Business & Economic Review 2002年03月号
【REPORT】
どうすれば日本の競争力が高まるのか-産学連携からみた三つの戦略
2002年02月25日 創発戦略センター 金子直哉
要約
- 日本の競争力が低下している。アメリカと比較した場合、実質GDP成長率、労働生産性上昇率、技術貿易額のいずれにおいてもアメリカが日本を上回る結果となっている。世界貿易輸出額は東アジアがシェアを拡大しており、特に中国製品が生産額、生産量で上位を占めるようになっている。「アメリカに離され、アジアから追い上げられる」、これが日本の競争力の現状である。
- アメリカの競争力の源泉は、その圧倒的な研究力にある。資金、人材、成果のすべてにおいて、アメリカの研究力は他を圧倒している。これに対し、日本はこれまで製造力で勝負してきた。しかしこの製造力が、東アジアの急追を受けている。日本はこれまでのパラダイムを転換していく必要があり、「製造力による差別化」から「研究力による差別化」へ移行していかなければならない。
- 日本では、企業(産業界)が「研究」と「製造」の両方を支えてきた。しかしこれからは企業がすべてを支えることはできなくなる。市場構造が「生産者主権」から「消費者主権」に変わり、生産者が同一製品を大量に販売する時代から、消費者が個別ニーズに応じて製品を選択する時代に入ったためである。
- 消費者主権市場の最大の特徴はニーズの多様性にあり、この市場ニーズの多様性が企業に「開発リードタイム」と「製品ライフサイクル」の短縮をもたらしていく。このため、企業は生き残りをかけて自社の戦略分野に研究資源を集中して投入するようになっており、結果として企業の研究領域は狭まっている。
- したがって、日本がこれから「研究」で勝負していくためには、企業だけでなく大学や研究所の力を結集する必要があり、そのための新たな連携の仕組みを構築しなければならない。具体的には、大学は「知的財産の提供者としての役割」を、研究所は「専門能力の提供者としての役割」を担っていく必要がある。
- 大学が知的財産の提供者としての役割を果たす中核となるのが「TLO(技術移転機関)」であり、本論では日本のTLO が活動を拡大していく仕組みとして、「スタンフォード大学」と「マサチューセッツ工科大学」というニつの成功モデルを提示した。
- 研究所が専門能力の提供者としての役割を果たす仕組みについては、アメリカで大きな成果を上げた「CRADA (Cooperative Research and Development Agreements)」という共同研究の仕組みを論じ、さらに連邦研究所における六つの知財活用事例を分析した。「企業との共同研究における研究所の裁量を高めること」、「研究所の求心力と連携力を高めること」がポイントになる。
- そのうえで、大学が知的財産の提供者としての役割を担い、研究所が専門能力の提供者としての役割を果たすようになった時、「大学の知的財産や研究所の専門能力」と「産業界のニーズ」を結合する役割が必要になる。アメリカでは大学の教授や学生などが転じた「アントレプレナー(個人起業家)」がこの役割を担っている。しかし日本では、アントレプレナーを輩出する環境がまだ十分に整っていない。
- そこで新たな戦略が必要になる。「イントラプレナー(社内起業家)」の活用である。日本ではこれまで企業が「研究」と「製造」の両方を担ってきた。その結果、各企業の中に、研究シーズと事業ニーズをつなぐ優秀な起業人材が偏在している。日本の研究力を高めるために、大学が知的財産を提供し、研究所が専門能力を提供する動きに応え、企業は自社の優秀な起業人材を産学連携の前面に押し出さなければならない。
- こうして、大学、研究所、企業の力を全て結集した時に、日本は「モノづくりの国」から「知恵づくりの国」へと変貌を遂げることができる。

