Business & Economic Review 2002年08月号
【POLICY PROPOSALS】
IT革命下、わが国経済再生の処方箋
2002年07月25日 藤井英彦
要約
- わが国経済の先行きに対する不透明感は依然根強く、内外の評価は一段と低下している。そうしたなか、わが国経済の再生実現には抜本的な構造改革が不可欠との考え方が根強い。
しかし、戦後わが国経済の世界史的経済発展を支えた日本的経済・社会システムが、なぜ1990年代に入り、突如として制度疲労や機能不全に陥ったのか。長期低迷の原因を構造問題と位置付け、構造改革の断行で経済再生が可能とする議論は一見明快であるものの、80年代までと90年代以降の截然たる変化に対する説明力は不十分である。 - そこで、IT革命を主力エンジンに未曾有の長期高度成長を実現したアメリカ経済復活のメカニズムを整理してみると、原動力はそれほど明確ではない。
まず、ミクロ分野に着目し、飛躍的な情報コストの低下をもたらしたIT 革命の効果をみると、a.企業レベルでは大企業から中堅・中小企業への経済牽引役のシフト、b.企業間ではITを活用した系列関係とも位置付けられるアウトソーシングや企業間アライアンス等の合従連衡の動き、c.企業内組織では階層型組織からフラットな組織への転換、d.雇用面では、雇用システムの弾力化・流動化、が指摘される。
しかし、中堅・中小企業を牽引役とする近年のアメリカにおける雇用増加は、運搬作業サービスやヘルスケア、顧客サービス等、労働集約的色彩の強い職種を中心とするサービス業や小売業が中心である一方、企業間の連携強化やチーム体制導入等による企業内組織活性化に向けた取り組みはITの活用によって日本企業の長所を採り入れようとする動きであって、必ずしもアメリカ企業の国際競争力強化を示唆するとは言えない。さらに、雇用システムの流動化はアメリカ経済の柔軟性と成長性の源泉と位置付けられることが多いものの、踏み込んで吟味してみるとアメリカでも長期雇用と年功序列型賃金制度が採用されており、統計データに依拠し平均値でみる限りわが国と大きな差はない。
次に、IT革命のアメリカ産業への影響を職種別雇用動向からみる限り、一部にはIT関連職種やニュータイプのマネジャー層の台頭等、競争力強化を窺わせる雇用の増加もみられるものの、大半はヘルスケア等の労働集約型職種や教育改革に伴う教育関連職種の増加である。さらにB to C型電子商取引が個人消費全体に占めるシェアは昨年末でも依然1%強に過ぎず新市場の台頭も本格化には程遠いうえ、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー等、新たなテクノロジー分野が注目されているものの、総じてみれば依然研究開発段階にとどまり、雇用の増加に反映されるような明確な現象は少なくとも現時点では確認できない。
最後にマクロ分野をみると、未曾有のインフレなき長期経済成長、とりわけ90年代後半のハイスピードの経済成長は、アメリカの戦後経済成長期のなかでも実質総需要の伸び率と実質GDP成長率との乖離拡大を特徴とする。強過ぎる内需が数年にわたり持続し得た要因を探ると、海外資本の流入増大が有力な要因である。具体的には、a.国内マネーが増大し、その分、金利が低下して低金利を通じたリフレ効果、b.直接投資によって設備投資が増加する等、海外資金流入による直接的な国内需要創出効果、c.金融株式市場への資金流入による資産効果、が指摘できる。 ちなみに、ネットベースで直接投資がプラスとなった98~2000年をみると、その資本流入の規模はGDP比で年平均1.1%である。資産効果や純資本流出マイナス幅縮小による限界的効果、さらに証券投資の影響や乗数効果を除き、直接投資の直接効果だけに限定しても、それを除くと実質GDP成長率は平均4.2%から3.1%に低下する。 - 翻ってわが国経済をみると、国際投資の時代が到来し、投資資金を呼び込む魅力も各国経済にとって国際競争力のひとつとなるなか、わが国に対する海外資本流入は主要先進諸国と比べて突出して小規模にとどまっている。海外資本流入低調の要因としても、人材確保が難しい、濃密な企業取引関係の結果、新規参入が難しい等、市場の閉鎖性が指摘され、経済再生には、従来の硬直的なシステムの打破が必要との指摘も一部にある。
そこで、問題視されている指摘を整理すると、a.終身雇用制や年功序列型賃金制度に代表される雇用システム、b.市場原理からの遊離によって急変する内外情勢に対応した経営の最適化が遅延する企業統治システム、c.プロジェクト別の弾力的な国際的企業アライアンス等、機動的な事業展開に対応し切れない系列等、従来のビジネスモデルに即した濃密な企業間関係、の3点に集約される。しかし、市場の変化により適応させる余地があるにせよ、いずれも今日でもわが国競争力の源泉であって安易な見直しは有害無益である。 一方、研究開発力の強さや貿易・経常黒字、ソフトウエア投資の増大等、業況の短期的な変動に左右されることなく、中期的な観点から競争力強化に注力してきた日本型経営スタイルの成果と強みは現時点でも揺るぎない。
そうしたなか、90年代、最大の雇用減少産業は製造業であり、そのなかでも電機製造業が突出している。電機の低迷は単に低価格輸入製品との競争に巻き込まれた帰結ではなく、半導体市場シェアの喪失に象徴される通り、欧米企業等との個別メーカーや業界を超えた戦略的・学際的研究開発競争に遅れを取った結果である。 - このようにみると、わが国経済が現下の長期停滞を脱却し、力強い回復軌道への復帰を実現するためには、a.強力な科学技術研究開発体制の構築、b.知的財産権保護スキームの強化・拡充、c.技術開発にとどまらず、新産業や新事業の創出を促し、内外資本の国内市場流入に作用するインセンティブ税制導入を骨子とする税制改革、の3点セットが焦眉の急である。
具体的には、まず、研究開発体制は、a.SBIRやTLO等、企業の研究開発・事業化活動に対する政府の支援活動の弾力化、b.プロジェクトマネジャー制による政府研究開発プロジェクトの推進力強化、c.政府がリスクを負担し運営を民間が行うアメリカマンハッタン計画スタイルを中核とする研究機関の整備・支援によって強化すべきである。 次に、知的財産権は、a.無体物をベースとするIT型法制への転換、b.ADR等、紛争解決ルートの拡大、c.企業リソースの活用による紛争処理体制の強化によって保護を図る。
最後に、インセンティブ税制の導入では、a.個人所得税と法人所得税を別個の制度でなく連続的制度としたうえで、b.個人所得税と法人所得税の二重課税制度を企業法制と併せ見直すべきである。

