JRIレビュー Vol.6, No.133 中国による覇権形成の取り組み ― 体制防衛を狙った国際世論の誘導 ― 2026年04月22日 福田直之国際的な覇権は軍事力や経済力の優位だけでは成立しない。それらが国際社会の制度やルールに組み込まれ、各国から「正当なもの」として受け入れられて初めて、安定した優位性となる。本稿は、中国の対外行動を覇権という観点から捉え直し、目に見える力だけでは説明できない、価値観や規範をめぐる競争に焦点を当てる。軍事力や経済力の優越のみを手段とする覇権もあるが、中国は国際社会における価値観や規範をめぐる競争をより重視し、「何が正当で、何が問題か」という評価の枠組みを、自国に有利な形へ変えようとしている。本稿は、ここに体制防衛の観点を見出し、新しいタイプの覇権として分析した。分析の結果、第一に、中国が国家安全保障の中心に「体制の安定」を据え、国内統制と対外行動を同一の枠組みで結びつけている点がわかった。習近平政権は、軍事や領土だけでなく、経済、社会、文化、情報など広範な領域を安全保障の対象に含める。その根本には共産党一党支配の維持があり、外部からの批判や価値観の浸透は体制を揺るがしかねないという警戒感が貫かれている。この枠組みによって、対外政策は領土拡張や経済的利益より、批判の抑制と体制の正当性確保のために設計されやすくなっている。第二に、中国は「何が正当で、何が問題か」という価値判断の基準をめぐって、国際社会で自国の主張が通りやすい状況をつくろうとしていることがわかった。本稿はこれを、単なる広報活動ではなく、国際的な認識の形成を通じた戦略的な状況づくりとして捉える。第三に、その手段は、自国に有利なナラティブの発信、国際機関での議題設定と制度上の働きかけ、経済的依存関係を背景とした圧力、の三つを組み合わせて行われる。ただし、目的は他国の体制を中国式に置き換えることではなく、自国に不利な評価が国際社会に定着することを防ぎ、批判を受けにくい環境をつくることにある。本稿は、中国の覇権を次のように定義する。それは、領土拡張や経済的利益の獲得以上に、共産党の一党支配と体制の安定を優先し、国際社会における価値判断や言論を自国に有利な形へつくり変えることを中核とする、「体制防衛志向の国際世論誘導型覇権」である。かつての軍事的拡張型とも既存秩序の受動的な維持型とも一線を画し、価値観と規範の競争では能動的に仕掛ける点に、中国の覇権戦略の特質がある。中国の対外影響は「宣伝」だけでなく、人権、デジタル技術、治安協力など複数の経路を通じた複合的な世論形成として表れる。したがって、受け手となる西側諸国の対応も、個別案件への対症療法だけでは不十分である。本稿の示す「体制防衛志向の国際世論誘導型覇権」は、西側諸国が主張してきた普遍的な概念にとって深刻な脅威になる。対応には多面的な取り組みが必要であり、国際機関での規範形成への能動的な関与、人権侵害や専制統治に利用されうる技術の移転管理の強化、そして自由主義的な統治モデルの有用性を第三国に示しうる具体的な実績の積み上げが、その中心となる。(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)