Business & Economic Review 1996年06月号
【PERSPECTIVES】
貿易黒字縮小の要因と今後の展望
1996年05月25日 調査部 新谷剛
1.はじめに
わが国の貿易黒字(通関、ドルベ-ス、以下同じ)の縮小傾向が明確化している。すなわち、1994年に1208億ドルと暦年ベ-スで過去最高に達した黒字は、95年には1068億ドルと通年では5年振りに前年比縮小に転じ、この傾向は本年に入っても持続している。そこで以下では、貿易黒字縮小の要因を探るとともに、先行きを展望してみたい。
2.最近の貿易黒字縮小の要因
(1)輸出・入動向の変化
まず、最近の貿易黒字縮小の要因を輸出入、数量・価格別に分けてみると、以下の3点が指摘できる。
第一に、Jカ-ブ効果の一巡に伴うドル建て輸出価格の低下である。95年4~6月期には、円高急進に伴う輸出価格の上昇が前年差で146億ドルの貿易黒字増加要因となっていた。しかし、昨年夏場以降の円高是正により、本年1~2月には同11億ドルのマイナス要因に転じている(図表1)。
第二に、輸出数量の伸び悩みである。円高是正にもかかわらず、輸出数量は頭打ちないし減少傾向が持続しており、95年4~6月期に前年差63億ドルの黒字増加要因であったものが、本年1~2月には同22億ドルと増加寄与が低下している。こうした背景には、自動車、家電製品など加工組立型産業を中心に国内生産の海外移転が進展していることがある。ちなみに、通産省によると、製造業全体の海外生産比率は90年度の6.4%から、95年度には10.0%(見込み)にまで上昇している。
第三に、輸入数量の増勢である。93年の下期以降、為替変動に関係なく輸入数量の増勢が続いており、本年1~2月には前年差73億ドルの貿易黒字減少要因として作用している。こうした輸入数量の増加は製品輸入が中心であり、JETROの調べによると、95年の製品輸入は、コンピュ-タ-、IC、乗用車等の機械機器を中心に、前年比30.9%と大幅な増加となっている。
(2)縮小する構造的黒字
このように、最近の貿易黒字の縮小は、Jカ-ブ効果の一巡という価格要因が大きいとはいえ、為替が円安に振れているにもかかわらず輸出数量が伸び悩んでいることや、国内需要が低迷するなかで輸入数量が大幅に増加するなど、数量要因面で今までにはみられなかった傾向が続いている点が特筆される。これは、85年のプラザ合意以降10年が経過し、ようやくわが国の貿易黒字が構造的に縮小しはじめたことを示唆していると考えられる。そこで、この点を確認するために、景気変動等の循環的要因に基づく黒字部分を除いた「構造的黒字」の計測を行った。その際の考え方は、以下の通りである(図表2)。
イ)まず、輸出および輸入の循環的・特殊的変動額を次のように考えた。すなわち、輸出については、当該年を含む過去5年間の世界実質輸入の平均伸び率に見合った輸出額と現実の輸出額の差額を循環的な変動額とした。一方、輸入については、(1)景気変動に伴うGDPギャップ対応分、(2)原油価格の変動分、についてそれぞれ調整を行った。
ロ)次に、こうして求めた循環的・特殊的変動額を現実の輸出・入額から差し引いたものを構造的輸出、構造的輸入とし、これらから構造的黒字を算出した。
以上のようにして計測された構造的黒字はドルベ-スであるため、実質的な黒字額が同じでも、為替変動により見掛けが増減するという問題が発生する。そこで、構造的黒字の対名目GDP比率の推移でみると、92年には2.9%であった比率が、95年には1.6%まで急低下している。さらに、輸出入別にみると、93~95年にかけて、輸出比率が8.5%程度で横ばいであったのに対し、輸入比率が5.8%から6.9%へと1%ホ°イント以上も上昇している。このように、近年の貿易構造の変化は輸入面に強く浮黷トいるといえよう。
(3)構造的黒字縮小の背景
こうした構造的黒字縮小の背景には、わが国企業の行動様式の変化がある。 第一に、海外生産シフトの進行である。米国やアジア諸国の経済体質が強化される一方で、わが国の体質改善は遅れており、高コスト体質から依然脱却できずにいる。こうした状況下、わが国企業はアジア地域を中心に海外生産シフトを積極化し、国際的水平分業のもとでの効率的な生産体制の構築を進めている。こうした結果、輸出が徐々に現地生産に代替され、また、逆輸入が増加する傾向にある。
第二に、開発輸入など安価な輸入品を活用する動きである。バブル崩壊後、消費者意識が価格をより重視する傾向を強めている。こうした変化に対応するために、大手ス-パ-等を中心として、安価なアジア製品の直接輸入や開発輸入が増加している。
3.産業別の輸出入動向
以上、最近の貿易黒字縮小は構造的要因に根づくものであることをみてきたが、その背景にある構造調整の状況は産業ごとに異なっている。そこで、産業別にやや詳しくブレ-クダウンしてみると、今後の輸出入動向は、以下の3グル-プへの分化が明確化していくものと予想される。
(1)競争力維持グル-プ
