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Business & Economic Review 2002年04月号

【OPINION】
IT革命下のデフレ問題

2002年03月25日 藤井英彦


デフレ問題が深刻化している。わが国消費者物価は、1999年から2001年まで3年連続のマイナスとなった。さらにGDP デフレータをみると、97 年4月の消費税率引き上げ影響を除去すると97年のデフレータ(+0.4%)もマイナスであった可能性が大きく、そうであるとすれば、95年から2001年(実績見込み)まで7年間にわたってデフレータの低下が続いてきたことになる。 そうした情勢下、デフレ脱却に向け構造改革の断行が必要であるとの主張が少なくない。しかし、構造改革が不可欠としても、具体的にどのような方策が必要か。さらに、そもそも構造改革はデフレ脱却に不可欠か。構造改革によって、逆にデフレ問題の悪化に窮する等、デメリットが発生する懸念はないか。こうした観点から、本稿では、まずわが国が直面するデフレ問題の要因を整理し、それを踏まえたうえでデフレ克服に必要な施策を探ってみた。

まず、わが国が直面する現下の長期にわたるデフレは、IT革命をベースとするグローバル競争によって世界規模で供給力が過剰となり、デフレ・ギャップが発生したという経路が主因と判断される。

しかし、こうした認識に対しては、様々な批判があろう。主な見方を整理すると、a.デフレとはすぐれて金融問題であり、そもそも実体経済の動きとは無縁の現象であって、当局の緩和政策が不十分であることが原因である。仮に実体経済の要因を加味するとしても、b.グローバル競争に関しては、そうした動きが一義的にデフレになるとは言い切れないし、加えてc.IT革命の影響についても、アメリカ等をみる限り、持続的物価下落というデフレ現象には陥っていない一方、d.デフレ・ギャップが問題であれば、有効需要の不足を解決することこそ焦点であるとの考え方は、わが国では今日でも依然根強い。そこで、こうした批判をそれぞれ検討してみると、以下の通りである。

まず、緩和政策の不足が主因であるとする見方についてみると、第1に、緩和政策が不十分な結果、発生するデフレ現象は、緊縮型財政・金融政策によって貨幣供給が抑制され、次いで有効需要の減退に伴って貨幣需要が減退するというパターンが通例であり、一般に当局の緊縮政策が起点となっている。有名な松方デフレが、西南戦争の戦費調達に向けた拡大財政路線から、増税や歳出削減による緊縮財政への転換が契機となって発生した経緯は周知の通りである。しかし、今回の経緯をみる限り、そうした因果関係は見当たらない。90年代初のバブル局面からバブル崩壊にかけて、金融引き締め政策や不動産融資規制等、緊縮政策が採られたのは事実であるものの、GDPデフレータ・ベースでみてもデフレ現象が95年以降であるなか、91年7月以降、金融緩和政策への転換が図られ、93年9月以降、歴史的低金利政策が採用されて今日に至っている。
今回は、金融当局が貨幣供給の増加を積極的に図っているなかで貨幣需要が減退している点が特徴であり、その要因の解明こそが焦点である。
第2に、こうした見方が依拠する理論的枠組みの現状適合性の問題である。すなわち、こうした見方は、所謂、貨幣数量説に立脚した批判であり、貨幣数量説が依拠する実物経済と貨幣経済の二分論が成立するには、労働や資本等、経済資源の可塑性、あるいは情報の完全性等、新古典派経済理論が想定する理想状態が前提とされる。しかし、経済・産業が高度に分化・発達し固定資産の蓄積が進んだ今日のわが国経済の実情に即してみる限り、その前提条件をそのまま当てはめることは容易ではない。
