Business & Economic Review 1996年12月号
【寄稿】
財政危機の評価と新政権の課題-利益誘導型政策決定と行財政改革
1996年11月25日 北海道大学法学部大学院法学研究科教授 宮脇淳
要約
現在、日本が直面している財政危機は、景気の回復など循環的な要因によって解決できない構造的な病巣を抱えている。その病巣とは「逆機能の堆積」である。この逆機能の堆積を含めたベースの国債残高は、2006年度には大蔵省の機械的試算(「中期的な財政事情に関する仮定計算例」96.1)結果である482兆円を大きく上回り、少なくとも600兆円台に達する。このため、財政危機克服の真の目的は、財政制度や予算決定プロセスを見直し、できるだけ逆機能を堆積させない財政運営に切り替えていくことにある。
とくに重要となるのは、足元の予算編成を通じて行われる将来に向けての逆機能の埋め込みである。新規投資に重点をおいた公共事業の実施は、地方公共団体を中心に将来の維持.運営費という見えづらいコストを財政に埋め込み、地方財政を圧迫する。また、地域開発や工業団地等の政策では、政策の失敗を政策で補う悪循環が生じており、ここでも将来に向けて大きな財政負担をロックインしている。公共事業については、将来の維持.運営費等も当初から可狽ネ限り念頭に置いたうえで新規投資規模を決定するほか、建設国債に100%依存した形での公共事業の実施から脱却する必要がある。
公共事業の地域別生産性向上効果を測定すると、過去10年間ほとんど変化のない地域が見受けられ、所得再配分型公共事業の正確の強まりが懸念される。こうした地域では、国庫依存の体質も強く、政策の失敗のロックイン効果が見受けられる結果となっている。
足元では、高い貯蓄率に支えられこうした逆機能の将来への埋め込みも可能な状況にある。しかし、2010年前後には貯蓄率の低下と財政赤字の拡大によって、埋め込むことが困難となる。その時までに、逆機能を堆積させない体質に日本の財政を制度と機能両面から改革すると同時に、長期債務と一般会計の政策経費を分離して管理するプライマリー・バランス型の財政運営などを目指すことが必要となる。
逆機能を堆積させない財政に改革するには、現在の「埋め込まれた市場原理」に基づく政策決定を改めると同時に、利益誘導型の政治体質から脱却することが必要となる。現在の日本は、政府への信頼性が低下する一方で財政危機が深刻化する「民主主義の精神錯乱」の状況に陥っており、新政権として行財政改革を実現するためには、まず自らこの精神錯乱の状況を脱する取り組みが必要となる。このことは、行政改革、規制緩和等を通じ自由な機会均等の社会を目指すのであれば、より一層求められる取り組みである。それなしでは、日本社会全体をエンクレーブ型の構造にしてしまうからである。
財政危機克服に不可欠な予算・決算のあり方を考える場合、これまでの政策意図の適正性だけでなく、実際の政策の帰着がどこにあるかを明確にする必要がある。とくに、決算においては政策の帰着に重点をおいた検査を行い、政策の意図と帰着にズレがないか常にチェックしていく必要がある。
財政と景気対策の関係は、これまでのファーストベストからセカンドベストの関係にならざるをえない。ケインズ効果は財政収支の赤字が対GDP比で5%程度であれば測定される。しかし、逆機能の堆積を含めたベースでは、日本の財政収支の赤字はすでにGDP比7%程度に達しており、このことがケインズ効果の顕在化を阻む要因となっている。したがって、今後の景気対策においては、中長期の視点からの社会資本整備をまず重視し、その執行スピードの調整程度にとどめると共に、財政の景気調整機能をある程度維持するためには、逆機能を含めたベースで財政収支赤字の対GDP比を5%程度(逆機能の堆積を除いたベースでは4%弱)にとどめる努力が少なくとも必要となる。
財政収支の均衡を求め、歳出を絞り込むことだけが財政危機克服の手法ではない。現在存在する貯蓄をいかに有効に社会資本整備に結びつけ、後世代に優良な社会システムを残すかも重要な課題である。その際、予算執行を通じて埋め込まれる逆機狽竦ュ策の帰着に充分注視し、現在の財政体質を改善していく取り組みが同時に不可欠となる。
1.はじめに
行政改革と財政制度全体の関係については、本月報8月号の「予算制度と国会機能の再検討」で、すでに整理したところである。本稿では、行財政改革の中でも「財政危機の本質」に焦点を絞り、8月号の論文をさらに掘り下げる。それにより、「財政の構造改革を考える-明るい未来を子供たちに-」(96年7月10日、財政制度審議会公表(以下「財政構造改革白書」と略す)で示された、財政危機克服の方向性と新政権の行財政改革に対する取り組みの評価を試みる。
とくに、[1]「逆機能の堆積」と公共投資の地域別生産性向上効果の分析、[2]日本型政策決定プロセスの限界と「埋め込まれた市場原理」の発掘の必要性、[3]選択社会における「民主主義の精神錯乱」と財政再建の関係、[4]財政問題への「時間軸の導入」と「政策の帰着」の問題、[5]景気対策と財政運営の関係等の視点を通じ、今回の財政危機を構造的要因による危機としてとらえることや政治行動と財政赤字の関係を注視することの重要性財政制度や意思決定プロセスの改革の必要性を指摘していく。
そして、以上の分析に基づき、行財政改革を政策の柱として揚げる新政権が取り組むべき課題とその評価の基軸を提示する。
2.財政危機の評価-構造的財政危機の病巣-
財政危機の克服を考える前提として、今回の危機を経済・社会の発展の中で、いかに位置づけるかの評価が行われなければならない。それなしでは、財政危機克服のためのシナリオやタイムテーブルを検討することもできないからである。
今回の財政危機は、バブル経済崩壊後の税収の急激な減少と景気対策の実施による財政バランスの急速な悪化を端として表面化している。とくに、財政危機の深度は、租税弾性値が大幅に低下し、経済の減速以上に税収が落ち込んだことでより強められている。この意味からは、高い貯蓄率を前提に循環的な景気の回復を図り、それに伴う税収の増加を実現することが、財政危機に対処する基本的手法であると考えることも可能である。しかし、こうした循環的要因に比重をおいて、今回の財政危機の克服を考えることには大きな限界が存在する。むしろ、現時点での単なる税収の増加は、財政危機を将来に向けて一層深刻な課題として、日本経済・財政に抱え込ませる結果をもたらす。なぜ、そうした結果となるのか。それは、経済の循環的要因や構造的な環境変化(高齢化・少子化等)では説明できない「逆機能の堆積」という現象が、日本の財政には生じているからである。
