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コラム「研究員のココロ」

介護人材マネジメントの確立を
~処遇改善交付金を契機に~

2009年06月29日 綾高徳


1.低い介護職員の賃金水準

 介護サービスは成長が期待できる有望な産業である。政府は介護雇用創出プランを掲げ、2020年までに介護人材を220万人(現在:130万人)にすることを目指している。しかし介護職員の賃金水準は、他の職種と比較して高い方に分類されるものではない。図1の通り、福祉施設介護員(男)は産業計(女子 学卒計)と近い水準にあり、産業計(男子 学卒計)と比較した場合、特に30歳以降の差が大きい。

図1 年収水準



 どのような職種においても、賃金水準は労働市場における需給関係によって決定されるものであり、基準となるような絶対価値は存在しない。但し、医療・介護のように報酬点数の設定で労働生産性がある程度決まってしまう分野では、一時的に政策主導で賃金水準を誘導(コントロール)していくことが労働市場の形成に有効となろう。介護は雇用の受け皿として期待されており、成長過程にある産業においてその重要性は特に大きい。

2.介護職員処遇改善交付金とは

 上記のような状況の中で「賃金の確実な引き上げなど介護職員の処遇改善に取り組む事業者」に対して介護職員処遇改善交付金(仮称)の助成が計画されている。執行に関する全体像は図2の通りであり、都道府県に対する事業者の申請は本年9月から、対象となる事業者への助成金の交付は10月サービス分からの予定である。現時点ではスケジュールも含めて案の段階であるが、事業者が承認を受けるには処遇改善の計画(『処遇改善計画書』)を策定し、就業規則(賃金規程等を含む)を添えて提出することが要件となる公算が大きいため、早い段階でそれらの準備を行っておく必要がある。

図2 介護職員処遇改善交付金の執行全体像(イメージ)



(1)『処遇改善計画書』の策定
『処遇改善計画書』には大きく分けて以下2つの事項を盛り込まなければならない。

1)賃金改善の具体的な取り組み

 ここでは主に「介護職員一人当りの賃金改善見込額(月額)」と、その「方法」がポイントになる。介護職員一人当りの賃金改善見込額(月額)については予算規模3,923億円で常勤換算一人当たり月額15,000円程度の賃上げに相当する額が見込まれていることから、その前後+αを目安に考えておけばよい。
 問題はその方法であり、大別して「基本給の増額」「現行ある各種手当の増額(夜勤手当等)」「手当の新設」「賞与または一時金の新設」のいずれか又はその組み合わせが考えられる。本来の趣旨目的を考えれば「基本給の増額」にて職員の処遇改善を図ることが最も望ましい。しかし、この助成制度は本年10月から25ヶ月間のいわゆる時限措置であり、次回2012年の介護報酬改訂に向けて恐らくこれを踏まえた議論がなされるだろうが、現時点では基本的に保障がないものと考えておいた方が無難である。したがって「基本給の増額」による対応はリスクが高いといえる。一般的に、基本給を一度上げてしまえばそれを下げることは難しい。助成がなくなった段階で、交付金でかさ上げした基本給分だけ人件費が新たに発生することになり、損益分岐点の高い事業者では経営を圧迫する危険性をはらんでいる。これは「現行ある各種手当の増額(夜勤手当等)」についても同じことがいえる。更に、時間外手当の単価や退職金(基本給に連動するように設計している場合)への影響もあるため慎重にならざるを得ない。
 将来が読めない以上、事業者の多くは「手当の新設」か「賞与または一時金の新設」を選択することになろう。「手当の新設」はストレートに処遇改善交付金手当のような名前にして、その意味するところと具体的な取り扱いを賃金規程に明記する方法が考えられる。「賞与または一時金の新設」は今使っている制度で計算した賞与額に交付金を付加する形が考えられる。この際、明細は職員が見て分かるように賞与分と交付金分を区別しておくなどの工夫が求められる。いずれにせよ、処遇改善の具体的な方法については施行段階で何らかの指針が示される可能性があるので行政の動きに注目しておく必要がある。

2)賃金改善以外の処遇改善

 ここでは、「教育・研修、賃金、評価、雇用施策、労務管理、職場環境等」に関する制度・体制面での整備計画が内容の中心になる。
 教育・研修については、例えば新入職員研修など階層別の研修計画や、外部研修の受講・公的資格取得に対するサポート計画が考えられる。賃金及び評価はキャリアパスにあわせた賃金処遇・評価基準をルールに則って運用していくものであり、職員にとってこのような制度の構築は安心感に繋がる。雇用施策は正規職員への転換制度や、多様な就業ニーズに応える時短正規職員制度等の整備計画が考えられる。
 労務管理はリフレッシュ休暇制度等の休暇に関する内容や、シフト管理の適正化による業務負担の軽減計画が挙げられる。事務方の労務管理体制を見直すことも一つといえよう。職場環境は業務改善レベルから設備機器の導入まで幅広い。業務改善レベルでは、例えばコミュニケーションの観点から会議体の見直し、業務の標準化を促進して業務負担を軽減することなどが考えられる。また設備面では宿直室や休憩室の充実や介護補助器具の導入計画等が考えられる。
 これらの制度や施策は相互に関連し合うため、それぞれが有機的に機能するような統合フレームワークの設計がポイントになる。統合フレームワークは等級制度をイメージし、その中で介護職員のキャリアパスを明確にすることが有効である。

図3 介護人材マネジメントの全体像



(2)添付資料

 交付金の申請には就業規則(賃金規程含む)の添付が必要となる。
この助成制度では都道府県に対して、a.労働基準法等の違反により罰金刑以上の刑に処せられた場合、既に支給された助成金の返還・助成金の支給停止を行なえること、b.事業所における労働基準法の遵守状況について確認を促すこと、が盛り込まれている(※ 参考:厚生労働省『介護職員処遇改善交付金に係る処遇改善計画等について』)。
 介護事業者及び介護事業の従事者は2000年4月の介護保険法施行後、いずれも大幅に増加した。事業開始から間もない施設においては、労働基準法をはじめ人事・労務管理に対する理解が十分でない事業所が見られ、不適切な管理体制・労働環境を引き起こす原因になっている(例えば労働条件の明示がされていない、就業規則が未開示、36協定など労基署への届出書類が未提出、サービス残業・過重労働の発生等)。助成金交付とセットでこういった状況の是正を推進しようとする行政側の姿勢が伺える。各事業者ではいま一度、就業規則を見返して内容の点検を行なうと同時に、それに沿った働き方・処遇になっているか確認しておく必要がある。

3.終わりに~ポスト交付金を見据えた議論を~

 この助成制度は、同じ施設で働く介護職員以外の介護従事者(例えば介護支援専門員・生活相談員等)への対応をどう考えるかといった課題は残るものの、介護職員の処遇改善に直接繋がる制度であり事業者は早期に申請準備に取り掛かって頂きたい。
 そして、介護サービスが有望な産業として今後も成長を続けるためには、ポスト助成金を見据えた本質的な議論が重要になる。この助成制度を一過性の交付金で終わらせることなく、介護人材の処遇改革を実現する一つの契機にできるかどうかが問われているのだ。行政においては助成制度の出口戦略を描くことであり、次回の介護報酬改定にてその具現化が求められる。また事業者においては上述した賃金改善以外の処遇改善(制度・体制面の整備)が特に重要であり、それを起点にPDCAサイクルを回し、自社の“介護人材マネジメントのレベルアップを図りながら介護職員のキャリア開発をサポート”していくことが求められる。
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