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Business & Economic Review 2012年4月号

【特集 医療制度の在り方を考える】
健康保険財政の現状と将来推計-現役世代から高齢者医療制度への所得移転抑制を

2012年03月23日 西沢和彦


要約

  1. 本稿では、現行の健康保険制度、および、今国会への提出が予定される政府・与党の後期高齢者医療制度見直し案を概観し、それぞれにおける2060年度までの健康保険財政の将来推計を行った。そのうえで両者を比較し、とるべき政策を考察した。
    とくに着目したのは、現役世代から高齢者への所得移転である。高齢者医療費の財源は、現役世代からの所得移転に大きく依存しており、例えば75歳以上の高齢者一人当たり保険給付は年間78.8万円であるが、保険料負担は6.3万円に過ぎず、差額72.5万円の多くは現役世代からの所得移転に依存している。今後一段と高齢化が進むもと、健康保険財政の持続可能性は風前の灯とも言え、望まれる政策について検討した。


  2. そもそも、現行の健康保険制度の保険者は、①組合健保、②協会けんぽ、③共済組合、④国民健康保険(国保)、⑤後期高齢者医療制度の五つに分類される。①から④は現役健保、なかでも①から③は被用者健保と総称される。
    現役健保から後期高齢者医療制度に対しては、4.7兆円(2009年度、以下同)の後期高齢者支援金を通じた所得移転が行われている。被用者健保から国保に対しては、2.7兆円の前期高齢者納付金、0.6兆円の退職者拠出金を通じた所得移転が行われている。例えば、組合健保の場合、こうした支援金等が支出に占める割合は4割に及ぶ。
    加えて、後期高齢者医療制度には、国と地方合わせて5.6兆円の公費が投入されている。公費とは、国民が納める税に他ならず、よって、その一部も現役世代からの所得移転とみなすことができる。


  3. こうしたなか、政府・与党が法案提出を予定する見直し案のポイントは次の四つであり、そのうち②から④が健康保険財政に関する変更点である。
    ①後期高齢者が加入する制度を従前通り、すなわち五つの各制度への加入とする。
    ②公費ウエートの50%への引き上げ。
    ③後期高齢者の保険料抑制。
    ④後期高齢者支援金の拠出ルールの総報酬割への一本化。
    総じて、政府・与党案は、表向きに説明されている後期高齢者医療制度の「廃止」ではなく、現行制度の枠組みを存置したうえでの修正と捉えることができる。


  4. 将来推計は、現行制度を維持した場合と、政府・与党案に沿って修正した場合の2通りについて行った。主要な結果は次の通りである。
    ①組合健保の支援金等は、現行制度の場合も、政府・与党案の場合も、一貫して給付を上回って増大する。例えば、2025年度に支援金等は給付3.9兆円を1兆円近く上回り、2060年度に支援金等は給付の2倍近くに達する。
    現行制度と政府・与党案を比べると、組合健保の支援金等は2030年代半ばまでほぼ同水準であるものの、それ以降、政府・与党案が現行制度を顕著に上回る。これは、同時期を境として、支援金抑制に作用する公費ウエート引き上げの効果を、支援金増に作用する後期高齢者の保険料抑制と総報酬割への一本化の影響が顕著に上回るようになるためである。
    こうした支援金等の増大は、飽くまで組合健保が支払いを求められる額を推計したものであり、実際に組合が支払う額ではないことに留意が必要である。現実には、組合健保の負担が増える過程において、雇用調整、組合健保解散などが生じると考えるのが自然である。そうした事態は、政府・与党案の方がより顕著となろう。
    ②他方、協会けんぽは、政府・与党案の方が支援金等の増加ペースが抑制される。例えば、2025年度において、給付5.3兆円に対し、支援金等は、現行制度の場合5.0兆円、政府・与党案の場合4.2兆円となる。2060年度では、給付8.1兆円に対し、それぞれ10.1兆円、9.5兆円となる。もっとも、支援金が増大していくことに変わりはなく、企業負担が増える過程において、協会けんぽ空洞化も懸念され。


  5. 以上を踏まえ、本稿では大きく分けて次の三つを提言する。
    提言1。表向きには見えにくい現役世代から高齢者への所得移転を認識したうえで、政府自ら健康保険財政の将来推計を行い、それに基づき、所得移転の抑制による制度の持続可能性を確保することを明確に政策目標に据えることである。その推計は、他の社会保障制度および財政の将来推計と整合的である必要がある。
    提言2。現在、まさに進められている社会保障・税一体改革に関していえば、次の3点が必要である。
    ①政府・与党の見直し案の今通常国会への提出の取り止め。
    ②「社会保障・税一体改革素案」に書き込まれた医療費の効率化項目の実効性確保。
    ③高齢者の保険料負担および窓口自己負担の本則への復帰。
    提言3。税制改革および社会保障制度改革は、今回の一体改革だけで済むものではなく、ポスト一体改革を視野に入れる必要がある。その内容としては、次の3点が不可欠であり、いずれも税と一体的な議論が必要である。
    ①現役世代から高齢者への所得移転規模に関する合意形成。高齢者に対し能力に応じた負担を求めることを基本線としつつ、そのレベルに関する国民的な合意形成が必要である。
    ②支援金等の廃止を含めた根本的な見直し。支援金等を通じて所得移転する仕組みは、高齢化率が一段と高まっていくなか、明らかに持続可能ではないためである。
    ③公費投入方法の根本的な見直し。保険者に対して支出の一定割合を自動的に公費負担する現行ルールから、低所得者対策など目的を明確にした公費投入ルールへの転換を検討することが求められる。
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