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Business & Economic Review 1996年05月号

【(地方主権特集)地方主権特集に寄せて】
「画一と集権」の時代から「多様と地方主権」の時代へ

1996年04月25日 副理事長 海野恒男


日本は明治維新以来「富国・強兵」を最高の国家目標とし、その実現に努めてきた。途中、敗戦という挫折を経験して「強兵」という目標は放棄されたものの、「富国」という国家目標は経済成長と名を変えて戦後においても一貫して追い求められた。後れて工業化を進める国家にとって、できるだけ短期間のうちに先に歩む先進諸国に追いつくためにはそれなりの創意と工夫が必要である。とくに日本のように国土が狭く資源の乏しい国が、「富国」という国家目標を達成するためには、資源の効率的利用は必須であった。そしてこの資源の効率的利用を可狽ニする制度や法律が、「富国」あるいは戦後における高度経済成長の実現という名分のもとに制定され強化された。すべての資源を戦争目的遂行のために動員しようとした国家総動員令に基づいて制定された制度や法律が戦後になってもそのまま温存され「富国」という名の高度経済成長路線の基本となったとする、いわゆる「40年体制論」の適否は別として生産第一主義の理念のもと資源の効率的利用を通じての「富国」という国家目標達成のために、諸々の制度や法律が策定されたことは疑うべくもない事実であろう。

こうした国家経営のあり方は、今日わが国の経済大国としての地位を考えれば決して間違ったものではなかった。戦前、もしくは終戦直後のぎりぎりの生活状態からみれば、国民の大半が中流意識をもつに至るまで国民生活が豊かになったことは、これまでにとられてきた国家経営のあり方や、資源の効率的利用のための制度や法律の制定はそれなりに高く評価さるべきであろう。

ところで、この資源の効率的利用のためにつくられてきた制度や法律とは、具体的にはどのようなものを指すのだろうか。一国の国民経済を告ャする3つの経済主体、すなわち政府・企業・個人が高度経済成長という国家目標の達成をめざす場合の最も効率的な方法は、生産力増強第一主義の理念のもとに政府、なかでも中央政府が企業や個人の自由な活動を一定の枠内に規制し人材、資本、技術、水および土地などの国土資源等の諸資源を目標に向けて総動員する。

日本の場合この政府による企業・個人の支配体制は、2つのルートを通じて確立されていった。1つは法律による場合以外に行政指導や通達という不透明な手段によって、中央政府による支配体制が維持・強化された。このような不透明な手段による支配体制の維持が何故可狽ナあったかはいうまでもなく、わが国の国民が長年にわたって馴れ親しんできた上意下達の習慣、これが根強く残っていたからであり、戦後外から与えられた民主主義思想が定着するまでには時間がかかる国柄であったことによるものと思われる。

もうひとつは政府部内における中央から地方への支配のルートである。戦後新憲法によって地方自治が謳われたにもかかわらず、実態は地方自治体は中央政府の政策意図を国民(地域住民)に下達させる経路に過ぎなかった。その背景には国税中心の税制度が地方の自主財源の不足を招来し、中央からの補助金や地方交付税に依存せざるを得ないという実情があった。このような支配体制は、国民の生活水準が低く豊かさを実現するためには全てに優先して生産水準を向上させる以外に道がないとする国民的コンセンサスが存在する限り維持可狽ナあった。

戦後のわが国政府の政策スタンスは「等しからざる」を憂えたばかりでなく、「貧しきこと」をそれ以上に憂えるというものであった。したがって貧しさからの脱却を最高の目標にするとともに等しからざるを憂えて画一性も追求した。その結果生産第一主義により全ての資源が効率的に利用されるようなシステムが穀zされていった。例えば地方に存在していた余剰資金は種々のチャンネルを通じて中央に集められ、工業化の中核となる産業に集中的に投下されるシステムがつくられた。また公共投資の多くは道路、湾岸施設、流通施設などの生産的社会資本に重点的に投下された。そして生産活動はこれら生産的社会資本が相対的に充実していた三大湾を中心に行われ、そこに地方の膨大な余剰労働力が吸引され戦後の高度経済成長が展開された。高度経済成長の結果税収が増大し、これによって中央政府はその配分の権限を背景に前述の2つのルートを通じて地方および企業・個人への支配体制を益々強固なものとしていった。

1970年代半ば以降、わが国ではそれまでの高度成長を支えた農村の余剰労働力、水および土地などの国土資源、新技術、安価な石油エネルギーなどの諸要因が消滅し、それまでの高度成長は一転して中成長にとどまることとなった。

