Economist Column No.2026-006
成年後見を「敬遠される制度」から「使いやすいインフラ」に ― 自身の死や衰えに向き合い、望む支援を自らデザインする時代 ―
2026年04月14日 下田裕介
■制度の硬直性を打破する成年後見制度改正案
政府は4月3日、成年後見制度を抜本的に見直す民法改正案を閣議決定した。今回の改正における最大の目玉は、これまで原則として本人が亡くなるまで解消できなかった「終身制」を事実上廃止し、必要な事務範囲や期間を限定して利用できる「オーダーメイド型」の制度へと移行する点である。
成年後見制度は、2000年の介護保険制度の発足と同時に創設された。もっとも、現行制度は「一度選任された後見人は不正など特別な理由でしか解任できない」仕組みとなっており、こうした運用の硬直性が、利用者にとって極めて大きな壁となってきた。また、手続きが煩雑であるほか、後見人への報酬支払が一生涯続くことへの経済的な負担、預貯金の管理から自宅の処分に至るまでさまざまな決定権が実質的に制限されることなどが、高齢者から敬遠され、介護保険制度とは対照的に利用が進まなかった。
今回の改正では、本人の判断能力に応じて分類される後見・保佐・補助の3類型を、症状が比較的軽い人向けの「補助」に一元化する。これにより、例えば「老人ホームへの入所手続きと自宅の売却」といった特定の手続きが完了した段階で後見を終了したり、本人の生活状況の変化に合わせて後見人を交代させたりすることが可能になる。これは、本人の自己決定権を最大限に保障し、尊厳を守るための大きな一歩といえる。
■スマホでも遺言作成が可能に
改正案のもう一つの柱が、「デジタル遺言」の創設である。現在、わが国の相続において遺言書が作成されている割合は依然として低く、これが原因で遺産分割協議が難航し、不動産の空き家化や金融資産の長期間にわたる凍結を招いている。デジタル遺言の導入により、スマートフォンやPCで簡便に意思を残し、クラウド上で安全に保管・照会できる仕組みが整うことで、形式不備による無効や、死後の紛失・隠匿といったリスクが下がり、遺言作成、資産承継の円滑化が期待される。また、死蔵されかねない高齢者の金融資産が次世代に移転することで、消費や投資などに回り、日本経済を支える効果も見込まれる。
■改正により制度の改善が進む一方で残る課題
成年後見制度についていえば、今回の改正により一定程度改善が進むとみられる一方、残る課題も少なくない。例えば、近年増えている「親族や身寄りがいない高齢者」への対応である。子も配偶者もいない、いわゆる「おひとりさま」の高齢者は、今後も増加が見込まれる。頼れる親族などがいない場合、認知機能の低下を誰が察知し、どのタイミングで制度利用へ繋げるのかという「入口」の問題への対応が必要となる。また、実務面では、家庭裁判所や金融機関、自治体の間で、後見情報がシームレスに連携されていない点も大きなボトルネックである。後見人が選任されても、各金融機関の窓口で煩雑な書類提出を求められるとなれば、当事者・関係者にとって大きな負担となる。
これら課題への対応のカギとなるのがデジタルであると考える。例えば、マイナンバーカードを基盤として、行政・民間を横断するデジタルインフラを整備することによって、ワンストップでサービスが提供できるような環境を早期に整えることが求められる。情報の分断が解消され、一気通貫で状況を把握できるようになれば、親族や身寄りがいない高齢者などに対しても、金融機関や自治体が、適切なタイミングで対面でのアプローチや支援の提案を行うことが可能になると期待される。
■「死」や「衰え」と向き合うことで自身の意思が尊重される未来に
今回の改正により、成年後見制度は新たな枠組みが導入されるが、ユーザーである我々としては、自身の「死」や「衰え」を忌むべきものと考えず、真正面から向き合うことが何より肝要である。
頼れる親族や身寄りがいない人、また家族に負担をかけたくないと願う人をはじめ、すべての人が、年を重ねていくなかで、自身が元気なうちに、家族や周囲と「何を大切にし、どこで、誰に支えられたいか」という意思を言語化し、共有しておく。これによって初めて、デジタルツールは真の力を発揮するとともに、オーダーメイド型の支援は血の通ったものとなるだろう。
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