第3に、仮に新古典派経済理論に立脚した実物経済と貨幣経済の二分論を受け入れるとしても、貨幣数量説それ自体が前提とする生産技術不変の条件が問題になる。すなわち、貨幣数量説は、何らかのショックによって貨幣供給の低迷や実体経済でのデフレ・ギャップが発生した場合、金利引き下げ等、貨幣供給の増加政策によって一時的ショックを吸収することができる条件として、生産技術、すなわち供給サイドに変化が無いことを想定している。逆にみれば、生産技術が変化する局面、経済・社会システムのパラダイムが歴史的転換を遂げる局面は想定外ということになる。仮に、現下の情勢がIT革命、さらにそれに伴うグローバル化傾向の加速によって国際的規模で生産供給体制が構造変化を遂げている局面とすれば、わが国生産技術が変化しており、貨幣数量説が成立しないことになる。IT革命やグローバル化については後段で改めて検討することとし、ここでは、その結論を先取りすれば、そうした情勢変化の結果、現下のわが国経済は生産技術の変化に直面していると判断される。

金融緩和不足説に関連し派生した指摘として、不良債権問題がデフレ問題の根源との見方がある。具体的には、a.不良債権問題のもと、クレジット・クランチ等の銀行行動によって金融の信用創造機能が低下した結果、有効需要の顕在化が阻害されデフレ・ギャップが発生している、b.製品やサービスを仕上げ、ユーザーに提供していくには、様々な企業が関与する必要があるものの、その一連の取引のなかに位置してきた企業が銀行から不良債権企業とされたり、される可能性が大きい場合、円滑な企業間取引の遂行に支障を来すという取引リスク問題、所謂、デッド・ディス・オーガニゼーション問題によって、一連の取引全体が滞り、製品・サービスの完成が困難になる、等の経路が指摘されている。しかし、そうした見方は、確かに90年代前半、あるいは一部の企業間取引では妥当するとしても、現時点のわが国経済のデフレ現象を総括するには説明力が不足している。
なぜなら、まず、わが国企業部門が保有する債務返済圧力は総じてみれば近年大きく減少しているためである。すなわち、売上高に対する債務残高比率でみる限り、不動産業や商業等、一部の業種を除くと、大半の業種で80年代半ばの水準まで負債圧力が低下しており、バランスシート問題の軽減に成功している。加えて、現下の雇用喪失からデフレ・ギャップを産業別にみると、中心は、不動産業や商業等、バランスシート問題が残り、かつデッド・ディス・オーガニゼーション問題の中心と指摘される業種ではなく、むしろ、その問題がほぼクリアされた、あるいは相対的に稀薄な製造業で発生している。ちなみに、GDPデフレータがマイナスとなった95年から2001年までの労働力の推移をみると、総就業者数が45万人減少するなか、産業別に減少幅の大きい順に並べると、製造業の172万人減、農業の54万人減、次いで建設業が31万人減少している。

そもそも優良企業や成長期待セクターがあれば、不良債権があっても、貸し出し増加を図るのが金融セクターにとって合理的行動である。さらに、仮に国内の民間金融セクターに貸し出し増加余力がないとしても、国内の公的金融セクターあるいは海外金融主体が存在する。ちなみに、98年から99年にかけてわが国ベンチャー市場が拡大した要因を国内外の主体別にみると、国内よりもむしろ海外からの投資増加が原動力となっていた。 次に、グローバル競争とデフレの関連についてみると、中国等をはじめとして低生産コストによる価格競争力を武器とする製品の輸入増加現象は、わが国のみならず、欧米でも同様であるなか、何故わが国だけデフレに陥るのか、という疑問が呈示されることがある。確かに、欧米経済とわが国経済が同様の生産構造に立脚していると仮定すれば、中国等からの製品輸入増大の影響は欧米とわが国と同様の筋合いである。さらに、貿易財価格が低下し、国内物価にデフレ圧力が作用するとしても、個人や企業等、国内サイドからみれば、その分、実質所得が増加し、非貿易財に対する需要が増加する結果、非貿易財価格が上昇し、国内物価全体としてみれば、物価が下落し、デフレに陥ると一義的に主張することは困難との指摘もある。 しかし、果たしてそうか。