(1)過去の逆機能の顕在化-政策の失敗の堆積-
「逆機能」とは何か。本月報8月号でも触れたように、「官僚も含めた社会的集団が、様々な環境変化に対し、既存制度や既得権を適応させようといろいろな形での延命措置に努力することで、逆に制度自身に輻輳した矛盾を抱え込み、制度そのものを機舶s全に陥らせること」である(注1)。すなわち、「制度を維持する機能が、制度矛盾を拡大させること」が「逆機能」であり、この逆機能を含んだ施策や予算措置が繰り返されることを、「逆機能の堆積」と定義づける。この逆機能の処理が、財政の重要な役割として位置づけられること、そのことが財政危機の本質である。したがって、この逆機能を堆積させやすい現状の予算編成から脱することが、財政危機克服の最終的な目標となる。
逆機能は、1970年代後半以降、とくに日本財政に堆積し、顕在化する段階を迎えている。戦後の財政を機能面から分類すると、大きくふたつの時期に分けることができる。まず第1期は、戦後1940年代後半から70年代前半にかけての前期資本主義型財政時代であり、財政に求められる機能も国家としての基礎的事項(防衛・外交・司法等)のほか、民間における長期資本や技術蓄積の不足等を背景とした「民間活動の補完」を目的とする資金配分が主体となっていた。しかし、第2期の後期資本主義型財政時代(注2)に入った70年代後半以降では、経済の成熟化と共に第1期のふたつの機能(基礎的事項と民間活動の補完)の見直しに加え、過去の政策の失敗(新規政策と既存政策の見直しを行わない不作為も含む)に対する処理や補償という新たな役割が財政の機能として加わることになる。すなわち、財政制度自身の中ですでに堆積した制度疲労あるいは過去の施策の失敗や歪みが顕在化し、それへの対応が重要な資金配分として財政の機能に位置づけられることになるのである。この機能が財政全体に占める重要度に比例して、財政危機の深度も異なったものとならざるを得ない。もちろん、こうした逆機能への対応は日本独特の問題ではなく先進国に共通して生じてきている。しかし、各国ごとの政策決定プロセスの特性と政策決定後の見直し機能の違いによってその堆積の度合は大きく異なる。
逆機能の堆積への対応という財政に課せられた新たな機能の重要度は、[1]制度や既存政策の積極的見直しを環境変化に合わせてどれだけ継続的に行ってきたかと、[2]どこまで逆機能を今後財政で抱えられるかのふたつの要因によって測定される。その測定を、[1]の要因については、過去の負担の棚上げ措置やこれまでの社会資本形成の効率性等を代理変数として、[2]の要因については、貯蓄投資バランスの変化を代理変数として測定する(注3)。その結果、80年度を基準年次100とした場合、96年度で深度は3.5倍の350まで上昇していることがわかる。現状の財政運営を続けた場合、蓄積投資バランスの悪化が加速し2006年度にはさらに96年度の3倍強にあたる1210にまで上昇する。すなわち、後で具体的に見る公共事業等を通じた将来へ向けての逆機能の堆積が加速する一方、経済の成熟化で繰り延べの余裕度は急速に低下し、財政に求められる逆機能への対応の重要度(すなわち「財政危機の深度」)は、急速に高まるのである。
大蔵省が96年1月に示した「中期的な財政事情に関する仮定計算例」では、今後名目成長率が3.5%で続いたとしても、国債残高は2006年度に現在の約2倍の482兆円に達するとしている。仮に、「中期的な財政事情に関する仮定計算例」の国債残高を逆機能の堆積を含めたベースに換算すると、2006年度で約600兆円となる。なお、税収の増加は財政危機の深度を一時的に軽減するものの、現在の財政制度や予算編成システムを前提とした場合、不効率な社会資本形成の拡大等を一方で生みだし、次の節で細かくみる将来に向けた逆機能を堆積させる要因となる点に注意を要する(2-[1]「公共事業予算すきま率2割原則の必要性」)。税収が落ち込んでいること、高齢化社会が到来すること、さらには国債残高が累増していること以上に、逆機能の堆積と財政制度の関係を注意深く考察することが、財政危機の克服を考える場合、重要なテーマとなる。
以上のように財政の中に堆積した過去の逆機能の処理と、将来へ逆機能を堆積させる現在の財政制度、そして予算編成システムの見直しなくして、今回の財政危機の克服はあり得ない。過去の逆機能の堆積の具体的姿としては、96年度まで28兆円に達する国鉄清算事業団の長期債務や国有林野事業の赤字が上げられる。国鉄の民営化は大きな制度改革であり、営林署の統廃合や国有林野事業職員の削減も行政効率化に向けた前向きの努力である。しかし、これらの改革や努力が、本質的問題の棚上げ、あるいは公的セクターの基本的権限配分の構図を変えない中で、既存の経済・社会システムの中に埋め込まれる形で実施されてきた。この埋め込み型の対応が、経済・社会の成熟化と共に限界を迎え、逆機能問題を厳しい姿で顕在化させているのである。
さらに重要な点は、過去の逆機能がどれだけ堆積しているかではなく、公共事業予算や農業関係予算、さらには特殊法人等を通じて毎年度の予算編成と予算執行の中で、将来に向けた新たな逆機能が埋め込まれ続けていることにある。
(2)将来への逆機能の埋め込み-ふたつのロックイン効果-
毎年度の予算を通じて埋め込まれ続けている逆機能を、公共事業を例にとって具体的に見ると以下のとおりとなる。なお、この中に、財政全体の将来像を考える場合、重要なファクターとなるふたつの「ロックイン効果」が存在することに注目する必要がある。
[1]公共事業予算すきま率2割原則の必要性
