1. 試験前日から始める試験勉強の準備
2007年11月21日に開催された第26回 産業構造審議会環境部会地球環境小委員会・中央環境審議会地球環境部会合同会合を皮切りに、本合同会合では、11月から12月にかけて、6項目の政策を「重点検討項目」として集中的に審議することになっている。その中には「太陽光等新エネルギーの導入促進」や「国内排出量取引制度の導入」等が含まれており、年内に3回の審議を行い、第30回の部会にて最終報告がとりまとめられる予定である。
これらの検討は、京都議定書の第一約束期間が2008年度から始まるものの、現状の取組では京都議定書における温室効果ガス削減目標、すなわち1990年度比マイナス6%の達成が現状の取組だけでは難しいと言う認識に基づいて進められている。
これをたとえ話で表現すれば、「試験に向けてそれなりに勉強してきたけれども、模試を受けてみたらひどい点数だったので、試験の前日になってどの内容を勉強すれば試験に合格するか考え始めた」という状態である。
普通の感覚で言えば、「今更、そんな事をしても無駄ではないの?」と言いたくなる様な事態である。そもそも何故このような事態になってしまったのか、京都議定書が締結された1997年以降の日本とEUの取組を概観し、日本はどのような対応をするべきか考察した。
2. 京都議定書版「失われた10年」
京都議定書は、1997年12月11日に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(京都会議・COP3)において採択された法的文書である。最大の特徴は、温室効果ガスの排出削減に関する数値目標と基本ルールが明示されたことであり、産業革命以降に温室効果ガス排出を飛躍的に増加させてきたEU各国・アメリカ・日本等の先進国に対して、初めて排出削減義務を課した事にある。
その後、発効に向けた各国の批准プロセスにおいて、京都議定書からアメリカが離脱するなど紆余曲折を経たものの、2005年2月16日に発効し、温室効果ガス削減目標の達成義務がEU各国や日本に正式に課せられる事になった。
1997年の締結から2005年の発効まで約7年を要したものの、その間にも上の図に示したようにCOP(注1)は毎年開催され、発効を前提とした議論が進められてきた。この国際交渉の場では、例えば京都議定書の第一約束期間に関して、目標達成ができなった場合にどのような罰則を課すかということや京都メカニズム(注2)に基づく温室効果ガス削減プロジェクトの実施ルール作り等が進められていた。一方で、それらの議論をふまえながら温室効果ガス削減目標を背負わされた先進国では、その目標を達成するための戦略構築や実施体制の整備が平行して進められていた。その結果、EUは2007年末の時点で、京都議定書の目標である1990年比マイナス8%の目標が達成できる見込みであり、目標達成の見通しが立っていない日本とカナダを除いた国・地域が第一約束期間を前に準備を終えている状況にある。
このような差はどこでついてしまったのであろうか。日本は何もせずに10年間の時間を無駄にしてしまったのだろうか。この疑問を検証するために、京都議定書が締結された1997年以降の日本とEUにおける主な温暖化防止施策・取組を以下の表に時系列にまとめた。
京都議定書以降における日本とEUの温暖化防止施策・取組
日本 | EU | |
1997年 |
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1998年 |
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1999年 |
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2000年 |
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2001年 |
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2002年 |
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2003年 |
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2004年 | ||
2005年 |
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2006年 |
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2007年 |
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この表を眺めて見ると意外な事に気が付く。京都議定書の目標達成が危ういとされている日本が実際は、かなり昔から目標達成のための実行計画である「地球温暖化対策推進大綱」や「京都議定書目標達成計画」を策定したり、具体的な対策を検討するための「総合資源エネルギー調査会・新エネルギー部会」、「産業構造審議会・地球環境小委員会(経済産業省)」、「中央環境審議会・地球環境部会(環境省)」を設置して議論を進めてきた事が伺える。
「京都議定書目標達成計画」は対策毎に具体的な削減値が示されており、首相官邸の地球温暖化対策推進本部Webサイト(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ondanka/index.html)にて確認する事ができる。また、総合資源エネルギー調査会・新エネルギー部会」(http://www.meti.go.jp/committee/gizi_8/8.html)、産業構造審議会・地球環境小委員会(経済産業省)」(http://www.meti.go.jp/committee/gizi_1/14.html)、「中央環境審議会・地球環境部会(環境省)」(http://www.env.go.jp/council/06earth/yoshi06.html)の議事次第・資料を見れば、様々な施策・取組が検討された事は確認できる。
