Business & Economic Review 1998年01月号
【OPINION】
原点回帰が求められる橋本行革-行政改革が志向すべき3つのベクトル
1997年12月25日 -
1.行革会議・最終報告をどうみるか
イ)21世紀のわが国の中央省庁のあり方を示す行革会議・最終報告の大枠が固まった。現行1府21の中央省庁を2001年に1府12省庁に統合する方向が打ち出され、橋本内閣が発足時に掲げた省庁半減の公約はかろうじて遵守された格好である。しかし、その内容の面では、中間報告の段階からみても既得権益を擁護する勢力の抵抗により多くの点で後退しており、国民が期待する超高齢・成熟化時代に相応しい行政システムの新たな骨格が示されたとは言い難い。
ロ)見直しが表層的なものにとどまったのは、中央省庁再編論議が地方分権、特殊法人見直し、規制緩和等の行革の個別分野との間で、あるいは財政構造、財政投融資、金融システム等の構造改革との間で十分な連携を取り得ず、横断的な改革推進体制を欠いていることに根本原因がある。なお、この点は橋本内閣が掲げる6大構造改革を実現するうえで、すべてに共通する難題といえよう。
2.行政改革に求められる3つのベクトル
イ)ここで改めて今回の中央省庁再編案に本来期待されていた点を想起すれば、
1. 右肩上がりの経済成長のもとで肥大化・複雑化した行政・公的セクターの領域を見直し、重点化させることで、全体として効率的で小さな政府を構築すること
2. 官民協調の名のもとで特定の業界・集団等の利益擁護機能を強めた縦割りの省庁体制を解体し、複数省庁に分散した類似機能を集約化し、広く国民のニーズをくみ取り得る生活者志向型の政策立案機能を行政機構内に回復させること
3. 公共サービスの提供等を行う業務執行部門は民間や地方へのアウトソーシングを軸にスリム化・効率化し、財政的負担を軽減するとともに民間市場や地域社会を活性化する起爆剤とすること
の3点が指摘できよう。
ロ)これを別の角度から整理すれば、行政改革が目指す方向は、国家機能の重点化、国から地方への分権、官から民へのアウトソーシングという3つのベクトルから規定されるといえよう。
3.望まれるもう一段の行革
こうした3つのベクトルから最終報告が示す行政改革の姿を捉え直すと、はなはだ不十分といわざるを得ず、改革案は次の点から再検討されるべきである。
1)局・課レベルの機能集約化を通じた省庁再編
第1は、中央省庁の再編について、既往各省に分散する類似機能を局や課のレベルで機能別に集約し、それを新たな省庁の枠組みづくりに結びつけることである。
中央省庁再編の目的のひとつは、政策立案、市場監督、事業実施等、多様な行政権限をスリム化し、国家機能を政策立案に重点化していくことである。そのなかで重要なのは、縦割り行政の弊害をなくし、国民本位の政策運営がなされる体制を構築することである。したがって、内閣機能の強化を通じ統一的な視点に基づく政策展開能力を高めることに加え、既存省庁を徹底して機能本位で集約化することが不可欠である。この点、最終報告は既存省庁の権力温存競争の次元で内容が調整された結果、局・課数削減の指針が打ち出されたとはいえ、各省庁が有する諸機能を一旦分解し、類似機能をくくり出す本来の意味での再編となっておらず、かなりの部分が既存省庁の寄合所帯化と看板の掛け替えに終わっている。
具体的には、超高齢社会のなかで国民生活の安定と福祉の再構築を実現する役割は、厚生・労働2省のほか、少子化への対応も視野に入れ、学校・幼稚園教育を所掌する文部省の機能も加えた体制で行われる必要がある。また、歳出全体の効率化を図るうえで公共事業の規模と配分の抜本的な見直しが不可欠であるが、そのためには国土交通省は建設・運輸・国土の3省庁等のほか農林水産省等の関係機能も積極的に統合し、事業区分の壁を越えて公共事業をゼロベースで見直し、縮減する役割を使命づけるべきである。さらに、産業振興は通産省を母体とする経済産業省のほか、農林水産省、総務省等の複数省庁に分立する形となっているが、規制緩和とルール型行政への転換を前提に、単一の省で現状に比べ大幅にスリム化した体制に整理することが望まれる。なお、金融行政については、新たな省庁体制が内閣機能の強化を軸に省庁間の密接な連携に基づく政策実現を目指すものである以上、内閣府に設置される金融監督庁に一元化するべきである。
2)地方分権との整合性確保
第2は、地方分権により行政システムを地域に密着した生活者中心の体制に脱皮させていく視点を中央省庁改革に投影させることである。
