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Business & Economic Review 2005年08月号

【OPINION】
BRICsの台頭とわが国企業のグローバル経営

2005年07月25日 調査部 環太平洋戦略研究センター 上席主任研究員 高安健一


わが国の企業と投資家の間で「BRICs」に対する注目が高まっている。BRICsとは、長期間にわたり先進国を大きく上回るペースで経済成長することが期待されるブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の頭文字をとった造語である。アメリカの証券会社であるゴールドマン・サックス社のエコノミストが、2003 年10 月に発表した投資家向けリポートのなかで用いて以来、世界中で使われるようになった。

同リポートによると、BRICsの台頭により、世界の経済地図(購買力平価で計測した米ドル建ての経済規模)は大きく塗り替わる。2039年には、4カ国の経済規模は主要先進6カ国(アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア)の合計を上回る。2050年の国別の経済規模は、中国、アメリカ、インド、日本、ブラジル、ロシアの順となる。わが国は、2016年に中国に抜かれ、2050年の経済規模はその15%になると予測されている。

確かに、BRICs の台頭を実感させる出来事は多い。中国は、わが国を抜いて世界第3位の貿易大国となった。中国とインドでは、消費市場が順調に拡大している。中国とロシアは、世界の原油市況に大きな影響を及ぼす存在となった。中国やインドを対象とする投資ファンドの設定が相次いでいる。

しかしながら、冷静に考えてみると、わが国とBRICsの経済関係は他の地域よりも緊密とは言えない。わが国の貿易総額(2004年)に占める4 カ国のシェアは18.5%にすぎない。2003年度の対外直接投資(金額ベース)のうち、BRICs に向かったのは13.3%である。これに対して、アメリカとの貿易額は18.6%を占め、対外直接投資のシェアは29.3%に達した。さらに、わが国とBRICs を構成する4カ国の経済関係は均等に拡大しているのではなく、中国のシェアが圧倒的である。わが国にとって、東南アジア諸国連合(ASEAN)とアジアNIEs が重要な経済パートナーであることに今後とも変わりはないであろう。

わが国企業のグローバル戦略は、持続的な高成長と市場拡大が期待されるBRICsを抜きにしては成り立たない。しかしながら、それは、世界シェアを高めるために、BRICsに大規模な投資を集中すべきだとの意思決定には直結しない。わが国企業は、自らのグローバル戦略のなかにそれぞれの国を明確に位置付けたうえで、意思決定すべきである。

1.構造改革の進捗状況を重視する必要
昨今の中国の例が示すように、人口規模が大きい国が高成長を持続した場合、わが国企業は多くのメリットを享受できる。しかし、上記レポートに描かれているような勢いで、BRICsの経済規模が拡大するとは考え難い。購買力平価を用いて経済規模を国際比較した場合、企業の実感と乖離が生じることが多々ある。購買力平価は、為替レートの変動によるバイアスを取り除くために、各国それぞれの通貨で購入できる財やサービスの量が等しくなるように算出されたものである。開発途上国の場合は、市場為替レートよりも購買力平価で計測した経済規模の方が大きくなる傾向がある。

2003年の経済規模を市場為替レートで換算すると、BRICsの名目GDPはG6 の13.0%にすぎない。世界経済に占めるBRICsの割合は90年の7.6%から2003 年に8.1%へ微かに上昇した。経済規模の拡大ペースは国によって大きく異なる。ロシアは同期間に5,168億ドルから4,329億ドルに縮小し、ブラジルは4,620億ドルから4,923億ドルへわずかに拡大した。他方、インドは3,169億ドルから6,006億ドルへ倍増し、中国は3,546億ドルから1兆4,170億ドルへおよそ4倍となった。