まず、国内に生産拠点が無い場合の製品輸入増加のインパクトについてみると、価格競争力が強い中国製品等の国内市場への浸透・輸入増加は、品質を落とさず、より低価格の製品購入が可能になる一方、国内雇用へのダメージはなく、デフレ・ギャップが発生することもない。なお、ここでのデフレ・ギャップは、国内完全雇用産出量に有効需要が足らないという教科書的用法でなく、開放経済を想定し、国内完全雇用産出量に製品輸入を加えた総供給量に有効需要が不足するという用法とする。このため、国内に生産拠点が無い、すなわち、そもそも当該製品を生産する雇用がないケースであれば、当然、総供給は製品輸入量に等しくなる。さらに、国内経済主体にとってみれば、実質所得が増加するため、経済全体ではリフレ効果も期待可能であり、典型的な自国通貨価値上昇のメリットといえよう。具体的には、国内VTR 市場を日本企業に席捲されたアメリカで、品質が日本製に比肩しながら低価格の中国製VTR が輸入されるパターン等が格好のケースであり、90年代後半にアメリカ経済が未曾有のインフレなき長期高度経済成長を実現したメカニズムのひとつと位置付けることができる。 それに対して、国内に生産拠点がある場合、製品輸入の増加は実質所得増加メリットだけでは済まない。
国内生産の減少に伴って発生する余剰労働力が、他の国内産業・市場が円滑に吸収可能な規模を上回る場合、少なくとも短期的にみる限り、デフレ・ギャップを解消する方策が見当たらなくなるケースが想定されるためである。加えて、割安な製品輸入増加によって実質所得の増加メリットが発生するとしても、国内雇用喪失による所得減少影響がそのメリットを凌駕する場合、一国経済全体としてみれば、製品輸入増加による総供給量増加に有効需要減少が上乗せされる結果、デフレ・ギャップが一段と深刻化することになる。加えて、国内生産から海外生産への転換や低価格志向の強まりによって、生産者から消費者への多段階プロセスの合理化、あるいは生産者から消費者への直販等が採用され、物流・商業段階での取引簡素化が浸透・普及する場合、デフレ・ギャップの拡大傾向に一層拍車が掛かることになる。
もっとも、製品輸入が増加しても、特定分野に集中している、あるいは製品輸入の増勢が緩慢である等の結果、国内生産の減少によって発生する余剰労働力が、他の国内産業・市場に吸収可能な規模以下に収まる場合、デフレ・ギャップは、一時的に発生するとしても、短期間のうちに解消に向かう公算が大きい。加えて、自国通貨安政策を採用して自国製品の価格競争力強化(輸入製品の価格競争力低下)を目指した場合、あるいは二国間交渉等を通じて相手国が輸出自主規制を行ったり、数量目標を設定した場合、デフレ・ギャップの発生は一層限定的なものにとどまり、デフレ、すなわち持続的な物価下落現象が発生するリスクは小さくなる。
その端的な事例として、戦後のアメリカ経済を指摘することができる。アメリカ経済は、戦後60年代初めまで世界経済屈指の競争力を堅持し、豊かな経済を謳歌していた。しかし、60年代半ば以降、日独を中心に各国経済が台頭し製品輸入が増加するなか、国内生産力の弱体化が次第に進行した。国内生産力の弱体化には、中南米等へのアメリカ企業自身による生産拠点シフトも作用したものの、その過程で国内雇用が喪失され、73年のニクソン・ショック以来、趨勢的にドル安傾向が進行する一方、折に触れて激しい輸入反対運動が朝野を別たず政治問題化し外交イシューとなった。日米貿易摩擦についてみれば、60年代の繊維、70年代の鉄鋼やカラーテレビ、80年代から90年代の自動車や半導体、コンピュータ等、相次いで紛争が生起した。とりわけ、80年代から90年代前半には、日米関係史上最悪の状況まで貿易摩擦問題が深刻化した。逆にみれば、80年代半ばのアメリカ経済では、経済的苦境の克服に大幅な自国通貨安と通商交渉が必要であった可能性がある。 翻って、現下のわが国経済をみると、次の通り、広範な分野にわたる製品輸入が急速に増加しており、デフレ・ギャップ発生の観点からみる限り、現状は、60年代以降のアメリカ以上に深刻である可能性が大きい。
