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アジア・マンスリー 2009年12月号

回復するものの勢いを欠く2010年のアジア経済

2009年12月01日 調査部環太平洋戦略研究センター



2010年のアジア各国は内外需の回復を受けてプラス成長に転じるものの、先進国の景気が低迷する影響により、力強さを欠くものと予想される。中国は内需拡大に支えられて9%の成長が期待される。

1.2009年のアジア経済
 世界経済後退の影響によりアジア経済は2008年秋口より著しく減速したが、2009年半ば以降回復傾向を強めている。中国では内需の拡大により、7~9月期に前年同期比8.9%となった。

■景気は急減速から回復過程へ
(1)内需が下支えしたアジア経済
世界経済の後退の影響を受けて輸出が2008年秋口以降急減速したため(右上図)、輸出依存度の高いNIEsやマレーシア、タイなどで景気が著しく減速した。2009年1~3月期の実質GDP成長率(前年同期比、以下同じ)は台湾▲10.1%、シンガポール▲9.5%、香港▲7.8%、タイ▲7.1%、マレーシア▲6.2%、韓国▲4.2%となった(右中図)。台湾では輸出の急減に伴い固定資本形成が大幅に落ち込み、失業率が2008年9月の4.3%から2009年3月に5.8%へ急上昇した。また、マレーシアやタイなどでは一次産品価格の下落により農村部の消費が落ち込んだほか、とりわけタイでは不安定な政治情勢が続いた影響が重なり、消費が冷え込んだ。
その後、内外需が徐々に持ち直したことにより、7~9月期のシンガポールと韓国(速報値)の成長率がともに0.6%とプラスに転じたほか、タイやマレーシアでもマイナス幅が縮小するなど、景気の回復傾向が強まっている。
回復の要因としては、各国で金利が相次いで引き下げられたこと、公共投資の拡大や消費刺激策、農村対策、セーフティネットの拡充など積極的な財政政策が実施されたことのほか、後述するように中国の内需振興策を受けて、対中輸出が急回復してきたことが指摘できる。
他方、インドネシア、インド、中国などでは減速したものの、内需が底堅く推移したため(右下表)、景気の大幅な減速を回避することができた。
インドでは輸出依存度(輸出/名目GDP)が低いため海外経済の影響を受けにくい上、民間消費と総固定資本形成がプラス成長を維持したことと輸入が大幅に減少したことにより、4~6月期の実質GDP成長率が1~3月期の5.8%を上回る6.1%となった。総固定資本形成の増加には、インフラプロジェクトの進展が寄与している。同国では電力不足や港湾、道路などの物流インフラの未整備が持続的成長を遂げる上での足枷となっている。例えば、ニューデリーとムンバイ間には高速道路がないため輸送に時間がかかるほか、ムンバイでは貨物輸送量が取扱い能力を超えたためコンテナが山積みされるなどの問題が生じている。このため、幹線道路の建設、港湾能力(とくにコンテナターミナル)の拡充、各港湾と主要工業団地を結ぶ道路網の整備などが進められている。
また、消費が底堅く推移していることには、金利の低下に加えて、政府による①貧困対策(債務の免除、穀物買い付け価格の引き上げ他)、②公務員給与の引き上げ、③付加価値税率の引き下げなどの効果が指摘できる。こうした景気刺激策に加えて、自動車メーカー各社が相次いで新車を投入したため、乗用車販売台数が7月以降2桁の伸びを続けており、これが製造業生産の回復につながっている。
中国経済はグローバル経済とのリンケージが強まったことにより、世界経済後退の影響をこれまで以上に受け、1~3月期の実質GDP成長率が6.1%へ低下した。とくに輸出が2008年秋口以降急減速したため、輸出企業の集中する沿海部がその影響を最も受け、上海市、浙江省、江蘇省などでは工業生産ならびに固定資産投資が著しく減速した。これらの地域では企業倒産やレイオフなどが相次ぎ、農村からの出稼ぎ労働者の失業増加が社会の安定を損なう恐れが出てきたため、政府はマクロ政策の目標を従来の「景気の過熱防止」から、「安定的で比較的速い経済発展の維持」に変更した。成長の確保に向けて、インフラ投資の拡大や消費の刺激が積極的に図られた(詳細は「中国」参照)。消費刺激策として実施されたものには減税、家電製品購入額の13%を補助する「家電下郷(家電を農村に)」プロジェクト(対象品目・地域は徐々に拡大)、自動車とバイクの購入支援(3月1日の購入分より)などがある。
積極的な内需振興策が功を奏し、成長率が4~6月期7.9%、7~9月期8.9%へ上昇したように、景気は急回復を遂げた(1~9月期は前年同期比7.7%)。内需の成長への寄与度が2008年の8.2%(最終消費4.1%、総資本形成4.1%)から2009年1~9月期は11.3%(最終消費4.0%、総資本形成7.3%)へ上昇し、外需の落ち込み(▲3.6%)をカバーした。
世界経済後退の影響を受けて輸出産業の集積する華南(広東省、福建省)や華東(上海市、江蘇省、浙江省)地域の経済は大幅に減速したが、沿海部でも天津市や遼寧省、内陸部では多くの省が10%を超える成長を続けたのは注目される。中国全体の成長に対する各地域の寄与率を試算すると、華南+華東が2007年の36.7%から2009年(1~9月期)に30.5%へ低下し、それ以外が63.3%から69.5%へ上昇した。
内需主導の成長へシフトするなかで、内陸部のプレゼンスが増した。しかも、この傾向は長期的にも確認できる。1979年から2008年の省級行政区の域内総生産額をもとに、東部、中部、西部のシェアを算出すると、東部のシェアは2006年の59.7%をピークに低下し2008年に58.4%となった一方、内陸部のシェアが上昇した。内陸部の固定資産投資の伸びが東部を上回り始めたことによる。固定資産投資総額に占める東部のシェアはピークとなる94年の65.2%から2008 年には53.7%へ低下し、内陸部のシェアは34.8%から46.3%へ上昇した(右上図)。この要因として、①東部では投資が一定水準に達したため新規投資が伸び悩んだこと、②投資過熱の抑制を目的に実施された投資抑制策の影響が東部に集中的に表れたこと、③生産コストの上昇した東部から内陸部への生産シフトが進んだこと、④内陸部の地域開発が本格化し始めたこと、⑤最近の景気刺激策が農村や内陸部で重点的に実施されていることなどが指摘できる。

