Business & Economic Review 1996年09月号
【OPINION】
急がれる住宅金融の改革
1996年08月25日
住専問題は、通常国会での不毛な議論を経て、ようやく処理の段階へと入ることになった。しかし、この問題に内在する根本的な問題の一つについては、ほとんど手がつけられていない。その問題とは、住宅金融市場における公的金融を含めた融資供給主体の過剰状態が、住専問題という副作用をもたらしたという点である。 住宅金融公庫の住宅ローン全体に占めるシェアは1980年度の段階では3割弱であったがその後徐々に拡大しており、95年度の段階では4割程度にまで達している。また、住宅関連融資は、財政投融資計画の中でも大きなシェアを占める(96年度当初計画ベースでは計画全体の4割弱)。住専問題の背景としては、住宅金融分野に都市銀行などの母体銀行が本体として積極的に進出してきたという問題が指摘されているが、こうした公的部門の急拡大があったという点も看過することはできない。
現状においては、低金利の持続の下、住宅金融公庫融資の民間融資への乗り換えに伴う繰り上げ償還が相次ぐ、といった状況が生じている。こうした状況の中で、住宅金融公庫の競争力を人為的に高めるような対応は不適当である。
住宅金融はその超長期性ゆえに、欧米主要国でも、何らかのかたちで公的関与がなされている。しかし、例えばアメリカの住宅金融の場合は、公的機関が主にモーゲージ証券(不動産担保の住宅ローン債権を証券化したもの)の信用を保証するという手法で、民間住宅金融の競争相手としてではなく、補完的なサービスの提供者として関与している。こうしたモーゲージ証券が、アセット・バックド・セキュリティーズ(資産担保証券)の中核を占めるようになっており、資本市場の発達に大きく寄与してきている。
アメリカの状況をやや詳しくみると、政府抵当金庫(GNMA)、連邦住宅金融抵当金庫(FHLMC)、連邦抵当金庫(FNMA)といった公的機関が住宅金融の信用補完を行ったり、モーゲージを買い入れ、これを証券化することによって、モーゲージ証券が大きく拡大している。こうした住宅金融の証券化のノウハウやインフラストラクチャーは、90年代前半における「不良不動産債権の証券化」という応用問題にも大きく貢献したほか、信用補完会社や格付け会社といった民間の新しいビジネスの創出にも結果として役立っている。
また、アメリカでは、モーゲージ証券がその派生商品の拡大を通じて市場の効率化に寄与している。 住宅ローンの特徴は、期限前返済リスクが存在していることにある。金利が高いときに設定されたモーゲージ証券ほど期限前返済が増加するから、金利や景気に対する感応度が高い。こうしたモーゲージ証券の特性を生かし、キャッシュフローを組み替えて新しいキャッシュフローを作りだすCMO(collateralized mortgage obligations)やモーゲージ証券の元本部分と金利部分を切り離してつくったストリップ債券等の派生商品が生まれ、金利リスクのヘッジなどに活用されている。つまり、モーゲージ証券におけるリスクのうち期限前返済リスクが取り出され、商品化されて、市場参加者に提供されることによって、資本市場の機能が充実してきているのである。
わが国で住宅金融公庫のローンの証券化の検討が必要とされる理由を整理すれば、次の通りであろう。第一に、民間の金融機関の住宅ローンの提供能力は、資産負債管理(ALM)手法の高度化や様々な新商品開発によって向上している。これにも拘わらず、住宅金融公庫の資金仲介形態がローン形態のままシェアを広げていることが、官が民の補完でなく、競合する状態を生み、住専問題や資本市場の未発達といった副作用を引き起こしている。第二に、わが国の不良債権問題の最終的解決を展望しても、債権流動化市場の未発達がネックとなっており、住宅金融の証券化を進めることが応用問題としての不良債権問題の流動化につながる。第三に、年金基金などの投資家には、長期かつ安定的な資金の運用手段や、金利リスクヘッジ手段としてのモーゲージ担保証券の運用ニーズが存在する。第四に、昨年集中した住宅金融公庫融資の民間融資への借換は、公的金融部門が住宅金融に典型的な期限前償還リスクを被っているとみることができる。こうしたリスクを取り出し、価格づけ、市場化することができれば、公的金融のさらされるリスクを縮小し、資本市場の効率性をより高めることにも結びつく。
わが国における住宅金融の証券化は次の二つの方向が考えられる。第一は、住宅金融公庫の融資について証券化の手法を検討することである。政策当局の視点からは、住宅金融は、良質な住宅ストックの提供という質的な充実が課題とされており、その達成には融資形態の方が一般会計による補助金も低くてすむ等の指摘もある。そうした形の住宅金融政策に意義があるとしても、民間の金融市場の効率化が高まる中で住宅金融公庫の融資シェア拡大を正当化し得るものではない。前述のような副作用を考えれば、住宅金融公庫の政策手段をよりマーケットメカニズムになじむ手法へと変化させていく必要があろう。この点、住宅金融公庫が住宅金融債券を発行すれば、民間投資家は、住宅金融債券の特性を反映した金利変化への投資やリスクヘッジの玉としてこれを購入するであろう。公的部門も、自らが晒されている住宅ローンの期限前償還リスクを回避することが可能になる。さらに、期限前償還リスクを取り出して市場化することができれば、これは資本市場の機拍[実にもつながる。このためには、公庫の住宅ローンの期限前償還をデータ分析することによって、その背景を客観的に捉えることが前提である。あとは民間の知恵を入れつつ、キャッシュフローの組み替えなど付加価値をつけることによって投資家向けの住宅ローンの証券化を進めていけば良いのではないか。
第二は、民間が発行する住宅金融債券を公的金融が引き受ける、または信用補完するという方向である。公的金融に民間の金融市場では担えない金利リスク軽減機狽ェあるならば、民間の補完としての公的金融が担う分野として今後も期待されるのは、超長期金融のリスクをとることであろう。民間金融機関が発行した住宅金融債券を公的部門が引き受けたり、信用補完を行う、といった形で、官が民を補完し、資本市場の発展に結びつくようなあり方を模索することが必要ではないか。