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Business & Economic Review 2002年12月号

【POLICY PROPOSALS】
NPOが拓くIT新時代

2002年11月25日 藤井英彦


要約
  1. 行政改革や官民の役割の見直しに向けた議論がこのところ一段と盛り上がっている。しかし、現在の枠組みを維持する限り、議論がいくら展開されても、改革効果は限定的なものにとどまる懸念が大きい。政府と企業がサービス提供者であるという官民二元論に羈束されているためである。そもそも今日の議論では、医療・教育改革が論議の俎上に上っている点に象徴される通り、公益性を帯びた分野を対象にしながら、効率性やサービスの向上に向け、民間のノウハウや市場原理をどのように活用していくかが焦点である。生産性向上や高コストを無視したサービス維持が許容されないことはもとより、単なる効率性の追求も論外である。こうした観点、すなわち、官民の中間的組織であり、両者の長所を具備した組織はないかという観点から、改めて様々な組織を見回してみると、今日のわが国の構造改革推進においてNPOが重要な鍵を握っている。

  2. 確かに現時点でわが国NPOは中核的機関でないものの、アメリカでは、趨勢的拡大傾向をたどっているうえ、1990年代半ば以降、すなわち、IT革命の本格化に伴い、NPOの拡大傾向に拍車がかかっている。その結果、今日、NPOはアメリカ経済を支える有力なリーディング・セクターに成長する一方、新たな政治・経済・社会システムを形成する主役の一角を占めるまでに至っている。 まず、その態様は極めて多様である。NPOは慈善団体であり、参加者のボランティアと篤志家に支えられ、寄付を基盤とした団体という認識は必ずしも正しくない。とりわけ、中心的存在である医療や教育、さらに研究開発NPOでは、事業収入が主体であって、寄付金が占めるシェアは1割前後に過ぎない。
    さらに、主要NPOを収入金額でランキング付けしてみると、有力大学の強さが際立っている。いずれも単に授業料収入に依存するのでなく、内外を問わず、政府や企業、さらに個人から資金を集め、研究・調査プロジェクトを推進する積極的な大学経営を特徴とし、強みとする。逆にみれば、アメリカの有力大学は、資金調達のみならず、人材確保やインフラ整備、さらに多様な人脈を通じたプロジェクトの成就まで、大学相互間にとどまらず、企業研究所や政府研究所との間の長く厳しい競争を勝ち抜き、ユーザーの満足を獲得してきた証左と位置付けられる。

  3. 90年代に入り、とりわけ90年代半ば以降、一段と多様な発展を遂げ、政治・経済・社会の重要な一角を占めるまでに成長したアメリカNPOの拡大メカニズムを整理すると、IT革命によってNPOの活動環境が大きく変化したことが指摘される。 とりわけ、情報公開制度の構築とグローバル競争激化の2点が重要である。
    まず、IT革命の意義を改めて整理すると、情報のやり取りが、距離や時間などの物理的障壁を超えて、低コスト、かつリアルタイムで可能になった点に集約される。そのため、IT 革命のメリットを最大限享受出来るか否かは情報コストの低下を実現する制度的枠組みの成否にかかってくる。そうした観点からアメリカ連邦政府の情報公開制度をみると、90年代半ば以降、IT革命に対応したスキームが急速に整備されてきた。すなわち、93年9月、クリントン政権は、全米情報基盤構想を打ち出し、開示情報の充実や情報提供インフラの整備、市民アクセス・ルートの拡大など、電子化による政府の情報提供の拡充を同構想の柱の一つと位置付け、同年、政府印刷局電子情報アクセス拡大法が成立した。次いで96 年には、政府情報の電磁的公開シテスムの中心となる電子情報自由法が成立し、市民から提起される情報開示請求に受動的に対応し、個別に情報を逐次公開するだけでなく、重要な情報については誰でも閲覧・アクセス出来るように、市民からの情報開示請求が提起されなくても政府が自主的に政府情報を開示する、いわゆる能動的情報公開制度が法文上明記された。こうした情報公開制度の整備などによって、情報の非対称性、すなわち、政府や企業と市民との情報力格差が解消され、NPO の台頭が促進された。
    第2はグローバル競争の激化である。この端的な事例が企業の中央研究所である。IT革命によって市場競争が激化するなか、どれほど研究開発が重要でも、短期的収益に直結し難い研究開発を内部補助によって維持することはもはや困難になり、画期的な研究技術開発など、中期的なプロジェクトについては、担当部署を社外にシフトさせたり、社外の各機関と戦略的関係を構築し、大学や研究機関など、専門的NPO を積極的に活用することで、短期的な業績向上と中長期的な企業競争力強化の二律背反となりがちな二つの要請の調和を図る動きが拡大・浸透した。

