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コラム「研究員のココロ」

排出権とお金の話<前編>
~その価格構成と取引実態~

2008年07月28日 三木優


 地球温暖化対策を話し合った洞爺湖サミットの前後に、カーボンオフセットや地球温暖化対策に関連した動きが活発となった。これまでにカーボンオフセットに取り組んでいる、佐川急便や三井住友銀行などに加え、Yahoo! Japanがカーボンオフセットサービスを開始し、第一三共が営業車から排出される年間9,000tのCO2について、比較的規模の大きいカーボンオフセットを実施した。Yahoo! Japanや第一三共のような知名度の高い企業が、カーボンオフセットに取り組むようになってきたことから、私たちの日々の生活の中でも「地球温暖化」・「カーボンオフセット」・「排出権」などのあまり馴染みのない単語が目に付くようになってきた。
 企業がカーボンオフセットを実施した場合、プレスリリースされ、それを取り上げた記事が新聞に掲載される。私たちはこれらの媒体を通じて、企業の取り組みを知ることになる。そのプレスリリース・記事の中には時折、「カーボンオフセットに用いた排出権は、国連の認証を受けたものを使用しており、その代金は途上国における温室効果ガス排出削減プロジェクトに使われます」という趣旨の説明が書かれている。
 この説明を読むと排出権代金は途上国に送られて、その途上国で新規に温室効果ガス排出削減プロジェクトが行われるような印象を受ける。そのため、「まだ、温室効果ガス排出量が減っていないのに、排出権だけを売っている」と勘違いをしている方や「本当に排出権代金は途上国に送られているのか?」という疑念を持つ方がいる。もちろん、これらはすべて誤解なのだが、排出権とお金の話はきちんと説明されていない。
 排出権やカーボンオフセットが社会に受容され、広まっていくためには、その仕組みが正しく理解され、賛同する人が増えていくことが必須である。しかし、現状では排出権の購入やカーボンオフセットを実施することが、本当に地球温暖化の防止に役立っているのかよく分からないまま、排出権やカーボンオフセットに対して疑念を持ってしまう人も多い。その原因の一つが「排出権とお金」の流れが見えにくいことにあると考えている。
 今回のコラムは、上記の問題意識を背景に、排出権を購入した企業やカーボンオフセットを実施した一般消費者が、何に対してお金を支払っているのか「見える化」することをテーマとした。前編では、排出権価格はどのようにして決まっているのか、後編では排出権の作り手は排出権価格をどのように見ているのか、企業や消費者が支払っているお金には何が含まれているのかなど、その価格構成を取引実態と合わせて解説する。
 なお、排出権についての基本的な内容は「排出権入門」にて説明しているので、必要に応じて参照して頂きたい。

1. 排出権価格はEUにて決まっている

 排出権価格の話をする前に、国際市場にて流通している「商品」について簡単に説明する。過去にない水準にまで高騰している原油や、バイオエタノールの原料であり、食料と燃料の競合の象徴となっているトウモロコシなど、エネルギー・穀物・貴金属・レアメタルは、「商品(コモディティ)」と呼ばれ、世界各地の商品取引所にて売買されている。
 商品の特徴は、価格が一定でなく、需要・供給と在庫によって価格が変動することにある。例えば、原油は中国やインドなどの新興国での需要が増加するという見込みや、米国の製油所が老朽化により製油能力が不足しているとの見通しなどから、需給が逼迫すると考える人が多くなると、それが値上がりの背景となる。
 商品の価格が変動する利点としては、市場メカニズムを通じた需給調整機能が挙げられる。以下に原油における需給調整の例を示した。