そのためには、まずもって行財政権限をめぐる中央と地方自治体との役割分担を抜本的に見直し、地方主権型の行政システムの骨格を早急に確定する必要がある。地方分権は現在、地方分権推進委員会において検討が進められており、最終的には次期通常国会会期中に地方分権推進計画の形で取りまとめられる予定である。もっとも、このことは中央省庁再編と地方分権が別次元の問題として扱われ、共通の土俵で見直しが行われていないことを端的に示している。また、内容の面でも、機関委任事務の廃止に伴う事務区分の線引きが国の関与を大幅に残す形で決着しつつあるなど、中央省庁主導色の濃いものとなっている。さらに、6大構造改革のなかで先行する財政構造改革においては、国と地方の財源分担が手つかずのまま決着し、中央集権化した現状を固定化する展開すらみられるのが実情である。
もっとも、超高齢・成熟社会の到来は、国の経済成長の果実を財政トランスファーを通じて地方に配分し得た時代の終焉を意味するだけに、中央省庁に過度に集中した行政機能や執行権限を地方に還元し、地域社会が住民の自己決定と自己責任に基づいて運営される仕組みとすることが是非とも必要である。橋本政権が地方分権の必要性を真摯に受け止めているのであれば、そのグランドデザインを早急に固め、地方主権の視点を織り込んだ中央省庁再編案を改めて国民に提示すべきである。
3)民間アウトソーシング・市場原理活用による行政改革の一段の深化
第3は、民間へのアウトソーシングや市場原理の活用を積極的に行い、これをテコに行政改革の一段の深化を図ることである。
橋本内閣は政権発足後、中央省庁の現業部門や特殊法人等、公的な業務執行部門の経営形態を、民営化も有力な選択肢として、より市場原理に即した形に見直すことを打ち出し、そのための環境整備を行ってきた。とりわけ、1996年12月には行政改革委員会が「行政の在り方に関する基準」において官民活動の役割分担に関する理念((1)民間でできるものは民間に委ねる、(2)行政費用の最少化、(3)アカウンタビリティの確保の3原則)と官民の活動を切り分ける判断基準を示し、政府はこれを最大限尊重する旨、閣議決定している。しかしながら、その理念を具現化すべき今回の中央省庁体制の見直しにおいて、中間報告では一部民営化が打ち出されていた郵政三事業が5年後に新型公社移行と事実上国営堅持の形で決着するなど、業務執行部門の経営形態見直しは限定的なものにとどまっている。
こうした結果からは、金融ビッグバン等のように、規制緩和による競争促進を通じて市場を活性化し、新たな成長を促していく政策との整合性を確保しようとする視点が感じられないばかりか、むしろ政府は市場メカニズムに対し根強い不信感を抱いているようにさえみえる。
しかし、行政改革の本質が官の論理で貫かれた公的活動システムをそれとは異なる原理の力で変革していくことであるとみれば、その成否の多くは既往システムをどれだけ民間あるいは市場原理に委ねることができるかにかかっている。この点に関しては、以下の2点に指摘する通り、その余地はなお十分にある。
(1) 民営化への積極的対応
第1は、民営化をタブー視せず、これに積極的に対応していくことである。懸念されるマイナス影響に適切に対処すれば、公的事業のかなりの部分は民営化が可能であり、市場原理に即した事業運営の展開が最終的には国民の利益にかなうものとなる。
民営化問題をマイナス思考で捉えれば、郵政三事業の民営化において指摘されるような、過疎地域のサービスが切り捨てられる懸念を100%否定することはできない。むしろ、およそ既存の仕組みを変革しようとすれば、それに伴って摩擦が生じるのは当然との見方もできる。しかし、そこで政府に求められるのは、民営化は不能として思考停止に陥るのではなく、予想されるマイナス影響に対して政策的に対処しつつ、全体としては民営化の方向性を徹底して模索することである。郵政三事業についていえば、どうしても過疎地のサービスが純粋な民間事業形態で提供不能ならば、その部分については民間事業体に対する財政補助やPFI(Private Finance Initiative)による公設民営(公的部門が施設整備等を行い、運営を民間に委ねること)等の手法が検討されるべきである。