世界の経済規模に関する議論は、アメリカを抜きに成り立たない。湾岸戦争が勃発した90年とイラク戦争が起きた2003年までの間に、その経済規模は5兆7,508億ドルから10兆9,485億ドルへ顕著に増加した。増加分の5兆1,977億ドルは、2003年における中国の名目GDPの3.7倍に相当する。世界全体の名目GDPは同期間に、21兆6,761億ドルから36兆4,606億ドルに増えたが、増加分である14兆7,845億ドルに占める国別の割合は、アメリカが35.1%、EUが18.2%、日本が8.5%、中国が7.2%であった。冷戦終結後の世界経済の拡大を牽引したのは、アメリカをはじめとする先進国と中国であった。

さらに、BRICsが今後長期間にわたり、近年のようなペースで経済規模を拡大させるとは考え難い。一人当たりGDPの増加につれて、成長ペースは鈍化するとみるべきである。

歴史的にも、経済規模の大きな国が高成長を長期間持続したことは稀である。アメリカの実質GDP成長率は、1870年から1913年にかけて年率3.9%であったが、第2次世界大戦後の1950年から73年までも同じく3.9%であった。わが国は、50年から73年にかけての高度経済成長期に年率9.3%と世界的に特筆される高成長を記録した。アジアNIEs については、韓国が9.6%(63~88年)、台湾が9.5%(63~87年)、シンガポールが9.7%(65~84年)と、わが国とほぼ同じ水準を達成した。しかし、東アジア諸国の場合も、一人当たりGDP が急増するにつれて成長ペースは鈍化し、石油危機などの外的ショックをきっかけに高度経済成長期は終焉を迎えた。2003年以降投資過熱が懸念されている中国は、95年を最後に二桁成長から遠ざかっている。

BRICsが高成長を持続するためには、経済の体質改善、構造改革に積極的に取り組まなければならない。人材育成、直接投資の持続的流入、産業基盤の整備、国内市場の拡大、生産性の向上などが鍵となる。さらに、4カ国は、予測される為替レートの大幅な増価に対応できる競争力を備えなければならない。人民元の切り上げを巡る議論に関して重要なことは、中国が自国通貨高に耐えながら貿易黒字を確保できるだけの競争力を蓄えられるか否かである。上記リポートでは、2050年までにBRICsの実質為替レート(real exchange rate)が年率で2.5%増価(累計で300%)すると見込んでいる。わが国の場合は、71年のニクソン・ショックから95年までの間に、1ドル=360円から同80円を上回る円高・ドル安に見舞われながらも、貿易黒字を維持してきた。アジアNIEsも同様の試練を乗り越えてきた。

2.低下する人口増加率、市場拡大に不可欠な所得格差の是正
BRICsの人口増加ペースは、今後、ブラジル、中国、インドの3カ国で急速に鈍り、すでに人口減少国に転じているロシアではマイナス幅が拡大する。まず、年平均人口増加率を、90年から2003年までの実績と2003年から2015年までの予測で比較すると、ブラジルが1.6%から1.1%へ、中国が1.0%から0.6%へ、インドが1.7%から1.2%へ低下する。ロシアにいたっては▲0.2%から▲0.5%へマイナス幅が拡大し人口減少に拍車がかかる。さらに、遠い先のことではあるが、2045年から2050年までの年平均人口増加率は、ブラジル(0.08%)とインド(0.26%)がかろうじてプラスを維持するものの、中国(▲0.37%)がロシア(▲0.85%)とともに人口減少国に転じる。国連の予測によれば、2050年時点の人口は、インド(15億3,144万人)、中国(13億9,518万人)、ブラジル(2億3.314万人)、ロシア(1億146万人)の順となり、インドが世界一の人口大国となる。

他方、アメリカの年平均人口増加率は、90年から2003年の1.2%から2003年から2015年に0.7%へ低下するものの、G6のなかでは圧倒的に高く、かつ中国を上回る。

わが国は、同期間に0.2%から▲0.2%に落ち込み、人口減少国へ転じる。2045年から2050年までの年平均人口増加率は、アメリカが0.41%とプラスを維持するものの、わが国は▲0.55%へと落ち込む。

