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コラム「研究員のココロ」

ステークホルダーが育てる自治体の環境マネジメントシステム

2006年07月10日 村上芽


 ISO14001などの環境マネジメントシステムは、国内の企業や自治体に広く浸透してきており、ISO取得件数は2.4万件を超え、簡易版ISOと呼ばれる規格(エコアクション21(注1)、KES(注2)など)も取得数を伸ばしている。しかし、ここに来て、ISOの認証を返上した、あるいは返上を考えている主体が増えているセクターがある。それは、自治体などの「公共行政」部門である。公共行政部門の取得件数は、2004年9月期に514件と最大となったが、その後徐々に減少し、2006年3月期には467件となり、1年半で約9%が減少した。(財団法人日本適合性認定協会ホームページより。グラフも出所同じ)。

ISO14001適合組織の件数推移

 これら認証を返上した自治体には、認証の維持コストがかかることや、審査登録が目的化してしまい活動がマンネリ化することなどといった事情が共通してみられる。そして同時に、取得後一定の期間を経て得た経験をもとに、新たな独自のマネジメントシステム構築を模索しようと試みる例も目立ってきた。
例えば長野県飯田市では、ISOの難解な用語や規格どおりのマニュアルを見直し、ISO審査登録機関による審査の代わりに地域の企業が組織する「地域ぐるみ環境ISO研究会」や県内の他の市町村による監査を受けている。このシステムは「いいむす」という地域の独自環境マネジメントシステムとして、企業にも活用されている。また、宮城県仙台市では、市の環境率先実行計画による「リーディングエコプランせんだい」という独自システムを構築済みで、外部監査も含むISOに近い体制を取っている。こうした取り組みは、各地の「環境先進自治体」としてこれまでに高い評価を受けてきた自治体、例えば兵庫県尼崎市などにも広がりつつある。また、先進的な取り組みが知られている大阪府豊中市など、はじめから独自の環境マネジメントシステムを運用している自治体もある。
そこで、「独自の環境マネジメントシステム」を構築するためのポイントを考えてみる。

(1) 「環境に貢献しているのか」という視点~上位計画に基づく目標の設定
 
 環境マネジメントシステムというと、事業活動に伴う環境負荷の低減、つまりオフィスであればいわゆる「紙・ごみ・電気」の削減のためのシステムというイメージがどうしても強いが、最近では「本業」にいかに反映させるかという視点が注目されている。民間企業の製造業であれば、製品設計に生かすことなどがそれに当たる。自治体にとって、本業は地域社会をよくするための施策の実行であり、その1つとして環境分野があるといってよい。そのために作られる上位計画と、マネジメントシステムが一緒になって回る必要がある。
具体的には、目標は長期的な政策に基づく定性目標および定量目標の2本立てであることが望ましい。ISOの場合、更新審査の3年というサイクルがあるため、それにあわせて環境目的が設定されていることが多いが、より長期的な政策目標と連動させれば整合性が増す。
例えば、省エネルギーであれば、「地球温暖化防止に貢献するまちづくり」などの大きな定性目標や、「2010年に2000年比マイナス○%の省エネ」などの定量目標が掲げられていることもあるだろう。定量的な目標が、総合計画や環境基本計画のような上位計画で定められているかどうかが重要となるが、地域全体を管轄対象とする上位計画においては、数値目標がないことも多い。「自治体自身がいかに負荷を減らすか」という目標値は、ISOや地球温暖化防止率先実行計画等で定めていたとしても、市民や事業者を巻き込んで、「地域環境や地球環境に貢献しているのかどうか」という全体的な施策を定量的に把握しようとする視点が必要である。
こう考えて「独自の環境マネジメントシステム」を追求すると、目標値の設定と、既存の政策・施策・事業評価システム(事務事業評価等)との連動性・整合性が求められることになる。いうまでもなく、環境担当セクションだけではない、企画や財政セクションと協調したマネジメントシステム構築が必須となる。

