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アジア・マンスリー 2026年11月号

専門人材の渡航制限が中国の成長を下押す恐れ

2026年10月28日 古宮大夢


中国政府は9月、新たな出入国管理規定を施行した。技術流出を防ぐための人材の囲い込みは、海外の知識を取り込む機会を狭め、中長期的な経済成長を下押しする恐れがある。

■海外渡航制限の対象者を拡大
中国政府は9月15日、出入国の条件や審査手続きを具体化する新規定を施行した。新規定では、輸出管理・技術輸出入の規則に違反し、国家の産業・技術の安全を脅かす可能性がある中国国民に対して、商務部などが出国禁止を決定できる旨が明記された。

中国では、2013年に施行された出境入境管理法に基づき、刑事事件の被告人・被疑者や、未解決の民事事件について裁判所が出国を認めない者などは、出国制限の対象となっていた。また、中国国民については、国家の安全と利益を損なう恐れがあることを理由に、関係当局が出国を認めない場合も規定されていた。出国禁止とは別に、国家機密を扱う人員や公的部門の幹部らに対し、旅券の集中保管や渡航の事前承認による管理も行われてきた。今回の新規定では、経済安全保障面での出国制限が明確化された形となる。

こうしたなか、9月末には、AI・半導体分野の重要人材に課されていた海外渡航制限が、配偶者や子供などの家族にも拡大されたと報じられた。報道によれば、重要人材には、著名なAIスタートアップ企業の創業者、大手民間企業の主要幹部、中核的な研究開発人材などが含まれる。一律の出国禁止ではないものの、対象者とその家族は、短期の私的旅行や出張であっても、出国に当局の許可が必要とされる。

今回の規制強化の背景には、米中間の技術競争があると考えられる。生成AIなどの重要技術を巡る競争が激しくなるなか、中国政府は、技術だけでなく、それを生み出す研究者や技術者も戦略的な資産として重視しているとみられる。家族の渡航も管理することで、本人の海外移住や研究開発拠点の移転を抑制する狙いがあると考えられる。今回の報道で注目されるのは、公的部門に限らず、民間企業の重要人材やその家族にも管理が及んでいる点である。今回のような人材移動の制約は、これまで中国の成長を支えてきた技術吸収と生産性向上のメカニズムを揺るがす恐れがある。

■市場開放と技術吸収に支えられた中国の生産性上昇
経済成長に対して、生産性は大きな影響力を持つ。一国経済の生産効率を示す全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP)は、資本や労働の投入量だけでは説明できない生産の効率性を捉える推計指標であり、技術水準や資源配分の効率性などを反映する。

中国のTFPは、長期的に上昇してきた。背景には、改革開放後の市場化や民間企業の成長に加え、貿易・直接投資を通じて、海外の技術や経営ノウハウを取り込んできたことが指摘できる。加えて、農業から製造業などへの労働移動や、企業間の競争・新陳代謝も、経済全体の生産性向上を支えてきた。

もっとも、中国のTFPは主要国のなかでは依然として低い水準にある。Penn World Tableの推計によると、2023年の中国のTFPは米国の半分弱であり、ドイツをはじめとする欧州主要国、韓国や日本はもとより、タイやマレーシアの水準にも届いていない。背景には、非効率な資源配分や先進的な技術・経営手法の普及の遅れが挙げられる。国有企業への金融・制度面での優遇、地方保護主義、企業の参入・退出を妨げる仕組みなどが資源配分を歪め、資本や労働が生産性の高い企業・部門で十分に活用されていない。また、中国が電気自動車や半導体などの一部の先端分野で高い競争力を持っていても、そうした産業の先進的な技術・経営手法が経済の大宗を担うサービス業や中小企業などには普及していないことも、全体の生産性向上を制約する要因となっている。

■技術の囲い込みが中長期的に成長を阻害
技術流出を防ぐための人材の囲い込みは、生産性の先進国へのキャッチアップを一層遅らせる恐れがある。専門人材の渡航制限には、国内の研究開発人材を確保し、既存の技術的優位を守る側面がある一方、海外の知識を吸収したり、新たな技術を海外と共同で生み出したりする機会を狭める可能性がある。技術やノウハウの移転は、論文や設計図といった「形式知」の共有だけで完結するものではなく、対面での議論や共同作業、生産現場での経験を通じて共有される「暗黙知」が極めて重要である。渡航管理によって国際学会への参加や共同研究、海外企業との技術交流が遅延・見送りとなれば、こうした知識を吸収する機会が失われ、技術革新や生産工程の改善が遅れる恐れがある。さらに、渡航許可の取得に時間がかかったり、許可の見通しが立ちにくくなったりすれば、技術者の海外派遣や国際的な人材配置の障害にもなる。

今回施行された新規定は外国人の入国管理も対象としており、出入国管理の運用への不透明感が高まれば、海外からの高度人材の招聘や定着にとっても障壁となる。すでに非効率な資源配分や先進的な知見の普及の遅れが中国経済の生産性向上の重石となっているなか、海外との人的交流まで制約されれば、知識の吸収・創出と、その活用がさらに滞る可能性がある。影響の大きさは対象範囲や実際の運用に左右されるものの、技術保護を過度に重視した人材の交流や渡航に関する制限は中長期的にTFPの伸びを鈍らせ、中国経済の潜在成長率を下押しする逆風となり得る。


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