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アジア・マンスリー 2026年9月号

AIブームが招く韓国のインフレ懸念

2026年08月27日 今川冬馬


韓国では半導体価格の上昇が耐久財価格に波及している。さらに、半導体産業で始まった利益の一定割合を給与に還元する「N%成果給」要求の広がりが、幅広い分野の価格上昇につながる可能性もある。

■AIブームで半導体価格が高騰
世界的なAIブームを背景に、韓国企業が高い市場シェアを占めるメモリ半導体の価格が急騰している。AIデータセンター向けの先端メモリ半導体にとどまらず、パソコンやスマートフォンなど幅広いデジタル機器に使用される汎用メモリ半導体にも値上げが広がっている。半導体メーカーが、採算性の高い先端品に生産能力を振り向けたことで、汎用品の供給が不足し、価格上昇につながっている。

こうした需給ひっ迫は当面続く可能性が高い。韓国の半導体産業では工場の稼働率が高いため、既存工場での増産には限界があり、旺盛な需要に対応するには新たな生産設備の整備が不可欠となっている。これを受けて、韓国半導体大手のサムスン電子やSKハイニックスは大型投資を計画しているが、本格的な供給拡大は早くとも2027年以降になると予想される。大規模工場の建設と稼働開始には一定の時間を要するほか、稼働しても量産体制を確立するまでには、歩留まりの改善といった調整作業に数カ月から1年程度かかる。このため、供給能力の増強が価格の安定につながるまでには相当の期間が必要となる。

■半導体搭載製品に値上げの波
半導体価格の高騰は、すでに、最終製品の価格にも波及している。パソコン、スマートフォン、ゲーム機、ストレージなど、メモリ半導体を多く使用する製品で値上がりが目立つ。これらの耐久財価格は、技術進歩による性能向上や生産コストの低下などを背景に、過去20年間、おおむね下落基調で推移してきたが、足元では上昇に転じ、消費者物価を押し上げている。なかでもパソコン価格の上昇は顕著であり、本年1月から7月の間に約2割上昇した。
 
今後も、耐久財を中心に物価上昇圧力は強いと予想される。半導体を多く搭載する製品では、メモリ半導体の価格上昇を販売価格に転嫁する動きが続くと考えられる。さらに、こうした動きはデジタル機器にとどまらない。半導体の搭載量が多い自動車やスマート家電などにも、値上げの波が広がる可能性がある。とくに自動車では、高機能化により半導体の利用量が増加しているだけに、製造コストの高騰が価格転嫁につながる可能性が高い点には注意が必要である。

■韓国で広がる「N%成果給」要求
韓国の半導体大手SKハイニックスでは、本年2月に年俸を超える破格の成果給が従業員に支給された。その背景には、世界的なAIブームを追い風に収益が大きく拡大したことに加え、昨年、営業利益の10%を成果給の原資とする制度に改められたことがある。SKハイニックスが多額の成果給を支給したことを受けて、サムスン電子の労働組合も5月、同社並みの成果給が支給されなければストライキに踏み切ると表明した。ストライキは最終的に回避されたものの、半導体部門では事業成果の10.5%を特別給の原資とすることで労使が合意した。この合意内容と本年の業績予想を基にした試算によると、SKハイニックスやサムスン電子の半導体部門では、来年支給される成果給が1人あたり平均5,000万円を超えると見込まれる。

こうした収益の一定割合を従業員に還元する「N%成果給」への要求は、半導体産業から他の産業にも広がっている。製造業では自動車、重工業、非鉄金属、製薬、サービス業では情報通信などの労働組合が営業利益や純利益の一定割合を成果給の原資とするよう求めている。たとえば、IT大手のカカオでは、労働組合が営業利益の13~15%を特別給の原資とするよう求めてストライキに入った後、18回にわたる賃金交渉を経て、年俸の大幅な引き上げで経営側と合意した。一方、同業のネイバーの労働組合は、N%成果給を要求しないことで、迅速に基本給の大幅な引き上げを獲得した。

■労働コストの増大が物価上昇につながる可能性
こうした動きが広がれば、好業績企業における一時的な成果給の増加にとどまらず、幅広い産業で賃金水準を押し上げる可能性がある。企業側がN%成果給の導入に慎重な姿勢を示す一方、労働組合はその要求を賃金交渉の材料として活用しており、上記のように成果給を巡る交渉が基本給の引き上げにつながる事例もみられる。半導体産業やIT産業で支給される高額な報酬が他産業で模倣されれば、賃上げ圧力が広く波及することとなる。とりわけ、人材獲得を巡る企業間の競争が激しい業種では、他社の賃上げを意識して対抗する動きが生じやすい。こうした賃上げの競い合いが続けば、好業績企業に端を発した賃上げが収益環境の異なる企業にも広がる可能性がある。

賃金上昇の広がりは、サービス価格の上昇を通じてインフレ圧力を強める恐れがある。生産性の向上を伴わない賃上げは、労働コストの増大を通じて企業収益を圧迫し、販売価格引き上げを促す要因となる。とりわけ、韓国のサービス業では、労働生産性の伸びが長期にわたって低迷しており、賃金上昇を生産性向上で吸収する余地は限られる。実際、過去にもサービス業の賃金上昇局面では、サービス価格の上昇率が高まる傾向があり、注意が必要である。


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