Business & Economic Review 1997年02月号
【MANAGEMENT REVIEW】
経営戦略と人事処遇のシンクロナイゼーション-戦略給システムによる人事制度改革提言
1997年01月25日 人事戦略クラスター 戦略給研究チーム
1.はじめに
現在、年功要素を色濃く残した伝統的な賃金体系は、ダイナミックに変化する経営環境の変化を受け大きな壁に直面しており、各企業では様々な改革が試みられている。例えば(1)年功要素の希釈化、(2)複線型処遇制度(注1)、(3)仕事(成果)重視賃金への取り組み、といったところである。しかし、こうした改革はこれまでの伝統的な人事管理システムに内在する真の問題点の解決策とはいえない。
その問題点とは、盛んに指摘されている年功をベースにした仕組みと制度運用だけにとどまらず、人事管理システムが経営戦略と切断されたクローズドなシステムであったことを指摘したい。この問題を解決しない限り真の意味での人事制度改革は達成できない。
そこで本稿で、新しい人事管理システムとして戦略給システムを提案する。このシステムは、職務給や職能給といった従来の分類を超えて、企業の経営戦略と処遇を結びつける戦略給をベースにしたものである。
2.現行賃金体系の特色と課題
かつて、日本の賃金体系の主流を占めてきた年功給も、高齢化対応や人材育成へ向けての見直しが進められてきており、近年では職能給(注2)導入企業が主流となりつつある。大企業では職能給を導入して10年以上のところも多く、中小企業においても職能給化が急ピッチで進められつつある。まさに、職能給ブームといった感さえある。ただし、職能給は年功給を理論化、近代化したものという見方もあるように、かなり年功要素を残しているのは事実である。
職能給のもとでは、その柱は職能資格制度に置かれ、上場企業の約8割から9割が職能資格制度を導入している。これは従来、表にでていなかった能力に注目し、能力主義を前面に打ち出し、能力開発を主眼に置くと同時に、公正処遇を目指すものである。賃金体系は、基本給の半分弱(4割程度)を職能給とし、年齢給との二本立てとする企業が多い。
ところが、職能給が普及、定着化する一方で、比較的早くから職能給を導入してきた企業を中心に、現行制度にもいくつかの課題が顕在化している。
(1) 職能資格制度の制度上の限界と運用上の限界
職能資格制度そのものの持つ限界は次のように整理することができる。
(1)資格と職務のミスマッチ
格付けられた資格と現実に担当している職務とにギャップが生じてきた。これは、賃金が結果として、年功的に上昇していくのに対して、担当している職務が閉塞的な経営環境の下で、賃金に見合うほどの収益貢献が不可能となってきたことに起因する。ポストに就けない場合も能力次第で厚遇できるという職能資格制度のメリットはもともと能力と職務のミスマッチを前提としていたのであるが、当初予定していた以上にミスマッチの幅が拡大してきたことに原因があるといえる。
(2)高資格者の増加
職能給も年功的に運用されると、昇格も年功的になりやすい。その結果、職務や職責の拡大を伴わない高資格者が増加した。もともと日本の人事制度は、ポスト志向をモラール維持の手段として利用し、比較的安易な昇格を許してきた。そのため、社員の高齢化と相まって高資格者の増加を招き、高人件費負担に悩まされることとなった。
(3)職能マニュアルの具体化の限界と昇格運用の矛盾
一例を挙げると、高卒5年目で大卒と並ぶ社員が、やっと複雑定型業務を卒業するとされているような従来の等級基準では現実の日々変化し高度化する職務の記述としては、かなり齟齬が発生しており、職務遂行能力の評価尺度としては不十分である。その結果、下位等級では能力も成果も満たしているのに在級年数だけ要求するものや、上位等級では、まともに適用すれば全員降格といった等級基準が職能マニュアルとして作られることになる。
(4)2本立て基本給の持つ構造的限界
年齢給と職能給の2本立て基本給は、年齢給の設計に際して、世帯別生計費を無理に年齢対応させていることと、全ての社員の賃金決定に世帯別生計費を採用しているところに構造的限界がある。これでは職務遂行能力と賃金の関連性が弱まってしまうし、加齢による習熟が、年齢給と職能給で二重に取り扱われることになってしまう。