1990年代に入り成長力はさらに低下し、わが国経済は低成長の時代に突入した。高度経済成長の時代から中成長の時代を経て現在の低成長の時代までの40年間にわが国がひたすら追い求めてきた「富国」の目標は、一人当たり所得水準で見る限りある程度達成された。

このように経済成長のテンポが緩慢となるなかでわが国経済社会をめぐる内外の情勢は大きく変化し、これまでの中央による地方および企業・個人の支配体制の維持が次第に困難となってきた。そればかりでなく、そうした支配体制の存続そのものが今後のわが国経済・社会の発展にとって阻害要因となってきたのである。

その変化の第一歩は経済・社会の国際化の進展であり、その活動のボーダレス化である。経済活動がボーダレス化すればもはや中央政府による行政指導や通達による支配は意味を持たなくなり、世界に共通するルールだけが有効となる。経済活動だけでなく個人の生活の場においても日本だけに通用するルールは存在し得なくなる。企業の経済活動や個人の生活を規定する公的規制の存在は、今後のわが国の経済・社会の発展にとって有害とさえなっている。とくに法律に依らない不透明な行政指導や通達による規制は諸外国からも批判の的となっている。

第二は国民の意識の大きな変化である。戦後50年の成長過程で国民の生活水準が著しく向上し、その結果貧しい時代の画一的なナショナルミニマムの確保という政策目標は客観的にも主観的にも無意味なものとなっている。極端ないい方をすれば国民一人一人が異なった価値観を持ち、ニーズも一様ではない。また戦後50年にわたる民主主義の経験は中央からの押しつけに従順に従う被支配的感情を払拭し、一人一人がそれなりの自己主張を行うまでに成長している。

第三の大きな変化は中央財政が危機的様相を呈し、このまま従来どおりの財政運営を続けていけば国民経済自体が破綻する恐れさえ出始めているということである。国民のニーズが多様化しているなかで、補助金などによる画一的なナショナルミニマムを確保する手段と位置付ける財政運営はもはや意味を持たないものとなっている。

第四の変化は人口に関する変化である。平均寿命の伸長により総人口は僅かながら増加しているものの、経済活動の中核である生産年齢人口は90年代半ばをピークに減少に転じている。一方65歳以上のいわゆる高齢人口は急速に増加し世界でも最も速いスピードで高齢化が進んでいる。またこれまでの成長過程で進展した人口の東京一極集中の流れは終わった。半面、地方の中核的都市を中心に人口の都市集中現象が続いている。人口の年齢国「は地域別に大きく異なり、例えば介護など高齢化に伴う様々な新しい政策需要に対し、中央政府による一律的な対応は不可狽ニなっている。

第五は情報・通信技術の著しい進展が引き起こす様々な変化である。情報化の波は卵zを遥かに超えて速く広範囲に及んでおり、その影響は経済活動だけでなく国民生活の隅々にまでおよび、これまで中央から地方、政府から民間、個人へと一方的に流れていた情報も政府とくに中央政府だけが独占できるものではなくなった。情報・通信技術の発展とマルチメディアの普及により、国民の民主主義思想の定着と相俟ってこれまで政府によって独占されていた情報の開示が求められるようになった。情報の開示が進み情報の共有化が進むにつれて、中央政府による地方および企業、個人の支配体制は自ずから崩れざるを得ない。

このようにわが国経済・社会をめぐる大きな変化によって、2つのルートを通じての中央政府による支配体制はその維持が困難になっている。そればかりではなく、その支配体制が存続すれば企業や個人の自由な発想に基づく経済活動が規制され折角のビジネスチャンスの芽もつみとられ、また地域住民の様々なニーズにも対応できないことになる。

(株)日本総合研究所はすでに1993年、今までの集権的な支配体制は制度疲労を起こし、変化する環境に適応できず、国民の新しいニーズにも対応できないとし、まず第一のルートである中央政府による法律または法律によらない行政指導や通達行政による規制を撤廃し、企業・個人の自己責任制のもと自由な市場原理の貫徹する新しい制度の創造を提案した(「民間版平岩リポート」本誌93年11月号)。本報告は集権的支配体制の第二のルートである中央政府による地方政府の支配の実態を明らかにし、新たなる体制のあるべき方向を提案するものである。中央集権体制の抜本的な改革は国(中央政府)一県一市町村という現行体制のなかで単に権限の平行移動に過ぎない地方分権ではなく、行政単位そのものの改革を含め地域住民の政治・行政への主体的参加に根ざす真に民主主義的な体制でなければならないと考える。本報告書が「画一と集権」から「多様と地方主権」へとする基本的考え方はここにある。
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