第1に製品輸入の範囲の違いである。わが国の対米輸出に対しては、アメリカサイドから集中豪雨的との批判が強かったものの、60年代以降、軽工業品から重化学、さらに機械・ハイテク製品へと、長期間にわたる漸進的・段階的進行であったといえる。それに対して、わが国が直面する製品輸入増加は、軽工業品、重化学工業品や機械・ハイテク製品まで、ほぼ工業製品全般に加えて、農産物やソフトウェア、さらに映像等のコンテンツ作成まで、すなわち、従来の貿易財のみならず一部の非貿易財まで広範囲にわたっており、その広さは60 年代以降のわが国対米輸出を上回る。
第2は生産コストの違いである。すなわち、現在の日中間の生産コスト格差は、数十分の一ともいわれる人件費格差をはじめとして、60年代以降、わが国の対米輸出が増加していくなかでの日米間のコスト格差を大幅に上回る。そうした強力なコスト競争力を反映して、わが国国内市場に占める輸入製品の浸透度が近年急速に上昇している。とりわけ、わが国経済は、生産財から資本財、消費財まで、フルセット型工業経済としてモノづくりに特化してきただけに、サービス経済にも競争力を保持するアメリカ経済や、EU 域内のみならず東欧経済等も含め、周辺各国と水平分業体制を構築してきたドイツと対比して、製品輸入の増加が一層深刻なダメージを招来しているといえよう。

こうした国際的な供給力増大の結果、デフレ現象が発生した事例として世界大恐慌やわが国の井上デフレが有名である。井上蔵相による財政緊縮政策や金解禁、すなわち割高な為替レートは経済的には引き締め策である一方、アメリカでも、株価暴落当初、連邦準備銀行が金融引き締め政策を採り、景気の悪化や市場の混乱を増幅させたのは周知の通りであり、その限りで緊縮型金融政策がデフレを招来した面は否定できないものの、根底には、第1次大戦特需によって蓄積された世界的な供給力過剰問題が根強く残存していたことは看過できない。 グローバル競争に次いで、IT革命とデフレとの関係についても異論があろう。端的には、IT先進国のアメリカは90年代を通じて未曾有の長期経済成長を達成し、このところ景気低迷に陥っているものの、持続的な物価下落、すなわちデフレには直面していないという指摘である。それどころか、アメリカは、IT革命の成功によって97年以降、直接投資の純流入国に転じ、4%成長を達成している。具体的にみれば、直接投資の流入は、膨大な検索・検証・テストプロセスを従来比格段に短時間で処理し他社を凌駕する事業化スピードを確保するアジリティーや、情報コストや取引コストの飛躍的低下をテコに小さな企業規模を強みに変える分散メリット等、ITをフルに活用して飛躍的成長を実現・展望する数多のベンチャー起業の旺盛なダイナミズムが情報通信分野のみならず、バイオ等の戦略分野でも発揮されるなか、新産業・新市場創出を通じた中期的な成長期待・収益期待がアメリカ経済に対して強まったことの反映であり、海外資本の流入が、有効需要を創出し、90年代後半の高成長を実現する原動力のひとつとなってきたし、2000年のハイテクバブル崩壊後も、こうした構図に大きな変化は無く、資本流入が続いている。