(5)昇給額蓄積型賃金決定システムの硬直性
職能給は採用時に設定された等級と号俸をベースとして、毎年の人事考課に基づく習熟昇給と(2)で述べた現実にはかなり年功的性格をもつ昇格運用を蓄積していることで毎年の水準が決定される。しかし、組織の抜本的改編や従来の本業低迷を背景とした起業家型社員育成のしくみづくりが進展することによって、従来の積み上げ型賃金は実情にそぐわない、あるいはインセンティヴとしては不十分な存在になってしまっている。もはや等級と号俸による位置管理だけでは役職による機動的かつ効果的組織運営を待遇面で十分に担保できなくなっているのである。
(2) 人事制度を取り巻く能力主義徹底の阻害要因
1で述べた職能資格制度の制度上の限界に加えて、同制度の背景たるべく人事諸制度の運用体制の中にも次のような能力主義の徹底を阻害する要因がみられる。
(1)男女雇用機会均等法の脱法的運用
複線型人事管理制度を設けた場合、よく総合職、一般職という分け方をする。この総合職、一般職という分類は納得性が非常に得られにくい制度である。ましてや、職群ごとの賃金格差を設けるにはそれ相応の理論的な根拠が必要になる。100%女性だけの事務職群や100%男性だけの総合職群には、現在行われている性別による処遇差別を糊塗し、男女雇用機会均等法の脱法的運用をはかるための作為以外の何ものも感じられず、あるべき人事制度の実現を困難にする要因となっている。
(2)定期昇給制度の信頼と納得性の希薄化
定期昇給はモチベーションの手段としては有効に機能するため、低(賃金)階層では非常に効果的である。しかし、現実に全員が昇給する制度は能力主義を弱め、職務や成果との関連性はより薄れることになる。労働力が逼迫したバブル期は、初任給の高騰により、定期昇給が全体の賃上げ原資に喰い込み、一部の者の利益により全体の貧困を招いたに過ぎないものとなった。
定期昇給だけでなく、職能給を正しく運用できている企業は少ない。労使交渉にしろ、考課者研修にしろ、うんざりするほどの手間ひまかけて、やっと妥協できるレベルの賃金水準と昇給幅を決めなければならないのは、将来の職務遂行能力や業績成果と賃金が絶対額で結びついているのではなく、一人世帯の生計費をもとにして決めた初任給積み上げ方式だからである。
(3)人事部の存在
賃金システムは人事部によって歪められることがある。人事部は企画立案のみで本当の意味での人事制度変革のイニシアティヴをとっていないことが多いため、1人ひとりの社員の反応が大変気になる。したがって、賃金制度について大過なく職務を遂行しようとすると、おしなべて、かなり不平不満を押し込みやすい年功序列を破壊しようとする意欲に欠けてしまう。したがって、賃金決定の基本的要素に年齢、勤務年数、性別、学歴といった個人の属性を取り込み、処遇に関する不平不満には例えば手当を新たにつけるというやり方をこれまで繰り返してきたのであるが、このような、つど運用や弥縫策で対処する方策はもはや通用しなくなっている。
3.現在企業で行われている改革の流れ
2章で述べたように、現行人事制度の主流をなす職能資格制度は制度疲労をきたしている。顕在化してきた限界を克服するために、現在企業では次に述べる軌道修正が行われている。
(1) 年功要素の希釈化
これまでの職能資格制度や職能給を振り返ってみると、その多くはかなり年功的な要素が含まれていることが分かる。年功給からの移行に当たって、現実的対応や労使関係的な側面から年功的要素を残さざるを得なかったのも確かである。しかし、近年の経営環境変化や労使の意識変化は、さらに能力主義的な処遇へと向かわせる方向にある。現在、多くの企業で試行の続く新処遇の方向の1つは年功要素の希釈化といえる。そこで、年功要素の希釈化の具体策のいくつかを拾ってみよう。
