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コラム「研究員のココロ」

気候変動と水資源

2009年03月30日 村上芽


1.気候変動の「緩和」と「適応」

 気候変動(地球温暖化)が経営に与える影響について、企業の環境・CSR関連の部署の方と意見交換をさせていただく機会があるが、驚くことが2つある。1つは、「この経済状況でも、温暖化の規制は進みますかね。」という第一声。もう1つは、「気候変動の与える物理的な影響については、あまり考えていませんでした。」というお答え。
 後者のお答えについて「それどころではありません。」ということを申し上げたい。そもそも気候変動の物理的影響が深刻になるからこそ、規制が存在していることを忘れてはいないだろうか。
 気候変動は、「緩和」と「適応」という2つの側面で企業や個人を含む社会全体に関わっている。「緩和」は、温室効果ガスの排出量を削減し、気候変動の影響を緩和することである。「適応」は、変動する気候の条件に諸活動を順応させることである。省エネルギーや再生可能エネルギーの導入や排出量に関する規制、温室効果ガスの吸収源である森林の保全は、「緩和」のための方策である。「地球温暖化」と聞いてほとんどの人が想起するのはこうした「緩和」関連の政策や規制、努力であろう。
 しかし、「緩和」という表現が物語るように、地球温暖化はもはや進行しており、それをゆるやかにすることは出来ても急に止めることは不可能である。人類がどれほどうまく「緩和」策を実行して温室効果ガスの排出量を削減し、大気中の温室効果ガス濃度をCO2換算500~550ppm(注1)に安定させることに素早く成功したとしても、温暖化は一定レベルまで進行する。
 企業レベルで言い換えれば、素晴らしい削減策を実行し、温暖化対策でトップ企業と称賛され、低炭素社会の実現に寄与したとしても、好むと好まざるとに関わらず顧客や社員を含む人々の生活の前提条件(気温、降水量、海面など)が変化するわけである。

2.水に関する物理的影響

 気候変動の物理的影響とは、海面上昇や異常気象など気候変動により生じる物理的現象が、人間社会や生態系に与える影響のことをいう。それに対し危機感を抱く企業や、企業経営との関係に関心を持つ投資家・金融機関も少しずつ増えている。物理的影響の範囲は広いが、本稿ではまず「水資源」に注目する。気候変動と水資源の基本的な関係は、次のとおりである。

  • 温暖化の進展は、淡水資源に大きな変化をもたらす。

  • 気候変動に関する各種予測シナリオが、共通して示している傾向のうち降水に直接関するものには、「大雨・豪雨が増える」「異常な乾燥が起こる場所が出る」「熱帯性低気圧の総数は減るが、強いものが増える」「(日本の)長梅雨のパターン出現率(注2)が高くなる」などがある。

  • すでに、気温上昇により、氷河の融解、雪の減少・雪解け水の減少が観察されている。これは、自然の保水能力の低下を表している。

 投資家連合であるCeres(米国)とPacific Institute(米国)による「Water Scarcity & Climate Change: Growing Risks for Businesses & Investors」では、北米を中心として、水資源と気候変動の変化が企業活動に及ぼす影響を論じている。以下ではその一部を紹介する。また続く3節で日本企業へのインプリケーションを考察する。

<資源問題の加速>
  • 水資源への需要は人口増加と経済発展によりもともと拡大していたが、温暖化により加速される。例えば干ばつや雪解け水の減少により灌漑用水の需要が拡大したり、気温の上昇により冷却水の必要量が増加したりする。

  • 供給サイドは、既に需要過多により地下水面の低下などの事態に直面している。これも温暖化により加速する。降水のパターンや強度の変化が、地下水面の大幅な低下をもたらすという研究もある。生態系の脆弱性が増すために、水の濾過機能や洪水のバッファとしての機能が低下する。また、異常気象や海面上昇により水関連のインフラが被害を受けるが、現在のインフラでは耐えられないこと、消費以外の水利用にも悪影響が出ること(河川における交通など)も考えられる。企業にとっては利用可能な水の量が減ったり、費用が上昇したりするほか、操業ライセンスにも影響する。

