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コラム「研究員のココロ」

ソーシャルファイナンス/コミュニティファイナンス市場

2008年08月25日 村上芽


 前回の「研究員のココロ」で、個人が精神的な負担なく効率的に、(社会的)責任投資を実行するための、個人版「責任投資原則」を提案した。

個人版「責任投資原則」


 本稿では、いざ金融機関や金融商品を選ぶとなった際に、「選びたいところがない」「投資先がない」という問題について検討する。

1.選びたい商品とは

 ある夫婦の会話を紹介することで、具体的な思考回路と問題意識を共有したい。

「子どもが生まれると、社会の問題についてなんとかしないと、という気が強くなった。本当は寄付をたくさんしたいけれど、お金が有り余っているわけではないので、寄付するつもりの気持ちで、金融商品を選びたい。何か知っている?」


「環境や社会に配慮した企業や環境ビジネスをしている企業を対象とした投信ならいくつも出ているよ。ファミリーフレンドリーのようなテーマもあるし。」


「聞いたことはある。でも結局、何に投資していることになるの?」


「ほとんどの場合、上場している企業の株を、分散して買っていることになるよ。環境や社会に配慮する企業となると、有名な大企業が組み入れられていることが多い。」


「ふーん。でも、身近なところでがんばっているような感じの小さい企業やNPOに投資したいような気分だけど。」


「NPOが行う事業向けの匿名組合に出資をしたり、株式を上場していない企業が発行する社債を購入したりする方法はあるよ。」


「うーん、でもそういう情報をひとつひとつ調べて、よく考えてお金を動かすのは、とても手間だね。まとまったファンドとか、金融機関があれば楽なのにね。」
このあと、それでも何か始めようという結論に至り、夫はある証券会社に口座を開く決心をした。証券会社選びは、CSRへの取り組み状況などから決めることにした。
 「夫」が本当に投資したかったのは、「コミュニティビジネス」「ソーシャルビジネス」主体と呼ばれるような企業やNPOだったことが分かる。そして、普通の投信や国債を買う程度の簡単さと、「プロも関わっている」という一定の安心感でもって自分のお金を動かしたいと考えていたわけである。

2.コミュニティビジネス・ソーシャルビジネスへの資金の流れ

 「コミュニティビジネス」について、日本総研では「地域の社会的課題の解決に、地域社会に生活や生業の拠点をおく事業者や個人自身が主体的に取り組む事業であり、ビジネスの手法を活用し、かつ、地域住民と協力しつつ、継続的に課題解決への働きかけをしていく事業活動」と考えている(参考:クローズアップテーマ「コミュニティビジネス」)。また、近年は「ソーシャルビジネス」という言葉も用いられるようになり、両者はおよそ、次のように理解されている。

  • 社会的課題に対し、ビジネスの手法で解決しようとしている点は両者に共通

  • 「地域との関係」により重心をおく場合には「コミュニティ」ビジネスを用いる

  • 「コミュニティ」の方が古くから使われている用語であるため、ビジネスというよりもボランティア的な事業が含まれていることもある

 例えば、経済産業省「ソーシャルビジネス研究会」でも、事業対象領域で両者を区別している。
 「コミュニティビジネス」「ソーシャルビジネス」(以下、CB/SBという)に対する資金の流れを太くすることについては、数多くの報告や提言がなされている。その内容は、既存の制度をCB/SBの資金調達のために見直そうとするもの、CB/SBの支援者間の連携を図ろうとするもの、CB/SBの情報公開や評価を進めようとするものなどに大別できる。なお、ビジネスの担い手は、半数近くがNPO法人(非営利)、約2割が営利法人となっている。このため、「CB/SBに対する資金=非営利法人に対する資金」の流れと解釈しても間違いではないが、「ビジネスの手法」がキーワードであるため、そこを明確に理解しておく必要がある。

 資金の流れに関する提言の例を挙げる。

(出所)
*経済産業省[2004]『企業の社会的責任と新たな資金の流れに関する調査研究報告書』
**内閣府[2007]『「豊かな公」を支える資金循環システムに関する実態調査』
***経済産業省[2008]『ソーシャルビジネス研究会報告書(案)』