まず、もっともポピュラーな取り組みとして二本立て基本給における職能給部分のウエイト増がある。すでに多くの企業で毎年のベースアップの原資配分を現状維持的ではなく政策的に職能給に回してきており、今後もさらに職能給のウエイトを増やす方向にある。中には職能給1本に切り替える企業も出つつある。つまり、基本給のもう片方である年齢給(本人給)は年齢別固定額であり、まさに年功的といえる部分である。年齢給を圧縮ないしは廃止することは、そのまま、年功要素の希釈化となる。ちなみに連合総研の提案する完全仕事給も100%職能給のことを指していると思われる。
次に重複型職能給の重複部分に注目してみる(図表1)。日本では多くの職能給は当然のように重複型となっている。しかし、能力ランク別に賃金を決定するのであれば、本来、賃金に重複部分が生じるはずはないのである。低資格者(能力の低い者)の賃金のほうがより高資格の表の賃金より高いことは、能力主義の観点からは説明がつかない。つまり、重複部分はまさに年功的といわざるを得ないであろう。一部企業で接続型や開差型の能力給とする動きも出てきているが、今後の方向の1つでもある。
(2) 複線型処遇の取り組み
これまでは一枚の職能給賃金表で対応してきた企業も多い。職能資格制度も含めて一元的管理の中でさまざまな工夫をしてきたといえる。ところが、近年、コース別管理をはじめ、複線型処遇を進める企業も増えてきた。職種や職群ごとに職能給表を分ける、といった取り組みとなる。コース別管理ではすでに初任給部分から総合職と一般職で分け始めており、現在のコース別管理の課題は課題として、賃金処遇面ではやはり1つの方向といえる。中高年対象の進路選択制なども含めて処遇の複線化が進みつつある。
しかし、この複線型処遇はその納得性を得るには、すでに述べたようにそれぞれの職種や職群ごとの賃金格差を説明できるだけの理論的根拠が必要とされる。これまで、運用において学歴別管理により実質的に行ってきたことを明確にしなければならない時期にきているといえる。
(3) 仕事重視賃金への取り組み
先に述べたように職能給表を複数用意することは複数のモデルがあればそれほど難しくはない。しかし、職種などの仕事グループ別にそれぞれ賃金処遇を行うようになると、それぞれに適した賃金へ向かうのは当然の成行きとも言える。
すでに管理職などの上級ホワイトカラー層を対象に業績を重視した処遇が広がりつつある。年俸制は業績がかなり色濃く反映される賃金であり、定昇をなくすとともに、かつて賞与の部分で対応してきた個人業績の反映をより強めて本俸の中に取り込んだものとなっている(図表2)。結果的に賃金ダウンもあり得ることになる。裁量労働における業績手当や業績賞与などもほぼ似た役割を果たしている。これらは発揮能力に力点を置いた能力主義賃金であり広義の職務給(注3)であるともいえよう。なぜならば職務の価値を左右する仕事の質と量を反映するものが業績だからである。
一方、現業職的な部門には職務給的色彩の強い賃金への志向が強まっている。製造部門などでは以前から一部企業で職務給が導入されている。百貨店やスーパーなどの販売職にも似たような賃金処遇が進められつつある。これらの職務は量の個人差が少ないため質の面に注視した。つまり職務分析などに基づく職務給が適合しやすいからとみられる。
さて、総合職や一般職ではどうであろうか。総合職は当分の間、定年制度を基軸とする職能給が続くであろう。しかし、内容的に1で述べたような年功要素を希釈化するための手直しは進むものと思われる。また、一般職では定昇機能を弱めた職能給やより職務給的色彩の強い賃金処遇へと変わっていく可能性が高いといえるだろう。
4.経営戦略と人事戦略
(1) 経営戦略と人事戦略のシンクロナイゼーション
現在は、前章で述べたように様々な改革がなされている。しかし、その改革は結局のところ現状の手直しにとどまっており、真の原因に踏み込んだ改革はまだなされているようには思えない。これまで、年功型の人事システムで制度運用していた日本企業は、内外の諸条件の変化により、いまや経営の本質部分の変革を迫られている。これは、人事管理制度全般においても同様の変化を迫るものである。
