Business & Economic Review 2002年05月号
【OPINION】
経済再生をサポートする税制改革を
2002年04月25日 調査部 金融・財政研究センター 湯元健治
要約
- はじめに
昨年末の小泉首相の指示を受けて、本年1月より税制の抜本改革についての議論がスタートしている。ただし、政府税制調査会が「税の空洞化問題」を指摘し、財政健全化を目的に課税最低限の引き下げなど国民に広く薄い税負担を求める意向が強いのに対して、民間議員を擁する経済財政諮問会議では、経済活性化のために税制をいかに活用するかに議論の重点が置かれており、両者の思惑には相当の隔たりがある。「国債発行30兆円以内」、「プライマリー・バランスの黒字化」を目標に掲げる小泉政権にとって、先進国中最悪の財政赤字を解消するためには、公共事業等の歳出削減だけでなく中期的に税財源の確保を図っていかなければ、財政破綻が現実のものとなりかねないとの危機意識がある。その一方で景気の現状は依然として厳しく、日本経済再生の目処は全く立っていない。政策面でも財政・金融ともに手詰まり状態で、経済活性化を実現するための切り札として税制改革に対する期待が高まっているのは、ある意味で当然ともいえよう。
しかし、財政健全化のために増税の方向を打ち出せば、個人・企業のマインドの冷え込みを通じて景気悪化が一段と加速する恐れがある一方、景気対策として大幅減税を断行すれば、税収のさらなる落ち込みから、財政赤字の歯止めなき膨張を招くことは避けられない。このジレンマを克服し、中期的な財政健全化への道筋を確保しつつ、経済活性化を実現するための税制改革とはどのようなものか。以下に、財政健全化と経済再生を両立させる税制改革を実現するための基本的視点と具体的改革案を提言する。 - 税制改革のあり方を考える基本的視点
(1)財政健全化は中期的目標と位置付ける必要
第1の視点は、財政健全化を性急に追求せず、中期的な目標として位置付けることである。単年度の収支にこだわる「国債発行30兆円」目標は、財政政策のみならず、税制改革の手足をも縛るものであり、早急に廃止する必要がある。「プライマリー・バランスの黒字」達成を10年程度の中期目標としている点は同意できるが、これも10 年という期間にこだわりすぎると失敗する。さらに留意すべき点は、同目標は歳出削減のみで達成すべきであり、課税最低限の大幅な引き下げや消費税率の引き上げ等の大幅な増税は、わが国経済の再生が実現するまでは回避することである。
わが国においては、今後20~30年先を展望した場合、年金や医療・介護など高齢化のコスト負担が急激に増大する。ちなみに、a.名目成長率2.5%、b.基礎年金を100%税方式化、c.税による高齢者医療・介護制度を創設する、d.厚生年金の2階部分の給付を2割、医療サービスの効率化によって医療費を3割削減するとの前提の下で、2025年時点の社会保障の公費負担額を試算すると、79.7兆円に上り、税の自然増収分を除いた必要増税額は、消費税率換算で19.3%に達する。当面の財政健全化のために消費税率を引き上げれば、将来の消費税率は軽く30%を超えてしまうが、これでは経済が持たないことは明らかである。
(2)大幅減税だけで経済活性化が実現できると考えるのは過度の期待
第2の視点は、大幅な減税先行で経済活性化と財政健全化を同時達成できるとする見方は危険であることである。最近、一部では景気回復のために大規模な減税を先行して行うべきとの意見があるが、a.減税によって景気が本当に上向くかどうかは不透明である、b.仮に景気が上向いても、減税によって拡大した財政赤字を解消できるほど税収が増加する保証はないため、非常にリスクが大きいばかりか無責任との謗りを免れない。
こうした見方は、1980年代のレーガン税制改革やサッチャー税制によってアメリカやイギリスの経済が活性化し、財政赤字問題も90年代後半以降急激に改善しているという事実から導かれているが、実は、アメリカ、イギリスともに、大規模減税のみによって経済が活性化したかどうかは疑わしい。レーガン政権は81年にACRS(加速度償却)や10%の投資税額控除など大規模な設備投資減税を行ったが、設備投資が回復に転じたのは、景気全般が回復し始めた84年以降であった。アメリカ、イギリスの経済活性化は、大胆な規制緩和や民営化・エージェンシー化等による公的部門の効率化・スリム化等の構造改革と税制改革が相まって、経済全体として資源配分の効率化を達成できたことによる面が大きい。
なお、アメリカ、イギリスでは減税によって財政赤字が極めて深刻なレベルに拡大し、その後の税制改革は増減税中立から増税路線に転換している。わが国でも、98~99年に法人税減税(実効税率の引き下げで、98年1.4兆円、99年2.5兆円)、99年には所得税減税(最高税率の引き下げなど4.1兆円)を実施したが、構造改革が進まないなかで景気回復は一時的なものに終わり、経済の活性化に結びつかなかったばかりか、その後の財政赤字の急拡大をもたらすこととなった。
(3)税制改革は中長期的視野から経済活性化策と有機的・一体的に行う必要