こうした形で民営化に向けた障害を除去しつつ、他方で民営化会社の経営に十分な自由度を認めれば、民営化によるメリットを最大化することができよう。一旦民営化された事業領域では、市場原理に基づくダイナミズムが働き、事業フロンティアの拡大と顧客満足度の向上を追求する動きが予想以上の成果を収めるのは、80年代における三公社民営化の経験が物語っている。民営化された三公社は、公共事業体としての呪縛から解き放たれた結果、(1)NTTグループの売上高は電電公社時代の4.7兆円(84年度)から10年後(94年度)には総額8.5兆円に拡大したが、このうち子会社・関連会社の売上高が2.6兆円に達している、(2)JRの関連事業収入は95年度には2,861億円と10年間で約3倍の規模に増加し、とりわけJR北海道・四国・九州のいわゆる三島会社では、関連事業収入が総収入の15.3%を占め、本業の収益力の弱さを補完しているなど、経営多角化でめざましい成果を収めている。民営化とは、国営事業としての厳しい業務規制を取り払い、経営多角化のメリット追求を可能とし、多様なサービスが提供される枠組みを創造することにほかならず、これはユーザーたる国民、事業者、従業員の共通の利益となる。 (2) 独立行政法人等における市場原理の強化 第2に、直ちに民営化が不可能な公的事業についても、市場原理を導入・強化し、事業体の経営を客観的にチェック可能で、自己責任が働く仕組みに変えていくことである。最終報告でも独立行政法人制度が新設され、中期経営計画の策定、企業会計の導入等が打ち出されたが、その経営に市場原理を浸透させるには、経営トップから中間管理層まで極力民間人の登用を進め、組織全体の意識改革を図ることのほか、補助金制度を見直すことがきわめて重要である。
これまで行政サイドの公共事業体運営に対するスタンスは、その役割が民間では供給できない財・サービスを提供することにある以上、一定の補助金投入はやむを得ないものとして、政策・事業遂行に費用対効果を追求する視点を欠く面があった。このため、特別会計にしろ特殊法人にしろ、事業運営上発生する赤字は補給金、負担金、出資金等、種々の名目で事後補填することが原則となり、企業的経営は有名無実であった。加えて、こうしたシステムのもとでは、公共事業体サイドの自助努力自体、補助金削減につながる効率化が予算配分の削減や民営化圧力の増大を招き、組織の利益を損なうだけに、期待できないものとなっている。
こうした点を是正するには、新設の独立行政法人のほか、特別会計、特殊法人等の公共事業体全般について補助金制度を全面的に見直す必要がある。すなわち、事業運営上の赤字を政府が補填する方式を、現在の事後全額補填からあらかじめ政府補助の上限を設定する形に改めるべきである。こうした取り組みにより、(1)企業会計原則の適用と相俟って、政策遂行に係る財政コストを事前に明示的に評価するプロセスが必要になり、政策の費用対効果を認識する制度的枠組みが構築される、(2)政府補助を超える赤字は事業者の合理化努力を要請するものとなり、事業体経営に自助努力と自己責任を求めることが可能になる、等の効果が期待できる。
4.行革の成果を国民が実感できる環境づくりを
イ)縦割り行政のもとで硬直化し、環境変化に対する適応力が大幅に低下した既往行政システムを、今回の中央省庁再編策を突破口として効率的で機能的なものに再構築し得るか否かは、21世紀にわが国がたどる道筋を大きく左右することになろう。したがって、これまで本稿で指摘したような、橋本政権が本来目指していた行革の理念、原点に立ち返った最終報告の見直しが不可欠である。
ロ)もっとも、それとともに重要なのは、今回の最終報告取りまとめを一種の政治的イベントで終わらせないことである。橋本政権は行政改革を最大の政策課題として掲げてきただけに、行政改革が国民にとっていかなる意味を持つものであるかをわかりやすく示し、国民が今後、行革の進捗状況を不断にチェックし、その成果を実感できる体制づくりを是非とも望みたい。
ハ)そのためには、行政改革の進捗度合いを客観的に把握できるメルクマールが必要である。もとより、省庁数、局・課数、国家公務員定数の削減もある意味では客観指標といえようが、真の行政改革実現を担保する基準としては不十分である。今後の行政改革の推進においては、(1)行政改革の究極の目標が小さな政府の実現にあること、(2)行政と財政は不可分の関係にあるだけに、小さな政府は財政規模の点から把握し得ること、(3)行革という質の変革を伴った財政規模の縮小は国民負担の実効ある軽減に結びつくこと、等の点を考慮し、歳出規模を表す諸指標で行革の進捗を捉えることが有効である。
ニ)具体的には、(1)国民に増税等、一切の負担増を求めることなく2003年度に財政健全化目標(財政赤字をGDP比3%以内)を達成するため、公的セクター(一般政府+公的企業〈国防を除く〉)の規模(付加価値ベース)をイギリス並に抑制する(GDP比13%→11%、▲2%ポイント)、今後10年間で(2)PFI等による民間活力の活用を前提として、主要先進国に比べて2倍から3倍の水準にある公共投資のGDP比率を半減する、(3)自民党の財政投融資改革案に盛り込まれた財投残高の半減目標に即して、特別会計や特殊法人等の財投機関に対する財政資金の投入額(97年度で3兆4,604億円〈当初予算ベース〉)を半減する、等のような目標策定を検討すべきである。