アジア・マンスリー 2026年2月号
バングラデシュ総選挙が左右する南アジア情勢
2026年01月28日 熊谷章太郎
本年2月にバングラデシュで実施される総選挙は、同国と隣国インドの二国間関係の安定性、ひいては南アジア地域の政治・経済の安定性を左右する注目イベントである。
■総選挙を迎えるバングラデシュ
中国に代わる生産拠点として、ASEAN諸国やインドとともに日本企業から高い注目を集めるバングラデシュで、本年2月半ばに総選挙が予定されている。
同国の政治情勢を整理すると、1990年代以降、政教分離や民族主義を重視するAL(アワミ連盟)と、イスラム教徒としてのアイデンティティを重視するBNP(バングラデシュ民族主義党)の二大政党による政権交代が繰り返されてきた。
2009年以降は、約15年にわたってALのハシナ政権が続いたが、公務員採用の優遇措置を巡る高等裁判所の判断をきっかけに大規模な反政府運動が発生し、2024年8月に同政権は崩壊した。ハシナ首相は辞任後、インドに事実上亡命した一方、低所得者向けの少額融資を手掛けるグラミン銀行の創設者で、ノーベル平和賞受賞者でもあるユヌス氏を首席顧問とする暫定政府が発足し、治安の回復と総選挙に向けた準備が進められた。
暫定政権下でALの政治活動が禁止されたことを受けて、世論調査ではBNPを中心とする政権が誕生するという見方が大勢を占めている。首相候補としては、1991~96年と2001~06年に合わせて10年間首相を務めたジア元首相の長男であるタリーク氏が有力視されているが、新政権が直面する課題は山積みである。
国内政治・社会についてみると、暫定政権下で進められてきた司法・政治改革や汚職対策を継続し、国内の融和を進めていくことが最重要課題である。その行方は、総選挙と同日に実施される予定の、抜本的な構造改革を進めるために策定された「7月憲章」に関する国民投票の結果に左右される。国民の過半数が同憲章に賛成し、現在一院制の議会の二院制への変更、大統領の権限拡大、地方自治の強化などに向けた憲法改正が進むか否かが注目される。
経済関連では、2026年中に国連が定めたLDC(後発開発途上国)のステータスから卒業することへの対応が喫緊の課題である。新政権は、特恵関税や輸出補助金などの優遇措置が段階的に終了することのマイナス影響を受けやすい、アパレルなどの労働集約型産業の輸出競争力の維持に向けて、機械化や自動化を通じた生産性の向上支援や、FTA(自由貿易協定)の締結などの取り組みに注力すると見込まれる。2025年12月、日本とEPA(経済連携協定)の締結で大筋合意に至ったほか、EUとの間でもCPA(包括的パートナーシップ協定)の締結に向けた交渉にも進展がみられるが、新政権がこの流れを継続・加速できるか注目される。
このほか、経済・金融の安定性向上に向けて、デジタル化を通じた行政効率の改善や、賛否両論のあるVAT(付加価値税)の見直しを含めた税制改革を断行し、財政再建の道筋をつけることも重要課題である。
■対外関係ではインドとの関係が最大の注目点
外交面では、新政権がインドとの関係悪化を回避できるかが最大の注目点である。過去15年間、インドを信頼できるパートナーと位置付けるAL政権下で、バングラデシュとインドは良好な関係が続いた。しかし、同政権の崩壊後、二国間関係は悪化しつつある。
関係悪化のきっかけは、バングラデシュの裁判所がハシナ前首相に対して死刑判決を下した後も、インド政府が身柄引き渡し要求に応じなかったことである。
また、①2026年12月に満期を迎えるガンジス川水利条約の改定に向けた交渉について、バングラデシュがインドに対して「公正で平等な水資源の分配」を求める姿勢を強めたこと、②ユヌス首席顧問が海に面していないインド北東部の地理的脆弱性について言及したこと、③バングラデシュがインドと敵対するパキスタンとの関係改善を進めていること、なども二国間の緊張が高まる要因となった。
こうしたなか、両国が相互に輸入制限措置を講じたほか、バングラデシュでインド製品の不買運動が発生するなど、二国間関係悪化の影響は経済面にも波及しつつある。インドの貿易に占めるバングラデシュの割合は約1%に過ぎず、貿易を通じたインド経済への直接的な影響は限られるものの、インドを取り巻く安全保障環境の変化を通じた対印投資マインドの悪化など、間接的なマイナス影響は無視できない。
新政権で中心的な役割を果たすと見込まれるBNPは、「親インドか、親パキスタンか」という二元論から脱却し、国益に基づいた外交を展開する方針を示している。しかし、国内の反感を抑えつつインドとの関係改善を進めることは容易ではない。経済への悪影響を回避するために、ハシナ元首相の引き渡し問題やガンジス川の水資源の配分を巡る交渉で安易に譲歩すれば、国民から「弱腰」との批判が強まり、政権基盤が揺らぐ可能性がある。そのため、新政権が強硬姿勢を維持し、それが南アジア全体の政治・経済の不安定化につながるリスクに留意する必要がある。
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