(2)対中輸出がアジア諸国の景気回復を牽引
今回の景気回復過程で特徴的なことは、中国の内需拡大が中国の成長を支えただけではなく、アジア諸国の輸出を誘発してその景気回復に寄与していることである。
90年代以降中国が高成長を遂げるなかで、アジア各国の対中輸出が急増するとともにアジア域内貿易が拡大してきた。域内貿易が拡大した要因の一つは、日本、韓国、台湾からの生産シフトにより中国が「世界の工場」としての役割を強め、日本やNIEsからは中国国内で調達できない原材料、部品、機械設備などの生産財、ASEAN諸国からは天然ゴム、パームオイルなどの一次産品や電子部品、半導体の輸入が増加したことである。「最終組み立て工程」を中国が担い、他の工程をアジア諸国が担う国際的な分業関係が形成された。もう一つの要因は、中国国内における最終財に対する需要の拡大である。所得水準の上昇を背景に国内の消費市場が拡大しており、これが各国の対中輸出の増加につながっている。
このように、アジア諸国の対中輸出は、①中国の世界市場向け生産から派生する需要、②中国国内における最終需要からなり、近年まで前者の割合が高かったと推測される。実際、アジア諸国の対中輸出は中国の工業生産と輸出が減速したのに伴い急減した。その後、中国政府による消費刺激策の本格化に伴い「市場としての役割」が強まり、各国の対中輸出が増加に転じている。台湾では液晶パネルや半導体などのIT関連機器を中心に対中輸出が急回復している。
韓国と台湾ではすでに中国が最大の輸出相手国になっているが、マレーシアでも2009年に中国が最大の輸出相手国になる見込みである。