それにもかかわらず、これまでの伝統的な人事管理システムは経営戦略とあまりにかけ離れた閉鎖的なシステムだったのではないだろうか。そもそも人事管理は、企業と従業員の関係のあり方に重要な影響を与える経営上の意思決定や行動のすべてを含むものである。しかし、従来の伝統的な人事管理システムは処遇評価育成の3本柱で語られることが多かった。ここには、人事管理の中での相互関連性を重視した視点はある。しかし、人事戦略が経営戦略とどのように関わっていくのかがあまり考慮されず、人事管理というクローズドなシステムの中で効率性を高めてきたにすぎない。
経営上の諸活動において人事管理が相互に関連あるものであるためには、諸々のシステムを経営戦略(競争戦略)の中に組み込んでいくことが必要である。これからは、企業の経営戦略あるいは競争戦略という中心課題に対して、人材を有効に活用していくシステムを志向しなければならない。
ではどのようなシステムを志向しなければならないのであろうか。その方向性を探るための羅針盤となる現象を一瞥したものが以下である。
(1)システムの国際化と近代化
人材管理の手法が日本的であることの限界が随所に見受けられるようになった。限界を打破するものはシステムの国際化であり意思決定の近代化であろう。
技術も文化も人材も多国籍化、ボーダーレス化、グローバル化する中で、人材管理が向かう方向は無国籍化である。賃金では比較的可能な領域である。
私たちは、人事管理が対等な立場と自由な意思による労働契約に基づいて行われており、賃金もその重要な要素であることを忘れがちである。全体の統一的処理と世間相場追従という他律的なところはやむをえないものの、個人業績と賃金を終身雇用の枠の中でバーター取引するような暗黙の契約は終わりにしなければならない。いつも値引きを要求したり、支払いを遅らせて平気な経営者が尊敬され、信頼されるだろうか。いまは、まさにGive & Takeの時代なのである。
(2)システムの柔軟性と機動性
バブルの反動としての景気回復の遅れ、欧米企業の失地回復と正反対の日本企業の凋落。このタイムリー・コントラストが、一層心理的な圧迫感・焦燥感となって、システムの変革を要請する。
調整手段をもたないシステムはないように、日本的な労務管理システムにおける調整手段=柔軟性は、時間外労働削減と新卒採用調整、賃上げの横並び的抑制に示される。しかし、それは長期では柔軟性を有しても、ビジネススピードの要求される現在では、日本的雇用の硬直性を露呈させることになった。
欧米企業がレイオフとリエンジニアリングを重要な経営戦略としているときに、在庫調整型の戦略では、メガ・コンペティション・エイジ(大競争時代)の中で回復力を遅らせる。新規採用停止や希望退職募集、出向といった手法ではあまりに時間軸が長すぎる。その一方で、若年者が将来に夢をもてない経営システムとなってしまっては損失が大きくなる。
年功処遇のもとでは長期雇用が進めば進むほど、労働条件が好転し、労働者はますますその魅力から離れられなくなる。それでは袋小路に労使双方を追い込むことになり、企業の競争力を弱め、高負担と硬直性をさらに示すことになる。
(3)システムの合理化
われわれが提案する戦略給システムは、従来型の年功処遇へのアンチテーゼとなるものである。しかし、この制度は職能資格制度を否定するものではない。むしろインプット重視の若年層では職能資格制度を積極的に活用することにより、人材育成効果を高めることができ、事業責任者の中高年層を主な対象とすることで、制度疲労をきたしている職能資格制度に代わって、全雇用期間を通じた人材管理全体の合理化を図ることができる。
以上からわかるように、人事制度が独自の経営システムとして作動していた時代は終わりを告げようとしている。これからの人事戦略は、経営戦略を十分に反映することができるかがポイントとなる。
(2) 伝統的人事管理システムの転換 戦略給システムでは、伝統的な人事管理である処遇評価育成に代えて、組織開発・職務編成システム領域、報償・ベネフィットシステム領域、人材スタッフィングシステム領域をトータルで構築して行く。システムの中心は経営であり経営戦略である(図表3)。
(1)組織開発・職務編成システム領域 経営戦略を実際に展開していくには、どのような組織形態を採用するかが重要な課題であり、この組織形態は権限の委譲、職務編成や職務配分の形でより具体化することが必要である。