3.「市場」と「格付」の効果

 ここで、少しCB/SBから離れ、個人の資金を新たに金融市場に取り込んだ例としての不動産投資信託(REIT)市場、そして格付の意義について考えてみたい。
 不動産投資信託は、文字通り、不動産への投資を専門とした商品で、2001年9月に2つの投資法人が東証に上場して以来、現在では40法人が上場している(2008年8月12日現在)。個人は、投資法人に出資することによって、投資法人が所有する不動産からの賃料収入を原資とした配当を得ようとする。一般的な株式会社への投資と比較すると、株式会社が投資法人、株券が投資証券にあたる。低金利環境において高利回りであることを背景に人気を呼んだが(なお2007年3月を境に指数は下落傾向にある)、投資家にとってのメリットには次のような特徴もある。

  • 個人が少額から不動産投資を始められる

  • 投資法人には半年に1度の決算が義務付けられており、情報開示が進んでいる

  • 投資対象が不動産であり、一般的な企業に比べて横の比較がしやすく、業績も分かりやすい

 つまり、個人が個別に実物不動産や不動産会社に投資をするのに比べて、少ないお金から投資を始めることができ、分散投資を図れ、かつ情報を得やすく比較がしやすくなるという定性的なメリットがあるわけである。もちろん、市場の活性化が投資の過熱につながり、利回りの低下やリスクの上昇などの悪影響を生み出すこともあるが、「市場」の効果として評価すべき点だと考える。
 これは、「格付」にもいえる。格付は、もともとは企業が銀行などを通した間接金融ではなく、直接金融によって投資家から資金を集めるにあたり、発行する社債の債務支払能力(信用リスク)を表現するために付与されるようになったものである。格付があることによって、個人を含めた投資家は、個々の企業や政府等の財務諸表を逐一読まなくても、およその投資判断をすることができる。したがって、専門の格付会社が中立性を保ち、的確な情報に基づいて格付を付与し続けることが、格付情報に依存した投資家を含む市場の存立基盤であるといっても過言ではない。

4.ソーシャルファイナンス/コミュニティファイナンス市場の提案

 最後に、CB/SBに対してお金を出したいが、投信や国債を買う程度の手続きでそれが出来ればよいと考えるような個人のお金を動かすための提案を行いたい。それは、参加者を限定した「半公開市場」の創設である。市場には、価格形成機能や資源の配分機能がある。そこで、先に述べた不動産投資信託や、格付の持つメリットを取り入れながら、評価軸が経済性に偏らない新たな市場を創設するという構想である。
 ここでは、上場するビジネス主体と投資家のいずれもが、ソーシャルファイナンス/コミュニティファイナンス市場の“理念と目標”を共有している。上場するビジネス主体は、特定の上場基準を満たしている必要があるが、そこには財務上の基準のほか、どのように社会的課題を解決するのかという個々のミッションに関する達成度を報告できる基盤があることが含まれている。一方、投資家は、市場の理念と目標を共有することを条件に市場に参加し、短期的かつ経済的利益のみを追わないことを約束し、それを表明するための投資状況の開示を行う。このように、双方が一定の「約束」をした上で、情報を開示しあうことによって、相互の信頼関係を築きつつ、緊張感を保った資金調達・供給メカニズムが作れるのではないだろうか。“個人と個人を結ぶファイナンス”としては、個人が特定の発展途上国の起業家にオンライン上で貸付できるマイクロファイナンスシステム「Kiva」も登場している。“趣旨に賛同してお金を出し合う”ところは、組合の発想にも似ている。それらをさらに、普通の投信を購入する程度の感覚と機能に広げることがこの市場の目的である。具体化には、“理念と目標”の定義、情報開示やミッションの評価方法など、既に議論されているような課題を1つ1つ解決していく必要があるが、“市場”という概念を当てはめてみると、それらが個々の取り組みではなく1つのフレームのなかに収まり、他の金融市場の仕組みを応用しながら進めることが出来るのではないかと、個人的にも期待している。

図 ソーシャルファイナンス/コミュニティファイナンス市場図 ソーシャルファイナンス/コミュニティファイナンス市場

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