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コラム「研究員のココロ」

公私混同のすすめ
~ブランドも経営も自己実現~

2009年06月22日 井上岳一


1.公私混同は悪いことなのか

 社長であることは一つの役割である。だが、この役割を利用して私利私欲を追求したり、役割を踏み外して私人として振る舞ったりすると、公私混同と後ろ指を指されてしまう。それを避けるためには、公私の使い分けを明確にし、役割に徹するしかない。公私混同はビジネスの世界では御法度なのだ。
 多かれ少なかれ人は社会的な役割の仮面をかぶって生きているが、社長の場合、「こうあるべき」「こうあって欲しい」という自他の理想や願望を吸収し、その仮面はどんどん厚くなっていく。性来真面目な社長ほどこの傾向が強いように思える。
 それが良い結果につながれば良いが、仮面が肥大化し、本来の自分を抑圧するようになると、その反動が、イライラや自信の無さ、不安や不寛容の形をとってあらわれやすい。結果、素の社長はとても素敵で魅力的なのに、同じ人間がどうしてと思うくらい社員の前では抑圧的に振る舞ったり、気難しい人と思われてしまったりする。役割に徹しようと頑張れば頑張るほど、望ましい姿から離れていくのである。
 結局、自己を抑圧するような公私の使い分けに問題があるのだと思う。公私はもっと混同(統合)されたほうがいい。公でも私でも、それによって変わらぬ一人の自分、あるがままの自分であることが、組織を率いていくリーダーにとって実は最も大切なことではないかと思うのだ。

2.自分が自分であること=自己一致

 「自分が自分である」状態とは、「あるがままの自分」を「自分らしさ」として受け入れ、認めている状態である。このような状態を米国の心理学者カール・ロジャーズは、自己一致(congruence)と呼んだ(注1)。自己一致した状態では、人は期待される役割、つまり自己を支配していた他者の声から解放され、「自分はこういうことを感じていたんだ」とか「本当はこういうことをやりたかったんだ」という心の声を聞き取ることができるようになる。そうやって自分自身と対話し、その時々の感覚や感情に純粋に触れることができるようになれば、人は内に秘めている力に導かれて自己実現に向って成長することができるようになる。そのような変容を促すための営みとしてカウンセリングやグループでの対話がある、というのがロジャーズ心理学の要諦である。
 ロジャーズのユニークさは、セラピスト(カウンセラー)の態度としてこの自己一致を重視した点にある。セラピストが自分自身に近づくほど、クライアントはセラピストを信頼し、自己との対話を始め、自分自身に近づくことができるようになる。逆説的なようだが、相手に近づくためには自分自身に近づくのが一番の早道であり、自分自身に素直になろう、自分が「いま・ここ」で感じていることを純粋に感じとろう、と自分のことを優先するほうが、結果として、目の前にいる相手と深い関係を築くことができる。コミュニケーションにおけるこのような逆説を示したのがロジャーズの最大の功績ではないかと思う。

3.自己実現の促し

 これを社長と社員の関係に置き換えれば、社長が自己一致するほど、社員と深い信頼関係を結ぶことができるようになるということだ。そして社長が役割の仮面に縛られず自分自身であることで、社員もまた役割の仮面を捨てて自分自身に近づくことができるようになる。自分自身に近づくと、内に秘めている力に導かれ、自由に自分の可能性を追求するような方向、自己実現に向けて成長することができるようになる。つまり、社長の自己一致は、社員の自己実現を促すのである。
 光と水と養分ある限り、どこまでもすくすくと伸び、自己の領土を広げていく植物のように、人もどこまでも伸びていける力を持っている。伸びたいと思っている。米国の心理学者エイブラハム・マズローは、自己実現を「成長に動機づけられたもの」と定義したが (注2)、成長に対する欲求は生命としての本能であり、環境さえ整えば、その本能に従って育ち、可能性を広げていくのである。可能性が広がり、自分が自分以上になる。2倍、3倍の人生を生きられるようになる。これが自己実現である。そして、社員の自己実現を促す組織であることは、成熟社会の中で企業が生き延びるための必須の条件になってきている。
 何故か。一人ひとりの社員の可能性が広がれば、当然、企業としての可能性は飛躍的に拡大するからである。個人の自己実現=成長・拡大は組織の成長・拡大をもたらす。これが社員の自己実現が必須となる第一の理由である。
第二に、成熟社会においては、多くの人々が、マズローの欲求5段階説で言うところの自己実現の段階に達していると考えられるからだ。基本的な欲求は既に満たされている。今、人々が求めているのは、自分の成長であり、自己実現である。その欲求を満たしてくれるモノやコトを求めているのである。従って、自己実現を重視しない企業は社会のニーズを満たす商品やサービスを生み出すことはできないし、社員からも早晩愛想を尽かされることになるだろう。社員もまた自己実現を求めているからだ。成熟社会を生き抜くために自己実現が不可欠の要素となっている背景にはこういう事情がある。

