Economist Column No.2026-060
供給制約が危惧されるインバウンド市場 ― 円安依存を脱し、オーバーツーリズム対応と「意味消費」の地方還流で拓く持続的成長 ―
2026年09月11日 古宮大夢
■インバウンド需要は底堅く推移
2026年の訪日外客数は、史上最高を更新した昨年から横ばい圏での推移にとどまる見通しだ。最大の下押し要因は、訪日中国人の減少である。高市首相の国会での発言などを背景に、2025年11月中旬、中国政府は自国民に日本への渡航を控えるように呼びかけた。これにより、中国からの訪日観光客は半減している。中国国内での一時的な反日感情の高まりによって訪日中国人が減少した2012年と異なり、今回は中国政府が渡航自粛を呼びかけていることから、影響が長期化する恐れもある。2017年に中国政府が韓国への団体旅行を禁止した際には、3年以上にわたって落ち込みが続いた経緯があり、足元では同様の減少ペースをたどっている。
もっとも、円安による訪日旅行の相対的な割安感が続いていることもあり、中国以外からの訪日観光客が堅調に推移し、中国の減少分を相当程度補っている。先行きも、リピーターの多い韓国や台湾からの需要がインバウンド市場を下支えすると考えられる。
■都市部では供給制約の緩和、オーバーツーリズムへの対応が必要
他方、中長期的には、需要の回復・拡大に供給力の増強が追い付かず、宿泊施設の客室不足など、供給制約の強まりがインバウンド市場の成長を妨げると懸念される。とくに訪日宿泊客が多い東京や大阪の客室需給は逼迫しており、客室稼働率が安定稼働の上限とされる85%に迫る月が散見される。古宮[2025]は、建設業や宿泊業が深刻な人手不足に陥っている現状では客室の供給拡大余地が当面限られ、2028年にかけて東京と大阪の宿泊供給は天井に達する見通しを示している。さらに、そうした状況が続けば、訪日客の増加幅は半減し、2030年の訪日外客数は5,000万人前後にとどまると試算している。この場合、政府が掲げる「2030年に訪日客数6,000万人、訪日消費額15兆円」という目標の達成は困難となる。
こうした状況を踏まえれば、都市部では宿泊施設をはじめとする供給力の拡大が急務である。従業員の待遇改善などを通じた労働力確保のほか、施設の建設段階からサービス提供段階まで、省力化・デジタル化による生産性向上に取り組む必要がある。
もっとも、供給力の拡大だけでは、地域住民の負担増やオーバーツーリズムへの対応は十分ではない。東京都区部を筆頭に民泊規制が強化されるなど、生活環境と観光産業の両立が喫緊の課題となっている。このため、宿泊税や二重価格の導入・見直しを含め、観光客に一定の負担を求める仕組みについても議論を急ぐ必要がある。住民理解を高めるためには、確保した財源の使途を景観保全、多言語対応、混雑緩和など受け入れ環境の整備に限定するとともに、その効果を費用対効果分析などで可視化することが不可欠である。
■地方は「意味消費」の具現化とリピーターの創出を
さらに、インバウンド市場を持続的に成長させるには、訪日客数の増加という量の追求から消費単価を引き上げるという質の追求へ重心を移すことも重要である。インバウンド消費は「モノ消費」から「コト消費」に重点がシフトしつつあるが、なかでも近年は、地域性や歴史、作り手の想いなどに対して対価を支払う「意味消費」への関心が高まっている。こうした傾向は、海外メディアによる日本の地方都市への注目にも表れている。The New York Timesが1月に発表した「2026年に行くべき52の場所」では、長崎と沖縄が選出され、その理由として戦争や火災からの復興といった地域固有のストーリーへの共感が挙げられている。2025年の富山、2024年の山口、2023年の盛岡についても、混雑を避けながら優れた地域文化を体験できる点が評価されており、訪日客が「本物感」やその背景にある文化・ストーリーを重視している様子がうかがえる。
この点で、都市部と地方部の役割分担が鍵となる。訪日客の玄関口となる都市部で日本への関心を高め、各地域でその土地ならではの文化や体験に触れてもらう広域周遊を促すことが効果的である。地方部でも、文化や伝統、自然、食などの体験と結びつけながら、その土地を訪れる理由を作ることができる。このため、有名観光地でなくてもインバウンドを誘致する潜在力は大きい。その実現には、情報発信に加え、地域への交通アクセスや体験サービスの提供体制を整えることも必要となる。
また、インバウンド需要の地方還流を進めるうえでは、リピーターの創出も重要である。ECサイトやSNSなどのデジタル技術を活用しながら多言語で情報を発信し、帰国後も訪日客との接点を維持することで、再訪や関連商品の購入につなげることができる。再訪時に新たな体験を提供できるよう、地域の観光コンテンツを磨き続けることも重要である。
地域資源を体験型コンテンツとして再定義し、その土地でしか得られない唯一無二の価値を可視化することで、わが国経済の成長ドライバーとなりつつあるインバウンド市場は、為替相場の割安感への依存を和らげながら持続的に発展できよう。
<参考文献>
古宮大夢[2025]、「供給の天井に近づくインバウンド需要 ― 質への転換や地域分散が重要に ―」、日本総合研究所、リサーチ・アイ、No.2025-125。
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