需要が多い場合価格の上昇により中長期的に以下の状況となり、供給量が増加する。
  • これまで、掘削コストが見合わなかった油田の開発が進む
  • 新規の油田探索が活発になる
  • 生産性の悪い油田での生産量が増加
  • オイルサンドなどの比較的コストの高い原料から、石油製品が生産される
また、価格が上昇することにより、需要を抑制する効果もある。
需要が少ない場合価格の下落により、中長期的に以下の状況となり、供給量が減少する。
  • 既存の油田開発計画が凍結される
  • 新規の油田探索が停滞
  • 生産性の悪い油田の生産量が減少
  • オイルサンドなどからの石油製品の生産が減少
また、価格が下落することにより、需要を刺激する効果もある。

 一方、先日の洞爺湖サミットにおいても問題となったように、投機的な資金により商品の価格が高騰するなどの欠点がある。一定期間の値幅に制限を設けるなどの相場を安定させるようなルールがない場合には、実需とかけ離れた値動きとなる場合があり、実体経済にも多大な影響を与えることになる。

 少々、「商品」の説明が長くなってしまったが、ここからは排出権価格について説明する。元々、排出権は、売りたい人と買いたい人がお互いに連絡を取り合って、二者の間で取引量や価格を決める「相対取引」が主流であった。相対取引では、取引量や価格を知っているのは、取引をした二者のみであるため、正確な情報を第三者が知る機会は少ない。このような状況では、世界的に目安となる価格は存在せずに、売り手と買い手の情報交換や世界銀行などの公的機関が関与したファンドの売買実績、排出権関連情報提供会社の情報などが価格を決めるための手かがりであった。
 上記のような状況は2005年1月に、EUにおける義務的排出権取引制度であるEU-ETSが開始されたことで大きく変化した。EU-ETSは、11,500の施設に温室効果ガス排出量の上限=キャップを設定し、実際の排出量が上限を超えた場合には、排出権を買ってきて、その超過分について手当てさせる仕組みとなっている。また、超過分について、排出権を調達しなかった場合は、40ユーロの罰金(2007年末まで)を科すことになった。
 排出権は、温室効果ガス排出量が少なければ不要であるが、多くなると必要になり、エネルギー価格や気候・気温、突発的な災害(例:地震による原子力発電所の長期停止)などによりその需給が変化する。そのため、売り手と買い手が容易に売買可能であり、多様な参加者により需給バランスを調整出来る排出権取引所が開設され、排出権が「商品」として取り扱われることになった。
 EU-ETSにて利用出来る排出権は、EU-ETSのみで利用可能なEUA(EU Allowance)、およびEUAと同等な価値を持つ京都メカニズムの排出権のCER(Certified Emission Reduction)などがある。EUの排出権取引所にて取引されている排出権は、EUAが主であり、EUおよび世界的な地球温暖化に関する政策動向や前述した要因などによりその価格は変動している。
 一方、CERは、本来はEU-ETSのみの影響を受けるものではないが、EUAと同等な価値を持つことから、EUAの代替品としてEUの排出権取引所にて取引されており、その価格はEUAの影響を強く受けている。そのため、EUA価格が上昇するとCER価格も上昇し、EUA価格が下落すればCER価格も下落することになっている。このように、参考となるCER価格が公開されているのは、EUの排出権取引所のみであるため、結果として、世界中のCER取引においてもEUにおけるCER価格が参照されており、EU-ETSにおける排出権需給バランスのみで世界のCER価格が決まってしまっている。
 個人的には、排出権価格がその産出コスト(CDMプロジェクト実施コスト)で決まっていれば、排出権価格に対する買い手側の納得感は高かったと思われるのだが、排出権が「商品」としての性質を持っていたために、需給バランスにより価格が変動することになり、その価格の妥当性が判断しにくくなってしまったと考えている。しかし、排出権の価格が変動することは、排出権価格の上昇により、省エネルギー系CDMなどのプロジェクト実施コストが高いプロジェクトの組成を促したり、排出権を買わずに自分で温室効果ガス排出削減を進めたりするインセンティブになることから、妥当性があると考えている。

(8/4公開の後編に続きます)

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