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低成長時代を乗り切る日本型グループ経営のあり方 第2回 日本型グループ経営推進のポイント

2009年07月01日 山田英司


今後、グループ経営を日本企業のDNAにあわせて導入していくための重要なポイントとはどのようなものなのでしょうか。

ポイントは3つあります。企業文化・組織の活かし方、長期的視点での事業育成、グループ企業間シナジーの追及です。
 1つ目の企業文化・組織ですが、これは企業がどのような文化を維持して事業を通じたアイデンティティを醸成させていきたいかということに尽きます。多角的な事業展開をしていても企業のアイデンティティがないと、なぜその事業をグループとしてやっているのかがわからなくなります。単に収益が上がるという理由だけで事業展開しているのでは投資ファンドのように事業価値の最大化だけが至上命題になってしまいます。事業価値、ひいては株主価値の最大化を目指すとともに、グループとして共通のアイデンティティをいかに醸成していくかはグループ経営の一つの指針になります。そして、共通のアイデンティティはグループ内部においては従業員の共通の目的感の形成にも重要な役割を果たすことになるのです。そのためにはグループビジョンを明確化していくべきですし、さらにはアイデンティティの共有を行うため経営幹部が中長期的にローテーションすることも重要なファクターです。最近ではグローバルでの人事異動は当たり前のものになりつつありますが、この際に人材のダイバーシティーをどのように考えていくかは、今後の持株会社を考えていくことにもつながります。日本人だけでグループが形成されている場合は共通のアイデンティティが持ちやすかったといえます。しかし近年、海外人材の登用など、海外の文化を積極的に取り入れて長期的に活用していくことを考えた場合、企業のアイデンティティをグループ・グローバルで働く従業員にも明確にしていく必要があるのです。
 2つ目のポイントは、長期視点での事業育成です。これは日本的経営だからこそなせる業ともいえます。とはいえ、従来の日本企業に多く見られたような、事業継続の可否を判断する場合に様々な要因から撤退の判断が合理的にできず継続するケースを是としているわけではありません。これらの中には時代が変わり結果的に成長した事業もありますが、こういったケースは稀だからです。
 しかしながら、長期的視点で事業を構築することは日本的経営における事業投資や人材育成の思想に合致するものです。長期的視点での事業構築を実施するために必要な施策は、グループ成長のための育成枠、成長枠を投資や人材育成に織り込むことです。特に低成長期であるが故に、どのように育成枠を確保していくかは重要となるでしょう。配当を維持するためにリストラを実施するのは必要な施策であるものの、その果実を株主に還元するだけでよいのか、再成長のための投資をどう確保するのかは企業としての基準を持つ必要があります。なお、「長期」とは時間軸としてどれくらいかという議論がよくなされますが、それぞれの事業のレンジは事業特性により異なりますので、計画を作成する場合に画一的なレンジでよいのかなどについては再考の必要があります。事業スパンが長いもの、短いものなど事業の特性に合わせた事業計画を策定していくべきでしょう。
 もう一つ長期的な事業育成において重要なことは、失敗を吸収できる仕組みづくりです。失敗したことを許容して再成長に載せることができるのかを考えていくことが重要なのです。降格もあるが将来的には昇格の可能性もあるという人事制度など、許容範囲を示していくことです。長期的視点の中での失敗の許容、敗者復活の仕組みが非常に重要であると考えられます。事業育成の評価方法、プログラムをどう構築していくかが重要な施策となっていきます。



 3つ目のポイントはシナジーの追求です。欧米型企業は、ファイナンスを軸としたポートフォリオ経営がもてはやされており、基本的には赤字であればすぐに撤退や閉鎖、リストラが選択されています。このような選択は企業内で事業が「セル化」してしまい、人材交流が進まないという状況に行き着きます。しかし、特に技術開発分野などにおいては、個々の企業が別々に動くよりはグループで共通の価値観をもって開発をした方が新たなものを生み出す仕組みができるでしょう。日本型の研究所では複数の研究班が同居し、相互交流の中からシナジーが生まれ、優秀な技術が生み出され、それが日本の「ものづくり」の根幹を担ってきました。ビジネスを発展させるためには、シナジーを生み出せるような横串をさすための仕組みづくりの構築が必要といえます。横串をさした場合のインセンティブをどのようにつけていくかは今後の課題であるといえるでしょう。
 例えば、日本企業でも導入が進みつつある持株会社制度は、欧米的な思想に基づいて仕組みが構築されています。それゆえ、持株会社に移行する際に、横串がさせなくなるということがリスクとして指摘できます。グループとしてシナジーをどのように作っていけるかを考えた上での持株会社化をしていくべきです。また、シナジーが生まれないのであれば、持株会社化を導入しないという選択もあると思います。

