を通じて、いよいよ強く外資系企業への依存を恒常化させていくであろう。そうであれば、中国経済の大国化は東アジアの分業体制の拡充につながるはずである。中国のプレゼンス拡大は中国脅威論の材料ではない。東アジアを舞台に効率的にして調和的なFTAをいかにして実現し得るか、日中「協働」のリーダーシップのありようが問われている。