逆機能の埋め込みの第一は、8月号でも指摘した新規投資を巡るメンテナンス費用、運営費用の不十分な計上である。完成した社会資本の機能を充分に発揮させ、できるだけ長期にわたって活用するには、新規投資の段階で将来必要となるメンテナンス費用等を折り込み政策決定することが求められる。しかし、現実の政策決定では、新規の投資額の規模は重視するものの、メンテナンス費用等への事前配慮は充分されていないのが実態である。このため、コミュニティーセンターやスポーツ施設等を建設しても、財政難から運営や維持のための費用が確保できず、施設を荒廃化させてしまう等の現象が生じている。財政危機の局面では、メンテナンスを行わず、運営もしないという状況が、経費削減に向けた財政運営の最適解となる。その原因は、新規投資の際、将来の必要経費を充分勘案した政策決定をしていないことによる。ニューヨーク市がかつて破産状況に直面した大きな原因もこの点にあった。
こうした現象は、施設建設のための借金と機狽オない社会資本の存在という二つの面から将来の逆機能を堆積させることになる。社会資本ストックの耐用年数の推計等を用いて試算すると、社会資本全体で新規投資分の二割程度のメンテナンス費用が少なくとも将来必要となっており、この費用を新規投資時点で組み込んだ政策判断や予算措置が必要となる。メンテナンス費用等を軽視し新規投資額の拡大を重視しようとする傾向は、政治的な要因からも加速される。今回の小選挙区制による初めての衆議院選挙においても、党として行財政改革の必要性が公約として主張される一方で、現場の選挙運動では逆に利益誘導型の公約が目立つものとなった。この党の公約と現場の公約の「ねじれ現象」を今後の政策運営においてどう改善させるか、新政権にとって大きなテーマとなる。仮に、現場の利益誘導型の公約に合わせる形で、公約の「ねじれ現象」が修正されたとすれば、逆機能の堆積とともに、大きな将来負担を財政の中に埋め込む結果とならざるを得ない。こうしたことから、公共事業を行う場合、全額建設国債に依存するのではなく少なくとも投資額の2割については税金で行う「すきま率2割の原則」を確立する必要がある。
[2]補助金行政の見直し
第二は、補助金行政、縦割り行政による逆機能の堆積である。補助金による公共事業の場合、建設する施設等社会資本に対し、省庁ごとの縦割り構造の中で多くの物理面・質面規格が定められている。このため、地元のニーズに合わせることを主体とした施設の建設ではなく、中央の規格に合わせ補助金の得に注力した公共事業が行われやすい体質を有している。例えば、当初産業振興を目的とした商工関係の施設建設が、補助金の得のために途中から農業関係の規格に変更される等の現象である。実際上、地方公共団体においても財政資金の不足を穴埋めするため、補助金の規格に合わせる体質が存在する。このことが、規格品の施設提供を生み出し、地元のニーズとの乖離を生じさせ、活用されない社会資本を形成する原因となっている。それだけでなく、地方公共団体の企画力を制約する要因となっている一方で、国からの補助金保に注力した地方財政の体質を生み出している。こうした補助金を通じた規格品型の公共事業は、建設費用が逆機能を堆積させるだけでなく、第一に指摘したメンテナンス費用や運営費の拡大等予期せぬ支出として将来への逆機能を拡大させているのである。また、産業道路と農道の関係に代表される縦割りを原因とした重複投資のほか、都市部においては道路、鉄道、通信、ガス・水道等の生活インフラの輻輳化を生み出し、社会資本の効率的整備を困難としている(注4)。
以上ふたつの逆機能の堆積は、公共事業の実施によって逆機能が将来の財政の中にロックインさせることを意味する(公共事業によるロックイン効果)。こうした逆機は、一時的な税収の増加等によって本質的に改善されることなく、財政の中に埋め込まれることになる。
[3]「政策の失敗」の財政による補填
第三は、政策の失敗による補填政策の繰り返しである。北海道の苫東開発などにみられるように、企業誘致による産業振興を目的とした地域開発が、企業の進出が進まないことから公的施設の新たな建設、あるいは中央や他地域からの移転で穴埋めされるケースである。これにより、公的施設の建設・誘致に新たな財政資金が投入されるほか、第一、第二で指摘した逆機能を同様に堆積させる原因を生み出している。さらに、地域開発で期待した地域経済の自立も、民間経済主導ではなく公的部門中心の補助金依存体質に転換される結果をもたらす。この点が、ふたつ目のロックインである「政策の失敗のロックイン効果」と評価することができる。こうした状況は、政策の失敗が財政による補填を生む悪循環に陥りやすく、早期に断ち切る政策判断が必要となる。このため、政策決定においても勇気ある撤退を選択できる構図が必要となる。
なお、公共事業を巡っては第四の要因として、租税価格の問題をとくに指摘しなければならない。租税価格とは、「新たな行政サービスを提供するために国民に対して求める税負担の大きさ」を意味する。公共事業に当てはめると、新たな事業を行う場合、その費用を税金としてどれだけ国民に求めるかの問題である。公共事業においては、とくにこの租税価格の低下が進んでおり、そのことが財政危機をさらに助長している。すでに[1]のすきま率の原則で指摘したように、現在行われている一般会計の公共事業は、ほぼ100%建設国債の発行に依存している。このため、公共事業をいくら拡大しても、国民の現在の税負担は直接上昇しない。こうした租税価格の低下は、負担と受益の切断(いわゆる「財政錯覚」)をより深刻化させると同時に、すでに指摘したふたつの公共事業や政策の失敗による逆機能のロックイン効果を強める原因とならざるを得ない。公共事業を巡る租税価格の適正化を図るには、公共事業の効率性・有用性を高め、現在の租税価格の水準に少しでも近づける努力をすると同時に、受益者負担や租税を財源とする公共事業の比率を拡大することで、租税価格そのものを引き上げることが必要となる。
(3)公共事業による地域別生産性向上効果の測定
以上、公共事業を中心とした逆機能の埋め込みの例を整理したが、これらの現象が地域の経済成長や財政構造にいかなる影響を与えているか、財政モデル(注5)を活用し推計すると図表1及び図表2となる。
まず、図表1の地域別の生産性向上効果を上昇ささせることができれば、公共事業予算を拡大させなくても、それだけで経済成長を0.15%ポイント程度引き上げることが可能である。
さらに、図表2をみると、図表1でみた向上効果が0.8を下回る県では概ね国庫からの移転財源に大きく依存していることが分かる。公共事業が地域経済活性化に結びつきづらくなっている一方、国庫依存も強める状況となっている。これに対し、生産性向上効果が0.8~1.0の府県では、自分の府県内で徴収される国税とぼぼ同額、ないし若干上回る程度の国庫からの財源移転にとどまっている。