このような組織形態の持つ組織機能は、各企業の経営戦略、組織構想や社員の能力、活性度に応じた個別モデルとなる。同じ組織機能を持つ企業はふたつとない。この組織機能の設計は次の2つのシステムづくりから構成される。
イ.組織開発システム
このシステムでは、権限と職責の明確化を基本とする。組織のもつ機能をポジション別に分割記述し、ミッション(職責)として明示する。
機能はマネジメント・リーダーシップのコントロール・スパンに応じて権限として構築されることになる。また機能が高度に専門化することによっても分化が必要になる。コントロール・スパンが拡大すれば一人では統制できなくなる。ここに権限が委譲される要因が生まれる。権限は常に職責と一体となっている。構築された権限は、職責として明示され、必要なポジションに委譲され、ミッションとなる。
ロ.職務編成システム
P.F.ドラッカーのいうように、未来型企業では、仕事に人がつけられるのではなく人に仕事が配分されるのが当然になる。しかし、その前提にはその仕事をするのにふさわしい人に対して、任せるにふさわしい仕事の質と量が配分されなければならない。それほど仕事は、担当者の能力や仕事そのものの質・量に関係なく人について回る。
職務編成システムは、組織の機能と目的を的確にとらえ一人ひとりの社員の職務課題に落し込んでいくためのシステムである。職務がその役職や責任にふさわしいものでなければ、担当者の職務遂行能力は評価できない。これでは結局、評価制度そのものも歪めてしまう。
(2) 報償・ベネフィットシステム領域
企業を構成する重要な要素に人がある。この人に対してどのような報償体系で賃金を支払っていくかにより人は活性化もし、また沈滞する。企業が従業員に対して報いていく方法としては、毎月の賃金として支払う方法、住宅補助制度や医療制度等の様々な福利厚生制度として報いる方法、および退職時に退職金として勤労を報いる方法の3つが少なくともある。したがって、これら3つの方法を制度化していく必要がある。
イ.基本給制度
報償・ベネフィットシステム領域は戦略給システムの中枢をなすものである。その中心部分は、戦略給と呼ぶ基本給制度である。
戦略給は、まず、組織上のポジションが日常的に果たすべき業務遂行機能(ファンクション)と将来に向けて期待される業務開発機能(ミッション)に応じた基本年俸部分と年次インセンティヴとして一事業年度の業績成果(パフォーマンス)を評価する業績年俸部分により構成される。
基本年俸部分により戦略の重要性が十分に表現されるが、そのポジションにおけるパフォーマンスを業績評価制度という形で行うことにより、企業の適正な利潤配分を促進する。また、これにより適度なモチベーションを維持することも可能になるのである。
詳しい内容は、次章で説明する。
ロ.カフェテリアプラン(選択型福利厚生制度)
カフェテリアプランは、全員一律のお仕着せ型の厚生制度ではなく、従業員一人ひとりのニーズとライフサイクルにあった福利厚生制度を設計し、従業員一人ひとりが自由に選択できるニーズ対応型福利厚生制度である。
個々の従業員の置かれている生活背景は千差万別であり、寮・社宅や退職金制度、保養所などに片寄った福利厚生制度では、企業の費用負担の割に従業員の満足度は非常に低いと言わざるを得ない。
今後の福利厚生の最大の関心事は、医療と老後の生活保証財産形成働き方の多様性に集中しており、選択型福利厚生制度として積極的に活用していく必要がある。
重要なのは、個人の選択権の拡大と適切でタイムリーな情報提供である。 ハ退職金(年金)制度 未来型企業では、退職金による従業員の囲い込みは、あるべき雇用関係を阻害する一因となるだろう。従業員は、自己の財産形成と老後保証を退職金という形ではなく、カフェテリアプランとして自己の責任で行うことが望ましい。企業を変わっても自己の退職金を一時金または年金として積み立てられる仕組みなどである。
既に構築されている退職金制度からの移行措置としては、本給切り離し型・貢献度対応型の退職金制度への移行を目指す必要がある。
(3) 人材スタッフィングシステム領域
