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Business & Economic Review 1995年07月号

【MANAGEMENT REVIEW】
アメリカの災害復興から何を学ぶべきか-危機管理からみた自己責任型社会のあり方

1995年06月25日 総合戦略研究部 三橋浩志


今般の阪神大震災出の政府の対応には様々な批判が寄せられた。その際、海外の災害対策を例に「アメリカのボランティアは....」、「日本版FEMAの設置を...」といった言葉が日本のマスコミを賑わせた。しかし、単に海外の制度を日本に改良して導入するのではなく、その国の社会的なしくみや考え方を踏まえたうえで、「果たして日本は海外から何を学ぶべきか」を議論することが重要である。そこで、以下ではアメリカにおける自然災害に対する危機管理システムおよび災害復興の現状を検証することで、日本の災害復興はアメリカから何を学ぶべきかを検討する。

1.危機管理とは何か?

危機管理(Emergency Management)とは、自然災害のように普段の業務のワクでは対応できない非常事態が発生した場合に、ある組織や個人がどのように社会的責任を果たすかのアクションである(注1)。個人、民間企業、地方自治体、そして政府と様々なレベルでの危機管理が考えられるが、危機管理には「いかに非常事態を防ぐか」という「リスク・マネジメント(Risk Management)」と、「非常事態が発生した際に、いかに被害を封じ込めるか」という「クライシス・マネジメント(Crisis Manag-ement)」がともに必要である。そして、平時にはリスク・マネジメントに対応した「蘭h(Mitigation)」と、クライシス・マネジメントに対応した「備え(Preparedness)」を用意することが重要である。また、実際に災害が発生した場合は、救助、消火、復旧といった緊急の対応(Respo-nse)が必要であり、さらに、その後は、長い時間をかけて平時に戻す復興(Recovery)が重要となる(図浮P)。

危機管理を検討するには、まず「非常事態とは何か」を定義しておく必要がある。ロサンゼルス市(以下、LA市)に対するヒアリング調査では、「地震は一過性の自然災害であり、都市のさらされている危機の“ One of them”にしか過ぎない」とのコメントがあった(注2)。

また、ハンプシャー大学のベン・ウィスナー教授は、戦争を除き、人々がさらされている危機を図浮Qのように例示しており、これらすべての危機に対応可狽ネしくみを用意することが重要であると指摘している。 このように、アメリカでは各組織において、「危機」という現象をあらゆる方面から総合的にとらえ横断的な対応を図ろうとしており、日本のように「防災は国土庁、伝染病は厚生省...」といった縦割り型の危機管理と異なっている。

2.ロサンゼルス市における危機管理システム

では、1994年1月17日にノースリッジ地震の災害を受けたLA市では、どのような危機管理が行われているのかをみてみる。LA市の危機管理には、間接部門を含めた市役所の全職員で告ャされる「危機管理対策機関(Emergency Operations Organization)」が対応している。また、市幹部による「危機管理局(Emergency Operations Board)」と、その下部組織が図浮Rのようにシステム化されている。そして、市幹部による危機管理局に会合は年6回開催されており、代理出席は認められず、各幹部が自ら出席することで各自の責任を明確化している。

このように、アメリカでは、地方自治体の責任・役割が明確化されており、それに伴った権限を有している。自然災害に対して、地方自治体は市民の生命を守る責任が明確化されているため、それにかかわるあらゆる権限があたえられている。例えば、阪神大震災では建築基準を見直す以前に建てられた建物に新しい耐震基準は適用されていなかったため、これらの建物が多くの人名を奪ってしまった。しかし、LA市では建築基準を見直す以前の建物にも、猶頼匇ヤを設けた後に補強工事が義務付けられており、ビルオーナーには罰則規定もある。日本のように「住民の負担増加につながる規制は...」といった議論は取り上げられない。

また、耐震基準をクリアしている高速道路にも、倒壊を想定した避難プランが用意されている。耐震基準はあくまでも前提条件(例:関東大震災級)に基づくハード整備の目安であり、LA市の責任は市民が前提条件に無関係で直面する危機にどのように対応し、いかに市民の命を守るかである。市の責任が市民の人命を守ることである以上、「耐震基準をクリアしている」こととは無関係に、人命を守るプランを用意し、あらゆる規制を厳正に実施することが市の責任であるとの姿勢が明確である。