以上のふたつの図浮ゥら、公共事業の配分比率の問題は、省庁別・事業別に加え、地域別の配分の硬直性の問題が重視される必要があり、全体として将来への逆機能の堆積を生じやすい状況にあることが分かる。したがって、所得再配分的公共事業の見直しに努力し、生産性向上効果の引き上げに努め、政策の失敗によるロックインからの離脱を図ることが重要となる。
公共事業は、高齢化社会や日本の経済の高度化に向けて、充実させていかなければならない。しかし、一方で財政危機を克服するためには、過去の逆機能の堆積をいかにして処理するか以上に、現在そして今後の財政運営において、逆機能を堆積させない予算編成、政策の意思決定プロセスを穀zするかが重要な課題となる。高齢化社会の到来が公共事業の拡大を正当化するのではなく、公共事業の手法・配分を見直すことにより、国民的ニーズに対応していくことが、公共事業の拡大を正当化させる。
現在の財政制度は、次に見る日本型政策決定プロセスを通じ、残念ながら逆機能を堆積しやすい体質を有している。したがって、こうした体質を改善しない限り、税収が拡大し一時的に国債依存度等が低下したとしても、そのことをもって財政危機が克服されたと評価することはできない。それは、単に一時的に危機の姿を埋め込むことに成功したに過ぎないからである。逆機能の堆積に目を向けることは、環境変化に対するアドホックな財政の適応を求めるものではなく、財政体質そのものの中に存在する歪みを継続的に除去することを求めるものである。そこでは、危機の本質を環境変化に転嫁することなく、自らの体内の病巣として直視することが必要となっている。
こうした考え方は、財政構造改革白書がその名の示すように、今回の財政危機を構造要因として踏まえている点と評価を同じくする。ただし、本稿でいう構造とは、単なる収支均衡をめざした歳出の構造ではなく、財政を巡る権限配分を含めた財政システムと、そのシステムを通じて形成される政策決定プロセスの見直しを意味する。この意味からは、逆機能の堆積を伴いつつ赤字国債発行を脱却した80年代後半の状況をもって、財政構造改革白書が指摘するように、「財政再建が一時的にも達成された」と評価することはできないことになる。今求められるのは、財政収支の均衡や財政の資金配分を見直すことではなく、資金配分を実質的に決定する権限配分そのものを見直すことを目的とすることである。
(4)逆機能の埋め込みの限界
財政危機の本質は、国債が累積していること、財政収支が恒常的な赤字に陥っていることではない。その本質は、危機の現状を生み出している政治・行政を通じた意思決定のプロセスにある。このため財政再建論議では、新たな再建目標値を定めるといった性質のものだけではなく、財政制度や予算編成プロセスそのものを見直しの視野に入れた論議を展開することが必要となる。OECDの「ECONOMIC OUTLOOK」(96.6)では、景気変動による通常の財政収支と、完全雇用を実現してもさらに残ると見られる構造的財政収支を区分けする試みが行われている。その試算では、日本の場合、財政収支の赤字は95年で名目GDP比の3.9%を占め、うち6割に相当する2.4%ポイントが構造的な赤字との結果が示されている。今後、一般政府部門の赤字については、高齢化の進展に伴う社会保障基金の黒字幅減少・赤字転換により、かなりの高水準に達することが見込まれている。平成7年度の「経済白書」(経済企画庁)では、2040年度には財政収支の赤字がGDP比8%に達するとする試算を行っており、財政収支の赤字を現在価値に引き直すと約1200兆円の見えない政府債務を抱えていることになる。
そこで、財政モデルによって、まず日本の構造的赤字を逆機能を含んだベースで推計すると、OECDの6割という結果を上回り、すでに7.5割に達していることがわかる。加えて、財政収支の赤字も95年で名目GDP比6%台に達している。将来への逆機能の埋め込みを含めた場合、前述した経済白書の試算を上回るスピードで財政収支は悪化し、2015年度にはGDP比8%台に達する結果となった。次に今後の経済成長と貯蓄率・財政赤字の関係をシミュレートすると(名目経済成長率3.5%を外生として想定)、貯蓄率は、高齢化の親展と共に2015年には現在の水準より5%ポイント程度低下する。もちろん、既存の資金運用のストック形態がどう変わるかを勘案しなければならないが、限界的な財政赤字の吸収力は低下、民間投資の資金需要が回復し毎年度3%程度で増加した場合、財政の逆機能を含めた赤字の拡大によって、他の条件が変化しなければ2009年度前後には、限界的なクラウディング・アウト圧力が強まる状況に陥る。したがって、2010年度前後を目処に遅くとも、財政の現在の体質を脱却していなければならない。なお、国民負担率の5%ポイントの上昇は、貯蓄率を0.4%ポイント低下させる。国債発行抑制のための増税措置も、貯蓄率を低下させる要因となる点に注意を要する。
3.日本型政策決定プロセスの限界
(1)日本型政策決定プロセスと財政赤字
いかなる国においても、逆機は堆積する。その逆機能の堆積の深度は、経済・社会の発展に対し制度改革や政策決定による様々な既得権の調整がどの程度機動的に実施できるか、すなわち、環境変化のスピードと制度改革・政策決定の硬直性の相互関係によって、堆積する逆機能の質と量が決まる。この点を明らかにするために、戦後の日本における政策的意思決定の特性を、ピーター・J・カッツェンシュタインの「経済政策と国内構造の媒介の分析」に基づき、欧米と比較すると以下のとおりとなる。
まず、市場原理と分権体質を基本とするアメリカの場合、環境変化に対する対応が自国内の市場で処理しきれなくなった段階で、個別に海外への「問題の輸出」として顕在化される体質を有している。自動車や写真フィルムなどの貿易摩擦等の問題はこの典型といえる。これに対し、ドイツを中心とした欧州の場合、環境変化によって生じる問題が顕在化した後で対応策を講じ、事後補填的に財政措置を実施することを基本としている。このため、問題が深刻化する危険性があるものの、問題の所在と補填に必要となる財政規模が明確化される。