(2) 庁内の各部署の自主性を引き出す仕組み

 一方、環境関連の施策は、必ずしも「環境」と名前のついた部署だけが行っているわけではない。都市計画、住宅、交通など、さまざまな分野にまたがっていることが多い。
また、自治体自身の直接的な環境負荷については、全部門における課題である。直接的な環境負荷の低減について考えると、庁内の各部署のやる気を引き出し、自主的に環境活動に取り組めるようにしていくのか、いかに本業につなげるか、という工夫がないと、「やらされている」「我慢して照明を暗くしている」「施策を活発に行うと環境負荷が増える」(これは、企業の生産活動が増えると環境負荷が増えやすいのと同じである)というような、現場からのネガティブな反応を受けることになる(恐れがある)。
 そこで、(1)で述べたような長期的・政策的視点を盛り込むとともに、各部署が「本業」での取り組みを推進するためのやる気を感じるようなインセンティブづくりや、「なぜ目標達成ができたのか、できなかったのか」という要因分析、そして「こうすればよくなる」という庁内コンサルティング機能が、環境マネジメントシステムの事務局に求められるのではないだろうか。インセンティブづくりについては、例えば企業でもよく行われている職員の自主的な工夫・発案に対する表彰や、目標達成によって浮いたコストの還元などが考えられる。要因分析については、どの施策が何に対して効果があったのかという分析を通して、今後の施策展開のヒントになる効果がある。庁内コンサルティング機能については、どうしても「こまめな努力」に偏りがちな環境負荷低減活動について、必要に応じて外部サービスも活用しながら、設備利用に関する具体的な方法を提案することが考えられる。いずれも、各部署から事務局への書面中心の「報告」と「検査」にとどまらず、双方のコミュニケーションを通して取り組みの継続性を高める工夫であるといえる。

(3) 地域のステークホルダー(注3)よるチェック

 最後に、独自の環境マネジメントシステムを「独りよがり」のものとしないための必須条件、地域のステークホルダー(市民や企業)による外部チェックの実施である。つまり、地域環境や地球環境をよくするために、効果的かつ効率的な活動を自治体が行っているのか、第三者としてチェックする役割のことである。そのために、市民、NPO、子ども、企業など、幅広い層から意見を収集し、それを具体的に施策に反映させていこうとする仕組みが必要となる。例えば、前年度の環境施策の実績を公表し、それに対する地域の意見を収集し、それを翌年度およびそれ以降の施策に反映させようとする仕組みを、自治体の政策立案・予算策定スケジュールと合わせて構築する試みが、豊中市などで実践されている。
この場合、「地域のステークホルダー」が、ステークホルダーとして自治体をチェックすることに関心をもち、能力をつけることが必要となるし、自治体はステークホルダーに対して分かりやすく、専門用語を用いすぎずに環境の状況を報告しなければならない。取り組みの推進のためにも、「自治体にとって最大のステークホルダーである市民や企業から見られている」という意識は自治体に必要であり、ステークホルダーにはISOの審査登録機関に代わってでも「地域の環境マネジメントシステムを育てる」役割を認識する必要があるといえよう。自治体によって、ステークホルダーとのコミュニケーション手法はさまざまであるが、仕事や家庭でなんらかの取り組みを行ったことのある市民、環境について学んだことのある子ども・学生をはじめとして、幅広くかつ柔軟にステークホルダーに育てられようとする姿勢を持って取り組むことに躊躇するべきではない。これらステークホルダーには、専門的な意見はもちろん、「目からウロコ」の意見を出せる潜在的な能力があるはずである。

 ここで述べた3つのポイントは、ISOであっても独自システムであっても、共通する内容でもあるだろう。いずれにしても、環境マネジメントシステムによって何を達成したいのか、という根本的な目的を改めて確認したうえで、それにふさわしいシステムを選択する必要がある。そのような視点で、既存システムを見つめ直してみることは、ISO維持・返上にかかわらず、システム自身にとってのマンネリ化防止のためにもぜひ取るべきチェック&アクションであると考える。


*注釈
注1
エコアクション21:中小企業を対象とした簡易型環境マネジメントシステムの1つ。財団法人地球環境戦略研究機関が事務局。


注2
KES:京都環境マネジメントシステム・スタンダードの略で、京都をベースとした簡易型環境マネジメントシステム。京(みやこ)のアジェンダ21フォーラムが事務局。青森、岩手、三重などにも広がっている。


注3
ステークホルダー:利害関係者のことをさす。企業の社会的責任(CSR)を論じるときに必ず使われる用語のひとつで、企業の場合は顧客、従業員、取引先、株主、投資家、地域社会、環境などをさす。
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