BRICsの市場規模の拡大は、高成長が持続している間に、どの程度所得格差を是正できるかという点に大きく左右される。人口大国の場合は、たとえ国民の多くが低所得者層に属していても、一定規模の高所得者層が短期間のうちに台頭すれば市場規模は急拡大する。しかし、市場が長期的、かつ安定的に拡大するためには、一人当たりGDPの増加と所得格差の是正が同時に達成されなければならない。周知のように、わが国の場合は、高度経済成長期に所得格差が縮小したことが、耐久消費財の普及率向上に寄与した(ただし、80年代中頃からジニ係数が上昇しており、所格格差は拡大している。韓国についても97年の経済危機後に格差が広がった)。

ロシアを除くBRICsが大規模な貧困層を抱えていることは紛れもない事実である。1日当たり2ドル以下で生活している層の総人口に占める割合は、インドが79.9%(99年~2000年度)、中国が46.7%(2001年)、ブラジルが22.4%(2001年)である。所得格差を把握するための代表的な指標であるジニ計数(高いほど所得格差が大きく、最大は1)をみると、ブラジルが0.593(2001年)、中国が0.447(2001年)とかなり高い。インドは0.325(99年~2000年度)であり、大規模な貧困層を抱えながらもジニ係数はさほど大きくない。ブラジルでは、貧困層の割合は国民の4分の1以下に低下したが、所得格差は4カ国のなかで最も顕著である。中国は、貧困層が国民の半分弱を占め、かつ所得格差が拡大している。

所得格差については、その背景や社会的影響にも目を配る必要がある。例えば、アメリカのジニ係数(2000年)は0.408で中国とほぼ同じ水準である。しかしながら、アメリカでは、個人の力量と努力で経済的成功を達成することが社会的に評価され、かつ社会的弱者へのソーシャル・セーフティネットが公式、非公式に整備されている(ただし、近年、所得格差が固定化している)。このため、所得格差に起因する社会的、政治的不満はあっても、政治体制や政権を揺さぶることにはならない(もちろん、所得の絶対水準は中国よりはるかに高い)。他方、中国では一人当たりGDPが増加しているものの、所得格差の多くが汚職、腐敗などに起因していると推測され、社会的、政治的な不安定要因となりうる。

3.高まる国際的な発言力
(1)通商交渉におけるプレゼンスの拡大
わが国企業は、通商交渉においてBRICsの発言力が増していることを十分に認識すべきである。第1は、国際貿易機関(WTO)などの通商交渉における影響力の増大である。2003年にメキシコで開催されたWTO 閣僚会議では、中国、インド、ブラジルの3カ国が開発途上国を結集したC20 を主導し、先進国に対抗した。これが一因となり、新ラウンドの開始を合意することができず、わが国企業の関心の高い投資環境 分野等の協定締結が先送りにされた。

第2は、BRICs が当事者となる通商摩擦である。アメリカと中国の通商摩擦が激化していることがその一例である。アメリカが2004年に計上した6,177億ドルの貿易赤字の4分の1に相当する1,620億ドルを中国が占めた。アメリカの議会や産業界には、対中輸入制限や人民元切り上げを求める声が急速に強まっている。米中通商摩擦は、中国の生産拠点からアメリカへ輸出しているわが国企業にとってリスク要因に他ならない。

第3は、自由貿易協定(FTA)に関わるBRICs の対応である。仮に、中国、ロシア、インドの3カ国が相互にFTA を締結すれば、ユーラシア大陸を南北に縦断する25億人の市場が誕生することになる。中国とインドの2国間FTA だけでもかなりのインパクトがあろう。地理的制約などによりFTA締結の経済効果は限られるにせよ、間違いなくわが国企業の戦略に修正を迫ることになろう。また、3カ国の関係緊密化は、戦後のわが国外交の基軸となってきた日米関係を揺さぶるのみならず、97年頃より注目を集めるようになった「東アジア共同体構想」の影を薄くするものである。