企業が人事戦略を考える場合には、いまいる人材を結びつけて組織を作り、成果に対しては様々な報償として支払うだけでは人事戦略は完結しない。企業にとって核となる人材をどのように調達し、企業の中で配置、ローテーションをさせていくかが重要な経営戦略のひとつとなる。こうした人材の管理にまつわる領域を人材スタッフィングシステム領域と名付ける。この人材スタッフィングシステム領域は、社員が企業に入社してから退職するまでさまざまなキャリアステージに対応してシステム化される。まず、社員の採用時にかかわる制度がインフロー制度である。社員が企業に入社してくる時には、要員計画を立案し、初任給を決定しなければならない。次に社員が企業を退職する際に関する制度がアウトフロー制度である。退職時には、退職金以外に出向・転籍、再雇用制度等を考えなければならない。中高年齢社員対策は現在の経営戦略の中でもプライオリティーが高く位置づけられている。次に、社員の昇進、配置、ローテーションにかかわる制度がインナーフロー制度である。また、社員を実際のポストに就ける場合には、その人の能力適性を判断しなければならない。これがアセスメント制度である。誰をどのポストに配置するかは企業の戦略上重要な意味をもっている。最後に、社員がどのようなキャリアを望んでいるかを汲み取り、その意向を受けてキャリア開発を行う仕組みが必要になる。この仕組みがキャリア・パス制度である。以下で個々の要素について説明する。
イ.インフロー制度(要員計画、調査、オファー、職能・機能)
採用と教育は時として期待と食い違う。その原因は、採用する側の能力に対する過大の期待であったり採用される側の条件に対する不満であったりする。重要なのは、能力の開発と発揮に対するリスクを誰が負うのかという点である。
機能別の要員計画から必要な人材像の具体化を行い、採用・選考を経て、デビュー賃金のオファー(申し出額)となる。デビュー賃金とは中途を含む新規採用社員の入社時の賃金である。実力がなければ、来年同じ賃金がオファーされるとは限らない。
さらに、必要な個人別の能力開発メニュー作りを行う。選考や仮格付け、初期の導入教育や職務基準の設計方法など、この時点での相互の労働条件が重要となる。中途採用(即戦力採用)の場合は初任給だけ決定してよしとするのではなく、1~2年後の決定手順をあらかじめ報償制度とあわせて決定しておくことになる。
また、新卒採用においてはRJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)のような体験的入社単位制度を構築しておくことが望ましい。そうすれば専門的能力を有する新卒者でも、均一学卒初任給といったあやまった処遇から脱却することができるようになる。
ロ.アウトフロー制度(アウトプレイスメント・退職・解雇・出向・転籍)
ダウンサイジングや事業撤退といった特異な事例だけでなく、従業員の退職や解雇といったフローのなかで、早期退職優遇制度や定年延長、再雇用制度などの諸システムを設計運用する。
積極的なアウトプレイスメントやレイオフ制度の展開も今後は重要な検討事項となる。
ハ.インナーフロー制度(昇進・配置転換・教育訓練)
教育訓練そのものをシステム化することも重要であるが、積極的に職務拡大・職務充実を図ることがなければ、戦略給そのものは十分な機能を果たし得ない。ここでは、配置転換を促すことにより人材の代謝と活性化を促進し、モチベートしていくシステムの設計と運用を管理する。
ニ.アセスメント制度
ポジションにどのような人材を登用していくか、あるいは戦略プロジェクトのメンバーとしては誰が最適かを今後は明確にしていかなければならない。そのためには、アセスメント制度を確立する必要がある。アセスメント制度とは、従来の人事考課制度とは異なり、現在の態度・行動から、将来の能力・資質を判断する。潜在的な能力が発揮できるような状況を作りあげ、その中での具体的な態度・行動を観察し評価していくのである。こうして、組織の中で人材を配置、育成、登用するにあたって、その人物を適正に客観的に事前評価していくのである。インナーフロー制度のなかで特にポジションへの展開を行うシステムとしての役割を持つものとしてシステム化していく。