これに対し日本の場合、環境変化によって生じる問題を顕在化させず、事前に対応措置と補填措置を講ずることをこれまで主体としてきた。すなわち、官僚を中心としたシステム(いわゆる「鉄のトライアングル」)を通じて、環境変化をできるだけ予見し、問題が本格的に顕在化する前に、財政的な補填措置を高ずることを基本としてきたのである。この政策決定プロセスが「国家主導型資本主義」と称せられ、戦後の日本経済の発展に大きく寄与したとされる。この点については、ピーター・J・カッツェンシュタインも評価しており、国家主導型資本主義の利点は、環境の変化に対し国内経済を見直し競争力を高める点にあるとしている。
しかし、その半面、問題の所在や補填の必要性、補填規模の適正性の判断等を不明瞭にすると同時に、行財政の肥大化と既得権体質を強める欠点を有していた。アメリカでは、逆機能の堆積を市場原理によってチェックし、処理しきれない逆機能については海外へ輸出、欧州では逆機能の堆積を負担を明確化することで抑制してきた。
これに対し、日本の政策決定プロセスは、高い経済成長を実現したものの、[1]負担と責任を不明確にしたこと、[2]特別会計や財政投融資による予算制約のャtト化が加わり、逆機能を堆積しやすくしたこと、[3]堆積した逆機能への対処に対しては、有効な手段の提示を困難にする政策決定のプロセスを形成したこと、[4]政策のメンテが充分でなく長期的な課題を潜在化させたことなどの問題点を指摘できる。こうした問題点の存在が、本来市場原理を生かすことが目的であった国家主導型資本主義が、市場原理を逆に自らの中に埋め込む姿へと変質する要因となっている。
「埋め込まれた市場原理」の具体的例として、金融制度が挙げられる。戦後の金融制度は、銀行・証券業務や長・短業務の分離だけでなく、公的金融、さらに公定歩合を柱とした規制金利体系の存在等様々な垣根が形成されてきた。国家主導型資本主義の下で細かく区切られた垣根の中に市場原理が組み込まれてきたのである。この垣根構造の内側では、金融機関同士の厳しい競争が市場原理(あるいは擬制市場原理)として埋め込まれると同時に、行政は市場原理を埋め込んだ垣根同士の調整に注力してきたのが実態である。その垣根が金融の国際化・自由化によって取り払われようとする中で、埋め込んだ市場原理を掘り起こし、開かれた市場原理にすることが必要となっている。
今日議論が高まっている「官」の役割をめぐる「市場の失敗」の問題も、まず、市場原理を握り起こした上で議論する必要がある。なぜならば国家主導型の中での市場の失敗はその実態が政策の失敗である場合も多く、市場の失敗を生じさせた原因が明確とならないからである。
(2)「埋め込まれた市場原理」の発掘
国家主導の日本型政策決定プロセスの限界を認識し、そこから経済活動や社会生活を脱却させることが今回の財政危機には不可欠となる。その具体的手段が、前述した「埋め込まれた市場原理」を発掘することにある。
前節の日本型政策決定プロセスと8月号で整理した「土管構造」によって、日本の経済・社会は規制と補助の土壤の中で、国際経済に対しエンクレーヴ(離れ小島)型の市場原理を追求してきた。しかし、開かれた市場原理による国際経済の同質化が進むと同時に行政領域の肥大化、いわゆる行政負荷の拡大によって、国家主導の事前予見による補填的意思決定システムの有効性は大きく低下している。この有効性が低下しているにもかかわらず従来型の国家主導の意思決定を続けることが、逆機能の堆積を加速させることになる。国家主導から、開かれた市場原理に基づく対応へと転換することが求められる。
もちろん、日本型の政策決定プロセスの有効性がすべての領域で失われた訳ではない。むしろ、現在の行政の領域を絞り込むことによって、その有効性を回復させる必要がある。その有効領域として位置づけられるのが、経済的・社会的生産活動への再投入領域である。具体的には、高齢者や地域住民の経済・社会参加の促進、環境保全、リスク管理の補完等がその中心的領域になる。
さらに行財政の領域を検討する場合、日本が租税国家であることをもう一度踏まえる必要がある。租税国家とは、「資本主義経済活動のもとで生み出された価値をベースに納められた税を基礎として国家活動が形成されること」を意味する。したがって、行財政の責務は、最大限に資本主義経済活動を引き出すことであり、それにより初めて財政の健全化も実現する。このため、行財政が資本の蓄積や経済・社会的再生産活動を阻害することはもちろんのこと、自ら税の源泉となる事業活動を行うことも原則として認められないことになる。
財政構造改革白書もその第14章「行政改革」において、行政の役割や守備範囲の見直しを進めることが重要と指摘している。この行政の役割や守備範囲の見直しが、財政赤字削減の視点ではなく、市場原理発掘や租税国家の本旨の視点から進められる必要がある。
4.政治行動と財政赤字-ライフスタイル・エンクレーブと民主主義の精神錯乱-
これまで見てきた市場原理の埋め込みや租税価格の低下等の問題は、行政活動だけでなく社会的変化やそれに伴う政治の側面から大きな影響を受ける。その代表的要因として「ライフスタイル・エンクレーブ」と「民主主義の精神錯乱」の問題を取り上げる。この2つの問題は、今日政治が陥っているジレンマと財政赤字の関係を考える場合、重要なポイントとなる。
現在進められている規制緩和や地方分権等の取り組みでは、「選択性に富んだ機会均等の社会をつくりあげること」が指摘されている。この選択性に富んだ機会均等の社会が誕生した場合、政治的な政策決定がいかにあるべきかは、財政危機克服においては欠くことのできない検討テーマである。
(1)利益誘導型予算編成の末路
選択性の拡大と機会均等の両輪が実現した場合、社会生活において生じる現象として、「ライフスタイル・エンクレーブ」と言われる状況がある。個人の多様な選択が可能となった場合、ある特定のライフスタイルを選択した人々からなる閉鎖的なコミュニティーが形成される。このコミュニティーを告ャする人々は、コミュニティー内部の改善・維持に対する負担や規制には賛同するものの、コミュニティー外の社会に対する積極的な負担や参加は好まず、そこでは孤立した体質を形成する。この体質を「ライフスタイル・エンクレーブ」という(こうしたエンクレーブの構図が、社会全体の発展をもたらさないことは「囚人のジレンマ」の理論で明らかとされている)。
