Business & Economic Review 2002年02月号
【STUDIES】
東アジアの自動車産業の展望と課題-完成車メーカーのグローバル戦略からの考察
2002年01月25日 調査部 環太平洋研究センター 高安健一 、調査部 環太平洋研究センター 森美奈子
要約
- 1990年代中ごろまでASEAN を中心とした東アジアでは、政府と完成車メーカーのいずれもが、 national economy を自動車産業が存立する単位として想定していた。ところが、90年代後半になると、自動車産業育成に対する各国政府の役割は急激に低下し、完成車メーカーのグローバル戦略の重要性が飛躍的に高まった。
- 自動車産業は、グローバル規模で最適な調達、生産、販売体制を構築することが難しい産業である。しかしながら、98年から99年にかけて主要な完成車メーカーが資本関係を伴った戦略的提携に踏み切ったことを契機に、世界の多くの国・地域において市場ニーズに対応すべく多様な車種を投入できる体制を構築しようとする動きが活発になった。
- 完成車メーカーは、グローバルな事業展開を効率的に進めるために、規模の経済性を発揮して得られるセントラリゼーションのメリットと、各国・地域のニーズに対応した商品の投入というローカリゼーションをバランスさせる必要がある。そして、グローバル戦略を展開するためには、a.国際競争力のあるサプライヤーの集積、b.グローバル・オペレーションのためのマネジメント・システム、c.情報通信ネットワークの活用という三つの条件が不可欠である。
- 完成車メーカーの事業展開を、自国の自動車産業の発展に活用することに成功したのがタイである。タイは、日本企業を中心とする多国籍企業の直接投資と技術移転によって東アジア(日本を除く)第3位の自動車生産国となり、ASEANの主要自動車生産国のなかで唯一自動車輸出を軌道に乗せた。しかし、技術移転という観点からみると、「生産拠点」としての生産管理技術が移転された段階にとどまっている。
- 完成車メーカーは、タイをa.1 トンピックアップトラックなど特定車種の世界への供給拠点、b.ASEAN 域内の生産活動の中核的な拠点、と位置付けようとしている。そのために、生産準備や生産プロセスにおいて現地化を推進すると同時に、部品や素材の現地調達率の引き上げを目的に、部品の詳細設計や設計変更の機能をタイに移転する可能性が高まっていることが注目される。
- 今後、タイのサプライヤーに求められる条件は、a.国際水準での品質、価格、納期の達成、b. タイで完成車メーカーと共同開発を行うことができる設計・開発能力、c.グローバルな供給体制、d.情報通信インフラの整備、などである。地場部品メーカーは、国際レベルの生産管理能力や品質管理能力を身につけなければ生き残ることは難しい。
- タイにおいて自動車産業が発展した要因として、政府が適切な外国企業向けの投資誘致策を推進したことをあげることができる。しかし、今後、多国籍企業のグローバル戦略とリンケージを深め、より付加価値の高い機能を担いながら発展を続けるためには、生産高度化を担う人材の育成、情報通信分野でのボトルネックの解消が重要な課題となる。とりわけ、情報通信ネットワークがグローバル戦略に重要な役割を果たすようになるなかで、情報通信分野におけるインフラ整備と人材育成が、今後の産業発展を支える基盤の一つとして重要性を増してきている。
- 日本を含む東アジアの自動車産業の国際分業体制を展望すると、第1に研究・開発機能は今後とも日本に集中することになろう。先進国(日本)に集中する機能とアジアに移管する機能を、今後2~3 年間のうちに投入される車種について検討すると、地域戦略を展開する範囲において必要な設計・開発機能は移転されるが、それ以上のものではない。第2に、労働集約的な製品の生産は日本から東アジアへシフトすることになろう。これは、賃金水準が東アジアと比較して著しく高いことに加えて、新規労働力の供給という点でも日本は大きな制約に直面しているためである。
- ASEAN においては、タイが自動車生産国としての地位をさらに高めることが予想される。しかしながら、その生産台数はメキシコ、ブラジル、ポーランドなどの新興成長地域の中核自動車生産国をはるかに下回っている。タイは年間100万台近い生産能力を持っているものの、それを有効活用できていない。その裏返しとして、完成車メーカーが新しい車種の生産をタイで計画している面もあろう。
- アジアにおける自動車産業の発展は、市場主導型か、政府介入型かという二分法ではとらえきれない。今後の東アジアの自動車産業を展望する際に注目しなければならないのは、市場主導型のタイ、政府介入型のマレーシアともに完成車メーカーのグローバル戦略の影響を受けるということである。
- 東アジア諸国の政府が取り組まなければならないことは、柔軟性に富んだ自動車産業の形成である。東アジアの自動車産業は、産業基盤が脆弱であるにもかかわらず、a.市場構造の変化、b.完成車メーカーの戦略、c.技術革新、d.販売台数や為替レートの急激な変動、などに柔軟に対応しなければならない。その鍵を握っているのが、外国の一次サプライヤーであり、その誘致と活用に注力すべきである。
- 今後10年ほどを展望すると、完成車メーカーはますます国境を意識しない事業展開を推進するであろう。これに合わせて、東アジア諸国の政府も、自動車産業がnational economyの枠内で完結しなければならないという固定観念を捨てる必要がある。東アジアにおいて2010年時点で生産される自動車は、それがどの国で生産されたかを問わず、着実にmade in Asia の比率を高めているであろう。

