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コラム「研究員のココロ」

挨拶の背後にあるもの <後編>
-サービスとホスピタリティの違い-

2006年07月10日 井上岳一


4.ホスピタリティの源となる労働の誇り

 ホスピタリティの源には、提供する側の喜びがある。そして、労働の現場でこの喜びを生み出すのは、労働すること自体に対する誇りではなかろうかと思う。
 キオスクのおばちゃん達を支えているのは、キヨスクという舞台で、自分だけが頼りという緊張感に裏打ちされた自覚と誇りの意識だと思う。それは例えば、以下のような東京駅構内のキヨスク販売員、小原とき子さん(51歳)のルポから、生き生きと伝わってくる。

 朝のピークがくる前に「つり銭づくり」をする。客を待たせないために小銭を用意しておく。10円玉4枚、100円玉4枚をワンセットに山積みをする。この「4」という枚数がポイントだ。おつりが80円なら、通常は50円玉1枚とワンセットから1枚省いて80円。これを手渡す。だが、混雑時には作った10円玉2セットをパッとつかんで客に渡してしまう。100円玉も同じ要領だ。キヨスクではたばこが一番売れるが、マイルドセブンが270円なので、10円玉3枚の山も作っておいた。(中略)
 クロス張りの売店の床をスムーズに動けるように靴ははかない。床にストッキングの足を滑らせ、「はい、はい、はいっ」と心の中でリズムをとりながら、おつりを渡していく。おつりを手渡すのにかかる時間は、一人につき3秒。「スピードだけじゃないんです。私たちが大事にしてきたのは、お客さんとの手と手のふれあい」(小原さん)       
 「キヨスクおばちゃんのサバイバル」AERA(2005/2/28)

 このように、キヨスクおばちゃん達の仕事には知恵と工夫がつまっている。単なる販売マシンではない、人間としての労働がそこにはある。それが彼女達なりの誇りやモチベーションの源泉となる。だから、忙しい中でも心のこもった「いってらっしゃい!」が自然に出てくるのだと思う。これは、挨拶をすることを義務づけられマニュアル化されている店員達の対極にあるものだ。

5.ホスピタリティを醸成するもの

 こう見てくると、義務付けられた挨拶はあまり有効に機能しないことがわかるだろう。お客に対して提供すべき不可欠なサービスはマニュアル化して品質保証をすることが必要だが、それ以上の満足を求めるための行為に対しては、「お客様に対する企業の姿勢」を明確にした上で、その実現のための具体的な方法は、過剰にマニュアル化せずに、個々の従業員の創意工夫に委ねる方が望ましい。実際、リッツ・カールトンのホスピタリティを支えるのは徹底した現場主義と現場への権限委譲である。
 そして、個々の従業員の創意工夫に委ねるためには、現場で働く一人一人に労働の主体性を持たせることが不可欠となる。キヨスクでは、「スピード」と共に「お客さんとの手と手のふれあい」を大切にしている。そして、その具体的なやり方は個々の販売員に委ねられているように見える。それが販売員ごとのバラツキを生んでいることは否めないが、心に幸せの火を灯してくれるような「いってらっしゃい!」を生み出すのも、この販売員達の主体性の故なのだ。
 さて、このようなホスピタリティはどのように醸成できるのだろうか?例えば、それは、研修で培える性質のものなのだろうか?
 例えば、ホスピタリティを大切にする友人の会社では、昼食を当番制で手作りすることがルールになっている。たった5人の会社だからこそできることと言えるが、そこで働く従業員達に聞くと、昼食を作るようになって、「今日は○○さんは風邪気味みたいだからお粥にしてあげよう」と言ったことを自然に考えるようになったと言う。他人のために食事を作ることがホスピタリティの意識を生み出すものとして機能しているのだ。
 また、ドモホルンリンクルで有名な再春館製薬所でも、新入社員の研修メニューの中に、同僚のためにお握りを握らせたり、厨房で食事を作らせたりすることが入っている。それが「お客様第一」の姿勢を貫き、モットーとする5つの「しん」(心、真、診、信、深)を実現するためには不可欠だと言う信念がある(注5)。
 ホスピタリティの醸成には近道はない。このため、料理のような日常行為の積み重ねの中で、自分が他人に何をできるか、お客様のために何ができるか、を考えさせる癖をつけることが最も重要になるのだろう。このような心の問題を置き去りにしたまま、形だけでホスピタリティを真似ようとしても、うまくいくことはないと思った方が良い。

6.キヨスクから「いってらっしゃい!」が消える時

 余談になるが、ここまで絶賛してきたキヨスクも、現在、大きな転換期に直面している。この背景には、駅中ビジネスが成長を続ける一方で、従来型の売店事業の凋落に歯止めがかからないという現実がある。このため、キヨスクを運営する東日本キヨスクでは、コンビニ事業への資源の集中と共に、既存店舗の高コスト体質の改善に着手し始めている。具体的には、SUICA決済機とPOSレジの導入と並行して、熟練技が必要なことから正社員としていた販売員を非熟練のパート労働に切り替え、人件費を圧縮するリストラ策を進めているのである(2006/1/27日経流通新聞)。
だから最近のキヨスクでは、商品はスキャンし、釣り銭もレジからもらうようになった。しかし、これはこれまでのキヨスクおばちゃん達を支えてきた誇りとモチベーションを打ち砕くものになるのではないかと心配している。キヨスクのアイデンティティであった「スピード」も「手と手のふれあい」も新たなシステムでは実現できないし、何よりも、創意工夫と熟練が必要となくなるため、販売員達は単なる販売マシンになってしまうからだ。合理化のためにやむを得ない方針だとは思うが、同時に、とても大事なものをキヨスクは失ってしまうのではないかと危惧している。
「はい、はい、はいっ」というお釣りを渡すおばちゃん達のリズムが聞かれなくなった時、心のこもった「いってらっしゃい!」もまた売店から消えていくのかもしれない。

《注釈》
注5.
株式会社再春館製薬所HPより。また、2006/3/21付け日経新聞では、「どうしてお母さんのおにぎりがあんなにおいしかったのか、やっとわかった気がしました」と題し、「おにぎり研修」に触れた全面広告を展開している。
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