昇格制度が人事考課制度との関連で規程化、標準化されていく中、昇進制度が戦略型人事管理において果たす機能がより一層重要になってきたために、特にアセスメント制度として構築する。
ホ.キャリア・パス制度
十分な成果を達成した者に対して、次のキャリア・パスを示してやることは、企業の責任である。
ポジションと昇給を示して、自立的能力開発を促進するために、システムとして設計し運用する。
5.新しい人事システムの提案
-戦略給システムの概要-
戦略給システムとは、経営戦略対応型人事管理システムの全体を指すものであり、特に賃金システムだけの呼称ではない。しかし、エッセンスはあくまで戦略給であり、経営戦略対応型賃金システムを基幹的な制度としている。
戦略給システムは、職務給でもなく職能給でもなく、経営戦略を反映しつつ双方の現行制度のもつ不合理を解決する全く新しい人事制度である。
戦略給システムにおける賃金は、組織上のポジションに与えられた職務および職責の価値およびその職務と職責を通じて達成された成果の対価(賃金)である。広い意味で、賃金の決定基準を仕事給的にとらえたものといえる。組織において果たす役割をポジションという概念でとらえ、ポジション毎の賃金を椅子の値段として明確化するものである。つまり、そのポジションでは何をしなければならないか何をすることができるかを賃金決定過程からも明確化したものであり、HowからWhatへの転換を推進するものである。したがって、賃金と職務との関連性を今まで以上に強化し、与えられた職務の機能および職責や使命の明確化を行い、その成果の反映度合と反映方法の測定、さらに配分の公平性を確保することが前提条件となる。
(1) 戦略給システムによる賃金の決定
戦略給は(1)ファンクション給、(2)ミッション給、(3)パフォーマンス給、の3つの部分から構成される。(1)ファンクション給は、組織上のポジション、現行の職務に支払う賃金部分である。(2)ミッション給は、経営戦略上、その職務をより高いレベルへ引き上げる(組織のポジション・アップ)ことを期待した賃金部分である。(1)と(2)を併せて、組織が期待しているその椅子の値段ということになる。
(3)パフォーマンス給は、職務遂行結果としての業績反映部分の賃金である。一部の年俸制では、業績は次の年の年俸を決める時に反映されるが、戦略給ではその年度の中で、業績(成果)に対応した賃金部分を組み込む(図表4)。
年俸制の形態をとると言っても、それは賃金決定を会計年度単位で行うということに過ぎない。
業績に応じて年俸を決定するいわゆる業績年俸制度は、ショートターム・インセンティブ(1年以内の短期的なモチベーション喚起策)としての機能を持つが、その業績に応じた報酬の仕組みは次のように分けられる。
(1)パフォーマンス評価として期初の仮決定賃金との差額を増減して支払うもの。
(2)期間の利益をパフォーマンス評価を経て貢献度により再分配するもの。
(3)従来の処遇水準をはるかに凌駕する破格報酬、成功報酬として期末に支払うもの。
(2) 戦略給システムが他の賃金体系と異なる特色
1のような内容を持つ戦略給が他の賃金体系と異なる点を拳げると次のようになる。
(1)同じ課長職であっても、大課長と小課長では賃金が異なる点
従来型の賃金体系では、職務に応じた賃金体系でない限り、属人的な要素を基本にして賃金が決定され、同じ課長のポストであったとしても、経営戦略上の重要度に応じた賃金は支払われない。あくまで、過去の積み上げの結果として賃金が決定されている。
戦略給では、経営戦略に対応した組織の柔軟性と機動性を最大限に発揮するために、同じ課長であってもその戦略上の重要度に応じて賃金が異なる体系を志向している。
(2)現在のポストだけでなくそのポストへの戦的期待値を含めて賃金が決定される点
これまでの職務給的な考え方であれば、その職務の現在における職務価値の大きさによってのみ賃金が決定されてきた。しかし、これでは現在の経営を取り巻く状況にはふさわしくない。なぜならば、職務価値が高いところに能力の高い人材がいるかといえばそうではない、逆もまたしかりである。つまり、現在は職務価値が非常に低いポジションであったとしても、経営戦略上重要な戦略ポストである可能性もある。戦略給では、こうした戦略上期待される職責(これをミッションと呼ぶ)をも賃金の決定において考慮するのである。