第3の視点は、税制改革は短期的な需要創出に偏することなく、中長期的な経済活性化のための施策と有機的かつ一体的に行う必要があることである。 いわゆる「政策減税」は、その時々の政策目的に照らして必要との判断から導入されるものを指す。住宅ローン減税や設備投資減税などがその代表例だが、その多くは租税特別措置として実施される。本来こうした減税措置は「資源配分の中立性」や「課税の公平性」といった租税の大原則に反するが、一定の政策目的の下で正当化される場合には、中立性や公平性を損なってでも、意図的に資源配分を特定分野に誘導することが許される。
しかし、その場合でも、あくまでそうした措置は「対象分野を限定した時限的措置」として導入されるべき筋合いにある。ところが、現在78項目に及ぶ企業関係の租税特別措置の実に7割が創設後10年以上を経過しており、とても時限的な措置とはいえないものになっている。時代の役割を終えた租税特別措置は、一刻も早く廃止すべきである。 他方、IT立国を目指すことや、都市再生、金融・資本市場の活性化、ベンチャー・起業支援は、わが国の経済活力を高めるための重要な政策課題である。
こうした分野を中心に、規制緩和やインフラ予算の投入、補助金など他の政策手段と有機的かつ一体的に税制を活用することが、わが国経済の再生を果たすうえでの起爆剤ともなり得えよう。さらに付言すれば、社会保障制度の改革や地方交付税制度の改革といった構造改革を側面から支援するための税制改革も、中期的に極めて重要な課題である。 - 経済活性化の実現に向けた税制改革の提言
以上三つの視点を十分踏まえたうえで、以下に財政健全化と整合性をとりつつ、経済活性化を実現するための税制改革の具体策を提言する。
(1)時限的措置
当面3年間の時限措置として以下の税制改革を提言する。
a.IT投資促進税制の創設
すべての企業を対象としてIT分野(ハード、BtoB等IT 関連システム構築など)を対象に、7%の投資税額控除または初年度30%の特別償却を認める(ただし、IT投資額が前年度を上回った企業に適用)。なお、これと並行して現在中小企業にのみ認められている投資減税措置は廃止する。
b.都市再生のための不動産関連税制の優遇
全国に10カ所程度の「都市再生特別区域」を指定。同区域においては、容積率規制、建ぺい率規制、日影規制などを大幅に緩和すると同時に、不動産流通税(登録免許税、不動産取得税、印紙税、特別土地保有税、都市計画税)や土地譲渡益税を免除する。その他、同地区における高層住宅・商業施設等の建物の特別償却、固定資産税の減免措置を講じる。
c.株式投資信託に対する優遇措置の適用
現在、上場株式等に時限的に適用される(イ)購入額1,000万円以内の株式譲渡益税の非課税、 (ロ)長期保有株式等の譲渡益課税の税率10 %適用、(ハ)譲渡益について100万円の特別控除適用、といった優遇措置の対象範囲を公募株式投資信託にも適用する。
(2)恒久的措置
研究開発の促進、ベンチャー・新規産業育成、金融・資本市場の活性化を目指して、以下の改革を行う。
a.試験研究促進税制の拡充
増加試験研究費税額控除制度の控除率を現行の15%から20%に引き上げ。同時に、控除限度額も引き上げ(現行、法人税額の12%を25%へ)。対象企業を拡大するために、試験研究費の対売上高比率に応じて一定割合を控除するアメリカ型の仕組みを新たに導入し、現行制度と選択適用可能とする。
b.ベンチャー・起業支援促進税制の拡充等
(イ)現行エンジェル税制の拡充(一定の要件を満たす場合、譲渡益課税を非課税〈現行は通常の場合の4分の1課税〉にするとともに、損失の繰越期間を3年から5年に延長)。
(ロ)ベンチャー・キャピタル損失準備金制度の創設(ベンチャー・キャピタルの損失に対する引き当てを全額損金算入に)。
(ハ)創業支援税制の拡充(新規事業法、中小企業創造活動促進法に基づく欠損金の繰越期間を現行の7年間から10年間に延長し、適用対象企業を拡充)。
(ニ)中小企業の円滑な事業承継を可能とするために、非上場株式の相続税評価額の控除率を現行の10%から50%に引き上げ。
c.二元的所得税の導入 商品ごとに異なる複雑な現行の金融商品課税を抜本的に見直す。
(イ)利子・配当・キャピタル・ゲイン(土地譲渡益を含む)を「資本所得」として一元化し、「勤労所得」(総合課税)とは別に低率分離課税化。税率は、現行の利子所得並みの20%とする。
(ロ)キャピタル・ロスの繰越期間を現行の3年から5年に延長。
(ハ)資本所得間でのキャピタル・ロスの損益通算を認める。その場合、先物・オプション等のデリバティブ等の損益については、キャピタル・ゲインまたはロスとして扱い、損益通算の対象とする。 - おわりに
以上の税制改革は、政府税調・与党税調、経済財政諮問会議などの場で具体的な検討を行い、2003年からの実施を目指すべきである。これらの措置は、平年度ベースで2.5兆円程度の税収減少要因となるが、企業関係租税特別措置の原則廃止、消費税制度の見直し(免税点の引き下げ、簡易課税制度の廃止)、所得捕捉率格差(いわゆる「クロヨン」)の是正措置等、税制の簡素化・公平性の実現によってカバーしうる範囲の減税規模である。無論、税によって短期的に需要を誘発するという考え方自体はナンセンスであり、実際にもそうした効果は期待しがたい。しかし、税制の改革がわが国の資源の最適配分を実現する構造改革を側面から促し、新しい需要創出に結びつく可能性は十分にある。小泉政権にとって、まさに今は知恵の絞りどころといえよう。