共通のアイデンティティの重要性を指摘していただきましたが、特にグローバル・グループにおいてはアイデンティティの形成が難しいと思います。グループ共通のDNAを形成していくためにはどのようにしていけばよいのでしょうか。

グループでうまくアイデンティティが形成されるためには、共通のプロダクトやサービスの提供を目標の軸として様々な議論をしていき、その中でシナジーを生んでいくことが重要なのではないのでしょうか。一般的に日本は予定調和が好きで、「ゆらぎ」は好まれません。しかしシナジーを作っていくためには、一つのトピックの中で議論や対立をしてそこから新たなものを生み出したり、混沌とした中から成果を出していくことが要求され、そのプロセスを経て共通の価値観が醸成されアイデンティティの形成へとつながります。同じ価値観を持った人材で議論を閉じてしまうのではなく、全く違う価値観をもった人たちとの議論を継続していくことで、価値観をすりあわせていくことが必要なのです。
 このようなプロセスは非常に時間を要しますが、目の前の成果ばかりを追い求めているだけだと疲弊します。長期的に安定させていくことは、有能な人材をリテインさせるための方法論でもあります。しかし、あまりに長期思考に寄ると、ダイナミックな動きを好む人材の活用や昇格に時間がかかるなど、上下循環がうまくいかないという問題が発生します。グループ・グローバル経営が進む中で、長期と短期をうまくバランスさせながら共通のアイデンティティを形成するという観点からは、日本の企業はまだやることがたくさんあるのです。

日本の企業は長期視点を持つのが重要とのことですが、長期であるがゆえのリスクをどう減らしていくかについては、留意点はありますか。

日本的ポートフォリオ経営を考えていくことが重要になります。というのは、従来日本の企業が長期的な視点に立った経営を意図的に行っていたかというと必ずしもそうではなく、事業撤退を決断しきれない結果として長期的には成功したというケースも多くあるからです。つまりは、インテンショナルな長期的な経営にはなっていないと認識しています。その意味では、複数ある事業領域の組み合わせを重視するポートフォリオの考え方は重要なのです。ただし、欧米でもてはやされた短期的かつ財務的側面が主体のポートフォリオ経営ではなく、事業のライフサイクルの違いや、そのスパンにも注目する必要があります。たとえば、インフラ企業とIT企業ではその考えるスパンが違います。スパンの違いを組み合わせるだけでも、リスクを他の事業で吸収したり、リスクを回避できる場合もあります。長期で経営を考えるということがどういうことかという基準を企業が考えておくことが必要なのです。中核企業の論理で縛られてしまうと時間軸が固定される傾向にあるので、いろいろな事業を経験した人材を登用していくという視点が必要でしょう。

海外などでは短期志向で結果を出した企業が成長している側面もあります。それでも日本企業は長期的にプロセスを見ていったほうが結果を出しやすいのでしょうか。

結果とプロセスを両方加味した評価をベースとして、企業が何を目指しているのか、どのような時間軸の目線をもっていて、今どの段階にあるのかをきちんと理解するこが重要であり、そのような思想に基づいた業績評価指標が必要でしょう。また、低成長期において顕著なのは、配当維持や投資家配慮が行き過ぎて、再成長期を考えずに短期思考でのリストラを実施する企業などがあることです。赤字回避や有利子負債圧縮が至上命題になり、将来性のある事業を放出してしまうことを避けるために、適切な自己評価にもとづいたIRは今後重要度を増すでしょう。

最後に、日本企業がグループ経営によって独自の強みを発揮していくためのポイントを教えていただけますか。

工業製品そのもので価値を出す時代は終焉しています。財や人に付加価値をどのようにつけていくかが今後、重要となります。一方で、付加価値の根底において「ものづくり」を軽視するのは危険です。アメリカは極端なビジネスモデル志向と短期成果の追求をした結果、「ものづくり」が停滞しました。日本は細かな要求に応えていくことが得意ですが、それが現在の「ものづくり」精神の維持につながっているといえます。米国の優良企業はサービス業の企業がほとんどです。モノとサービスの融合で大企業となった企業はほとんどありませんが、日本にはモノとサービスの融合で世界的な企業となっている企業が多くあります。そういった企業をベンチマークしていくことが必要でしょう。
 モノをつくる力のある日本企業はサービスを積み上げることでより付加価値を高めることができます。モノとサービスの事業を両方持ち合わせたグループが、今後の事業展開の中でいかにシナジーを生み出すのかを考えてグループ経営をしていくことが日本的なグループ経営の理想といえます。

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