4.ブランドは自己実現

 社長の自己一致が社員の自己実現を促すと述べたが、経営の現場における自己一致とは、社長にとっての人生のテーマと企業の経営を一致させることでもある。自分の人生のテーマに沿わないことをやっていると、どうしても自分自身を抑圧し、役割の仮面をかぶるようになるからだ。
 人生のテーマと企業の経営を一致させるためには、自分自身の心の声に素直に耳を傾け、自分が本当にやりたいことは何か、自分が何を大切にしているかをきちんと把握することから始める必要がある。誰にだって人生のテーマは与えられている。それを見つけ出すのだ。そして、人生のテーマが輪郭を持ち始めたら、その上で、事業や組織がどうすれば自分にとって意味のあるものになるかを考えるのである。この時に問われるのが社長の人間観や哲学である。生き様と言ってもいい。これが企業の生き様のベースとなる。
 企業の生き様が社会に好感をもって迎えられれば、その企業はブランドとなる。ブランドの根っこにあるのは、企業の生き様に対する憧れや共感だからだ。つまり社長の哲学や人間観、生き様がどれだけ人の憧れや共感を呼び起こすかがカギになるのである。そこに嘘があると人の心は動かない。利己的な欲望や薄っぺらな人間観にも人は感心しない。嘘のない生き様、個人の野心や虚栄心を超えた、人や社会の幸福を追求するような夢や志に基づいた生き様こそが憧れや共感を生み、ブランドになるのである。従って、社長にとって重要なのは、人が思わず感染してしまうような夢や志を持つことだ。
 思わず感染してしまうような夢や志を持ち、自分の哲学や人間観に純粋に生きる社長の自己一致した生き様は、社員の自己実現を促す。自己実現は、可能性に満ちた自由で生き生きとした毎日と利他の精神や感謝の心に溢れた生き方をもたらすから(注3)、その生き様がまた憧れや共感を生むこととなる。その人自身がブランドになるのである。働く人がブランドになれば、企業のブランドは強化される。ブランドは、社員の自己実現の関数でもあるのだ。そしてブランドもまた成熟社会を生き抜く上で重要な資産である。

5.経営も自己実現

 このように社員が自己実現するようになると、社長一人ではとても成し遂げられなかったこと、想像だにしなかったことが実現できるようになる。社長にしてみれば、自己の可能性がそれだけ広がったということで、それこそが社長にとっての自己実現である。つまり社長の自己実現は社員の自己実現に依存しているのである。社員達が連れて行ってくれる場所、それが社長の自己実現にとっての「約束の地」なのだ。
 企業経営の醍醐味とは、企業という器を通じて自己実現できることにある。それは金銭欲や権力欲や名誉欲を満たすのとは別次元の喜びをもたらしてくれる。逆に言えば、この醍醐味を味わえない社長が、満たされない自分を誤魔化すために、私利私欲の追求に走るのである。そんなレベルで自分を誤魔化しているのはつまらないし、それに付き合わされる社員も不幸だ。経営とは、社長にとって自己実現の道程なのである。そして自己実現のための一歩は、健全な意味での公私混同=自己一致なのである。

(注1)Rogers, Carl R.[1967]. “On Becoming A Person” .Constable
(注2)マズロー, A.H(小口忠彦訳).[1987].『人間性の心理学(改訂新版)』産業能率大学出版部
(注3)マズロー, 前掲書
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