一方、中国でも、90年代に入り、大幅な直接投資の純流入が続いている。これは、人件費をはじめとして卓越した生産コスト競争力に着目した外資が沿岸部を中心に積極的に生産拠点の進出を図ってきたためである。加えて、そうした投資を可能にした背景には、IT 革命によって、EMS(Electronic Manufacturing Services )に象徴される生産プロセスのモジュール化や、SCM(Supply Chain Management)等、国境を越えた生産・在庫管理や収益管理の効率的遂行をも可能にするIT経営手法が実用可能になったという情勢変化が指摘される。IT革命以前の段階では、一般に、生産プロセスが不可分なため、人件費等、一部の生産コスト競争力が強くても、一連の産業基盤がフルセットで集中している工業国の総合的な競争力には太刀打ちできず、仮に生産拠点を設置するとしても、中核部品を持ち込んで組み立てるノックダウン型生産か、あるいは慎重な生産・在庫計画が必ずしも必要ではない汎用品・低付加価値品生産に限定されていた。しかし、そうした情況はIT革命によって大きく転換した。

こうした情勢変化が、モノづくりを強みとしてきたわが国経済は、工業製品のみならず、農産品やソフトウェア等、様々な製品・サービスの輸入に直面することになる一方、生産拠点を必ずしも国内に持たないアメリカは、主に貿易財の分野で、製品価格低下のメリットとともに、生産モジュール化の普及によってコモディティー化傾向が次第に拡大するなか、競争激化や国際的供給過剰による価格低下リスクからの回避に成功している。OS 企業から一気にメーカーにも業務範囲を拡大した米マイクロソフト社のX ボックスの市場投入が格好の事例として指摘されよう。 加えて、アメリカや中国が直接投資の純流入国として台頭するなか、わが国や欧州各国は大幅な資本流出に直面している。なお、2000年にはEU 通貨統合によって有効需要や新市場の創出が見込まれたため、欧州各国の資本流出傾向に歯止めが掛かる兆しがみられたものの、2001年に入り、再び流出傾向が強まっている。こうした資本流出が、欧州域内あるいはわが国国内の有効需要減退に作用している。

最後に、有効需要不足の問題、すなわち、デフレ・ギャップが問題であれば、有効需要を追加し、不足を補えば良いというケインズ理論が抱える問題は、90年代の累次にわたるわが国景気対策に起因する現下の深刻な財政・経済情勢を踏まえてみれば、今日、益々鮮明になっているといえよう。そもそも、ケインズ理論は、戦後60年代まで、欧米先進各国の経済政策に影響を及ぼすのみならず、市場経済への政府セクターの介入を是認する、所謂大きな政府路線が浸透・定着する等、政治的にも大きな役割を果たしたものの、70年代スタグフレーションが深刻化し、その政策効果への疑問が拡大するなか、欧米先進各国で急速に支持を喪失する一方、政治的にも80 年代、レーガノミクスやサッチャーリズムへの転換が進展した。これは、ケインズ理論が一国経済システムを基本的フレームワークとするという限界に起因する。すなわち、米英を中心に先進各国経済が国内生産力を次第に喪失し、輸入依存体質が強まるなか、拡張型財政政策によって有効需要が追加されても、国内生産や雇用の増加効果よりもむしろ輸入増加に作用し、需要が海外に漏出する傾向が強まったためである。わが国経済でも、2001年の貿易黒字が通関ベースで2000年の11.7兆円から6.6兆円へ大幅に減少する等、このところ輸入体質が急速に定着するなか、有効需要不足問題の解消策という観点からみたケインズ理論の政策効果の低下はもはや疑問を差し挟む余地無しといえよう。 以上を総合してみれば、現下のわが国デフレ現象は、IT革命に伴うグローバル化傾向が本格化し、フルセット型システムを基盤とするモノづくり経済からの転換を、鉱工業生産のみならず、農産品からソフトウェアやコンテンツ等まで広範な分野で、かつ急激なペースで迫られるなか、国内有効需要が製品輸入を含めた総供給量を充足できず、失業増加に象徴される深刻なデフレ・ギャップが持続してきた帰結と位置付けることができる。