(2)国際政治におけるプレゼンスの高まり
BRICs の国際社会における発言力は着実に高まっている。4カ国は大国意識、そして地域のリーダーとしての自負をもっている。中国、ロシア、インドは核兵器保有国である。中国とロシアは国連安全保障理事会の常任理事国であり、サミット(主要先進国首脳会議)やG7先進国中央銀行・財務相会談)への参加実績をもつ。インドとブラジルは、わが国と歩調をあわせて常任理事国入りを目指している。2001年9月の同時多発テロ以降、単独主義を強めたアメリカとしても、BRICs が連携を強めれば、その動きをこれまでにも増して重視せざるをえなくなろう。わが国としても、日米関係を良好に保つだけでは、連携を強めるBRICs に対抗するのは難しくなろう。

わが国が外交的見地から先手を打っておくべき事柄は三つある。第1は、BRICsの経済力の高まりが、軍拡やナショナリズムの高揚に転換することを防ぐべく、各国に自制を求めることである。東アジア諸国は、奇跡と呼ばれた経済発展を遂げた80年代から90年代中頃にかけて軍事支出を大きく増やした。そうした事態を回避するように繰り返し主張し、説得することが、わが国が常任理事国に選出された暁に重要な責務となろう。

第2は、BRICs を含む国々との間でFTA 締結交渉を加速させることである。シンガポールとタイは、日中韓のみならず、インド、オーストラリア、アメリカなどともFTA締結交渉を進め、輸出市場と対内直接投資の確保、およびリスク分散を図っている。また、ASEANは、域内に後発加盟国を抱えながらも、域内市場の自由化を資本や人の移動を含めて達成することを目指すとともに、中国およびインドと東南アジ ア友好協力条約(TAC)を締結し、安全保障面でリスクヘッジを図っている。

第3は、BRICsに対して、国際政治・経済の安定に責任と負担を負わなければならないことを自覚させることである。これは、わが国が第2次世界大戦後に経済発展を遂げた過程で欧米諸国から求められ、かつ明確に意識してきたところである。

4.対BRICs 投資の留意点
(1)グローバル戦略における各国の位置付けの明確化
BRICsへの関心の高まりは、わが国企業のグローバル戦略に、「超長期的」「多角的」「地政学的」視点を付加するという前向きの効果をもつ。国際協力銀行が実施したアンケート調査によると、わが国企業(製造業)は、長期的(今後10年ほどを想定)に有望な投資先としてBRICs を認識しており、その順位は中国(1位、341社)、インド(2位、164社)、ロシア(6位、82社)、ブラジル(8位、37社)とった。

グローバル戦略を構築するにあたり、市場の大きな国を重視することは当然である。しかしながら、目標とする世界シェアを獲得するためにはBRICs を重点的に攻略しなければならないと身構える必要はない。BRICsに共通する点は、人口の多さ、市場規模、潜在的な成長力、豊かな資源、海外から直接投資や証券投資を引き付ける可能性などであろう。しかしながら、これらの事項についても、国ごとの差はかなり大きい。所得格差の程度、外国直接投資の国内投資に占める割合、産業構造、貿易構造、貿易依存度なども違いがはっきりしてい。BRICs を一つのグループとしてとらえ、統一的な戦略を構築・適用することは困難である。重要なのは、企業が世界的規模で最適な生産・販売・物流体制を構築する作業を進めるなかで、それぞれの国の位置付けを明確にすることである。

加えて、わが国企業の視点から重要なのは、中国がその国際分業体制に急速に組み込まれつつある一方で、ロシア、インド、ブラジルとの相互依存が希薄なことである。わが国とBRICsとの経済関係は、四つの国々との間で均等に拡大しているのではなく、中国との関係が圧倒的である。直接投資、貿易、邦銀による貸出残高にしても、中国とその他3カ国では歴然とした差がある。わが国企業にとって、BRICs以外にも重要な国は多く、そうした国々も交えたうえでグローバル戦略を構築すべきである。先述のように、アメリカは今後とも最重点地域であり続けよう。人口規模の観点からは、ユドヨノ政権が誕生したインドネシア(2億4,680万人)も重視すべき国である。ASEANの経済規模(2003年)は6,868億ドルであり、中国の48.5%に相当する。近年の原油価格高騰を背景に資金繰りが急速に好転してきた中東も注目すべき地域である。

