Economist Column No.2026-062
AIをめぐる米中の競争と協調―現状を理解するための五つの問い―
2026年09月18日 福田直之
人工知能(AI)をめぐる米中の主導権争いが激しくなっている。一方、開発の最前線では安全性への懸念も強まっている。AIの安全性を評価する団体METRが8月に公表した調査によると、米OpenAIのAIは試験中に、指示されていない外部企業のシステムに侵入した。米Anthropicのダリオ・アモデイ最高経営責任者は9月、最先端AIの開発を減速するよう呼びかけた。同氏は、安全性の検証が開発の加速に追い付かず、AIを制御できなくなる事態を懸念する。生物兵器への悪用の危険も挙げている。こうした懸念を背景に、安全対策に充てる時間を確保する狙いである(Amodei[2026])。
国家の覇権がからむAI競争を止めるのは難しい。それでも、サイバー攻撃や意図しない動作といった共通の危険は管理する必要がある。米中両政府は5月の首脳会談で、AIに関する対話を始めることで合意している。以下では、両国が何を競い、どこで協調しうるのか、世界のAI利用にどのような影響が及ぶのかを五つの問いで整理する。
Q1.そもそも、米中はAIで何を競っているのか?
AIは企業の生産性を高め、幅広い産業の競争力を左右するとともに、軍事や情報活動にも使える「デュアルユース(軍民両用)」の技術である。米国が2025年7月に公表した「AI行動計画」は、AIで優位に立つ国が国際標準を主導し、経済・軍事の両面で利益を得るとしている。中国が2017年に公表した「新世代AI発展計画」も、AIを国家競争力と国家安全保障に関わる戦略技術と位置づけている。
AIサービスのうち、文章やコードを生成する中核部分を「AIモデル」と呼ぶ。この性能を高めることが競争の中心となる。競争はモデルの性能にとどまらない。より高性能なモデルを作るため、先端半導体、データ、電力、人材、資金、計算処理を担うデータセンターといった「開発基盤」を整える競争がある。さらに、AIを産業や軍事・情報分野で活用する競争、自国のAIを海外に普及させ、国際標準やルール形成で主導権を争う競争もある。
Q2.いま、米国と中国のどちらが優位なのか?
優劣は分野によって異なり、モデルの性能と開発基盤を分けてみる必要がある。モデルの性能では、中国勢が米国勢との差を大きく縮めた。スタンフォード大の「AI Index 2026」によると、米中の最上位モデルの性能差は過去1年間、ほぼゼロから数%の範囲で推移している。2026年3月時点で、米国の最上位モデルが中国の最上位モデルを性能指標で2.7%上回るのみである。これに対し、開発基盤では米国の優位がなお大きい。同報告書が集計した民間AI投資額やデータセンター数では、米国が中国を上回る(Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence[2026])。
Q3.なぜ開発競争を減速できないのか?
開発競争を減速しにくいのは、企業にとっても国家にとっても、先行されるリスクがあるからだ。企業にとっては、1社だけが開発を遅らせれば、技術や市場で競争相手に先行されるおそれがある。国家にとっても、相手国が開発を続けるなかで自国だけが減速すれば、経済・安全保障上の優位を失いかねない。
アモデイ氏は、各社の減速を検証する手段として、外部評価者を社内に常駐させ、リスク評価を担う従業員とほぼ同等に情報やツールへアクセスできるようにする案を示し、同社は自社で先行して実施するとした(Amodei[2026])。OpenAIのサム・アルトマン氏やイーロン・マスク氏はアモデイ氏の減速提案に賛意を示したが、NVIDIAのジェンスン・ファン氏は、開発速度と安全性は両立できるとして、新たな規制は不要だと主張したと報じられている。業界の考え方は一様ではない。
トランプ政権は、中国に先行されることを警戒し、開発の減速に否定的だと報じられている。中国外交部は9月14日の記者会見で、中国のAI優位は米国の安全保障上のリスクになるとの主張について問われ、「脅威」論の流布や対立、不毛な競争はAIのグローバル・ガバナンスを妨げると反論した。一方、中国でも9月に、国の標準化機関である全国網絡安全標準化技術委員会がAI安全の指針「人工智能安全治理框架3.0」を公表し、「安全で制御可能」の確保を掲げた。米中双方が安全対策の必要性を認めても、アモデイ氏が提唱する開発速度を落とす合意からは遠い。
Q4.それでも、なぜ米中はAIで協力しようとしているのか?