それでは、デフレ・ギャップの解消にはどのような方策があるか。まず、為替調整や二国間貿易交渉を通じてデフレ・ギャップの縮小を図る直接的な手法がある。しかし、政治的コストが高いあるいはわが国は基軸通貨国でない等の理由によってこうした方策が採用できないとすれば、輸入製品と競合しない付加価値の高い国内市場・産業を創出し、それによって遊休国内生産要素を活用する一方、国内所得と有効需要を増加させ、デフレ・ギャップの解消を図る以外に方策はない。加えて、わが国経済がモノづくりを強みとして成長してきた結果、労働力や資本、資産、ノウハウ等、生産要素ベースでみても、モノづくり面での蓄積が大きく、アニメやゲーム等、一部の分野を除くと、アメリカ等諸外国対比、サービス面での競争力が必ずしも強くない点を踏まえてみると、中長期的にわが国経済のサービス化の進展・強化を志向する政策も選択肢のひとつであるものの、それに伴うスイッチングコストの大きさを考慮し、まず、モノづくり分野での競争力再強化をわが国経済・産業再生の中核方針とし、積極的に推進する政策を基本戦略として明確に打ち出すべきである。
もっとも、こうした見方に対しては、株式市場は依然軟調であるうえ、日本国債や社債の格付け引き下げリスクを指摘する向きがある等、わが国経済・産業の現状認識、さらに先行きに対しても過度に悲観的な考え方が一部にある。しかし、近年相次ぐノーベル賞受賞等、科学技術分野での世界的評価の高まりに加えて、2001年のアメリカ自動車市場での日本車シェアが過去最大となる一方、マクロ的にみても輸入体質が定着するなか依然巨額の貿易黒字を計上しているうえ、技術競争力の観点から技術貿易収支に着目すると、93年の黒字転換の後、年を追って黒字幅が着実に拡大している等、わが国経済は引き続き強固な国際競争力を堅持している。問題は、こうした潜在力を競争力ある新産業・新市場創出にどのように結実させていくかという方法論にある。
そこで、具体的方法論を企業・産業サイドと政策の両面から整理してみた。まず、わが国企業・産業が採るべき方策は次の3戦略である。
第1はスピード戦略である。ITの活用によって、海外生産に比べて市場ニーズの急速な変化に対する迅速かつ木目細かな対応が可能という国内生産のメリットを最大限発揮させ、それによってグローバル競争に対抗する戦略である。
第2はニッチ戦略である。国際化等、大規模事業を展開・志向する企業が市場規模の狭隘さから注目しない市場に経営資源を集中させ、そこで確立した優位性をベースに隣接市場へ漸次参入する堅実型成長戦略である。
第3は高付加価値戦略である。技術的ブレークスルーを実現し、知的財産権やブラックボックス化によって権利保護を確立したうえで、安全性や利便性等、顧客訴求力の高い製品・サービスを世界的なコモディティー競争に巻き込まれることなく一定の利潤のもとに提供する差別化戦略である。なお、標準化戦略、すなわち、市場シェアを可及的速やかに増大させ、デファクトスタンダードの地位を確保するオーブン化戦略については、特許プール等によって供給制約が可能でない限り、コモディティー化のリスクが払拭されない。このため、標準化戦略は、高付加価値戦略の一環として推進される場合以外、有力な方策とは言い切れない。

一方、こうした企業・産業の取り組みが成功を収めるためには、政府は、規模の利益や資源集中の利益を追求する従来型の工業発展型システムから、技術立国型システムへの転換を早急に推進・完了させる必要がある。具体的には次の3点が転換政策の中核となる。
第1はグランド・デザインを明確に打ち出し、国民各層の力の結集を実現することである。明確な目標と目標達成による具体的なメリットを明示し、経済再生に対する国民の支持と期待に支えられた前向きのモメントを生み出す一方、明瞭な里程標の設定とその厳守によってシステム転換に対する国民の自信を裏打ちする必要がある。
第2は技術立国を実現する制度的枠組みの整備である。すなわち、基礎研究から応用研究や技術開発、さらに新製品・サービス開発に至る研究開発段階から、市場・需要創出による事業化プロセスや事業の成長・発展段階まで、新機軸をもとにした一連の経済・企業発展モデルを早急に浸透・定着させることである。具体的には、まず、アメリカのNASA等で開発・採用され効率的研究推進を実現した競合国立研究所の民間委託型運営システムの活用、次いで、研究成果の事業化プロセス強化策としてTLO制度やSBIR制度の適用対象・範囲・分野の拡大や財政支援の飛躍的拡充、さらに、権利保全システム強化策として、IT時代に即応した知的財産権法制度の構築と権利侵害に対する可及的速やかな権利救済・侵害排除システムの強化がある。