  • 水質の面では、特に開発途上国で汚染が深刻である。さらに、気候変動による洪水の増加や海面上昇、気温上昇を通して、塩害、バクテリアや藻の発生、土壌浸食による水質汚染、汚染された水に伴う下痢の増加などが想定される。企業にとっては水の浄化費用(使用前後ともに)の上昇や操業規制、国によっては従業員の健康管理などの影響が出る。

<影響を受ける業種>
  • 水集約的な(多量の水を必要とする)産業として、半導体、飲料、農業、電力、衣料品、バイオテクノロジー/医薬品、製紙、鉱業などが挙げられる。例えば半導体では、世界の14の大規模製造拠点のうち11がアジア太平洋地域に所在するが、この地域での水問題は特に深刻といわれている。飲料では、ネスレ会長が「燃料よりも先に水を使い果たすだろう」と発言している。

  • 業種に共通して、サプライチェーン上のインパクトが大きく、特に原材料の製造工程において最もウォーターフットプリント(淡水使用量の大きさ)が大きい。パソコンメーカーは重要なサプライヤーである半導体が水集約産業であるが、デルやヒューレット・パッカードではそうした情報開示は行われていない。

  • 質のよい水源を必要とする飲料、食品、半導体・精密機械、バイオテクノロジー/医薬品では、地元コミュニティとの摩擦が起こりやすい(例えば地元水源からの取水量を巡る対立)。これは、途上国に限ったことではなく、アメリカでも起こっている。

  • 食品、バイオテクノロジー/医薬品、製紙、鉱業、電力は排水の面でもリスクがある。地域社会からの評判や規制リスクが高まっていく。

<エネルギーと水の衝突>
  • エネルギーと水は、ともに現代社会が必要とする資源であるが、気候変動の緩和と適応をめぐって、この二つの優先順位をめぐる衝突が起こる可能性が高い。発電についていえば、太陽光や風力は水使用量が非常に小さいが、天然ガス→石炭→原子力→石油の順に使用量が大きくなる(アメリカの場合)。水力はさらに大きく、それよりも大きいのが第一世代のバイオ燃料(サトウキビ、植物性油、動物性油脂など)である。

  • 電気自動車の普及は、電力の電源構成にもよるが、走行距離あたりガソリン車の3倍の水を使用していることになるという研究もある。

  • 水資源を確保するための淡水化プラントや、水のパイプラインは、エネルギー使用量が非常に大きい。

3.日本企業と水

 こうした指摘のすべてが、短期的に日本の企業にあてはまるわけではない。しかし、海外との接点から考えると、グローバルに製造拠点を置く企業にとっての影響は少なからずある。また、日本は海外からの農作物輸入に頼っていることから、水の最大の利用セクターである農業を通した国民生活に与える影響は計り知れない。
 中期的に見れば、日本でも降水パターンの変化が予想されることから、様々な業種への影響が出る。例えば電力では、水力発電が仮に計画通り実施できないということになった場合に、代替策が化石燃料となったとすれば、温室効果ガスの排出量の増加につながる。これは、原子力発電所の稼動停止が火力発電の増加を招き、それが温室効果ガスの排出量の増加要因となった経路と同じである。
 さらに、日本の水資源における優位性が国際的に評価され、日本の豊富な水資源を求めて立地する企業が増えたとしよう。企業誘致に成功するというポジティブな面ももちろんあるだろうが、地下水の需給バランスが崩れると、水位低下などの悪影響が地域にもたらされる。それが新しい規制を必要とすることもあるかもしれない。こうした経路を想像することが決して過大な飛躍ではないことを、最近の物理的影響に関する情報からは感じる。
 水は化石燃料と異なり、代替するものがすぐに見つからないという特性も持つ。そうした危機感を念頭に、企業は「水と自社」の関係を見つめなおし、エネルギーと同じテーブルで水についても経営インパクトを理解しておくべきである。


(注1)気温の上昇を2度台に抑えるために必要なレベル。
(注2)長梅雨になる気象パターンの出現率のことを指す。


(参考文献)
Ceres, Pacific Institute(2008)”Water Scarcity & Climate Change: Growing Risks for Businesses & Investors”
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