3.ロサンゼルス市における災害復興プラン

次に、LA市の災害復興プランをみると、官民を含めた各自の責任を明確化する姿勢がうかがえる。例えば、LA市は1987年に「危機管理対策計画」を想定し、以来、海外の地震や災害、さらには俣ョ等の調査を踏まえ、毎年見直しを実施している。そして、「LA市再建・復興計画(Recovery and Reconstrucion Plan)」としてマニュアル化し、単なる再建プランでなく、復興プランを事前に用意している。このような復興プランをLA市が事前に用意することで、官民の役割分担を明確化し、震災後に時間を徒費することを避けようとしている。

とくに産業復興の場合、震災から復興までに時間を要すると、被災した地域から人々や企業が流出し、復興に必要な民間資金が流れなくなる。最悪の場合、被災地域がゴーストダウン化する懸念すらある。そのため、ノースリッジ地震の後、LA市は図浮Sに整理された対策をおおむね半年以内に講じた。

例えば、「優先復旧地区」制度は、17カ所の指定地域に対してLA市の資金を積極的に投入し、これを呼び水にして民間資金の投資を促す対策である。この対策が立案された背景には、ノースリッジ地震の被害がLA市郊外の住宅地に集中していたことがあげられる。被災住民が、復旧に際して二重の住宅ローン負担に耐えかね逃げ出すような事態を招くと、「不動産価値の下落→銀行担保の不良債権化→銀行体力の低下による新規融資の減少→経済活動の停滞」という負のスパイラルに陥ることが懸念される。そこで、LA市では地震後半年以内に、被災住宅の被災状況や所有権、さらには貸出し金融機関や抵当権等を一軒ごとに調査し、修復に必要な資金額を確定した。そして、集合住宅約2万棟に、1軒あたり300万ドルから500万ドルの修復資金を抵当権を設定している金融機関に対して低利(0~3%)で融資した。LA市は、修復資金をオーナーに直接融資せず、抵当権を設定している金融機関への間接的な融資とすることで、金融機関の追加融資を引き出すことに成功した。

自由競争が原則のアメリカの金融機関にとって、被災地区の復興遅延に伴う不良債権の増大は、まさに死活問題である。そのため、抵当物件が不良債権化しないように、必死で不動産価値の維持に努める。このような「合理的エゴイズム(注3)」を利用して、LA市では全ての復興資金を公的資金で賄うことは考えず、公的資金は民間から投資を促す呼び水としての役割に限定して有効に活用するしくみを地震発生以前から用意していた。

4.アメリカの災害復興から学ぶべき点

一方、ノースリッジ地震では連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Aggenc )の活動が注目を浴びた。しかし、地震に際しての救助・救助活動に実際に動いたのはLA市やカリフォルニア州政府であり、FEMAはLA市や州政府の災害対策費に対して連邦政府の資金を配分することがその役割であった。FEMAの現地活動は、被害者に救済措置の全ての情報を提供する「災害アプリケーションセンター」を設置し、支援相談のたらい回しをなくすことである。災害アプリケーションセンターは、ティアを含めた各種支援機関の窓口を一元管理し、個人、企業、自治体に対して、迅速な支援を可狽ニした。

このように、アメリカにおける政府(FEMA)の役割は、資金の手当てと効率的な支援情報の提供であり、人命の保護や地域の復興は、自治体の役割である。もちろん、災害復興への政府による直接的な支援は必要不可欠である。しかし、アメリカの災害復興から学ぶべき点は、むしろ官民が災害復興に対して自己責任を全うすることが可狽ニなる社会的なしくみづくり、具体的には危機管理とは何であるかを踏まえた自治体、民間企業、住民の責任と権限を明確化し、規制緩和・透明度の向上による自由競争を保証することで民間活力を引き出す仕組みを整備することである。今後社会がますます複雑化する日本において、行政(政府、自治体)が全ての災害復興の責任を担うことは、もはや不可狽ニいえる。官民、あるいは中央と地方がお互いの責任を明確化し、責任に応じた権限と自由度が保証された「自己責任型社会」に転換することが、危機管理の観点からも求められている。



●林春男(1995)「緊急対策の広域関連携システムの確立を」関西電力「地域情報」No.154
●1995年3月14日に実施したLA市EOO担当者へのインタビュー
●香西 泰氏インタビュー記事 日経ビジネス(1995年2月6日号)
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