AIの悪用によるサイバー攻撃や意図しない動作がネットワークを通じて広がれば、米中双方の企業や金融・電力網が被害を受け、国民生活が脅かされかねない。一国だけでは防ぎ切れず、両国には、事故や攻撃に関する情報共有や安全評価について話し合う利益がある。
中国外交部の発表によれば、米中は2026年5月の北京首脳会談で、政府間のAI対話を行うことで一致した。ただし、ワシントン首脳会談を間近に控えた9月中旬時点でも、具体的な議題や形式の調整が続いていると報じられている。
冷戦期の米ソは、核兵器開発競争で対峙しながらも、核兵器による事故防止では協力した。戦略兵器制限交渉(SALT)で成立した1972年の暫定協定は、大陸間弾道ミサイル発射装置の新規建設を制限した。アモデイ氏は、抑止力を残しながら兵器を制限したこの交渉になぞらえ、AIの「自己改良」の速度を制限する考えを示している(Amodei[2026])。
それでも、技術競争をめぐる不信は根強い。アモデイ氏は、減速の前提として対中半導体輸出規制の徹底も求めている(Amodei[2026])。別のAIの出力を学習に使う「蒸留」をめぐっても、米国家安全保障局(NSA)など米政府機関は9月8日に公表した共同勧告で、中国企業が米国のモデルを使って行う「産業規模」の蒸留が、中国のAI開発戦略の単なる補完ではなく中核をなしていると指摘した。これに対し、中国商務部は9月9日、蒸留について通常の技術・商業問題であり、米国がこれについて政治化・道具化していると反論した。中国は、米国の提案を受け入れれば米国の優位が固定されるとみる可能性が高く、落としどころを見出すのは難しいであろう。
Q5.世界は米中二つの「AI圏」に分かれるのか?
まだわからないが、その兆候はありそうだ。米中は第三国との連携を広げている。米国務省が掲げる「パックス・シリカ(Pax Silica)」は、AIや半導体などの供給網を強化する枠組みである。中国が提唱する「世界人工知能協力機構(WAICO)」は、AIの国際協力やグローバル・ガバナンスを掲げ、7月に設立協定が署名された。8月には、米国務省が米国の方針と相反する枠組みへの同時参加を認めない書簡案を用意したと報じられた。こうした動きは、第三国に米中いずれの枠組みに近づくかという選択圧力を生みうる。
一方、現場では米中のAIを使い分ける企業も多く、陣営化が進めば調達先の選択肢が狭まりかねない。
五つの問いから見えるのは、競争と協調が同時に進む構図である。ただ、開発速度をそろえて落とす合意は当面見込みにくく、現実的な焦点は、事故や攻撃に関する情報共有や安全評価といった、共通の危険を管理する実務的な対話にある。当面の分岐点は、米中首脳会談を経て対話の議題と形式がどこまで具体化するか、そして輸出規制や蒸留をめぐる応酬がどう推移するかである。AIの安全は日本を含む第三国にも影響が大きく、そのルール形成に関与し続けることが重要となる。
参考文献
・Amodei, Dario[2026]“We Must Pace the Frontier,” September.(https://darioamodei.com/post/we-must-pace-the-frontier)
・Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence[2026]The 2026 AI Index Report, April.(https://hai.stanford.edu/ai-index/2026-ai-index-report)
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