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アジア・マンスリー 2025年11月号

インドのスマートフォン市場の構造変化

2025年10月28日 熊谷章太郎


インドのスマートフォン市場では、これまで国内販売台数の増加が市場拡大のけん引であったが、近年は販売単価の上昇と輸出数量の増加が市場拡大の主因となっている。

■2020年代入り後、国内出荷台数は横ばい
生産・販売両面で世界のスマートフォン市場におけるプレゼンスを高めるインドで、2020年代に入り二つの構造変化が生じている。

第1の変化は、国内市場拡大のけん引役の変化である。2010年代は、①いわゆる「ガラケー」であるフィーチャーフォンからスマートフォンへの買い替え、②中国製の格安スマートフォンの普及、③中間所得層の拡大、などを背景に販売台数が急増し、それが市場拡大のけん引役となった。スマートフォンの国内出荷台数は、2010年の約600万台から2010年代末に約1.5億台へ増加した。

しかし、2020年代に入ると、出荷台数は横ばい傾向に転じた。この一因には、コロナ禍を受けて2020年代初頭に景気が一時的に大きく悪化したことや、スマートフォンがすでに広く普及したことを指摘できる。

現在、インドの世帯当たりのスマートフォンの保有率は都市部で約9割、農村部でも8割台に達しており、一見すると普及率の一段の上昇余地は限られる。もっとも、実態は1台のスマートフォンを家族で共有するといった世帯も多く、個人の保有率はまだ低い。農村部では、フィーチャーフォンを含めても個人の携帯電話の保有率は6割台にとどまっている。また、人口が毎年1,000万人以上増加していることや、今なお毎年5,000万台以上のフィーチャーフォンが出荷されていることを踏まえると、スマートフォンの販売台数には大きな増加余地が残されていると判断される。

それにも関わらず、国内出荷台数が伸び悩む理由としては、原材料価格の高騰や高性能化に伴い、端末あたりの販売価格がハイペースで上昇していることが挙げられる。2010年代後半に150ドル前後で推移していたスマートフォンの平均販売価格は、2025年に270ドル台に達し、販売台数が伸び悩むなかでも市場規模の拡大が続いている要因となっている。

なお、国内市場の約7割を占める販売価格100~300ドル台の端末の出荷台数が伸び悩む一方、同400~700ドル台の5G(第5世代移動通信システム)対応の端末の出荷台数が急増していることを踏まえると、賃金や金融資産の増加を背景に、中間所得層がより上位のモデルへの買い替えを進めたことも平均販売価格の上昇の一因と考えられる。

これに対し、所得や資産が限られる低所得者層は、スマートフォンよりも価格帯の低いフィーチャーフォンを選好するとともに、エアコン、冷蔵庫、洗濯機といった携帯電話よりも世帯保有率が低い家電の購入を優先している可能性がある。

マクロ全体でみると底堅い経済成長が続くなか、国内のスマートフォン市場の動向は、所得階層によって状況は大きく異なり、所得・資産格差が拡大しつつあることを示唆している。

■外需依存度が上昇
第2の変化は、外需依存度の上昇である。これまでインドで生産されるスマートフォンの大半は国内市場で販売されてきたが、2020年代に入ると、欧米向けを中心に輸出が急増し始めた。この背景としては、インド政府が製造業の発展に向けて、基準年からの売上増加に応じて補助金を給付するPLIスキーム(生産連動型奨励策)やエレクトロニクス産業に特化した補助金政策を相次いで打ち出したことを指摘できる。

米中対立が激化するなか、AppleのiPhoneシリーズやサムスンのギャラクシーシリーズといった先進国で高い市場シェアを有するスマートフォンの受託製造を行う大手企業は、PLIスキームを活用してインドでの生産を急拡大した。その結果、販売市場規模(国内のスマートフォン販売金額と輸出金額の合計)に占める輸出の割合は、2020年の約1割から2024年には4割弱へと高まった。第2次トランプ政権発足後、米国向けスマートフォンの輸出拠点を中国からインドに切り替える動きは加速しており、2025年は販売市場規模に占める輸出の割合は約5割に達する可能性がある。

先行きを展望すると、インドのスマートフォン輸出は、最大の輸出先である米国が各国・地域に対する通商政策をどのように見直すかによって大きく左右される。現在、スマートフォンは米国の相互関税の対象に含まれていないが、トランプ大統領は、国家安全保障に関する調査に基づく分野別の新たな関税制度の対象になる可能性を示唆しており、高率の関税が導入されれば対米輸出の減少は避けられない。

こうしたなかインドは、米国の政策変更に起因する輸出減少リスクの抑制に向けて、日本、EU、英国向けのハイエンドのスマートフォンや、アフリカ向けのフィーチャーフォンと格安スマートフォンの輸出拡大に注力すると見込まれる。また、半導体やバッテリー産業の投資誘致を通じて、付加価値率(販売価格に占めるインドで生産された付加価値の割合)の引き上げを目指すだろう。

スマートフォン輸出の一段の拡大は、貿易収支赤字の縮小を通じた為替相場や物価の安定性向上といったプラス効果をインド経済にもたらすが、同時にエレクトロニクス産業を中心にインド経済がこれまでよりも世界経済の変動の影響を受けやすくなるとみておく必要がある。


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