この「ライフスタイル・エンクレーブ」の体質は、政治的無関心の拡大によりさらに助長される。選挙投票率の低下は、立候補者に対して特定のエンクレーブ・コミュニティーへの利益誘導を有利とする選挙マネージメントを選択させる。その結果、エンクレーブ・コミュニティーは、さらに孤立度を強めることになる。こうしたエンクレーブ・コミュニティーを基礎にしたいわゆる族議員を中心とする政策決定や予算編成が展開された場合、国民全体からの政府に対する信頼度は低下する一方で、政府活動が増大し財政危機が深刻化する構図を形成する。
こうした「政府の権威の低下」と「行財政の拡大・財政赤字の悪化」が共存する構図を、アメリカの政治学者であるサミュエル・ハンティントンは、「民主主義の精神錯乱」と定義づけている。利益誘導型の予算編成が基礎となっている現在の日本財政は、すでに「民主主義の精神錯乱」に陥っているといえよう。この「民主主義の精神錯乱」の状態を、現在の財政危機にあてはめて考えると以下のとおりとなる。今回の衆議院議員選挙でもみられたように投票率の恒常的低下は、特定の利益集団を対象とした政策や財政支出を拡大させる。このことは、多くの国民の意思を積極的に反映させない中で、財政赤字が拡大する構図をもたらす。このため、仮に国民全体に負担を求める間接税方式で財政赤字を改善させようとしても、特定の利益誘導から除外されている多くの国民から支持を得ることは困難となる。今後、現在の政治メカニズムのままで、国民生活の選択性が拡大すれば、さらに精神錯乱状態での利益誘導が助長される危険性もある。
(2)プロジェクト予算の導入と特別会計の見直し
国民の選択性と機会均等を求めつつ財政危機を克服するためには、この「民主主義の精神錯乱」の状況を脱却することが必要となる。そのためには、参加型を目指すなかで民主主義の再構築を実現すると同時に、エンクレーブ・コミュニティーに拘束されない、政府における横断的な政策意思決定プロセスの導入が必要となる。その具体的な姿として、縦割りの予算配分を脱却するためのプロジェクト単位予算の導入等が挙げられる。それにより、現在の予算書の形態も単なる費用別ではなく、プロジェクト別とすることで、国民の目にもコストの構造や政策の優先判断の適否を問うことが可能となる。
すでに縦割りの構図(月報8月号「予算制度と国会機能の再検討」、「土管の理論」参照)に象徴されるように、政府の意思決定や組織自身、エンクレーブ・コミュニティー的体質を強めている。この体質を脱却する行政改革の実施が、財政改革と表裏一体の課題であることは、以上の関係からも明確となる。政府の意思決定がエンクレーブ・コミュニティー的体質を強めることは、いわゆる「合成の誤謬」の状態を深めるだけでなく、「因人のジレンマ」の構図の中で、社会全体の発展にも寄与しないことを踏まえなければならない。
とくに、特定財源を抱える特別会計や縦割りの所管官庁によって形成される特殊法人では、財政制度自身がエンクレーブ・コミュニティー的体質を強固にする要因となっている。したがって、既存の制度の存在を前提とするのではなく、その制度が生み出している体質全体の改善に目を向けていく必要がある。
5.時間軸の導入と政策の帰着-「コストと効果」の時間軸の共有-
(1)時間軸の導入
[1]財政環境の六つのセクター
財政危機を巡り、具体的な問題を検討するためには、財政を取り囲む要因を循環・構造要因に分けることに加え、時間軸によってさらに細分化することが必要である。
すなわち、財政を囲む要因について、時間軸である、短期(1~5年程度)・中期(10~20年程度)・長期(40年以上)と、要因軸である循環・構造を組み合わせ、六つのセクターを抽出する(図表3)。その上で、財政運営目標をどこのセクターにおいて取り組むかを検討する。六つのセクターにおける代表的事例を整理すると次のとおりとなる。
まず、短期要因についてみると、循環要因の代表としては「景気問題」が挙げられる。ここでは、税収の減少と景気対策の問題が主たるテーマとなる。これに対し、短期の構造要因とは、過去に堆積した「逆機能の顕在化」を意味する。先送りしていた長期の要因が処理期限を迎え、短期的な判断を迫られる状況である。すなわち、長期の構造要因として抱えていた課題が、時間の経過と共に顕在化し、短期要因に移転する構図である。具体的には、国鉄清算事業団の長期債務の処理問題が挙げられる。例えば、この処理を巡り、国債発行によって債務を再棚上げする措置を講ずることは、短期の構造要因から中期の構造要因へ再移転することを意味する。この場合、中期の構造要因である高齢化の中に過去の逆機能の堆積の処理を埋め込むこととなり、問題の処理を一段と困難にする。
また、中期の循環要因としては、社会資本の「機箔I陳腐化」が挙げられる。経済・社会の変化に対応し、維持・補修や運営、さらには高付加価値化へいかに対応するかが課題となる。一方、構造要因の代表としては、「高齢化」が挙げられる。高齢化のピークは、人口推計によると2020年代となっており、財政を取り囲む要因としては、すでに足元で進行する中期の要因となっている。さらに長期要因としては、循環面では現在形成されている新しい社会資本の「物理的陳腐化」が、構造面では少子化による「人口の減少」が重要な要因として挙げられる。
こうした環境面のセンターの裏面には同時に、毎年度の国債発行によるの債務が中期そして長期の要因として、埋め込まれている点に注意を要する。例えば、公共事業の財源調達のために発行された建設国債は、10年ごとの借換を経て、60年間をかけて段階的に償還される(60年償還ルール)。このため、債務が長期に埋め込まれていることから、その債務による歳出、すなわち公共事業によって形成される社会資本の機狽燒{来中期そして長期を視野に入れて検討することが必要となる。
これまでの右肩上がり経済の段階では、短期的視点から投資を行い、その負担を中期そして長期のセクターに分散させることが可能であった。しかし、経済の成熟化にともない、そうしたリスク・コストの分散は、確実に短期の構造要因たる逆機能の顕在化として財政自らに帰着する。したがって、今後の財政運営においては、効果とリスク・コストの帰着のセクターをできるだけ接近ないし同一化することが求められる。
