Business & Economic Review 2002年06月号
【REPORT】
映像配信サービスの現状と発展の方向性
2002年05月25日 調査部 メディア研究センター 島田浩志
要約
- 最近、インターネット上で音声や動画等の映像コンテンツを伝送する「映像配信サービス」が新ビジネスとして立ち上がり始めている。背景には、インターネットへのアクセス回線の「ブロードバンド化」が急速に進展し始めたことがある。ブロードバンド回線は、1度に送ることができる情報量がアナログ回線よりも数十~数千倍も多いため、映像コンテンツのような大容量データでもスムーズに送ることができる。
また、ブロードバンド接続サービスでは、利用時間にかかわらず毎月の通信料金を一定額とする「定額制」の料金体系が主流となっている。「定額制」のもとでは、利用者は利用時間にとらわれることなく、インターネットを利用できるため、動画像などのコンテンツを気軽に楽しめるようになった。こうした、「通信速度」と「利用料金」という二つの点でインターネットの利用環境が急速に改善し始めたことが背景となって、映像配信サービスが立ち上がり始めているのである。
もっとも、ADSLや光ファイバーの利用などによって、インターネット接続事業者(ISP)とユーザー間の回線がブロードバンド化するだけでは、映像配信サービスを事業として成り立たせることはできない。映像配信サービスでは、多数の利用者が同時に利用すると、配信サーバーやインターネットのバックボーンへの負荷が増大し、映像データがスムーズに配信できなくなるからである。こうした問題を解決する手段として、IPマルチキャストなど、映像データを効率的に配信するための新しいネットワーク技術が登場している。 - 映像配信サービスは、a.コンテンツホルダー(コンテンツ保有者)、b.コンテンツアグリゲーター(コンテンツ収集事業者)、c.CDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)サービス事業者、d.ネットワーク回線事業者の四つの事業者で構成されている。そのなかで中心的な役割を果たしているのが、コンテンツアグリゲーターである。コンテンツアグリゲーターは、コンテンツの入り口(コンテンツホルダー)と出口(ネットワーク回線事業者)を掌握することによって、映像配信サービスをコントロールすることができる。
コンテンツホルダーは、映像配信サービスの将来性には期待しているものの、現段階では本格的に映像配信サービスにコンテンツを供給しようとするスタンスにはない。現在のマーケットサイズでは、大きな収益を上げることが難しいためである。一部の独立系映画会社等が有料配信サービスを行っているが、そうした取り組みも将来の新市場創造に向けた実験的な位置付けにある。ブロードバンドの将来性を見据えたうえで、今のうちからインターネット関連企業と連携することによってノウハウを蓄積し、ビジネスの足場を固めていこうというのが基本戦略である。
一方、映像配信サービスを手掛ける事業者は、すでに他メディア向けに映像コンテンツを提供している映画会社やテレビ局、レコード会社等のコンテンツホルダーに働きかけ、コンテンツを拡充していこうとしている。映像配信サービスに力を入れているのは、ブロードバンド接続サービスを手掛けるネットワーク回線事業者である。ブロードバンド接続料金の低価格化が急速に進んでいるため、ネットワーク回線事業者は、収益性の悪化を補う新サービスとして映像配信サービスに取り組んでいる。映像配信サービスで独自のコンテンツを取り揃えることができれば、自社のブロードバンド接続サービスへの加入促進に向けた強力なアピールになるからである。
映像配信サービスを行う事業者は、映画や音楽コンサート、テレビ番組等の人気コンテンツをブロードバンドによる高速通信のメリットとして利用者に実感させ、利用者の映像配信サービスに対する関心を高めるための素材と位置付けている。こうした映像コンテンツに対しては、利用者はレンタルビデオ等で金銭を支払う習慣がある。このため映像配信サービスでも有料化しやすい。しかしながら、既存の人気映像コンテンツは、複雑な著作権処理の問題等が障害となって、映像配信サービスで利用することが困難な状況にある。 - 映像配信サービスの市場を拡大させるには、ブロードバンドの整備・普及と同時に、コンテンツの充実が不可欠である。また、障害となっている煩雑な著作権処理の解決も必要である。著作権処理の隘路から抜け出すためには、多数の権利者の権利を集中的に管理し、利用許諾を行う機関を設置することが効果的である。「権利の集中管理体制」を確立するには、利用の許諾条件や著作権使用料等についての基本ルールを業界の中で策定する必要がある。すでに、わが国には著作物の利用に関する窓口として機能している団体が存在するため、こうした団体が中心となって、利用条件をルール化していくことが現実的である。映像配信サービスを手掛ける事業者としても、権利処理ルールの早期策定を後押しするために、映像配信サービスの特性を生かしたコンテンツビジネスの成功事例を積み重ねていく努力が求められる
- 今後の映像配信サービスにおけるコンテンツの方向性として、次の二つが指摘できる。第1に、映画の予告編や音楽のプロモーションビデオなど、人気コンテンツのプロモーション映像を積極的に扱っていくことである。もともと宣伝用に作られたプロモーション映像は、複雑な権利処理を行う必要がないだけでなく、インターネットの検索機能とオンデマンド機能を利用することによって、効果的にプロモーションを行うことができる。
こうした人気コンテンツのプロモーション映像を充実させることで、映画ファンや音楽ファンへの認知度が高まれば、コンテンツの権利者も映像配信サービスを新たな流通市場として真剣に活用しようとの機運が高まり、映像配信サービスの権利処理ルールの確立に向けて動き出すことになるであろう。権利処理ルールが定められ、ブロードバンドが一般家庭に広く浸透する段階を迎えれば、映画やテレビ番組等の人気コンテンツをVOD(ビデオ・オンデマンド)で提供するサービスを本格的に展開することも可能になると考えられる。
映像配信サービスにおけるコンテンツの第2の方向性としては、マイナーなスポーツ分野やコミュニティーサイト、オンラインゲームなど、ニッチな領域の映像ニーズに対応していくことである。映像配信サービスはブロードバンドというオープンなネットワークを利用するため、新規参入が容易である。しかも、数千~数万人規模の視聴者を対象にして映像コンテンツを配信するのであれば、テレビ放送よりも低コストでサービスが行えるメリットがある。こうした特性を生かすことによって、映像配信サービスはテレビ放送では踏み込めなかった利用者の多様で個別的な映像ニーズを掘り起こしていくことが可能となる。
映像配信サービス事業者が、これら二つの方向性でコンテンツの充実を図るならば、映像配信サービスはテレビ放送の限界を補完する新たな映像メディアとしてユーザーに受け入れられていくものと考えられる。