2.2010年のアジア経済

■回復基調が続くものの、勢いを欠く2010年
前述したように、アジア各国では内外の景気対策に支えられて、2009年半ば以降回復傾向を強めている。2010年のアジア経済は、各国で引き続き景気を重視した政策(景気対策の規模は2009年を下回る)が実施されることや新興国では安定的な需要拡大が期待されること(中国以外の国では対中輸出の増加)などを背景に成長が続くものの、景気対策効果の減退や先進国の景気低迷(2010年の成長率は米国が0.6%、EUが0.2%になると前提)などが予想されるため、総じて勢いを欠くものとなろう。以下に述べるように、中国(9.0%)、インド(7.4%)、ベトナム(6.2%)を除けば、2~5%台の成長になるものと予想される(右上図、付表参照)。
NIEsでは、韓国と台湾が3%台後半の成長になるものと予想される。輸出が本格的な回復にいたらないため設備投資の回復が限定的となるほか、2010年予算の伸びが前年よりも抑制される見込みであるため、総固定資本形成の伸びは小幅となろう。消費に関しては、2009年に導入された自動車買い換え減税(2009年末で終了予定)により押し上げられた分の反動が表れるほか、次に指摘する所得・雇用環境の改善の遅れがネックとなり、2~3%の伸びにとどまる公算が大きい。韓国では景気の急回復により失業率が低下(10月現在、季調済で3.4%)し始めたが、①新規雇用の多くが臨時雇用であること、②レイオフを回避する目的でワークシェアリングが実施されてきたこと、③家計の「非消費支出」(社会保険、税金、利払いなど)の負担が増大していることなどが、消費の抑制要因として作用する。台湾では失業率が上昇し続け、2009年9月現在、6.09%(季調済)である。輸出の回復に伴い今後低下していくものの、危機前の水準に戻るにはまだ多くの時間を要する上、2009年に前年比大幅減になった所得の回復も十分に進まないと考えられる。
香港では他国よりも輸出の回復が遅れていることに加え、資産効果により2009年半ば以降回復傾向を強めた(7~9月期は前年同期比でプラス)個人消費が2010年に減速していくことなどにより、2.1%の成長となろう。
 ASEANのタイ、マレーシアでは輸出の回復が期待されることに加えて、タイでは「タイ強化戦略」(2010年に5,000億バーツ強のプロジェクトが実施される計画)、マレーシアではインフラ整備を含む600億リンギの経済対策などが実施されることなどにより、それぞれ3.2%、3.6%の成長になるものと予想される。フィリピンでは個人消費の安定的な拡大と財政支出の拡大などに支えられて3.4%の成長となるであろう。他方、インドネシアとベトナムでは個人消費が引き続き堅調に推移すること、投資の回復が見込めること、引き続き景気刺激策が継続されることなどにより、前年を上回る5.3%、6.2%となる見通しである
インドでは、インフラ関連投資が増加することや一連の財政刺激策(公務員給与の引き上げ、農民の債務免除、付加価値税の税率引き下げなど)の効果が引き続き見込めることなどから内需の伸びが高まる上、輸出も前年比10%程度の伸びが期待されるため、2010年度の成長率は7.4%になるものと予想される。降雨量減少による農業の不振が農村部の所得・消費にマイナスの影響をもたらすことが懸念されるが、これは農村部に対する政府の多様な支援策によって相当程度相殺されると考えられる。
中国では足元で成長が加速する一方、金融緩和策に伴う過剰流動性やインフレなどが懸念されつつあるため、胡錦濤政権の経済政策スタンスは2009年の成長最優先から、景気回復を持続させつつも、過熱の事前防止にも注力する方針へと移行するものと想定される。現在推進されている景気対策のうち、2010年分の投資プロジェクトが予定通り執行されるほか、金融政策では引き続き緩和政策が維持されるであろう。ただし、インフレ期待の抑制を目的に1回程度の基準金利の引き上げと為替政策における小幅な元高容認などが考えられる。こうした景気刺激策の継続により、内需の順調な拡大が続くこと、輸出もアジアを含む新興国などを中心に前年水準を上回ることにより、2010年は9.0%成長となる見通しである。

■今後のリスク要因
今後のリスク要因としては、第1に、原油価格が再び上昇していることである。最近、アジア諸国の一部で、①金融緩和の長期化により不動産価格の高騰、②食料高騰によるインフレ懸念の台頭などを理由に流動性を抑制する動きがみられる。このため、原油価格が一段と上昇すれば、インフレ期待の抑制を目的に、政策金利が引き上げられる可能性がある。
世界的に景気の低迷が続くため原油価格の大幅な上昇には至らない(アジア通貨高が輸入インフレを一定程度抑制)と思われるが、原油価格が高騰すれば、経常収支の悪化、インフレ、金利上昇などの負の連鎖が生じることになりかねない。また、韓国では近年住宅ローンが増加した結果、家計の債務が膨らんでおり、金利の上昇は家計を圧迫する。
第2は、財政赤字の拡大である。2009年の積極的な財政政策により、各国の財政収支の悪化は避けられない。とくにインドでは財政赤字が膨らんでおり(右図)、2009年度の赤字額は対GDP比▲6.8%になることが見込まれる。財政赤字の拡大は長期金利の上昇を通じて民間需要を抑制することになる。各国政府は引き続き景気を重視した政策を継続しつつも、財政の健全性を確保する目的から2010年の予算の伸びを前年よりも抑える方針であるが、今後の景気動向如何では財政赤字が膨らむ可能性があるといえよう。
第3は、政治情勢不安定化のリスクである。この点では、タイの政治情勢を引き続き注視していく必要がある。現在もUDD(反独裁民主同盟)による反政府運動が続いており、2009年9月にはタクシン元首相の恩赦を求めて300万人の署名を集めた。11月にはタクシン元首相がカンボジア政府の経済顧問に就任、プノンペン入りしたことに対しタイ政府が在プノンペン大使を召還し、両国の海域共同開発に関する合意を取り消したため、カンボジアとの関係が悪化している。また、フィリピンでは2010年に大統領選挙が実施される。大統領選挙は円滑に実施されると予想されるが、現在のところ有力な候補者がいないこと、またかつてポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭により政治情勢が不安定化したことなどもあり、今後の動向に注意したい。
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