また、国債発行に依存した投資の場合現在価値に割り引いて投資効率を考えることも必要である。
[2]要因間の移転と財政運営
以上の六つのセクター分類により、財政再建の目標とテンポを考える基本フレームが形成される。この基本フレームを検討する際、留意すべき点は、時間軸を中心とした要因間の移転が存在することである。
すでに、短期の循環要因である逆機能の顕在化で指摘したように、問題を中期の構造要因として再移転することが可能である。しかし、その際には再移転を受ける中期の構造要因の変化に注意することが必要となる。これまでの経済成長期には、中長期の構造要因は生産年齢人口の増加と国民所得の拡大として位置づけられていた。このため、短期の構造要因で処理不可能と判断される点は、前述したように中期要因ないし長期要因への移転によって飲み込むことが可能であった。
より具体的に整理すると、これまでの財政運営は、短期の循環要因である景気問題とファーストベストの関係を維持しつつ、そのリスクとコストの問題を中・長期の構造要因に移行させることを可能にしてきた。その中で、公共事業等を中心に行財政の領域のスピルオーバーと、長期の循環要因によるステップアップが図られてきたのである。しかし、中期要因は高齢化、長期要因も人口減少となる中で、こうした移転構造は、逆機能を堆積させ、将来における短期の構造要因を厳しい姿とする結果に結びつくことは、すでに繰り返し指摘した通りである。
(2)政策の帰着
要因間の移転の問題と同時に重要となるのは、「政策の帰着」の問題である。ひとつの政策を実施した場合、その施策の効果は一定の経路をたどることで、最終的な状況へと到達する。この到達点を「政策の帰着」と呼ぶ。この経路のいかなる時点を重視するかが、重要な課題となる。
この政策の帰着を、前述した財政運営の六つのセクターに結びつけて考えると、次の諸点が指摘できる。第一に、国債発行が後世代の負担となるか否かは、国債によって調達した財源でいかなる歳出を行うかにかかっている。したがって、短期の循環要因である景気対策の実施が、どのような形でいかなるセクターに最終的に帰着するかを検討しなければならない。景気対策として、後世代の社会資本を形成しない場合には、短期の景気対策の政策的帰着は、中長期の財政悪化と位置づけられる。加えて、公共投資の政策判断が将来経費である維持・運営費等を勘案することなく実施されたとすれば、将来への逆機能を堆積させる結果となる。これに対し、経済の活性化や後世代にとって有用な社会資本を形成することができれば、景気対策を財政危機においても是認される。
国債の発行は「後世代へのつけ回し」とだけ評価することはできない。財政構造改革白書が指摘する国債累増による後世代への負担転嫁の有無は、[1]国債累増によって後世代に対しいかなる資産を形成したか、[2]その形成にあたって逆機は堆積させていないか、[3]政策効果が帰着する時間的セクターとリスク・コストの時間的セクターは接近しているかの諸点を評価することにより判断される。したがって、有用な社会資本形成を目的とした景気対策の実施であっても、そのリスク・コスト負担は形成した社会資本の質に合わせ短期・中期で帰着させる必要がある。この政策の帰着とリスク・コストの時間軸での検討は、会計検査のあり方としても重要な検査対象事項とならざるを得ない。政策の意図と帰着の乘離について具体例としてはウルグアイラウンド予算を挙げることができる。農業予算として農業生産性や農村の活性化のために支出された予算が、単に土木工事等の建設工事に費やされ農家の農外所得には貢献しても生産性の向上等に結びつかない場合、政策の帰着は所得再配分であり、資源配分とは評価されない。このように、農業予算としての政策意図だけで予算支出の正当性を評価するのではなく、政策の帰着面から再評価にすることが必要となる。
第二は、ここでいう後世代をいつの時点で捉えるかである。現在の公共事業の財源である建設公債の償還は60年間で実施されていることはすでに指摘したとおりである。このことから、現在発行される国債により実施される政策の帰着は、2050年を視野に入れた施策であることが必要となる。そして、2050年とはすでに高齢化のピークを過ぎ、人口の減少傾向を強めた局面であることに注視しなければならない。したがって、財政構造改革白書が副題とする「明るい未来を子どもたちに」提供するためには、高齢化に向けた施策だけではなく、高齢化と人口減少を繋ぐ政策の検討が必要となっている。
(3)景気対策と財政政策の関係
以上の「要因の移転」と「政策の帰着」の点から、財政危機と景気対策の関係をどう位置づけるかを整理する。
景気対策の限界を巡る主な議論としては、[1]公共投資、減税等の財政政策の乗数効果の低下、[2]クラウディング・アウトの発生、[3]財政政策の実施が為替レートの変動を通じて輸出入を増減させるマンデル・フレミング効果の存在、[4]財政赤字が民間需要を圧迫する非ケインズ効果等が挙げられる。このいずれについても掘り下げた実証実験が必要となるところである。クラウディング・アウトについては、すでに2-(4)「逆機能の埋め込みの限界」でみたところである。[3]のマンデル・フレミング効果については、財政モデルでは有意性のある測定はできなかった。もちろん、日本では財政赤字が本格的なインフレやクラウディング・アウトを現状生じさせてはいない。このため、足元では豊富な貯蓄を背景に国債発行によって景気対策等有効需要を拡大させる政策を実施することが可能な状況にある。しかし、ケインズ効果の有効性が限界に達しているほか前節で見たように六つのセクターからみた政策の帰着を考えることが重要となる。すなわち、短期の循環的課題である景気対策を実施することが、政策の最終的帰着として、逆機能を堆積させ、社会資本等の陳腐化を加速させるものであってはならない。
これまで、短期の視点を第一に重視できた背景として、中・長期への逆機能の埋め込みがあったことはみてきたとおりである。今後貯蓄率が低下すると見込まれる中で、現在の貯蓄をより有効に活用するため、時間軸の接近が必要となる。短期の政策的帰着を求める場合、リスク・コスト共に短期に帰着させることを基本とする。したがって、景気対策として公共事業を実施する場合も、中・長期の要因への適応という負荷は強まらざるを得ず、その限りにおいて短期の視点は抑制されなければならない。財政と景気対策の関係は、これまでのファーストベストからセカンドベストの関係に移行した中で検討されることが必要となる。