第一は、今後も競争力を維持するグル-プであり、主に資本財分野が該当する。比較優位を浮キとされる輸出特化係数をみると、資本財全体では1985年の0.75から95年の0.60へと高水準で推移している(図表3)。さらに、資本財分野内での輸出特化係数をみると、事務用機器、半導体等電子部品等では若干低下傾向にあるものの、金属加工機械、自動車部品、電子デバイス等高度な技術に基づく付加価値の高い資本財が、とりわけ高水準を維持していることがわかる(図表4)。これら超精密加工技術を生かした産業の非価格競争力は頭抜けており、輸入品が入り込む余地は少なく、今後ともわが国輸出のリ-ド役を果たすことが予想される。
(2)水平分業進展グル-プ
第二は、国際的規模での産業内分業が進展するグル-プであり、主に耐久消費財分野が該当する。家電製品、自動車等の加工組立型産業は、世界中にある生産要素を用いて、最適地生産、最適地販売を行うことを基本として、労働集約的な部分は海外に生産移管し、より技術集約的な部分だけを国内に残すという生産体制の再編を進めている。こうした状況下、耐久消費財全体の輸出特化係数をみると、1985年には0.89と非常に高い水準を示していたが、94年以降急速に低下し95年には0.40まで落ち込んでいる。さらに、主要業種別の輸出特化係数をみると、家電製品では93年央以降急速に低下しはじめ、95年10~12月期以降マイナスに転じているほか、非常に高い水準を示していた乗用車も95年以降低下しはじめている(図表5)。こうした動きは今後も持続する可柏ォが高く、海外生産比率の上昇に伴い輸出が抑えられる一方、輸入は増加傾向をたどると予想される。ちなみに、海外生産が進展しているカラ-テレビの生産、輸出、輸入動向の推移をみると、輸出台数がほぼ横ばいで推移しているのに対して、91年には国内生産台数の6分の1にも満たなかった輸入台数が、95年にはほぼ同水準にまで急増している。この結果、輸入浸透度は91年の16.3%から、95年には59.8%に急上昇している(図表6)。
(3)空洞化グル-プ
第三は、産業の空洞化が進行しつつあるグル-プであり、繊維を中心とした非耐久消費財分野が該当する。非耐久消費財全体の輸出特化係数をみるとマイナスの状況が持続しているが、とくに繊維製品でのマイナスの大きさが目立っている。これらの分野では、東アジア諸国の発展が目覚ましく、国際競争力の低下を背景に、輸入浸透度の高まりが目立つ(図表7)。依然として内外価格差が残存するもとで、この分野では今後とも安価な輸入品の流入が持続するものと予想される。
4.貿易黒字の行方
(1)輸出入構造の変化
このような3グル-プへの分化が進展するもとで、わが国の輸出構造は、総額では伸びが抑制されつつも、高付加価値化が進むものとみられる。すなわち、輸出の財別割合をみると、一般に高度な技術を要すると考えられる資本財の輸出のシェアが85年の46.5%から、95年には61.6%に上昇しており(図表8)、今後この傾向は一層強まるものと予想される。また、従来花形であった家電製品、自動車等の耐久消費財は一部の高級品輸出に特化し、繊維や鉄鋼などの素材分野においても、高付加価値品のウェ-トが高まるものと考えられる。一方、輸入については、製品輸入を中心に増加傾向が持続するとみられる。これら製品輸入は主に東アジアから急激に流入しており、この背景には海外現地法人からの逆輸入がかなりの程度寄与していると考えられる。こうしたもとで、製品輸入比率は95年で59.2%となっているが、今後はさらに高まり、中長期的には欧米諸国の水準(約80%)に近づくことが予想される。さらに製品輸入の内容も、衣服、家電製品等に加えて、電子部品、事務用機器等、より高度な技術を要する製品も増加する公算が大きい。
(2)貿易収支の展望
以上の考察に基づいて、96年の貿易収支を展望すると、まず輸出は、海外生産シフトが持続するもとで、数量の伸びは前年比3%弱の増加にとどまると予想される。また、価格面では、欧米景気の減速等に伴いアジア市場での競争が激化するとみられるほか、昨年の急速な円高進行に伴う価格の上昇の反動もあり、前年比2%程度の低下となろう。輸入は、逆輸入拡大と消費者の低価格志向の定着を背景に、円安下にもかかわらず輸入数量の伸びは前年比9%程度の増勢を持続しよう。また、価格面では原油をはじめとする国際市況の緩やかな上昇や輸入品の高付加価値化の進展等から、2%弱の緩やかなペ-スで上昇すると見込まれる。この結果、わが国の96年の貿易黒字は730億ドル程度と大幅に縮小する見通しである。
さらに、こうした貿易黒字の縮小は構造的要因に基づくとみられるだけに、今後とも中期的に縮小傾向が持続すると判断される。ちなみに、構造的黒字の計測に用いた輸出・入数量関数によるシミュレ-ションによれば、現在の経済構造を前提としても、中期的な構造的貿易黒字の対名目GDP比率は、2000年には0.9%と1%を割り込む水準にまで低下するとの結果が得られる(図表9)。現実には、今後とも輸出入構造の変化が持続すると見込まれるため、さらに早いペ-スで構造的黒字が縮小していくものと予想される。
5.おわりに