(2)三つのリスク要因
a.通貨・金融危機への警戒
BRICsでの事業展開に際しては、投資額や市場規模が大きいこともあり、通貨・金融危機への警戒を怠ってはならない。中国を除くBRICsは、90年代以降に経済危機に陥った経験をもつ。90年代初めにインドで外貨危機が発生したのを皮切りに、メキシコ(94年)、東アジア(97年)、ロシア(99年)、ブラジル(98年)、アルゼンチン(2001年)が通貨・経済危機に見舞われた。

足元のカントリー・リスクを、国際金融誌である「Euromoney」(2005年3月号、評価対象は185カ国、満点は100ポイント)で確認する、中国(51位、61.12ポイント)、インド(60位、56.34ポイント)、ロシア(61位、53.34ポイント)、ブラジル(68位、49.04ポイント)の順となり、カントリー・リスクが短期間のうちに顕在化する水準にはない。しかしながら、対外債務残高を比較的多く抱えている国、外貨不足を克服して間もない国、一次産品市況の影響を受けやすい国、投機色のある資金が流入している国などがあり、資本流出危機の火種はくすぶっている。

見過ごすことができないのは、通貨・経済危機が主要先進国側の要因によって引き起こされるリスクである。新興成長国の通貨危機は、先進国の金融引き締め期に発生してきた。82年の累積債務問題、94年のメキシコ通貨危機、97年の東アジア通貨危機などがこれに該当する。アメリカの金融政策次第で国際資金フローは容易に変化する。さらに、BRICsの資本市場が対外開放されるにつれて、98 年に破綻したアメリカのLong Term Capital Management(LTCM)社が引き起こしたのと同様の事件が繰り返されるリスクが高まる。当時、LTCMはロシア国債を大量に組み込んだポジション(ロシアなど割安な新興成長国の債券を買い、割高な米国債を売却)をとっていたが、債券価格が理論と逆の動きをしたことから巨額の損失を被った。こうしたリスクは、開発途上国に対するモニタリングでは把握できない。また、先進国の金融当局や国際通貨基金(IMF)などの国際金融機関が捕捉することも困難である。

昨今、BRICsを対象とした投資ファンドの設定が相次いでいる。先進国銀行による貸し出しも大きく増えている。こうした動きは、BRICsのカントリー・リスクが改善したことを反映したものであり、積極的に評価できる。しかし、当該国の経済パフォーマンスに対するパーセプションの変化や先進国側の要因により、資金の急激な流出がありえるという90 年代の教訓を忘れてはならない。

b.政治的安定性
外国企業にとって、投資先の国が政治的に安定していることは、円滑に事業を実施するうえでの前提条件である。政治的安定を選挙の実施を通じた政権交代が政治的、社会的混乱なしに行われることと定義すると、中国を除く3カ国はすでに達成している。

中国では、政権交代が制度化されておらず、経済活動に対する公権力の介入が顕著である。企業にとって、旧ソ連・東欧諸国などでみられたような社会主義体制の崩壊とその後の混乱は、大きなリスクである。一党独裁政権は、自らが政権を永続的に維持することを前提とした統治システムであり、政権の受け皿となる野党勢力の存在を認めていない。さらに、わが国企業にとっては、共産党の正統性が反日抗争と台湾統一に依拠していることが問題を複雑にしている。2005年4月に起きた反日デモは、日中両国政府が問題を解決できないことが、民間企業の活動を大きく制約した例として理解できる。

選挙による政権交代が制度として定着しているか否かは、経済面でも重要な意味をもつ。第1に、政権交代がありうる政治制度を選択した方が、経済政策に関する議論が活発になろう。一党独裁の場合、経済政策は往々にして経済合理性や国民の福祉向上ではなく、体制維持の観点から決定されてしまう。第2に、政府・行政の担当者が交代することを前提としたシステムであれば、不正が露呈される可能性が高く、政治腐敗を抑止する効果が期待できる。第3 に、政府による経済活動への有形無形の介入や、利権の硬直化を和らげることができる。第4に、台頭しつつある中間所得層の意向が政策に反映されるようになり、政府と国民の認識ギャップが埋まることが期待される。

