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アジア・マンスリー 2021年6月号

インドのCO2排出削減目標の引き上げに向けた動き

2021年05月27日 熊谷章太郎


温室効果ガスの実質排出量をゼロとする「カーボンニュートラル」を長期目標に設定する動きが各国に広がるなか、世界第3位の排出国であるインドも排出削減目標の引き上げを検討している。

■各国に広がるカーボンニュートラル目標
気候変動への対応が重要性を増すなか、CO2(二酸化炭素)を中心とする温室効果ガスの中期の排出削減目標を大幅に引き上げるとともに、森林などによる吸収量を差し引いた実質の排出量をゼロとする「カーボンニュートラル」を長期目標に設定する動きが各国に広がりつつある。
 
温室効果ガスの主要排出国・地域の政策動向をみると、世界全体のCO2排出量の約3割を占める中国は、2020年9月、国連総会で2030年までにCO2排出量をピークアウトさせるという従来の目標に加えて、2060年までにカーボンニュートラルを実現するという目標を打ち出した。中国に次いで排出量の多い米国は、2021年4月にオンライン形式で開催された気候変動サミットに合わせて、2030年までの温室効果ガスの排出削減目標幅を2005年対比50~52%と、従来の同26~28%からほぼ倍増させるとともに、実質排出量を2050年にゼロとする目標を発表した。日本でも、2020年10月の菅政権発足時に2050年までにカーボンニュートラルを達成する目標を掲げ、同サミットに合わせて2030年度までの排出削減幅を2013年度対比46%と従来の同26%から大幅に引き上げた。日米と同様に2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すEUでは、その達成を拘束力のある目標として法制化する動きが進んでおり、2021年4月に「欧州気候法」案が暫定合意に至った。

各国・地域が環境改善への取り組みを加速させるなか、世界第3位の排出国であるインドも排出削減目標の引き上げを検討している。インドは、2016年に批准された地球温暖化対策の新たな国際協力の枠組みを定めた「パリ協定」に基づいて国連気候変動枠組条約に提出した「NDC(自国が決める貢献)」において、GDP原単位の温室効果ガスの排出量を2030年にかけて2005年対比33~35%削減する方針を示している。NDCでは排出総量に関する削減目標は示されていないが、2021年3月、2050年もしくは独立100周年となる2047年を目標年とするカーボンニュートラルの目標設定について、インド政府が外国人アドバイザーとともに検討を進めていると報道された。今後、諸外国に追随する形でインドでも2030年までの排出削減目標が大きく引き上げられるとともに、カーボンニュートラルが長期目標に設定される可能性がある。

ただし、新興国では、経済成長に伴う化石燃料の消費拡大余地が大きいため、排出総量の削減目標として、基準時点からの削減率ではなく、「BAU(Business As Usual)排出量」対比の削減率を据えることが多い。BAU排出量とは、排出抑制に向けた追加的な対応策を講じなかった場合に予測される排出量を指す。政府がカーボンニュートラルの目標達成は困難と判断する場合、BAU排出量ベースの新たな削減目標のみが示されるといった展開も考えられる。

■インドのCO2排出量の展望
実際、経済成長とエネルギー効率といった二つの要素からインドのCO2排出量の先行きを展望してみると、経済成長率がエネルギー効率の改善ペースを上回り続ける結果、今後も排出量の増加は続くと見込まれ、カーボンニュートラルを実現できる可能性は低い。

まず、経済成長についてみると、2010年代を通じたインドの実質GDP成長率は約+6%であり、それがエネルギー消費とCO2排出量の増加の主因となった。コロナ禍のロックダウンにより、2020年度(2020年4月~21年3月)の成長率は約40年ぶりのマイナス成長となり、今後も感染再拡大、財政赤字問題、商業銀行の不良債権問題など背景に、景気の先行きは予断を許さない状況が続く。しかし、人口増加や都市化の進展などに伴う成長ポテンシャルは失われておらず、ワクチン接種の広がりを受けてコロナ禍が収束に向かえば、景気は徐々に底堅さを取り戻すだろう。IMFは2021年4月に改定した世界経済見通しで、2020年代半ばにかけてインドの実質GDP成長率が+6%台半ばに回復するとの見方を示している。現在インドの一人当たり名目GDPは2,000ドル弱に過ぎず、経済成長を通じて貧困、飢餓、失業などの社会問題を解決する必要があるため、環境改善を最優先課題にして意図的に経済成長率を鈍化させるような政策が採られる可能性は低い。経済の成熟化に伴い2030年代以降、緩やかに成長率が鈍化するケースでも、現在のエネルギー消費構造が続く場合、年間のCO2排出量は2050年にかけて約6倍に増加すると見込まれる。

他方、CO22排出抑制のカギを握るエネルギー効率は、経済成長に伴う排出量の増加を十分に相殺するほどに改善しない公算が大きい。2030年にかけてGDP原単位の排出量を2005年対比33~35%削減するという現在の目標は、年率1.7~1.8%のペースでエネルギー効率の改善を実現しなければならないことを意味するが、これは実質GDP成長率よりも低い。そのため、2030年にかけて同目標が達成され、その後も同ペースでエネルギー効率が改善し続けたとしても、2050年にかけて排出量は約3倍に増加してしまう。仮に今後、2030年のGDP原単位の排出量が2005年対比半減するようにエネルギー効率の改善ペースが加速しても排出総量は増加し続ける。

以上のことは、インドの温暖化対策に対していくつかの示唆をもたらす。まず、既存の火力発電所での設備更新などを通じた発電効率の改善、再生可能エネルギーやEV(電気自動車)などの普及政策、導入に向けた準備が進められている老朽化した車両の廃棄と新車への買い替えを促す廃車政策など、環境改善に向けた施策を着実に履行する必要がある。また、既存の取り組みだけでは排出総量の削減が困難であることを踏まえて、各国で実証実験が進められている低炭素・脱炭素につながる新たな技術を積極的に取り込んでいくことも必要である。さらに、CO2回収能力の増強も重要になる。政府は植林などを通じて2030年にかけてCO2の吸収能力を25~30億トン拡充する方針を示しているが、こうした取り組みに加え、CCUS(二酸化炭素の回収・有効利用・貯留)技術などの大規模な導入も必要になるだろう。
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