では、何故、EUは京都議定書の目標達成がほぼ確実であるのに対して、日本は危うい状態にあるのか。それはEUの目標が相対的に緩かったなどいくつかの要因が挙げられるが、私は日本自体の要因としては、「計画を作り、議論はしたけれども実行はしなかった」ためと考えている。
時間がある方は上述した部会・小委員会の議事次第や資料を見て頂ければ一目瞭然なのだが、「新エネルギーの導入促進」や「国内排出量取引制度の導入」は既に2001年から目標達成に繋がる対策の一つとして提示されている。特に新エネルギーについては環境エネルギー政策研究所の飯田所長が新エネルギー部会やその他の委員会において、固定買い取り価格制度の導入等の追加的かつ抜本的な対策の必要性を10年近く訴えてきたにもかかわらず、完全に放置されてきた。国内排出量取引制度についても「日本経団連が反対しているから」という口実で具体的な検討を行わないまま先延ばしにしてきた経緯がある。
EUが2012年を見据えて、再生可能エネルギーの導入量を増やしたり、総量規制を可能とし、温室効果ガスに値段をつける事に成功したキャップ・アンド・トレード(注3)のEU-ETS(注4)を開始した事と比較すれば、この「実行しなかった」事が如何に大きな差であるかわかると思う。
したがって、辛辣な言い方をすれば「計画を作って議論をしただけで目標達成が出来ると錯覚し、具体的な取組が不足していた」のである。再び冒頭の試験勉強に例えれば、「勉強計画を作って、参考書を買って、机に並べたら満足した」という事であり、-個人的には身に覚えのある事象ではあるが- 到底、普通に試験を受けてしまったら、合格するとは思えない状況である。
バブル崩壊後の不況を「失われた10年」と呼ぶ事がある。京都議定書に関して日本における状況は、1997年の京都議定書締結後の10年がまさに京都議定書版「失われた10年」になっているのである。地球サミットから数えれば15年もあった準備期間を無駄遣いした日本は十分な準備が出来ないまま、ついに第一約束期間を迎える事になったのである。
3. 京都議定書よりも大切なモノ
試験勉強もせずに試験当日を迎えようとしている日本に救いの道はあるのだろうか。私はポスト京都において、またしてもポスト京都版「失われた10年」にならないためにも京都議定書の遵守のみを目的とした短期的かつ場当たり的な施策・取組は実施しない方が良いと考えている。
実は、単純に京都議定書の温室効果ガス削減目標達成を目指すのであれば、簡単に出来る仕組みが用意されている。それは先日報道された様な、東欧諸国やロシアとのホットエアー(注5)の排出権取引である。今のところは、ハンガリー政府と日本政府の間でGIS(注6)により1,000万トン-CO2の排出権取引が検討されているが、ハンガリー以外にもチェコやロシアなど大量のホットエアーを持っている国があり、これらの国から排出権を譲り受ける事で数億トン-CO2程度の不足であれば、容易に埋め合わせる事が可能である。
ホットエアーによる目標達成は、EU各国や環境NGO等からの批判を招く事が予想される。しかし、経済産業省事務次官も述べているように(http://www.meti.go.jp/speeches/data_ej/ej071126j.html)、AAU(注7)の排出権取引は京都メカニズムの中で認められた手法であり、ホットエアーを活用した目標達成も制度上は問題ない。
日本政府は、系統的な取組の実施によって京都議定書の目標を達成する事には失敗した事を認め、例えば第一約束期間に大幅な温室効果ガス排出制限を課すようなキャップを設定して、キャップ・アンド・トレードを実施する等の意味の無い、自分の無策を他人に転嫁するような取組は諦めるべきである。
京都議定書は、第一約束期間の目標を達成すれば良いと言うものではなく、地球全体における温室効果ガスの人為的排出量と自然の吸収量をバランスさせ、気候変動を回避すると言う「目的」を達成するための「手段」の一つ・初めの一歩である。つまり、そう長くはない20~40年のタイムスパンの中で、地球全体の温室効果ガス排出量を半減以下まで抑制するために長期を見据えた短期の積み重ねである施策・取組フレームを作り、それを「実行する」事が必要なのである。そして、地球全体の温室効果ガス排出量を半減以下まで抑制すると言う事は先進国に限定すれば、現状の20~40%程度まで抑制する事を意味しており、可能であれば限りなくゼロに近づける努力が求められるのである。
そのためには、拙稿「Dead or Renewable ~再生可能エネルギーの時代へ~」において述べたように再生可能エネルギーの大規模導入や火力発電からの二酸化炭素排出を削減するCCS技術(注8)の実用化、賛否両論があると思われるが原子力発電の活用など「温室効果ガスを排出しないエネルギー生産」へ国全体のエネルギーシステムを移行させていく大きなビジョンが示されるべきである。
その上で、政府は現在のエネルギーシステムとのギャップを示し、どのようなタイムスケジュールで低温室効果ガス排出型の社会へ移行させるか、具体的な制度・技術開発項目と共に明らかにし、そのプランを産業界や国民と議論すべきである。長期的なフレームとそれについての議論が無いために、産業界からは、例えばキャップ・アンド・トレードに必ずしも反対ではなく、炭素に値段を付けた事は評価できる。しかし、長期的に日本が何を目指すのか見えない中での場当たり的・負担のさせやすい所に負担させるというやり方に反対しているという意見や政府の「我慢しよう・頑張ろう」と言った効果が明確でなく、精神論的な呼びかけに長期的に見てどれだけの国民が応えてくれるのか疑問を感じるという意見を聞いている。