  4. NPOは、従来、市民のニーズはあるものの、政府や企業では適切な供給が難しい公共的サービスを提供する相互扶助的機関などとして消去法的な位置付けを受けてきた。
    すなわち、政府の失敗や市場の失敗を補完する機関という見方である。 しかし、多様なNPOをもとに改めて再考してみると、そうした位置付けは今日不適切である。すなわち、NPOを、政府や企業と異なる機関として違いを過度に重視するよりも、むしろ、政府や企業と並び、公共的サービス分野を中心に財・サービスを提供する機関の一つとして位置付けるべきである。政府、NPO、企業のセクター間およびセンター内での熾烈な競争を通じて、棲み分けが進展する一方、特性を生かして多様化するニーズを充足するシステムが強化され、生産性を向上させながら、全体として市場や効用を拡大させるIT時代に適合的なスキームが形成されてきたと捉えられよう。

  5. このようにみると、NPOは、IT革命によって情報コストが飛躍的に低下し、組織化や情報を集中管理するメリットが大きく減退するなか、新しいパラダイムのなかで、経済活力を維持しつつ、多様化し高度化する市民のニーズを多元化によって充足させ、豊かな社会を形成する有力な方策と位置付けられる。
    それでは、わが国がIT革命に対応した多元的システムへの転換を成功させるために必要な施策およびスキームは何か。
    まず、情報公開制度の強化が喫緊の課題である。とりわけ、政府サイドから積極的に情報を開示する能動的情報公開制度を、電磁媒体を中心に強力に推進出来るか否かが焦点である。この点は、財政資金が投入され、活動が支援されるNPO についても同様である。さらに、NPOの活動分野では、市場競争を通じて非効率な部分が淘汰されるメカニズムが期待し難いなか、情報公開を強化することで擬似的な市場競争メカニズムを作動させることが可能になる。イギリスの公教育改革や医療改革はその端的な事例といえよう。 加えて、多様性を生み出す全体の枠組みを整備する必要がある。とりわけ、a.憲法89 条後段の解釈、b.わが国法人制度の見直し、c.優遇税制の拡充、の3点が重要な課題である。

    (1)日本国憲法89 条後段は公金支出制限条項として位置付けられてきた。しかし、制定当時の情勢を振り返ってみると、宗教団体の慈善事業などに対する公金支出禁止と解釈すべきであり、憲法89条は信教の自由を保障した20 条を財政面から制約を課した規定と位置付けることが可能になる。このようにみると、通常の慈善・博愛活動に対する財政支援に障害は無くなる一方、宗教団体の慈善活動を特別に除外した規定であることから反対解釈をすれば、通常の慈善活動に対する財政支援については、それを当然視した規定という従来と逆の解釈が可能となり、これまでと全く異なる政策展開の道が開かれよう。

    (2)わが国法人制度では、営利法人は一定の基準を満たせば届け出によって自由に設立出来るのに対して、公益法人は政府の認可が必要とされる。加えて、純粋な公益に該当しない分野や非営利分野の社団的活動は、組合として行うことが出来るのにとどまり、法人格の取得は制度上不可能であった。そのため、公益性の強い分野では、学校法人や社会福祉法人、あるいは医療法人の制度が特別法によって形成される一方、相対的に営利性の稀薄な分野では、NPO法や中間法人法など、新たなスキームが用意された。しかし、こうした輻輳した法人制度は現下の流動的な技術・市場動向に対し適応力を欠く。そのため、本年8月、政府は公益法人制度の抜本的改革の方針を打ち出した。確かに私法の基本法である民法改正は関連する法律や諸制度の改変を必然的に随伴するだけに、極めて膨大な作業が必要となる。しかし、コストを上回る大きなメリットがあるだけに、営利法人以外の社団を非営利法人として集約する抜本改革を目指すべきである。

    (3)寄付金に対する優遇税制を享受出来るNPO が、アメリカでは2001年で86万5,000に達しているのに対して、わが国では本年7月で累計8団体に過ぎない。この主因のひとつが、厳格な特定認定法人の認定基準である。とりわけ、総収入金額などに占める受け入れ寄付金総額などの割合が3分の1以上であることという受け入れ寄付金の広域性をチェックするパブリック・サポート・テストをクリアするNPO はアメリカでも稀有であり、早急に見直すべきである。
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