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アジア・マンスリー 2022年1月号

米供給網強化策がもたらすアジア新興国への影響

2021年12月27日 野木森稔


米国の対中政策の重点は貿易から経済安全保障へと移っている。米国のサプライチェーン強化策である「フレンド・ショアリング」は、アジア新興国に新たなチャンスをもたらす可能性がある。

■米中対立の論点は貿易から経済安全保障へ
中国の対米貿易黒字(米国にとっての対中貿易赤字)は1~11 月期に3,579 億米ドルと、前年同期比で+24.6%となり、拡大の一途をたどっている(右図)。コロナ前までは、トランプ政権下で米中の貿易摩擦が激化し、関税引き上げなど米国による厳しい貿易制裁によって中国の米国向け輸出は低迷した。企業が海外拠点を中国から分散させる経営戦略「チャイナ・プラスワン」が加速し、2019 年にかけて新たな生産拠点に選ばれたアジア新興国に恩恵をもたらした。しかし、新型コロナ流行後、中国からの米国輸出は増加傾向にある。

米国の対中輸出は、2021 年末に期限を迎える米中貿易交渉「第1 段階合意」(中国は米国からの財・サービス輸入を2017 年比で2,000 億米ドル増やすことを目指す)により増加が見込まれたものの、米ピーターソン国際経済研究所によると、目標達成率は約60%にとどまる見込みである。10月8日のキャサリン・タイ米通商代表と劉鶴副首相との電話会談では同合意の協議継続が確認されたが、議論の中心は中国の国内産業への補助金を対象とする「第2 段階合意」に移っていく可能性が高い。また、米国内のインフレが加速するなか、輸入品の購入負担を減らす措置として、米国は対中制裁関税の適用除外制度を10 月に再開すると発表した。このように、米国の対中輸出は増加せず、制裁関税による対中輸入の抑制にも限界がみられ、米国の貿易不均衡を是正する動きは進展していない。それにも関わらず、米中間の貿易戦争は小康状態にある。

しかし、これで米中対立が収束に向かっているとみるのは早計であろう。理由は、バイデン政権が重視する対中政策が貿易不均衡の是正から経済安全保障を巡るリスク対応へと移っているためである。たとえば、米国は中国との対立を念頭に、経済安全保障の観点から重要となる製品のサプライチェーンの見直しを加速させており、6 月にはサプライチェーン強化に向けた報告書(半導体、バッテリー、レアアース、医薬品の4分野に関する検討結果)を発表した。

■供給網強化でカギを握る「フレンド・ショアリング」
米国はサプライチェーン強化策として、企業誘致などを通じて、半導体など重要産業における供給力の向上を第一に目指している。すでに、台湾TSMC(2020年5月、アリゾナに120億米ドル規模)や韓国サムスン電子(2021年11月、テキサスに170 億米ドル規模)が米国への工場建設の計画を発表した。しかし、過去に多くの産業で生産の海外移転(オフショアリング)を加速させたことから、それに逆行する国内回帰(リショアリング)はコストなど経済効率性の観点から簡単ではない。実際、半導体企業の誘致には巨額の財政支援が必要となり、誘致する分野は先端技術に限定されると考えられる。報告書では、重要鉱物の開発や調達を含めこうした問題は「フレンド・ショアリング」と呼ばれ、国内生産だけでなく同盟国や友好国との関係を活かしたサプライチェーンの強化方針が示されている。

9月の日米豪印4 カ国による外交・安全保障の協力体制「クアッド」の首脳会合では、半導体のサプライチェーン構築で協力することが確認された。インドでは、12月15日に100億米ドル規模の半導体企業の誘致に関する助成計画が発表されるなど(上表)、米政策に倣う形で半導体産業を拡大させる方針とみられる。また、米国とマレーシアは2022 年初めまでに、半導体サプライチェーンにおける透明性、強靭性、安全性の確保に向けた協定を締結する。マレーシアも、米国のサプライチェーン強化の要所となっており、12月16日には米半導体大手インテルが今後10 年間で70 億米ドルを投資すると発表した。報告書では、半導体以外にも重要産業が詳細について検討されており、EV 用電池についてはその原料となるニッケルの埋蔵量が豊富なインドネシア、医薬品については重要な生産拠点としてインドなどの国名が挙がっている。

■米中対立がもたらすアジア新興国の新たなチャンスと課題
以上のように、米国政府は対中政策の重点を貿易から経済安全保障へと移し、サプライチェーン強化策としての「フレンド・ショアリング」を新たな戦略としつつある。そうしたなか、米国による支援によって同陣営の経済安全保障上の重要産業が育成されるなど、新たなチャンスがアジア新興国にもたらされると考えられる。

もっとも、アジア新興国は近年、中国とも経済関係を強めており、米国への著しい傾斜は中国との関係悪化という問題をもたらす可能性がある。実際、2020 年の米国による主要アジア新興国(インド・ASEAN5)向け直接投資残高は996.2 億米ドルと前年(995.7 億米ドル)から小幅増の一方、中国からは495.0 億米ドルと前年(302.7億米ドル)から大幅に増加している。米国は環太平洋連携協定(TPP)への復帰を否定しており、2022 年に別の新たな経済連携の枠組み構築を目指している。そのなかで同盟国や友好国と団結して中国包囲網を強化したい考えである。

「フレンド・ショアリング」は、アジア新興国に対し産業を育成する機会をもたらす一方、経済的つながりが強まる中国との軋轢を生むリスクも高める。アジア新興国は米中両国とのバランスを取ることが必要となり、各国政府は難しいかじ取りに直面することになろう。
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