日本は京都議定書における取組において、現時点では上手く対応できたとは言い難い。しかし、環境と経済を両立させながら温室効果ガスの排出を削減する事の難しさや京都クレジット(注9)・EUA(注10)の売買を通じて企業に対して炭素の排出にお金が必要となる時代の到来を認識させるなど京都議定書により、政府も企業も多くの事を学ぶ事が出来たとも言える。したがって、京都議定書の遵守については、様々な排出権を活用して対応し、何とか「及第点」を取るような対応にて乗り切るべきである。そして今、必要な議論は、京都議定書後を見据えた長期的なフレームであり、2050年に向けて出来るだけ早い時期に低温室効果ガス排出型の社会を実現し、日本の産業が強い国際競争力を保ち続ける事をどのようにして担保するかという事である。
地球温暖化問題は環境問題であると同時に経済問題であり、経済システムを低温室効果ガス排出型へ移行できなかった先進国は、国際競争において大きなハンデを背負っていく事になる。個人的には日本政府が長期的なビジョンを示していない事に強い不安を感じており、特に国際競争力の観点から今のままでは、再生可能エネルギー関連技術開発や温室効果ガス排出量をベースとした関税などEUがフォーカスしている領域において不利になると懸念している。
地球温暖化の防止という長期の取組において、その一部である京都議定書については、日本は高い「授業料」を払う事にはなるが、その達成のやり方について柔軟に対応すべきである。その上で長期的な視野に立って、低温室効果ガス排出型の社会を実現させるための国家方針の提示とそれについての議論を深め、一刻も早く必要な施策・取組を「実行」すべきである。そのことが結果としては、京都議定書の目標達成にも繋がるのではないだろうか。
- 注1 COP:
- Conference of the Parties to the Convention。1995年3月~4月にベルリンで第1回締約国会議(COP1)を開催。1997年12月に京都で開催されたCOP3では、2000年以降の地球温暖化対策のあり方を規程する 議定書が採択された。毎年開催される締約国会議は、人類の未来を左右する会議として世界的に注目されている。【読み】コップ
- 注2 京都メカニズム:
- 京都議定書において導入された、国際的に協調して数値目標を達成するための制度。国際排出量取引(International Emissions Trading)、2)共同実施(JI)、3)クリーン開発メカニズム(CDM)の3種類がある。
- 注3 キャップ・アンド・トレード:
- 二酸化炭素排出量の削減方法の一つ。各企業あるいは事業所単位で1年間に排出できる二酸化炭素量に上限値(キャップ)が設けられ、それを達成できない場合は罰金等の罰則が科せられる。補完的な仕組みとして、上限値まで二酸化炭素排出量を減らすことが出来ない企業は、他の企業から排出権を買って(トレード)自社の上限値を引き上げる事が出来る。理論的には最小の費用で目的とする二酸化炭素削減量が達成できる。一方で、どのように決めても上限値を巡って企業・事業所間に不公平感があるなど制度としての課題も指摘されている。
- 注4 EU-ETS:
- EUにおいて実施されている排出権取引制度。EU全体で約12,000の事業所・施設が政府から温室効果ガス排出上限量=キャップを決められている
- 注5 ホットエアー:
- 京都議定書で定められた温室効果ガスの削減目標に対して、経済活動の低迷などにより相当の余裕をもって目標が達成されることが見込まれる国々(旧ソ連や東欧諸国)の達成余剰分のこと。これらの達成余剰分は他の先進国に対し、排出量取引される可能性もある。ホットエアーは努力を伴わない排出削減であり、EU等はその利用に反対している。 英語の"Hot Air"には、熱気、温風、暑気などのほか、くだらない話、ナンセンス、大言壮語、空手形などの意味がある。自国の努力による削減量ではないため、「空手形」という意味を込めて揶揄され、定着していったという経緯がある。【英】Hot air
- 注6 GIS:
- Green Investment Scheme。AAU取引にあたって、売り手国側が売却益を温室効果ガス排出削減プロジェクトなどの環境対策に充てるというスキーム。COP6において、ロシアが提案。単純なホットエアーの売買よりも、“グリーン”な取引となる。
- 注7 AAU:
- Assigned Amount Unit。2008年~2012年の第1約束期間に締約国が許可されている総排出量のこと。排出量取引やJI、CDMを行うことにより、この量にプラスあるいはマイナスされる。ホットエアーの売買はこの初期配分されたAAUの余剰分を売買する事である。
- 注8 CCS技術:
- Carbon dioxide Capture and Storage。二酸化炭素の回収・貯留技術。火力発電所や製鉄所などの二酸化炭素を大量に排出する発生源から二酸化炭素を回収し、貯留する技術として大幅に温室効果ガスを削減できる可能性がある。IPCCの報告書では2050年にかけて最も温室効果ガスを減らす事の出来る技術として位置付けている。
- 注9 京都クレジット:
- 京都メカニズムにおける排出権の総称。CDM由来のCER、JI由来のERU、国際排出量取引の対象となるAAUなどがある。
- 注10 EUA:
- EU Allowance。EU排出権取引スキームにおいて取引されるアローワンス。各対象施設は政府から所定のアローワンスを割り当てられる。1EUA=1tCO2。