第3は、スピード戦略やニッチ戦略、あるいは高付加価値戦略等、国内経済の活性化に貢献する積極的な企業や個人の取り組みを支援するスキームの構築である。具体的には、まず、a.支配的事業者と非支配的事業者によって異なる偏務的規制を課す等によって、実質的に市場競争原理の貫徹を目指す徹底した競争政策やb.インセンティブ税制、すなわち、アメリカLLC制度等、事業遂行に掛かる租税負担を軽減し、先進各国のみならずわが国周辺諸国対比でみても相対的に低い水準としたり、研究開発投資に対する積極的減税策等、さらにc.規制撤廃や官民の役割見直しによる潜在的市場の開放が重要である。なお、潜在的市場の開放については、教育をはじめとして、憲法上サービスの提供・給付が明記されている等を論拠に公的セクターの責任とし、民間セクターの給付は違憲・違法との考え方が依然根強いものの、公的サービス提供の必要性と提供主体の問題を必然的に同一視すべきであるとする考え方こそ根拠に乏しい。
こうした観点からみると、近年、様々な改革メニューが策定されてきたものの、特定分野の部分的処方箋にとどまり、総合的なグランド・デザイン構築に至らないケース、あるいはグランド・デザインの構築が志向されながら、明確な目標や具体的メリットが不明瞭なケースや明快な里程標が脱落しているケース、さらに、近時の構造改革論議にみられる通り、改革に焦点を当てた結果、需要減退や総供給の増加を増幅させ現下のデフレ・ギャップを一段と深刻化させるリスクが大きいケース、あるいは内外の情勢変化が進展するなか、体制の弾力的見直しが行われていないケースが少なくない。 例えば、IT国家構築に向けたeジャパン戦略をみると、まず第1の目標として、高速通信サービスや超高速通信サービスの普及が掲げられているものの、現下の韓国をみるまでもなく、高速サービスの普及と経済競争力の強化とは必ずしも連動しない。とりわけ、eジャパン戦略でひとつのターゲットと位置付けられたBtoB やBtoC等のEC取引についてみると、このところアメリカでは中止・縮小等、EC取引を見直し、従来型取引を改めて重視する動きが拡がっている。
一方、eジャパン戦略が重点を置くe教育の充実にしても、IT先進国のアメリカでは、検索サービス等をうまく活用し安易にレポートを作成する傾向が助長され必ずしも思考力の強化に結び付いていないとして、少なくとも基礎教育段階でのさらなるe教育拡充に消極的な動きが台頭している。そうした情勢下、わが国ではむしろ高速通信サービス拡大のための通信インフラ整備やe教育施設の拡充等、従来型有効需要政策の議論が依然根強い。以上の議論を踏まえてみれば、現時点でのeジャパン戦略は、IT革命に伴うグローバル競争の激化を直視し、わが国経済・企業の競争力再生の実現に向け、IT経営手法の導入促進、あるいは阻害要因の排除に向けた環境整備や方策の制度化、さらに導入成功によるメリットの明確化と具体的な目標や明快な里程標の設定こそ最大の焦点として、スキームを組み替えるべきである。
わが国経済は現時点でも依然強力な国際競争力を保持している。しかし、金融・株式市場の流動化や国際化が飛躍的に進展した今日において、マーケットの信認を喪失した場合、きわめて深刻なダメージに直撃される懸念が大きい。わが国経済の実力に対する疑念が一段と内外で浸透するなか、正確な現状認識への転換とわが国経済・産業再生に対する市場内外の信認確保に向けた政府の明確なメッセージは喫緊の課題となっている。
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