Business & Economic Review 1996年03月号
【OPINION】
高齢化への対応に求められるもう一つの視点
1996年02月25日
今世紀も残すところあと5年と21世紀の到来が目前に迫っている。我々の意識のなかにあった「21世紀」=「高齢化社会」という図式を直視すれば、高齢化社会はすでに現実のものであり、我々は今否応なくその対応を求められている。
わが国における高齢化の進展を振り返ると、総人口に占める65歳以上人口の割合である老齢人口比率は1970年に7%台に達した後、94年には14.1%とわずか四半世紀の間で2倍の水準にまで高まっている。このような急速な高齢化は、先進国でも希有のものであり、高齢化で先行した欧州諸国ですら、同比率が7%から14%へと高まるのに英国で45年、スウェーデンでは85年もの長い歳月を要している。しかも、わが国の高齢化はこれからが本番であり、老齢人口比率は2000年にスウェーデンを追い抜き、2007年には世界史上未送Lの20%台に達する見通しである。こうした状況下、年金制度の改革や高齢化対応型の社会インフラ・住宅の整備、介護労働力の確保等が論議の俎上に上っており、とりわけ96年は高齢化対応の財源確保とも絡んで、公的介護保険の創設や消費税率引き上げの問題に決着が迫られる年となっている。
しかしながら、高齢化問題への取り組みを検討する場合に見逃してならないのは、高齢化には平均余命の伸長という「長寿化」要因とともに、「少子化」要因が深く関与していることである。少子化を浮キ代蕪I指標である合計特殊出生率(一人の女性が生涯のうちに産む子供数)は、80年代前半まで1.8前後で安定的に推移していたが、その後急速な低下傾向に転じ、95年は1.4台前半まで落ち込んだ模様である。その水準は、スウェーデン(2.09、92年)はもとより、フランス(1.73、92年)、イギリス(1.85、90年)をも下回る先進国中屈指の低位であり、中長期的には人口の置換水準(人口が伸びがやがてゼロとなる合計特殊出生率、2.08)を大きく割り込んでいるだけに、将来の人口純減を示唆するものである。現に、基幹労働力を形成する生産年齢人口(15~64歳人口)は、厚生省の推計によると、95年以降一貫して減少傾向をたどり、2025年には94年対比1,200万人少ない7,500万人、2050年には同2,500万人少ない6,200万人まで落ち込む見通しである。
こうしたコア人口の減少は、就業可柏l口の減少を通じてわが国の潜在成長力を80年代に比べて1.4%ポイント程度低下させる要因となるほか、個人生活面では、現行の年金制度を前提とする限り、高齢者を支える現役世代に過大な負担を強いることになる。また、若年人口の減少が企業、地域社会の人員告ャの歪みを招く結果、組織の運営効率や活力が損なわれる懸念もある。
加えて看過できないのは、こうした少子化のスピードが政策当局の卵zをはるかに上回っていることである。近年の少子化傾向に対して厚生省は、主因は晩婚化・晩産化にあり、早晩その一巡により合計特殊出生率は上昇に転じるとの見方に立ってきた。しかし、現実の合計特殊出生率は今なお低下基調をたどっており、厚生省の人口推計は最新の92年公封ェまで含めて、近年の少子化を過小評価しているのが実情である。このため、21世紀にわが国が直面する高齢化は、現役世代の卵z以上の減少を通じて、今日政府が国民に提示している姿より、さらに厳しいものとなる可柏ォが大きい。なお、厚生省の人口見通しは政府経済計画のほか、年金の給付・負担水準を算定する大前提ともなっているだけに、年金制度は、現下の資産運用の低迷と相俟って早晩抜本的な見直しを迫られることになろう。
このように高齢化の背後で急進展する少子化を放置した場合、わが国の将来に重大な禍根を残すことになりかねない。ただし、少子化に関しては、社会的・家庭的な価値観の変化を反映したものとの見方から、政策的なテコ入れには慎重論がある。また、これまでの政府の対応焉A94年のエンゼルプラン、緊急保育対策等5か年事業等において、保育所サービスの充実、多様化等の限定的な措置を講じるにとどまっている。しかしながら、92年の厚生省・出生動向基本調査によると、夫婦が理想的とみる子供数を現実にはもうけない理由のうち、子育てより仕事、趣味、レジャーを優先するとの社会的・家庭的価値観の変化に基づくものは少数派であり、「子育てにはお金がかかる」、「教育にお金がかかる」、「家が狭い」等の経済的事情を指摘するものが多数意見である。
以上のようにみると、高齢化への対応として第1に求められるのは、高齢化は、公的介護保険の創設等、対処療法的施策のみで対処し得るものではなく、少子化への対応を含めたより長期的、総合的な視点に立った取り組みが必要との認識を国民全体で共有することである。少子化問題は、これまで我々が培ってきた経済・社会基盤を次の世代に引き継ぐうえで最低限必要な人口水準の確保や世代間での負担の公平性の観点から検討されるべきものである。
第2に、経済の高コスト体質是正や子育てに相応しい環境の創造等、少子化の根因を見据えた対策を推進することである。経済の高コスト体質は、産業の競争力を損なうのみならず、少子化を通じて人口面からもわが国の存立基盤を揺さぶっており、公的規制、閉鎖的商慣行とともに土地・住宅制度、育児・教育制度等まで見直し、社会全体の高コスト体質を是正すべきである。また、地域福祉政策のうえからは、育児施設と高齢者介護施設の一体化等、人間本来のコミュニティ形成や老人福祉との両立を志向する取り組みが検討されるべきである。