この点は、公共事業だけでなく減税政策においても同様である。景気対策としての単体の減税政策は内外価格差が存在する中では、その有効性を大きく低下させている。したがって、今後の減税政策は税制の構造を変える中で、時間軸にそって税負担がニュートラルになることを基本とすべきである。具体的には、法人税減税については、例えば貸し倒れ引当金を5年間で廃止し4000億円の税収増を確保する一方、5年間をかけて法人税の基本税率を同額分引き下げる等の措置である。
6.新政権における財政構造改革の枠組み-プライマリー・バランス方式等-
97年度予算は、「財政構造改革元年」の予算と位置づけられている。今回の衆議院選挙においては、行財政改革が大きな争点として位置づけられ、新政権もその実現に向けた責務を負うことになる。その際、取り組むべき財政改造改革とは以上検討してきた点を整理すれば以下のとおりとなる。
・今回の財政危機は、単なる循環要因と捉えるべきではなく、構造要因を主体とした危機であるとする認識をもつこと。
・目指すべき構造改革とは、単に財政収支の均衡を実現することではなく、これまで逆機能を堆積させてきた財政制度と予算編成も含めた政策決定プロセスの見直しであること。とくに、過去の逆機能以上に、将来に向けた逆機能の堆積を防ぐ措置が必要となること。
・公共事業においては事業別・省庁別と同時に、地域別配分の硬直化の見直しを行い、所得再配分的公共事業を削減し、既存公共投資の効率性を高めること。それと同時に、公共事業をめぐるふたつのロックイン効果を低下させること。
・財政改革の基本は、「埋め込まれた市場原理」を掘り起こすことであり、それにより租税国家の基本である民間経済の活力を高めることにある。そのため、規制緩和や官と民の領域の見直しを進め、とくに官による事業活動は徹底した見直しを行う必要がある。
・経済・社会のライフスタイル・エンクレーブから脱却する財政制度と予算編成システムを検討する。そのため、特別会計や特殊法人の見直しが不可欠なほか、住民ネットワークの積極的活用を図ることが求められる。
・貯蓄率の低下等財政制約の拡大を踏まえた上で、政策の効果の帰着とリスク・コストの時間軸の接近を実現すること。
・景気対策としての財政の機能は否定できないものの、短期の視点での景気対策は短期でリスク・コストを負担する等、中・長期に棚上げする従来型のファーストベストの関係を維持することはできないこと。
・国債の発行が後世代への負担転嫁と単純に評価することはできない。貯蓄率が現状依然として高い中で、有用な社会資本を形成するラストチャンスとして、公共事業の絞り込みと集中化を図るべきであること。
・長期の視点からの社会資本整備は、高齢化と人口減少を繋ぐ視点から形成する必要がある。
・減税政策は、時間軸の中で税制構造を変えながら経済や企業活動に対しニュートラルな姿で実現すべきであること。
・租税価格の適正化を実現するため、行政改革の推進と負担の見直しを行うこと。
・高齢化に伴い今後増加する社会保障については、ノーマライゼーションを基本とし、安全ネットをいかなる水準で設定するか明確化する。また、税でカバーする部分と保険料でカバーする部分の安全ネットの水準を明らかとすること。
厳しい財政制約が顕在化するまで残された期間は10年程度であり、それまでに以上の視点から抜本的行財政改革を完成することが必要である。そこで、具体的には、2010年度を財政再建完成の年として位置づけ、公共事業等歳出構造や手法を見直すことで、支出規模を2割り程度削減し、2010年度の国債残高を400兆円前後にロックインする。その後の財政運営においては利払いと60年償還ルールに基づいて発行されたこれまでの国債に限り債権を認めるプライマリー・バランス方式を導入する。さらに60年ルールで償還され国債残高が減少する分だけ新規国債の発行枠を確保するものの、公共事業についてはプロジェクト債、プロジェクト型予算等新しい形に移行する。また、セカンドベストとしての景気調整機能力を維持するため財政収支赤字のGDPに占められる比率の上限を逆機能を含んだベースで4%とすることなどが挙げられる。財政支出を単に現在の枠組みを前提として削減するのではなく規制緩和や行政改革とともに国財政の枠組みを変えることで、現在残されている貯蓄を有効に活用することそれが構造改革である。それなしでの行政改革は、例え省庁をひとつに統合したとしても、現在の体質を改善することはできない。
注
・「逆機能」の指摘は、フランクフルト学派の批判理論を源流とし、J・ハーバマス等によって体系づけられている。
・「前期資本主義型財政時代」とは、政治や文化等による伝統的権威によって正当化されることなく、利潤追求の経済システムを自律させることを目的として財政運営が行われる時代であり、「後期資本主義型財政時代」とは、市場メカニズムだけでは律しきれない、公的部門の内在的問題を財政が担い始めた時代を意味する。日本経済が、前期資本主義時代を脱したか否かとは別の問題である。
・注5に示した財政モデルを基本として重要度を測定したものであり、[1]/[2]の基本構造となっている。したがって、重要度が上昇すれば指数が上がる。[1]の代理変数には、いわゆる「隠れ公債」に加え、社会資本の耐用年数と財源償還の乖離、メンテナンス費用の不足、一般財源で補填を要する特殊法人等の赤字を含み、[2]の代理変数は、財政モデルによる貯蓄率の低下の結果をベースに貯蓄投資バランスを測定している。
・公共事業の規格品化については、中央集権的補助金の問題に加え、ストリートレベルの公務員による意思決定の問題にも注視する必要がある。 財政モデルは、政策分析用のシュミレーションモデル(マクロ経済・産業連関分析)に、一般政府のマクロベースと一般会計・特別会計、地方財政の相互関係を組み入れたモデルである。基本構造は、民間部門、公的部門に分けたマクロ経済・セクターと産業部門のサブモデル、そして財政部門を一般財政地方財政等に分けた財政のセクターのブロックで告ャしている。なお、地域別生産誘発効果の測定では、完全に地域間の相互関係は除去しきれておらず、生産向上常効果については±0.1程度の誤差を有している。