(3)戦略に基づいて賃金が決められるばかりでなく、賃金を決定するための職務の見直しが戦略や組織のあり方へも影響を与える点
戦略給システムは経営戦略と組織体制間をつなぐ双方向メディアとして、フィードバック機能をもつ。
ファンクション・ポイントとミッション・ポイントからなる職務価値職責の合計の要求内容が、現にそのポジションにいる人材の賃金とバランスしないと判断されたとき、ファンクションおよびミッションの内容修正、または賃金の改定を行うこととなる。
場合によっては戦略給システムは、各ポジションに対する事業戦略の見直しや組織および職務の見直しを要求するツールとなり得るのである。
(4)能力開発を積極的に促進する仕組みではなく、自主的な努力を援助する仕組みである点
すでにみてきたように戦略給は、事業責任者にこそ最も有効に機能するシステムである。したがって、対象者に能力開発のための援助をすることはできても、能力開発そのものを実施することは予定していない。戦略給対象者の職務・職責は社内に有効な教育者を持ちえない程度に高度化されてしまっている。
特にホワイトカラーを中心としたスタッフは、能力開発を自己責任で行うことが義務づけられる。戦略給システムはある階層のある職種については育成手段そのものを放棄する仕組みとなる。誰が社長を教育できるのだろうか。仕組みとして存在するのは教える手段ではなく学ぶ機会だけである。
(5)人事考課のうち能力考課は配置その他アセスメントのみに反映され、成績考課や業績考課はパフォーマンス給に反映される点
戦略給の対象者は(4)でみたように基本的には育成の課程は既に終了しているとの前提がある。だからこそ従来の年功型給与を支える一因となってきた使用者側の言い訳頑張って業績を上げてくれたが、キミはまだ若い。この苦労は勉強だと思え(だから正味の《市場性からみて妥当な》給料は払わないよ)は通用せず、成果に見合う給与を年度内に支払ってもらえるというわけである。
意欲(情意)考課と能力考課は賃金には直接結びつけず、ある役割と使命を持った椅子に座るべき人材の登用、あるいは、既にある椅子に座っている人材と戦略からみた適正度(つまり異動の要否)を判断するために用いる。この判断を通じて間接的な形で一人ひとりの年俸増減に結びつくことになる。
また、戦略を遂行するための人材登用、異動の判断材料とする以上、意欲・能力考課は従来の考課項目(協調性、責任性、知識・技能、判断力、企画力等)だけではなく、人材アセスメント項目も含めて設計しなければならない。重要ミッションを帯びたポジションに就き、所与の経営資源を駆使し、あるいは経営資源そのものを自らの力で確保し、事業目的の完遂に向けてマネジメントを行っていく有為の人材を選抜するためには管理統制能力や問題解決能力だけでは不十分である。つまり、これらに加えて、個人特性(主に、バイタリティ、知的好奇心や感受性、ストレス耐性等)や人間関係能力(対面影響力等)といった、これまで人事考課とは別角度で適性把握や進路選択のために行われていた、いわゆるアセスメント項目までチェック基準を拡大しなければならないのである。
したがって、戦略給対象者の意欲考課と能力考課結果は当人の能力開発に活かすための情報ではない。異動の要否の判断もあくまで人事戦略の一環であって、本人のキャリア開発を行うローテーションのためではない
戦略給研究チーム
主任研究員 加子栄一
副主任研究員 荒木 栄
〃 三宅光頼
研究員 久保田智之 (外部アドバイザー 関西学院大学教授 居樹伸雄)
注
1.複線型処遇制度とは、職務の高度化、専門化、多様化に対応するために担当する職務やその職責等に応じて人材を区分して処遇制度を考える制度のこと。コース別人事制度とほぼ同じ意味である。
2.職能給とは、社員の職務を遂行する能力(=職務遂行能力)を基準にして決まる賃金のこと。
3.職務給とは各職務(仕事)ごとにその困難度や重要度、責任の重さなどによって職務の価値を分析・評価して、価値や格付けに応じて決まる賃金のこと。(図表2)