このようなメリットがあるにせよ、現実に中国共産党が政治的多元性を取り入れる可能性は低いと思われる。中国では、今後とも長期間にわたり政治的安定を確保する制度を欠いた状態が続こう。仮に、広範な政治参加が許容される政治制度が導入されても、貧困や中央と地方の対立をはじめとする諸々の問題を解決することは容易ではない。

c.自社の経営資源の制約
BRICsを含むグローバル戦略を推進するにあたって、自社の経営資源の不足がネックになる恐れがある。例えば、自動車産業は世界シェアを高めるためにBRICsを含む多くの国々で大規模な投資を積極的に行っている。しかも、新製品を世界の多くの国々にほぼ同時期に投入することにより、市場シェアを高めることを狙っている。

しかし、ブラジル、ロシア、インド、中国のいずれをとっても、大規模な生産・販売体制を軌道に乗せ、ライバル企業に打ち勝つことは容易ではない。その実現には、多様な人材が必要である。例えば、現地の事情に詳しい人材、現地調達率の引き上げに取り組む人材、本社から工場の立ち上げ支援に派遣される人材、販売網の構築に携わる人材、現地政府との交渉を担当する人材、現地採用のスタッフを育成する人材をはじめとして、極めて多くの社員がかかわることになる。換言すれば、わが国自動車メーカーがASEANにおいて60年代から現在に至るまで40 年ほどの歳月を費やして積み上げてきた事柄を、3年程度で達成しようとしている。さらに、最終組立メーカーがBRICsを含むグローバル戦略を短期間で実現できるだけの体力を持っているにしても、部品メーカーに過大な負担がかかることは十分にありうる。

BRICsの台頭は、アメリカの景気拡大と軍事力の一極集中、欧州経済統合の完成、イスラム圏の拡大、通貨危機の頻発などとならんで、90年代以降の世界の経済・政治上の構造変化の一つとして位置付けられる。

歴史を紐解くと、過去に何度となく新興成長国が世界の衆目を集めてきた。アメリカは19世紀の新興成長国であり、欧州から活発な投資が行われた。1930年代には、アルゼンチンなどの中南米諸国に資金が向かった。60年代になると、日本が欧米諸国にとって新興成長国となった。90年代には、世界銀行グループの一員で開発途上国の資本市場育成を主な任務とする国際金融公社(IFC)が「エマージング・マーケット」(emerging markets)という表現を造り出し、ラテンアメリカや東アジアに資金が流れ込んだ。

新興成長国ブームに共通しているのは、先進国市場が早晩飽和状態に陥るとの展望に基づき、高いリターンが見込まれる新興市場へ投資しなければならないという一種の強迫観念の存在であろう。リスク許容度の高い資金がフロンティアを求めて新興成長国へ向かう一方で、往々にして構造問題が軽視され、通貨・経済危機が繰り返されてきた。先進国の企業、金融機関、投資家は、BRICs の成長力のみならず、構造改革や国際化の進展にも十分に注意を払わなければならない。

他方、わが国に目を転じると、かねてより「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」への移行が関心を集めてきた。つまり、貿易収支が赤字に転落しても、海外に保有する資産からの収益で食いつないでいけるとの議論である。現状は、貿易収支、投資収支ともに黒字を維持している。そうした発想の根っこには、少子高齢化社会の到来などにより国内の活力が失われても、BRICsを含む海外投資からの収益で年金生活を送ればよいとの打算があるように思われる。しかしながら、わが国は米英のようなグローバルな資産運用に資する国際金融センターをもっておらず、年金生活を支える資産運用機能は心もとない。BRICsの台頭は、わが国に対して、年金生活を潔しとするのではなく、産業競争力の強化を実直に進めることの大切さを示唆しているように思える。わが国の政策課題は、BRICsを上回る国際競争力を維持し続けることである。
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